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SIDE エヴァリスト2
クロディーヌをいつまでも見ているわけはいかない。できるだけクロディーヌを見ないようにしたのは、父親になにか勘付かれて注意されるのを恐れたからだ。どうにかして、この婚約を白紙にできないか。そればかり考えていた。
しかし、打開する方法がなにも思い浮かばなかった。シャルリーヌも婚約に前向きではなさそうだったのだから、相談できないだろうか。会う約束でもして、話ができないだろうか。
あまりに沈黙した食事会は、それで終わった。空気の冷え切った中で食べる料理は、味もなにもしなかった。
望んだ婚約でないことは理解した。ならば、打開するための話し合いが必要だ。好意的にとられるかもしれないが、婚約者として会えないかと手紙を書くことにした。しかし送る前にシャルリーヌが病に伏したと聞いて、見舞いに行くことになった。
「今は落ち着いているから、会うといいだろう」
ベルティエ家の父親は婚約に前向きとあって、婚前でも娘の部屋に入れることに抵抗はないようだ。
そこにはクロディーヌもいたが、部屋を案内してくれただけだった。廊下を一緒に歩いていても、メイドがいるため細かい話はできない。
部屋に入れば、顔色の悪いシャルリーヌがいた。この婚約が心底嫌なのだろう。見舞いだというのに、顔を上げることもしない。メイドがお茶を持ってくる間、二人きりになった。シャルリーヌは気まずそうに黙っている。
見舞いと称して来ただけだが、シャルリーヌに勘違いさせてしまったようだ。手紙にそんなことを書くわけにはいかなかったので、勘違いしても仕方がないのだが。
「あの、私、好きな人がいるんです。婚約を、破棄したいんです!」
先に沈黙を破ったのはシャルリーヌの方だった。
はっきりとした言葉を受けて、面食らった。俺が言う前に先に断られてしまった。失笑したが、こちらもはっきりと口にしたい。お互いの意見は同じだ。
「破棄よりも、白紙にしたい」
「え、なかったことにしたいんですか?」
「そうだ。その方が都合がいい」
「エヴァリスト様も、好きな人がいるんですか?」
「いる」
「それは、」
最後まで言わずに、シャルリーヌは俺を見つめた。聞く必要がないと思ったのか、聞くのは自分ではないと思ったのか。シャルリーヌはその後を続けず、クロディーヌの話をしはじめた。
「姉の話を聞いていると思いますけど。姉の婚約者が最悪なんです」
「ハンネスが?」
シャルリーヌはハンネスの、クロディーヌへの接し方をかいつまんで教えてくれた。軽く聞いただけで、怒りが湧いてくる内容だ。
「婚約中で、そんな暴言を吐くのか?」
「本当にひどいんです。私の前でも堂々と。親たちに気付かれないって自信があるみたいで」
ハンネスは顔が悪いと噂されているが、言うほど不細工なわけではない。それでどうしてそんな噂が流れているかと言うと、友人によれば、性格の悪さが顔に滲み出ているから。だそうだ。その友人はあまり身分は高くなかった。ハンネスからすれば下に見られる者である。特に身分の低い女性には、性格が悪いのだと噂された。同じように下に見ているからだ。
クロディーヌとの婚約が決まり、正体を表したのか。
関わったことがないため、どんな性格かは知らない。だが、そういった意見が存在することは知っている。シャルリーヌが言うように、人を選んで態度を変えているのだろう。そんな男が、クロディーヌの婚約者?
「聞きたかったんです。もし姉が婚約破棄したら、姉と結婚する気ありますか?」
「ある」
俺は間髪入れず答えた。
もっと早く、それを口にしていれば良かった。自分が愚かなせいで、後手を踏むことになった。
後悔ばかりで、悔やむしかできないことが許せない。拳を握れば、だったら、とシャルリーヌが続けた。
「考えてください。私たちも考えています。私、このままだと駆け落ちをします」
「は?」
シャルリーヌの相手は、コンラッドという騎士だった。コンラッドは知っている男だ。領土へ遊びに行った時、クロディーヌがやたら連れ歩いていたのを覚えている。平民だが剣の練習をしていて、クロディーヌと一緒に剣の腕を磨いていたのだ。クロディーヌがよく名前を出し、気にしている風だったのが気になっていた。
シャルリーヌの好きな人だったのか。子供心に嫉妬しているのを思い出して、恥ずかしくなってくる。
「四人で話せる機会が必要だな。四人は難しいか。三人でもいい」
「コンラッドと二人では話せるんです。お姉様はコンラッドに剣を習っているので」
それはクロディーヌから聞いたことがある。連れ回したコンラッドが騎士になり、今では一、二を争う強さで、剣の指南をしてくれていると。狩猟大会でも弓の練習をコンラッドと行っていると。それを聞いて、胸のもやもやが消えなかったとは言えなかったが。
「私も、お姉様のふりをして剣の稽古をするので」
それもクロディーヌから聞いている。シャルリーヌも剣や弓は得意だと。入れ替わってみて気付かれなかったら、お互い交換して剣の練習をしたらどうだと言ったのは、幼い頃の俺だ。悪巧みが働いた頃の名残は、シャルリーヌに良い影響を残しているらしい。
「そうやってお互い会えているなら、コンラッドにも話がつけやすいな。それで、体調は、仮病だったのか?」
「いえ、ちょっと風邪気味で」
「ならば、体調が戻ったら、治ったふりをして、同じことをしないか?」
とりあえず、二人で話したいのはこちらも同じ。
婚約白紙になったとして、本当の望みは別にある。
クロディーヌと二人で話したい。ただの俺のわがままだ。だがシャルリーヌは、もちろん、と頷いてくれた。
次の見舞いの時、ベッドにいたのはシャルリーヌではなかった。
シャルリーヌの部屋で、病気のふりをしている、クロディーヌだ。
「シャルリーヌの話は聞いたよ」
「あなたには、申し訳ないと思っているけれど」
思ったのだろうか。婚約が破綻していることを。そんなこと思わないでほしいというのは、俺の独りよがりな想いなのだろうか。
君は? どう思っているんだ?
「俺は、安堵している。シャルリーヌとの婚約なんて考えられなかったから」
もっと早く行動していれば、こんな風に偽って会うこともなかった。
「クロディーヌは? ハンネスが最悪だというのは聞いた」
「こちらも婚約破棄を狙っているの。どうにかしてお父様に、あの男の二重人格ぶりを見せたいのだけれど、なかなかボロをださなくて」
「婚約破棄か。君に落ち度がなく、相手に落ち度があるように見せなければならないな」
そうでなければならない。ハンネスの所業をクロディーヌに詳しく聞けば、腹立たしくて、切り捨ててやりたい衝動に駆られた。興味がない男だったとはいえ、そこまで屑だとは思いもしなかった。
「ハンネスのことを調べてみる。そちらもなんとかしよう」
クロディーヌの婚約破棄のために。必ず婚約破棄をさせてやる。友人の話を深掘りして聞いてみよう。嫌なやつだとは言っていたが、具体的になにをされたかは聞いていなかった。他にも被害者はいるに違いない。探す必要がある。
メイドが廊下を歩いてくる音が聞こえて、俺は立ち上がる。メイドがお茶を替えにくる頃を見計らい、会話を終わらせた。
「また、二人で会えないか」
「ええ。もちろんよ」
「頼ってくれてうれしいよ」
頬を染めたクロディーヌは、あまりにも愛らしかった。
しかし、打開する方法がなにも思い浮かばなかった。シャルリーヌも婚約に前向きではなさそうだったのだから、相談できないだろうか。会う約束でもして、話ができないだろうか。
あまりに沈黙した食事会は、それで終わった。空気の冷え切った中で食べる料理は、味もなにもしなかった。
望んだ婚約でないことは理解した。ならば、打開するための話し合いが必要だ。好意的にとられるかもしれないが、婚約者として会えないかと手紙を書くことにした。しかし送る前にシャルリーヌが病に伏したと聞いて、見舞いに行くことになった。
「今は落ち着いているから、会うといいだろう」
ベルティエ家の父親は婚約に前向きとあって、婚前でも娘の部屋に入れることに抵抗はないようだ。
そこにはクロディーヌもいたが、部屋を案内してくれただけだった。廊下を一緒に歩いていても、メイドがいるため細かい話はできない。
部屋に入れば、顔色の悪いシャルリーヌがいた。この婚約が心底嫌なのだろう。見舞いだというのに、顔を上げることもしない。メイドがお茶を持ってくる間、二人きりになった。シャルリーヌは気まずそうに黙っている。
見舞いと称して来ただけだが、シャルリーヌに勘違いさせてしまったようだ。手紙にそんなことを書くわけにはいかなかったので、勘違いしても仕方がないのだが。
「あの、私、好きな人がいるんです。婚約を、破棄したいんです!」
先に沈黙を破ったのはシャルリーヌの方だった。
はっきりとした言葉を受けて、面食らった。俺が言う前に先に断られてしまった。失笑したが、こちらもはっきりと口にしたい。お互いの意見は同じだ。
「破棄よりも、白紙にしたい」
「え、なかったことにしたいんですか?」
「そうだ。その方が都合がいい」
「エヴァリスト様も、好きな人がいるんですか?」
「いる」
「それは、」
最後まで言わずに、シャルリーヌは俺を見つめた。聞く必要がないと思ったのか、聞くのは自分ではないと思ったのか。シャルリーヌはその後を続けず、クロディーヌの話をしはじめた。
「姉の話を聞いていると思いますけど。姉の婚約者が最悪なんです」
「ハンネスが?」
シャルリーヌはハンネスの、クロディーヌへの接し方をかいつまんで教えてくれた。軽く聞いただけで、怒りが湧いてくる内容だ。
「婚約中で、そんな暴言を吐くのか?」
「本当にひどいんです。私の前でも堂々と。親たちに気付かれないって自信があるみたいで」
ハンネスは顔が悪いと噂されているが、言うほど不細工なわけではない。それでどうしてそんな噂が流れているかと言うと、友人によれば、性格の悪さが顔に滲み出ているから。だそうだ。その友人はあまり身分は高くなかった。ハンネスからすれば下に見られる者である。特に身分の低い女性には、性格が悪いのだと噂された。同じように下に見ているからだ。
クロディーヌとの婚約が決まり、正体を表したのか。
関わったことがないため、どんな性格かは知らない。だが、そういった意見が存在することは知っている。シャルリーヌが言うように、人を選んで態度を変えているのだろう。そんな男が、クロディーヌの婚約者?
「聞きたかったんです。もし姉が婚約破棄したら、姉と結婚する気ありますか?」
「ある」
俺は間髪入れず答えた。
もっと早く、それを口にしていれば良かった。自分が愚かなせいで、後手を踏むことになった。
後悔ばかりで、悔やむしかできないことが許せない。拳を握れば、だったら、とシャルリーヌが続けた。
「考えてください。私たちも考えています。私、このままだと駆け落ちをします」
「は?」
シャルリーヌの相手は、コンラッドという騎士だった。コンラッドは知っている男だ。領土へ遊びに行った時、クロディーヌがやたら連れ歩いていたのを覚えている。平民だが剣の練習をしていて、クロディーヌと一緒に剣の腕を磨いていたのだ。クロディーヌがよく名前を出し、気にしている風だったのが気になっていた。
シャルリーヌの好きな人だったのか。子供心に嫉妬しているのを思い出して、恥ずかしくなってくる。
「四人で話せる機会が必要だな。四人は難しいか。三人でもいい」
「コンラッドと二人では話せるんです。お姉様はコンラッドに剣を習っているので」
それはクロディーヌから聞いたことがある。連れ回したコンラッドが騎士になり、今では一、二を争う強さで、剣の指南をしてくれていると。狩猟大会でも弓の練習をコンラッドと行っていると。それを聞いて、胸のもやもやが消えなかったとは言えなかったが。
「私も、お姉様のふりをして剣の稽古をするので」
それもクロディーヌから聞いている。シャルリーヌも剣や弓は得意だと。入れ替わってみて気付かれなかったら、お互い交換して剣の練習をしたらどうだと言ったのは、幼い頃の俺だ。悪巧みが働いた頃の名残は、シャルリーヌに良い影響を残しているらしい。
「そうやってお互い会えているなら、コンラッドにも話がつけやすいな。それで、体調は、仮病だったのか?」
「いえ、ちょっと風邪気味で」
「ならば、体調が戻ったら、治ったふりをして、同じことをしないか?」
とりあえず、二人で話したいのはこちらも同じ。
婚約白紙になったとして、本当の望みは別にある。
クロディーヌと二人で話したい。ただの俺のわがままだ。だがシャルリーヌは、もちろん、と頷いてくれた。
次の見舞いの時、ベッドにいたのはシャルリーヌではなかった。
シャルリーヌの部屋で、病気のふりをしている、クロディーヌだ。
「シャルリーヌの話は聞いたよ」
「あなたには、申し訳ないと思っているけれど」
思ったのだろうか。婚約が破綻していることを。そんなこと思わないでほしいというのは、俺の独りよがりな想いなのだろうか。
君は? どう思っているんだ?
「俺は、安堵している。シャルリーヌとの婚約なんて考えられなかったから」
もっと早く行動していれば、こんな風に偽って会うこともなかった。
「クロディーヌは? ハンネスが最悪だというのは聞いた」
「こちらも婚約破棄を狙っているの。どうにかしてお父様に、あの男の二重人格ぶりを見せたいのだけれど、なかなかボロをださなくて」
「婚約破棄か。君に落ち度がなく、相手に落ち度があるように見せなければならないな」
そうでなければならない。ハンネスの所業をクロディーヌに詳しく聞けば、腹立たしくて、切り捨ててやりたい衝動に駆られた。興味がない男だったとはいえ、そこまで屑だとは思いもしなかった。
「ハンネスのことを調べてみる。そちらもなんとかしよう」
クロディーヌの婚約破棄のために。必ず婚約破棄をさせてやる。友人の話を深掘りして聞いてみよう。嫌なやつだとは言っていたが、具体的になにをされたかは聞いていなかった。他にも被害者はいるに違いない。探す必要がある。
メイドが廊下を歩いてくる音が聞こえて、俺は立ち上がる。メイドがお茶を替えにくる頃を見計らい、会話を終わらせた。
「また、二人で会えないか」
「ええ。もちろんよ」
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頬を染めたクロディーヌは、あまりにも愛らしかった。
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