彼女が死んだ理由は、誰も知らない

MIRICO

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SIDE シャルリーヌ3

 つわりがひどくて痩せた。それが病気を本当のものにしてくれる。
 お腹の膨らみは目立つことはないが、着替えなどは気を付けなければならない。
 お姉様が手伝ってくれることもあったが、今後一人で行うことになるのだからと、一人でなんでもできるように心掛けた。

「料理も勉強しなくちゃ」
「領地に戻ったら学びましょう。今は吐いちゃうじゃない」
「そうよね」
「本を買ってくるわ。暇任せになんでも読みたいって言えば、なんてことないわよ」
 お姉様はあっけらかんと笑う。この人の前向きな姿勢が好きだ。突き進むために努力を欠かさない。

「お姉様」
「あら、なあに。甘えっ子なの」
 私はお姉様に抱きついて、その体をギュッと抱きしめる。お姉様もそれにならうように、私を抱きしめた。

 計画が実行されれば、二度と会うことはできないかもしれない。
 連絡を取っては、誰かに気付かれるかもしれないからだ。
 逃亡の後、一生会えないかもしれない。連絡も取れないかもしれない。
 考えるだけで涙が出そうになる。コンラッドについていくことに後悔などないけれど、お姉様や両親に会えなくなるのは、哀しかった。
 それがわかっているか、お姉様は私の頭を優しくなでてくれる。

「大丈夫よ。今は健康な子供を産むことだけ考えなさい。つわりが終わって、安定期に入ったら、実行しなきゃいけないんだから」
「うん。そうね」

 領地に戻る。そこからはコンラッドが逃走経路を記憶して、二人で逃走する。
 エヴァリスト様の協力の元、逃走用の馬や滞在する場所、新たに住む家なども用意される。身重な私のために、別の医者も探してくれていた。身重で移動するのは不安だが、エヴァリスト様がほとんど用意してくれるので、きっと大丈夫だろう。

 エヴァリスト様に助けてもらってばかりだと言えば、エヴァリスト様はそのおかげで好きな人と結婚ができると笑っていた。好きな人を、私の名前で呼ばなければならない苦痛があるのに、それを見せないような優しさが、お姉様の選んだ人だと思えた。

 寂しいからとそれを顔に出してはいけない。体調が悪いだけだ。私は心の中で自分に言い聞かせる。
 お父様とお母様の顔を見て、もう会えないと思ってはいけない。二人の前で、他の者たちの前で、私がいなくなることを、悟られてはいけない。
 私は、泣いてもいけない。
 つわりが治まれば、領地に行く話は進み出した。

「お父様、お母様……」
「気を付けて帰るのよ。私たちも夏になったら帰るから」

 お父様はすぐに会えると言いながら、寂しそうにするお母様をなだめる。私は笑顔でここを離れなければならない。決して、これで最後であると気付かせてはならない。

 両親と会うのは、これで最後になるだろう。
 涙が流れそうになった。
 この屋敷にも、二度と持ってこない。
 みんな、誰にも会うことはなくなるのだ。
 お父様、お母様。挨拶もせずに、別れることになる。

 泣いてはいけない。知られてはいけない。
 いつもと変わらず、笑顔で手を振るのだ。

「じゃあ、行って参ります」
 私は手を振った。両親に、屋敷のみんなに。

「……シャルリーヌ」
「お姉様」

 私は馬車の中で泣いて、泣いて、心の中で別れを告げた。







 領地には、医者もついてきた。ありがたいことに、赤ちゃんは元気に育っているという。私の我がままで領地までやって来たが、哀しみに暮れていては赤ちゃんも育ちにくくなるだろうと言われて、しっかりしなければと自分の頬を叩く。

 都の屋敷に比べて領地の屋敷の方が人が少ないため、随分気が楽になった。周囲をあまり気にしなくて良くなったからだ。それでも気を抜くことはできない。久しぶりに領地に戻って来た私たちに、屋敷の者たちはよく気にしてくれている。
 ありがたいのに、その心遣いが苦しかった。

 お姉様が発疹のことを告げて、私に触れようとする人はいなくなったけれど、それがむしろ良かったのかもしれない。触れるほど近くにいられたら、泣いてしまうかもしれなかった。

「エヴァリスト様、ようこそいらっしゃいました」
 私が私を捨てる。その時が、近付いてきていた。
 エヴァリスト様が領地にやってきたのだ。

 計画の綿密な確認を行うために、三人で集まって話をする。コンラッドは部屋に入ってこられない。コンラッドは一人、その逃げ道を確認していた。私はただついていくだけ。一緒に逃げるのに、私はなにもできない。それが心苦しい。

 お姉様に、あなたの役目は、しっかり食事をして、元気な子供を産むことだけよ。と言われて、私はそれに努めることにした。体力が減っているので、ご飯もしっかり食べて、軽く散歩に行ったりする。ただでさえコンラッドのお荷物なのだから、できることはしなければならない。お腹が出てきているので、できるだけわかりづらい服装にしているが、ついお腹に手をやってしまう。それに気を付けなければならなかった。

 お姉様とコンラッドは、出掛けては落ちる崖の確認をした。どの時間が一番誰も通らないのか。誰かに見られるわけにはいかない。買い物に出掛けていける時間で、けれど誰にも会わない時間でなければならない。幸いにも、その道はあまり人が通らない。買い物に行くのに近道ではあるが、道が細いので好まれないのだ。

 私はエヴァリスト様と、逃げた後のことを話していた。
 当初、逃げる場所はエヴァリスト様の領地という話だったけれど、やはり近すぎて危険ということで、別の場所になった。その場所について話を聞いていた。エヴァリスト様のお祖母様のご実家がある領地だそうだ。

 エヴァリスト様は私たちのために多くのことを用意してくれている。お姉様と結婚するためとはいえ、負担が多いのは間違いない。けれど、エヴァリスト様は穏やかに笑うだけ。いつも顔が変わらない、冷静沈着な雰囲気なのに、お姉様の話をすると、柔らかさを感じた。この人ならば、お姉様を任せられる。心からそう思った。お姉様もエヴァリスト様が好きだけれど、それと同じくらい、もしかしたらそれ以上に、お姉様のことが好きなのが伝わってくるからだ。

 私たちはお互い愛する人と一緒にいられる。だから苦労などいいのだと、微笑んで口にするのだ。それを聞いて、私の心が温かくなった。エヴァリスト様といて、こんな風に穏やかに笑える日が来るなんて思いもしなかった。

 そして、とうとう、決行の日がやってきた。
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