彼女が死んだ理由は、誰も知らない

MIRICO

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SIDE コンラッド5

 扉の前でうろうろと歩き回り続けて何時間。もうどれだけ経ったのかわからない。
 何度もうめく声が聞こえて、部屋に入りたくなる衝動に駆られたが、その度扉の前で拳を握って我慢した。
 途端、猫の鳴き声のような声が聞こえた。

「ああ、シャル!」
「コンラッド、」

 部屋に入っていいと言われて駆け込んで、俺はシャルリーヌの手を握った。疲れ切った顔をしながら、シャルリーヌは、赤ちゃんを見て、と産湯に浸かってきれいになった赤ちゃんを見せてくれた。
 真っ赤な顔の、愛らしい女の子だった。
 俺の茶色の髪色をして、目の色はシャルリーヌのオレンジ色をしている。

 感謝しかない。涙が流れてきて、シャルリーヌがお父さんなのに泣かないで、と言った。その言葉でなおさら涙が溢れた。

「シャル、ありがとう! 名前はなんて付けよう。女の子の名前なんて、思い付かないよ。君に似て美人になるぞ」
 シャルリーヌは嬉しそうに笑ってくれる。もう出ていけと産婆に言われて部屋を追い出されて、俺は一人泣いて感謝していた。

 やっとの思いでこの土地に辿り着き、二人の生活が始まった。
 長旅でシャルリーヌが体調を崩し、途方に暮れた。エヴァリスト様から事情を聞いていた医者が、近くの村に滞在していた。その医者に頼っても、シャルリーヌの体調は良くならなかったからだ。妊婦に無理をさせたことだけでなく、心労がたたったのだろうと言われ、もしもここでシャルリーヌを失ったらと、毎日祈る日々だった。

 滞在する家は用意されていたのが幸いか。家を探すことなく、村長の畑仕事を手伝い、自分の家の畑仕事も行った。体力があるため、畑仕事以外にも駆り出された。獣が現れるので、その罠を作ったり、狩りをしたりした。獣は家に持ち帰り食事にできる。けれど、あまり家を空けていたくないので、できる限り家の側で仕事をした。シャルリーヌを一人にしたくなかったからだ。

 隣の家に老夫婦が住んでいて、その家の手伝いもしたりする。シャルリーヌの話し相手になってくれるので、安心して留守にすることができるようになった。人と話すことによって気が紛れたのか、シャルリーヌは少しずつ元気を取り戻した。平民の暮らしに偏見がないため、老夫婦ともすぐに仲良くなった。

 シャルリーヌは身分が高いとすぐに気付かれるだろうが、いかにも俺が従僕ぽく見えるのか、駆け落ちしてきたのか。と良く問われて笑って返していた。
 お金は、俺の持ち金でも十分だったが、シャルリーヌが持っていたお金もあった。それは大事にしまってある。若い夫婦が金持ちなのはおかしいからだ。

 シャルリーヌは身重でも、元気を取り戻すと、俺の仕事を手伝うようになった。とはいえ畑を耕したり狩りに行けるわけではないので、獣用の罠を一緒に作ったり、獣を捕らえる網を作ったりした。料理もお互いで行う。家にいてくれる分、シャルリーヌが作ることは多かった。クロディーヌ様と練習をした成果があったと、今ではお手のものだ。

 もちろん、慣れない生活に苦労はある。赤ん坊が生まれて、眠れない日々も続いた。シャルリーヌもどうしていいかわからないと、老夫婦に相談しにも行った。夜泣きが多く、泣いてばかりで乳を飲んでは吐き出してしまう。病気ではないか、ちゃんと育てられるのか、不安ばかりだ。それでも、シャルリーヌが後悔しないように、俺は尽くすだけだった。

「熊が現れるんだ。もう冬眠の時期だからな。今年は遅い。山の幸が採れないのだろう。山火事があったからな」
「罠を増やしますか?」
「頭がいいから、避けて通るんだよ。だから、畑仕事とか、気を付けてな。隣の村では畑仕事中に襲われたそうだ。奥さんと子供は気を付けておけよ。もちろん、あんたもな」

 事情を知っている村長がわざわざ伝えにきてくれて、俺は扉を閉めてからシャルリーヌと子供を見遣った。
 領地にいた時も熊はいた。だが、家に入ってきたら? そう考えただけで背筋が凍った。

「罠を仕掛けておくに越したことはないわよね」
「そうだな。矢も増やしておこう。熊には矢はあまり効かないが、目を狙うことはできるから」

 遠目からでは当たるかどうかの程度だが。もしもシャルリーヌや子供に目掛けられた時、矢で射って自分に向けることはできるだろう。畑仕事中も弓矢を近くに置いておこうと算段する。シャルリーヌには、できるだけ外には出ないように伝えた。

「私も弓を練習するわ!」
 さすが、クロディーヌ様と入れ替わり、おてんばだったシャルリーヌ。当然のように、言い出した。そして、その腕は、ほとんど衰えていなかったのだ。
 的に当たり前に当てる腕に、感嘆しかない。騎士団で使っている弓矢とは比べ物にならないほどちゃちなのに、シャルリーヌは悠々と的に当てる。

「あまり、距離が飛ばないわよね」
「そこまでしっかりしたものじゃないから」
「うーん。その距離も計算して射ないとダメね」

 腕が衰えていないのもそうだが、そんな素人とは思えない発言をするのだから、俺は苦笑する。
 妊娠してからも、散々弓矢は使ってきたしな。それがこんなことに役立つとは。とはいえ、熊相手に弓を引くのはやめてほしいものだ。危険でしかない。家に入ってすぐに火を焚いて驚かせるのが一番だ。ここは危険だと知らせて、近寄らないように熊に教えるのだ。

 シャルリーヌは楽しそうに弓を引く。足元の動きが鈍いくらいで、剣もすぐに持ちそうだ。筋力も減っているだろうが、復帰は近そうだった。なんといっても、本人が体を動かすことが好きな上に、才能がある。

 そんなことがあって間もない頃、それが現れた。
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