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第一章
41 練習
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夜、一人になれば、それなりに緊張して過ごしていた。
森には小さな獣もいるので草を踏む音はたまに聞こえるが、夜中に響く獣の鳴き声も鳥のようなものが羽ばたく音も、普段なら自然を感じながら耳にしていたのに、さすがに落ち着いて聞くことはできなかった。
ベッドに鍋を置いて眠ったのは、もしもの時、盾にするためである。
使うことはなく朝が来るたびに、一応は安心する。とはいえ、明るいから安全とは言えないので、常に周囲を気にしていなければならない。それでもリリがいることに心強さを感じていた。
コルセットはできあがり、アルフのいる店に渡しに行った。しかしアルフが忙しくて会えなかった。親方という方に渡すと、物をじっくり見られ、カバンや靴、帯に至るまで、じろじろ見られたので、お代は今度で良いと逃げてきた。
あの手の感じは、あまり深入りしない方がいい。目立つ真似はしたくないのだが、どうにも持っている物に興味を持たれがちだ。
そうしてその夜も問題なく過ごし、玲那は森に行くことにした。
リトリトの毛を得ることと、ビットバの練習をするためである。
「まったく、人が悪いんだよ。驚かす気満々で来るからね」
鍋を手にしたまま眠っていたら、ぼうっとうつる、白い光。
悲鳴を上げて飛び起きれば、使徒だった。
いったい、どこの幽霊。なまじ全身真っ白なので、本当に驚いた。驚かせるために、ぼんやり出てきたとしか思えない。そして、夜現れるのは笑えない。
使徒は人を驚かせておいて、「お元気そうで、なによりです」と言ってきた。人を驚かせておいて、元気だとか言う神経、どうかと思う。
とりあえずスローライフでも日本とは違うスリルを味わってます。と嫌味を言っておいたが軽くスルーされ、本を渡された。
「お土産は嬉しいけど、登場の仕方は、もう少し私の心臓を考えて行ってほしいよ」
前の体であれば、体力を失っていると思う。
歩きながら見つけた草を刈り、種を取るために木の実を拾う。秋の実りなのか、実が増えてきた。この時にたくさん取って、庭に植えたり保存したりしておきたい。
できるだけ体力を失わないように、家から離れて森を進む。川に沿って上流へ向かっていく。あまり景色は変わらない。
そうしてずっと歩き続けて、そろそろ川を渡ることにした。
「リリちゃん。用意はいい? これから向こうに行くよ」
「ピイ!」
言葉は理解しているのか、頭の上でリリが返事をする。羽で頭を叩いてくるので、早く行けと急かされているようだ。
川から離れて歩くと、少しずつ森が深くなってくる。木の種類が違うのか、葉が多く、空が見えにくくなってきていた。
日はさしているのだが、影ばかりで、少し冷えてくる。
「よし、この辺にしよう」
岩場の影に荷物を下ろし、遠くを見つめる。普段聞いている、歌うような鳥の声はない。カラスのような鳴き声はリトリトだろうか。食事の邪魔をされて鳴いているようだ。誰かがリトリトの食事を邪魔したのだろう。
いや、川を越えたのだから、人は討伐隊騎士しかいない。それか、魔物だ。
ごくりと喉が鳴る。魔物辞典は読み込んできた。この辺りに出る魔物は大きいものではなく、人より大きなものは出てこない。せいぜい一メートルだが、一メートルの動物を考えれば、そんなものが襲ってくれば恐ろしいことこの上ない。熊が襲ってくるようなものだ。弾丸のように突っ込んでこられたら、太刀打ちできない。それらが現れる前に終わらせたい。
周りに生き物の気配がないか確認しつつ、川を背にして手を伸ばす。討伐隊騎士がいたら大変なことになるので、打つとしても、空に向かってだ。
「えーと、ビッと、バ、だから、軽く。ビッて出てほしいので、ピ、くらいで。いや、ポン、くらいで」
ラッカを倒した時のように、ビッと飛んでいっては大事になってしまう。イメージはポンだ。ポン。
「ポン!」
口に出して言った瞬間、ボン、と木々の隙間になにかが飛んでいった。
木の枝が落ちてきて、ギュアー、ギュアー、と濁声を出した鳥が羽ばたいていく。
「いや、ボン、じゃなくて、ポンだって!」
けれど、前に比べて勢いはない。折れた枝も一本だけだ。ラッカの時は、遠くまで光が届くのが目に見えた。先ほどは枝を破壊するような飛び方をしていた。少しは威力が減っている。うまくできるかもしれない。
「長くやってると、誰か来るよね」
フェルナンとオレードが来る前に逃げる必要があるのだから、さっさと練習を終えよう。これは、あまり回数が行えない。
「ボン、じゃなくて、ポン、くらい。ポン」
クラッカーが放たれる程度の、パン、か、風船が割れる程度の、ポン、だ。
「ポン! わっ!」
今度は、地面に目掛けて飛ばしてみた。近くに飛ばしすぎて、地面から爆竹で弾けたように小石と土が飛び出す。足元に小石が飛んできて、弁慶に当たった。そこまで痛くなかったので、先ほどよりずっと小さな攻撃になっている。
いい感じだ。これが、いきなり襲われた時にできるかだが。
だからこそ練習が必要だ。魔物は出てくる様子はないが、注意しながら続けるしかない。
そう意気込んで、玲那はお腹が鳴るまで練習した。腹時計は正確である。帰りにリトリトを探して、魔物に会うことなく無事家に戻ったのだ。
その後、強盗が再び家に来ることはなかった。
けれど、安心した頃、それは起きたのだ。
森には小さな獣もいるので草を踏む音はたまに聞こえるが、夜中に響く獣の鳴き声も鳥のようなものが羽ばたく音も、普段なら自然を感じながら耳にしていたのに、さすがに落ち着いて聞くことはできなかった。
ベッドに鍋を置いて眠ったのは、もしもの時、盾にするためである。
使うことはなく朝が来るたびに、一応は安心する。とはいえ、明るいから安全とは言えないので、常に周囲を気にしていなければならない。それでもリリがいることに心強さを感じていた。
コルセットはできあがり、アルフのいる店に渡しに行った。しかしアルフが忙しくて会えなかった。親方という方に渡すと、物をじっくり見られ、カバンや靴、帯に至るまで、じろじろ見られたので、お代は今度で良いと逃げてきた。
あの手の感じは、あまり深入りしない方がいい。目立つ真似はしたくないのだが、どうにも持っている物に興味を持たれがちだ。
そうしてその夜も問題なく過ごし、玲那は森に行くことにした。
リトリトの毛を得ることと、ビットバの練習をするためである。
「まったく、人が悪いんだよ。驚かす気満々で来るからね」
鍋を手にしたまま眠っていたら、ぼうっとうつる、白い光。
悲鳴を上げて飛び起きれば、使徒だった。
いったい、どこの幽霊。なまじ全身真っ白なので、本当に驚いた。驚かせるために、ぼんやり出てきたとしか思えない。そして、夜現れるのは笑えない。
使徒は人を驚かせておいて、「お元気そうで、なによりです」と言ってきた。人を驚かせておいて、元気だとか言う神経、どうかと思う。
とりあえずスローライフでも日本とは違うスリルを味わってます。と嫌味を言っておいたが軽くスルーされ、本を渡された。
「お土産は嬉しいけど、登場の仕方は、もう少し私の心臓を考えて行ってほしいよ」
前の体であれば、体力を失っていると思う。
歩きながら見つけた草を刈り、種を取るために木の実を拾う。秋の実りなのか、実が増えてきた。この時にたくさん取って、庭に植えたり保存したりしておきたい。
できるだけ体力を失わないように、家から離れて森を進む。川に沿って上流へ向かっていく。あまり景色は変わらない。
そうしてずっと歩き続けて、そろそろ川を渡ることにした。
「リリちゃん。用意はいい? これから向こうに行くよ」
「ピイ!」
言葉は理解しているのか、頭の上でリリが返事をする。羽で頭を叩いてくるので、早く行けと急かされているようだ。
川から離れて歩くと、少しずつ森が深くなってくる。木の種類が違うのか、葉が多く、空が見えにくくなってきていた。
日はさしているのだが、影ばかりで、少し冷えてくる。
「よし、この辺にしよう」
岩場の影に荷物を下ろし、遠くを見つめる。普段聞いている、歌うような鳥の声はない。カラスのような鳴き声はリトリトだろうか。食事の邪魔をされて鳴いているようだ。誰かがリトリトの食事を邪魔したのだろう。
いや、川を越えたのだから、人は討伐隊騎士しかいない。それか、魔物だ。
ごくりと喉が鳴る。魔物辞典は読み込んできた。この辺りに出る魔物は大きいものではなく、人より大きなものは出てこない。せいぜい一メートルだが、一メートルの動物を考えれば、そんなものが襲ってくれば恐ろしいことこの上ない。熊が襲ってくるようなものだ。弾丸のように突っ込んでこられたら、太刀打ちできない。それらが現れる前に終わらせたい。
周りに生き物の気配がないか確認しつつ、川を背にして手を伸ばす。討伐隊騎士がいたら大変なことになるので、打つとしても、空に向かってだ。
「えーと、ビッと、バ、だから、軽く。ビッて出てほしいので、ピ、くらいで。いや、ポン、くらいで」
ラッカを倒した時のように、ビッと飛んでいっては大事になってしまう。イメージはポンだ。ポン。
「ポン!」
口に出して言った瞬間、ボン、と木々の隙間になにかが飛んでいった。
木の枝が落ちてきて、ギュアー、ギュアー、と濁声を出した鳥が羽ばたいていく。
「いや、ボン、じゃなくて、ポンだって!」
けれど、前に比べて勢いはない。折れた枝も一本だけだ。ラッカの時は、遠くまで光が届くのが目に見えた。先ほどは枝を破壊するような飛び方をしていた。少しは威力が減っている。うまくできるかもしれない。
「長くやってると、誰か来るよね」
フェルナンとオレードが来る前に逃げる必要があるのだから、さっさと練習を終えよう。これは、あまり回数が行えない。
「ボン、じゃなくて、ポン、くらい。ポン」
クラッカーが放たれる程度の、パン、か、風船が割れる程度の、ポン、だ。
「ポン! わっ!」
今度は、地面に目掛けて飛ばしてみた。近くに飛ばしすぎて、地面から爆竹で弾けたように小石と土が飛び出す。足元に小石が飛んできて、弁慶に当たった。そこまで痛くなかったので、先ほどよりずっと小さな攻撃になっている。
いい感じだ。これが、いきなり襲われた時にできるかだが。
だからこそ練習が必要だ。魔物は出てくる様子はないが、注意しながら続けるしかない。
そう意気込んで、玲那はお腹が鳴るまで練習した。腹時計は正確である。帰りにリトリトを探して、魔物に会うことなく無事家に戻ったのだ。
その後、強盗が再び家に来ることはなかった。
けれど、安心した頃、それは起きたのだ。
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