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デリバリーヘルス
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呼ばれたラブホテルの一室。クイーンサイズのベッドと、ふかふかとした枕二つ。ヘッドボードにはBGMを操作するツマミとメニュー表。灰皿とライター。安っぽいスキンに黄ばんだ電話機。部屋の隅には小さな冷蔵庫。テレビに再生機。一昔前のゲーム機、カラオケ用のマイク二本。ガラステーブルの上に「ウェルカム」と書かれたメモと、申し訳程度の菓子が備えてある。
どこにでもあるような、オレンジ色の淡い光に支配されたその部屋に、彼女はいた。
黒いストレートの髪は、胸のあたりまで真っ直ぐに伸びていた。淡い照明がその髪を柔らかく照らしている。
薄い唇に、大きな目。左頬に一つほくろがあり、それが妙に色っぽく見えた。
彼女は二人掛けソファに腰を下ろしていた。入ってきた私を一瞥し、緩やかに笑う。
「ごめんなさい、女なのに呼んじゃって」
開口一番の謝罪に私は胸の前で手を振り、素っ頓狂な声を上げた。
「いえ、そんな!」
その声に安堵したのか、彼女は「良かった」と黒々とした髪を梳く。
私は自分の傷んだ茶髪が恥ずかしくなり、隠すように彼女の前に跪いた。「何分にしますか?」と問うと、彼女はぐちゃりと歪んだ三枚の一万円札をガラステーブルに置き「六十分で」と言った。歪んだ札を、申し訳なさそうに指先で伸ばす。
「握りしめてたから、歪んでるね」
「ごめんなさい」。眉を八の字にさせ謝罪する彼女に気を遣わせたくなくて、首を横に振る。
お辞儀をし、二万円を受け取った。余った一万を彼女へ返す。
「選んだコースは、二万円で足ります。こちらは……」
「あ、えっと、チップ。で、良いのかな? チップということで、受け取って下さい」
「え」と声を上げると、彼女は「気にしないで」と一万円を手に握らせる。
男の客でもここまで気前の良い人はあまり居ない。最近の客はケチだとボヤいていた先輩の言う通り、値切ってきたり、サービス外のものを求めてくる輩さえいる。
そんな連中に比べれば、彼女はまるで神様のような人だ。
猫撫で声をあげ、それを受け取る。
「では、少々お待ちください」
携帯端末をカバンから取り出し、ドライバーへ電話をかけ、プレイ時間を伝えた。
私の勤めるデリバリーヘルスはかなりカツカツで、ドライバーを雇われ店長が行う日もあり、それが今日だ。
「女が相手だなんて不運だな、いちごちゃん。女が好きだなんて気持ち悪りぃ。俺が混ざって相手してやろうか」
その言葉を聞き流し、乱暴に電話を切った。苛立った雰囲気に気が付いたのか、彼女は「大丈夫?」と声をかけてきた。
「すみません……えっと、私、女性相手は初めてで……どうすれば」
そう言いながら、一応、カバンの中からローションと玩具を取り出す。「私が攻めれば?」と問うと、彼女は困り顔で首を振った。
「大丈夫、何もしなくていいよ。勿論、私も貴方に何もしない。この空間で、私とゆっくりして欲しいの」
そう言い、彼女はソファから立ち上がり、しわ一つないベッドへ腰を下ろす。乗り上げ、大の字で寝そべった。
隣をポンと叩き、私を招く。「失礼します」と言い、彼女の隣へ寝た。
天井は趣味の悪い鏡張りだ。自分と目が合い、居心地が悪くなった。
何かしなければ、と彼女の手へ指を伸ばす。が、彼女は私の方へ顔を向け「無理しないで」と呟く。
「……なんてお呼びしたら?」
「キョウカ、って呼んで」
「私は、えっと。いちごって言います」
「くだもの子猫ちゃん」という馬鹿げた名前の大衆デリバリーで勤めている風俗嬢、それが私。
勤めて約二年弱。働き始めた理由は、特にない。借金があればあくせくと働くだろうが、あいにくそういうのを背負って生きていない。
だらりと生活して、だらりと働いて、その日を気ままに生きている。
ふと、隣の女性が気になる。
彼女は、どんな人物なのだろう。そんなことをぼんやりと考える。
「いちごちゃん」。彼女の唇がゆっくり動く様を、鏡越しに見つめた。
同性なのにその仕草にドキリとしてしまったのは、この独特の雰囲気に呑まれたからだろうか。
私は一瞬、体が熱くなり咳払いをした。
「……キョウカさんは、デリヘルとかよく呼ぶんですか?」
「ううん、初めて」
彼女は落ち着いたトーンで話しながら、上半身を起こす。
ベッドから降り、ガラステーブルに置かれたリモコンをおもむろに取った。電源ボタンを押すと、テレビから女性の喘ぎ声が聞こえた。思わず心臓が跳ね上がる。
彼女は「ラブホテルっぽくていいね」と軽く笑い、ゲーム機を起動させた。画面にはゲーム会社のロゴが浮かび上がっている。
ゲーム機の近くに備え付けてあったコントローラーを二つ持った彼女は私へそれを渡し「遊ぼう」と歯を見せた。
◇
「キャ! 待って、待って」
彼女がやろうと提案してきたのは数あるキャラクターから一人を選び、レースをするというゲームだ。
初めて握るゲームのコントローラーに苦戦しながら、彼女を横目に見る。とても愉快げで、ホッと胸を撫で下ろす。画面の中で繰り広げられるレースに集中しているのか、私の視線には気がついていない様子だ。
周回遅れの車にアイテムが当たり、彼女はケタケタと声を上げた。
「いちごちゃん、待って、一回待って、車を止めて」
笑う振動でベッドのスプリングが軋み、こちらまで揺れる。
私は「待ちませんよ」と指先を器用に動かし、画面の中で周回遅れの彼女を追い越した。彼女は悲嘆の声をあげ、私の肩を小突く。
今までに会ったことのないタイプの客に、私は改めて変わった人だなぁと思った。たかだかレベルの知れた女を数万で呼び出し、やることがコレとは。余裕があるのか、はたまた、奇人なのか。
私が今まで出会った男達の中には、こちらへ金を払う間も無く全裸になったり、過激なサービスを要求したり、時間いっぱい粘るものもいる。
だからこそ、こういうふうな遊びをするお客さんはとても珍しかった。
「ふぅ」
ひとしきり遊んだのち、テレビを消した彼女はベッドへ再び寝転がった。
私はそっと携帯端末を見る。残り二十分。十分前にはドライバーからコールが来る。それまでは、まだ少しだけ時間があった。
私は彼女の隣へ近づく。
「あの……私、本当に何もしなくていいんですか?」
その問いに、彼女はキョトンとした顔をしたのち破顔させ、肩を揺らした。
「いいの。気にしないで」
「でも……」
「私、死ぬつもりなの」
────
加筆+既存の作品が修正されたバージョンがKindleにて電子書籍で出ています。
読み放題でしたら無料となりますので、もしよろしければお暇つぶし程度に読んでいただけますと嬉しいです。
プロフィールのリンクから、もしくはAmazonで「女と女」で検索していただけますと幸いです。
どこにでもあるような、オレンジ色の淡い光に支配されたその部屋に、彼女はいた。
黒いストレートの髪は、胸のあたりまで真っ直ぐに伸びていた。淡い照明がその髪を柔らかく照らしている。
薄い唇に、大きな目。左頬に一つほくろがあり、それが妙に色っぽく見えた。
彼女は二人掛けソファに腰を下ろしていた。入ってきた私を一瞥し、緩やかに笑う。
「ごめんなさい、女なのに呼んじゃって」
開口一番の謝罪に私は胸の前で手を振り、素っ頓狂な声を上げた。
「いえ、そんな!」
その声に安堵したのか、彼女は「良かった」と黒々とした髪を梳く。
私は自分の傷んだ茶髪が恥ずかしくなり、隠すように彼女の前に跪いた。「何分にしますか?」と問うと、彼女はぐちゃりと歪んだ三枚の一万円札をガラステーブルに置き「六十分で」と言った。歪んだ札を、申し訳なさそうに指先で伸ばす。
「握りしめてたから、歪んでるね」
「ごめんなさい」。眉を八の字にさせ謝罪する彼女に気を遣わせたくなくて、首を横に振る。
お辞儀をし、二万円を受け取った。余った一万を彼女へ返す。
「選んだコースは、二万円で足ります。こちらは……」
「あ、えっと、チップ。で、良いのかな? チップということで、受け取って下さい」
「え」と声を上げると、彼女は「気にしないで」と一万円を手に握らせる。
男の客でもここまで気前の良い人はあまり居ない。最近の客はケチだとボヤいていた先輩の言う通り、値切ってきたり、サービス外のものを求めてくる輩さえいる。
そんな連中に比べれば、彼女はまるで神様のような人だ。
猫撫で声をあげ、それを受け取る。
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「女が相手だなんて不運だな、いちごちゃん。女が好きだなんて気持ち悪りぃ。俺が混ざって相手してやろうか」
その言葉を聞き流し、乱暴に電話を切った。苛立った雰囲気に気が付いたのか、彼女は「大丈夫?」と声をかけてきた。
「すみません……えっと、私、女性相手は初めてで……どうすれば」
そう言いながら、一応、カバンの中からローションと玩具を取り出す。「私が攻めれば?」と問うと、彼女は困り顔で首を振った。
「大丈夫、何もしなくていいよ。勿論、私も貴方に何もしない。この空間で、私とゆっくりして欲しいの」
そう言い、彼女はソファから立ち上がり、しわ一つないベッドへ腰を下ろす。乗り上げ、大の字で寝そべった。
隣をポンと叩き、私を招く。「失礼します」と言い、彼女の隣へ寝た。
天井は趣味の悪い鏡張りだ。自分と目が合い、居心地が悪くなった。
何かしなければ、と彼女の手へ指を伸ばす。が、彼女は私の方へ顔を向け「無理しないで」と呟く。
「……なんてお呼びしたら?」
「キョウカ、って呼んで」
「私は、えっと。いちごって言います」
「くだもの子猫ちゃん」という馬鹿げた名前の大衆デリバリーで勤めている風俗嬢、それが私。
勤めて約二年弱。働き始めた理由は、特にない。借金があればあくせくと働くだろうが、あいにくそういうのを背負って生きていない。
だらりと生活して、だらりと働いて、その日を気ままに生きている。
ふと、隣の女性が気になる。
彼女は、どんな人物なのだろう。そんなことをぼんやりと考える。
「いちごちゃん」。彼女の唇がゆっくり動く様を、鏡越しに見つめた。
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私は一瞬、体が熱くなり咳払いをした。
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彼女は「ラブホテルっぽくていいね」と軽く笑い、ゲーム機を起動させた。画面にはゲーム会社のロゴが浮かび上がっている。
ゲーム機の近くに備え付けてあったコントローラーを二つ持った彼女は私へそれを渡し「遊ぼう」と歯を見せた。
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「いちごちゃん、待って、一回待って、車を止めて」
笑う振動でベッドのスプリングが軋み、こちらまで揺れる。
私は「待ちませんよ」と指先を器用に動かし、画面の中で周回遅れの彼女を追い越した。彼女は悲嘆の声をあげ、私の肩を小突く。
今までに会ったことのないタイプの客に、私は改めて変わった人だなぁと思った。たかだかレベルの知れた女を数万で呼び出し、やることがコレとは。余裕があるのか、はたまた、奇人なのか。
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「ふぅ」
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私は彼女の隣へ近づく。
「あの……私、本当に何もしなくていいんですか?」
その問いに、彼女はキョトンとした顔をしたのち破顔させ、肩を揺らした。
「いいの。気にしないで」
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