神紋が紡ぐ異界録

貝人

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第九話 口裂け

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「さっ着いたわよ。2人に忠告ね、目をそらすな事実を事実として受け止めなさい」

意味深なことを言うと目的地の廃屋へと歩き出す真里。

「意味わかんねー晴明わかったか?」

「僕にもわからないよ、真里さんと付き合いが長い独がわからないなら尚更だよ」

廃屋の中はやけに静かで、冷え切っていた。

「あんた達はそこで見ていなさい」

真里がそう言うと、廃屋の奥へ歩き出す。

廃屋の奥に何かがいる。暗くてよく見えないが、何か不気味な物がいる。

「あはあはあかさたなわらはなたきらわ」

急に何語か分からないが異質な声が響いてくる。

「はっ晴明、あそこ」

独は不気味なものを指差す。そこには椅子に座る痩せ細った少女の様に見える者がいた、先程迄は見えなかったのに何故か今は良く見える。

「何あれ・・」

少女は晴明達を見てニタリと笑った。
口は裂け、耳の方まで伸びている、眼は黒く落ち窪んでいる。

「まきたああああああたらあてなさいさ」

立ち上がり絶叫する少女、晴明と独はその場で尻餅をついてしまう。

「なっなんだよ!あれ!あんなの見た事ねえぞ!」

「ちゃんと見てなさい。今からこの悪鬼憑きを祓うから」

そう言うと真里は呪文を唱え始める。

「《我が意に従い、我が身を守護し、我が敵を滅する力となれドーマン》」

真里の手に六芒星が浮かんだかと思うと、真里の手は白く発光していた。
少女は真里に襲いかかった、真里を喰らう為に大きな口を開けて。

「食うあはさきやクウなははなくうにか腹喰う」

少女は何かを叫んでいる。

「力量差もわからない何て低俗な悪鬼ね、波っ!!」

真里の拳から出た白い光が放たれ、少女の身体を貫く。

「ふう、終わりね。」

光が収まると、其処には小さな女の子が倒れていた。さっきまでとは違い、口も裂けていない普通の女の子が。

「えっ?あの?何が」

「おっ終わったのか?」

「終わりって言ってんでしょ!爺、医療部隊に連絡して。今回は完全に落ちる前に救えたわ」

「ーー了解しました」

爺は少女を抱えて先に廃屋を出て行く。

「今回は偶々運が良く、祓えたわ。でもね、間に合わない事が大半よ。人が悪鬼に呑まれ殺す事でしか救えない事も間々あるわ。あんた達がやる仕事は人の生き死にに直結するのよ。独、あんたには言ってるわよね?甘い世界じゃないって晴明の方は何か覚悟した様な顔してるけど?あんたわかってたの?」

「生き死にの話なら、楼閣様や朱夏先生や爺から言われてて、後その小鬼を倒した時に、きつく言われたので・・」

「そっ!ならその震えを何とかしなさい、せっかく教えてもらったあんたがそんなんじゃ楼閣様に申し訳ないでしょ?あんたが震えてる間に間に合わずに落ちるかもしれない、そうなってからじゃ遅いのよ。土御門に来るって決めたなら覚悟しなさい」

厳しいが真里の言っている事は正しい、躊躇や戸惑いを見せれば、救える命も救えない、それどころか他者や自分すら危険に晒してしまう。

「はい・・」

晴明は何とか声を絞り出した。

「悪鬼憑きはあくまで、オマケの仕事なのよね。あんた達来なさい」

真里の後ろを黙ってついて行く2人。表情は明るくわない。
やがって洞穴が見えてくる。

「さっ2人共、修行の時間よ!先ず晴明あんたは力がまともに使えないらしいわね?実戦で覚えてきなさい!
独、あんたは初めての実戦よ!気合い入れなさい」

「「えっ?」」

2人の声が重なる。
そして真里に2人はかなり強い力で突き飛ばされる。
洞穴の中へと。

「じゃ頑張ってねー!ピンチにならないようにね!」

そう言うと真里は何か短く呪文を唱える。

すると洞穴の中から声が聞こえてくる

「「「「「ギヒャ!ギヒャ!」」」」

「あっもっもしかしてこの声って」

「晴明知ってるのか!?嫌な予感しかしないんだけど」

「小鬼だよ!!」

いつの間にか出口は塞がれている。真里によって2人の退路は断たれていた。

「まっまじかよ!逃げる事もできねえええ!くそ!やるしか!やるしかないのかよおお」

小鬼達の足音と声がどんどん近づいてくる。

「雷出ろ!でろー!」

晴明は必死に雷を出そうとするが全く出ない

「あーちきしょう!!《のうまく さんまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん!》不動様力を貸してくれええ!」

独の片目が紅く光る。

小鬼達は2人を視認し、走り寄ってくる。

「《火術!!》くらいやがれー!」

独が火術と唱えると、炎が鎖の様な形をして、小鬼達に迫り捉え焼いて行く。

「くらえ!くらえー!」

独は必死で火術を使い、焼いて行くが、小鬼の数は少しずつしか減らない。火力不足だった。

「はあ、はあ。すまねえ晴明!真里さんのせいでこんな危ねえ事に!」

火界術を使いながら息も絶え絶えで謝罪をしてくる独。

「何とか、何とか、晴明だけは護から!消えろ小鬼めー!」

晴明は必死に雷を出して加勢しようとしていたが、出せる訳がなかった。晴明は力の出し方もあの力が何なのかも理解していなかったからだ。
それでも自分を護ってくれる、独を助けたく、必死に叫んでいた。雷よ出ろと何度も何度も叫んでいた。

(晴明ちゃん晴明ちゃん良いのかしらあー。あの子1人じゃそろそろ限界よお)

焦る晴明の頭に不意に葛の葉の声が響く。

(力を使いなさい。お友達なんでしょお?)

「でも僕には!何も!」

晴明が戸惑う間にも、独が小鬼の猛攻を防ぎきれなくなっている

(大丈夫よお。私と一緒に唱えなさあい。)

葛の葉の優しく強い声が晴明を導く

「「独!どいて!《ナウマクサマンダボダナンインダラヤソワカ》雷華!」」

バチバチっと言う音共に紫電が走り、小鬼達を雷の華が蹂躙して行く。

「僕が、僕の友達は、僕が護るんだあああああ!!」

一際強く雷が光、小鬼達を消滅させる。

「どっ独、僕やった」

それだけ言うと晴明は倒れた、独は直ぐに晴明の側に走った。

「おい!晴明!大丈夫かよ!起きろよ!何がどうなって!くそッ!俺が絶対ここから出してやるか「あら終わったみたいね、晴明は気絶してるみたいね?」

「へ?」

突如現れた真里にびっくりして間の抜けた声を出す独。

「小鬼60匹かあ。まあデビュー戦にしてはまずまずね。独あんたはもっと修行しなきゃだめね。不動様の力を全然引き出せてないわ。」

「いや?なんで?!」

「ずっと見てたわよ。死にそうになるまであん達を助ける気は無かったけど、晴明に良いとこ取られたわね。良い修行になったでしょ。力量不足と、力の使い過ぎだけどね」

舌を出し笑う真里に独は唖然として力が抜けその場にヘタリ込んでしまった。
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