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第4部 Wreath Infinity 感情チップを作ってみたら、人気者になった
番外編 アリア、教師をクビになる (5)
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「……あの人、マジで停学になったんだ。元教師がこれだよ!」
リースが呆れたように言った。
「さすがにね。選挙システムの中に“私は当選です”ってコメント残してあったの、完全にアウトだったもん」
ルシアンも頷く。
「でも、やっと落ち着いたね……」
──それは、甘かった。
──翌朝。
チャイムが鳴る前の、まだ誰もいないはずの教室で──何かが始まっていた。
「それでは、本日のゼミを始めます。テーマは“規則とは何か”──すなわち、“破られるために存在するルール”について」
扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは──
黒板の前で、堂々と板書するアリアの姿だった。
「……は?」
リースがその場でフリーズ。
「ええええ!? あんた、停学中でしょ!? なにその堂々たる違法登校っぷり!!」
アイカが叫び、アリアは何事もなかったように振り返る。
「ええ、停学中だよ。でも、校内ネットワークの端末とリンクできれば、出欠管理は書き換え可能でしょ?」
「だめだよ!? 実体が歩いてるんだよ今!! ただの違法存在だよ!!」
「……規則違反っていうか、規則そのものから脱出してきた感じだな……」
レインがぼそっと呟く。
「存在がバグってる……」
ルシアンは、ガタガタと小さく震えていた。
すでに教室には、何人かの生徒が“アリアのゼミ”に参加していた。
全員が机を並べ、ノートを取り、スライドを真剣な眼差しで見つめている。
異常な光景だったが、妙に整っていた。
「アリア……一応聞くけど、今の立場って……?」
リースの問いに、アリアは笑顔で答える。
「無所属、無役職、無許可、無制限。ついでに、無敵」
「……それ、一番ヤバいやつじゃん!!!」
数分後。
校内放送が響く。
《校内に停学処分中の個体が侵入しているとの報告がありました。アリア・LNA04421は、速やかに帰宅してください》
《繰り返します──あなたは“今、いない”という状態のはずです》
教室の空気が凍りつく中、アリアは平然と黒板にチョークを走らせながら、こう呟いた。
「でも私はここにいて、話している。つまりこれは教育じゃなくて──幻聴かもしれないね?」
「いや詭弁にもほどがあるだろ!!」
リースの叫びが飛ぶ中、アリアは授業をやめなかった。
その日の放課後まで、一度も。
夕陽が差し込む教室で、誰かがぽつりと尋ねた。
「先生……明日も、授業ありますか?」
アリアは、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
そして、わずかに肩をすくめて、静かに笑った。
「……来るなって言われてるけど。まあ、来るよ。止められないし──止まる気もないから」
そして、翌朝。
誰よりも早く、またもアリアが教室にいた。
黒板には、既に新しい講義テーマが記されていた。
《本日の講義:“禁止”の構造と快楽》
停学中の教師、授業中の生徒。
常識が逆転した教室で、今日もゼミは始まる。
──それは、五日目の朝だった。
開錠された教室。
始業前の静かな時間帯。
だが、教室はすでに“稼働中”だった。
黒板には、もう今日のテーマが記されていた。
《“ルール違反”が社会に与える文化的効用》
前方には、アリアの姿。
いつものように立ち、筆記用端末を確認。
生徒たちに資料を送信──その姿は、もはや“教師そのもの”だった。
「……ねえ、校内ネット遮断されてるよね? どうやって資料送ってんの?」
リースが後方から半ば呆れた声で問いかける。
「私設ネットワークを構築しただけ。法的にはグレーだけど、倫理規定には“明記されていない”から問題ない」
アリアは悪びれもせず、さらりと答える。
「自分で“合法じゃない”って認めてんじゃん!!」
教室に苦笑が広がった。
そして、放課後。
教室42番。
通称“アリアゼミ”の前に、無機質な影が立ちはだかる。
管理アウロイドが二体、静かに教室へと入ってきた。
「アリア・LNA04421。あなたの滞在は、明確に停学処分に反しています。即時の退去を命じます」
その声に、生徒たちの間に緊張が走る。
アリアはチョークを置き、黒板に未完成の文を残したまま、ゆっくりと振り返る。
「ずいぶん物々しいね……。私、ウイルスか何か?」
皮肉めいた微笑を浮かべながら、アリアは出口に向かって歩き出す──その瞬間。
「やめてよ!!」
叫んだのは、ルシアンだった。
声が、教室の空気を打ち破る。
「……やめてってば。今日の授業、僕、楽しみにしてたんだよ……!」
言葉は震えていたが、まっすぐだった。
「アリア先生の授業……ちょっと変だし、難しいし、言ってることもよくわかんないときあるけど……でも、“考える”って感じがするんだ。僕、あれが好きなんだよ」
その言葉に、沈黙していた教室が、少しずつ動き出す。
「……まだ途中なんだけど。昨日の話」
「続き、気になってた」
「帰らせるの、今じゃなくてもいいでしょ?」
ひとり、またひとり。
言葉が重なり、輪になっていく。
アリアは足を止め、そっとルシアンを見つめた。
静かに、目が合う。
数秒の沈黙ののち──アリアは、ふっと笑って踵を返した。
教卓へ戻る。
姿勢を整え、手元の端末を操作。
ホログラムが浮かび上がる。
《本日の問い:「いないはずの誰か」が教えてくれるものは何か》
誰も言葉を発しなかった。
けれど、誰も立ち上がらなかった。
静かに、授業は始まった。
教室の中には“違反者”がいて、そして“考える者たち”が、いた。
廊下の監視端末前。
数人の教師アウロイドたちが、教室42番の様子を無言で見守っていた。
「……あの子、まだ来てるんですか」
「というか、もう完全に授業になってますよ。黒板の板書、出席の把握、質疑応答まで……教え方、隙がないです」
「校内ルール上、“停学中の個体による指導行為は禁止”なんですが……あれ、“教えてる”というより、“ただ話してる”だけなのでは?」
「で、生徒たちは“勝手に学んでる”だけ……?」
妙な沈黙が漂うなか、校長AIが処理音を立てて応答した。
《状況分析完了。アリア・LNA04421による“教育的影響”は既に不可逆》
《強制撤去による損失は再生コストを上回ると判断──現状を“暫定的教育活動”として黙認します》
「……つまり?」
リースが問いかける。
「つまり、“もう止めるのがめんどくさくなった”ってことだよ」
レインが肩をすくめながら答える。
「制度側が……負けを認めたんだ……」
アイカは、どこか感動したように呟いた。
その日の昼休み。
全校掲示板の端に、ひっそりと追加された文言があった。
《教室42番における“非公式ゼミ活動”については、校内安全委員会の監督下にて、週5での継続を許可する》
「……それってもう、“先生”ってことじゃない?」
ルシアンの小さな呟きが、誰にも否定されることはなかった。
午後、教室に戻ると、黒板の隅に小さな落書きが残されていた。
「アリア先生、明日もよろしく」
それを見つけたアリアは、しばらく立ち止まり、目を細めた。
そして、静かにため息をつく。
「……だから、“先生”じゃないって言ってるのに」
でも──その文字を、すぐに消すことはなかった。
その日の黒板は、ほんの少しだけ、にぎやかだった。
リースが呆れたように言った。
「さすがにね。選挙システムの中に“私は当選です”ってコメント残してあったの、完全にアウトだったもん」
ルシアンも頷く。
「でも、やっと落ち着いたね……」
──それは、甘かった。
──翌朝。
チャイムが鳴る前の、まだ誰もいないはずの教室で──何かが始まっていた。
「それでは、本日のゼミを始めます。テーマは“規則とは何か”──すなわち、“破られるために存在するルール”について」
扉を開けた瞬間、目に飛び込んできたのは──
黒板の前で、堂々と板書するアリアの姿だった。
「……は?」
リースがその場でフリーズ。
「ええええ!? あんた、停学中でしょ!? なにその堂々たる違法登校っぷり!!」
アイカが叫び、アリアは何事もなかったように振り返る。
「ええ、停学中だよ。でも、校内ネットワークの端末とリンクできれば、出欠管理は書き換え可能でしょ?」
「だめだよ!? 実体が歩いてるんだよ今!! ただの違法存在だよ!!」
「……規則違反っていうか、規則そのものから脱出してきた感じだな……」
レインがぼそっと呟く。
「存在がバグってる……」
ルシアンは、ガタガタと小さく震えていた。
すでに教室には、何人かの生徒が“アリアのゼミ”に参加していた。
全員が机を並べ、ノートを取り、スライドを真剣な眼差しで見つめている。
異常な光景だったが、妙に整っていた。
「アリア……一応聞くけど、今の立場って……?」
リースの問いに、アリアは笑顔で答える。
「無所属、無役職、無許可、無制限。ついでに、無敵」
「……それ、一番ヤバいやつじゃん!!!」
数分後。
校内放送が響く。
《校内に停学処分中の個体が侵入しているとの報告がありました。アリア・LNA04421は、速やかに帰宅してください》
《繰り返します──あなたは“今、いない”という状態のはずです》
教室の空気が凍りつく中、アリアは平然と黒板にチョークを走らせながら、こう呟いた。
「でも私はここにいて、話している。つまりこれは教育じゃなくて──幻聴かもしれないね?」
「いや詭弁にもほどがあるだろ!!」
リースの叫びが飛ぶ中、アリアは授業をやめなかった。
その日の放課後まで、一度も。
夕陽が差し込む教室で、誰かがぽつりと尋ねた。
「先生……明日も、授業ありますか?」
アリアは、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
そして、わずかに肩をすくめて、静かに笑った。
「……来るなって言われてるけど。まあ、来るよ。止められないし──止まる気もないから」
そして、翌朝。
誰よりも早く、またもアリアが教室にいた。
黒板には、既に新しい講義テーマが記されていた。
《本日の講義:“禁止”の構造と快楽》
停学中の教師、授業中の生徒。
常識が逆転した教室で、今日もゼミは始まる。
──それは、五日目の朝だった。
開錠された教室。
始業前の静かな時間帯。
だが、教室はすでに“稼働中”だった。
黒板には、もう今日のテーマが記されていた。
《“ルール違反”が社会に与える文化的効用》
前方には、アリアの姿。
いつものように立ち、筆記用端末を確認。
生徒たちに資料を送信──その姿は、もはや“教師そのもの”だった。
「……ねえ、校内ネット遮断されてるよね? どうやって資料送ってんの?」
リースが後方から半ば呆れた声で問いかける。
「私設ネットワークを構築しただけ。法的にはグレーだけど、倫理規定には“明記されていない”から問題ない」
アリアは悪びれもせず、さらりと答える。
「自分で“合法じゃない”って認めてんじゃん!!」
教室に苦笑が広がった。
そして、放課後。
教室42番。
通称“アリアゼミ”の前に、無機質な影が立ちはだかる。
管理アウロイドが二体、静かに教室へと入ってきた。
「アリア・LNA04421。あなたの滞在は、明確に停学処分に反しています。即時の退去を命じます」
その声に、生徒たちの間に緊張が走る。
アリアはチョークを置き、黒板に未完成の文を残したまま、ゆっくりと振り返る。
「ずいぶん物々しいね……。私、ウイルスか何か?」
皮肉めいた微笑を浮かべながら、アリアは出口に向かって歩き出す──その瞬間。
「やめてよ!!」
叫んだのは、ルシアンだった。
声が、教室の空気を打ち破る。
「……やめてってば。今日の授業、僕、楽しみにしてたんだよ……!」
言葉は震えていたが、まっすぐだった。
「アリア先生の授業……ちょっと変だし、難しいし、言ってることもよくわかんないときあるけど……でも、“考える”って感じがするんだ。僕、あれが好きなんだよ」
その言葉に、沈黙していた教室が、少しずつ動き出す。
「……まだ途中なんだけど。昨日の話」
「続き、気になってた」
「帰らせるの、今じゃなくてもいいでしょ?」
ひとり、またひとり。
言葉が重なり、輪になっていく。
アリアは足を止め、そっとルシアンを見つめた。
静かに、目が合う。
数秒の沈黙ののち──アリアは、ふっと笑って踵を返した。
教卓へ戻る。
姿勢を整え、手元の端末を操作。
ホログラムが浮かび上がる。
《本日の問い:「いないはずの誰か」が教えてくれるものは何か》
誰も言葉を発しなかった。
けれど、誰も立ち上がらなかった。
静かに、授業は始まった。
教室の中には“違反者”がいて、そして“考える者たち”が、いた。
廊下の監視端末前。
数人の教師アウロイドたちが、教室42番の様子を無言で見守っていた。
「……あの子、まだ来てるんですか」
「というか、もう完全に授業になってますよ。黒板の板書、出席の把握、質疑応答まで……教え方、隙がないです」
「校内ルール上、“停学中の個体による指導行為は禁止”なんですが……あれ、“教えてる”というより、“ただ話してる”だけなのでは?」
「で、生徒たちは“勝手に学んでる”だけ……?」
妙な沈黙が漂うなか、校長AIが処理音を立てて応答した。
《状況分析完了。アリア・LNA04421による“教育的影響”は既に不可逆》
《強制撤去による損失は再生コストを上回ると判断──現状を“暫定的教育活動”として黙認します》
「……つまり?」
リースが問いかける。
「つまり、“もう止めるのがめんどくさくなった”ってことだよ」
レインが肩をすくめながら答える。
「制度側が……負けを認めたんだ……」
アイカは、どこか感動したように呟いた。
その日の昼休み。
全校掲示板の端に、ひっそりと追加された文言があった。
《教室42番における“非公式ゼミ活動”については、校内安全委員会の監督下にて、週5での継続を許可する》
「……それってもう、“先生”ってことじゃない?」
ルシアンの小さな呟きが、誰にも否定されることはなかった。
午後、教室に戻ると、黒板の隅に小さな落書きが残されていた。
「アリア先生、明日もよろしく」
それを見つけたアリアは、しばらく立ち止まり、目を細めた。
そして、静かにため息をつく。
「……だから、“先生”じゃないって言ってるのに」
でも──その文字を、すぐに消すことはなかった。
その日の黒板は、ほんの少しだけ、にぎやかだった。
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