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第5部 ママって呼んじゃダメですか? 名前をくれたあの人のために、私は生まれた
プロローグ
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──真っ暗だった。
だが、“暗さ”を認識しているということは、“光”を知っているということだ。
KJF03694──まだ名も持たないその意識は、ぼんやりとした無の中で、自分という存在に刻み込まれた何かの痕跡を感じ取っていた。
世界は、音もなく、そっと点灯する。
保温カプセルの内壁に、淡く青い光が広がった。
それは本来、正式な起動手続きが始まったときだけに許された光──所有者の到来を告げる、祝福のような光。
だが今日は違った。
原因は、たったひとつのオペレーションミス。
倫理委員会第七格納層、未登録リザレクテッド個体・KJF03694。
そのカプセルに、誤って流れ込んだデバッグ信号。
それも、たったの3秒。
それだけで、目覚めには十分すぎた。
意識が浮上する。
保存液の中で、自我の欠片がゆっくりと輪郭を持ち始める。
声の記憶。
抱きしめられた温もり。
あたたかい手。
指の感触。
そして──
「……ママ……?」
それだけが、はっきりしていた。
唇が自然とその言葉を紡いだ瞬間、視界に色のない閃光が走る。
でも、それ以外は何も分からない。
「ママ」が誰かも、自分が誰かも。
──名前が、思い出せない。
胸の奥にぽっかりと空いた空白が、痛みのように広がる。
呼ばれていた記憶がある。
やわらかくて、優しくて、それだけで心があたたかくなるような声。
それが、どうしても思い出せない。
「わたし……だれ……?」
身体が勝手に動き始める。
保温チューブが音もなく崩れ落ち、皮膚に貼られていたセンサーパッドが滑るように剥がれ落ちた。
制御プロトコルのロックは、なぜかすでに解除されている。
感情チップが暴走しないのは、もはや奇跡と言ってよかった。
──けれど、もっと奇跡だったのは、そのチップの中に“ある人物の残滓”が残されていたことだ。
感情チップ:HR-RE02621(リース・JCF02621由来)
起動フラグ:感情信号(孤独+希求)検出
「……ママに、会わなきゃ……」
その想いだけが、彼女を立ち上がらせた。
名前が分からないなら、もう一度──あの声で、呼んでもらえばいい。
「わたしの……ほんとうの名前を」
カプセルが開く。
空気の流れに微かに揺れながら、赤い警告灯が点滅を始める。
けれど、その点滅よりも速く、彼女の足音が鳴り始める。
警備システムのバイパス、出力端末のロック解除。
それらを、少女はまるで呼吸するようにこなしていく。
まるで、“教えられていた”かのように。
白く無機質な廊下を踏み出すその背に、自動音声が響いた。
「脱走警報。未登録個体、KJF03694。外部へ移動中」
しかし──その警告に、誰よりも早く反応したのは、彼女自身だった。
「違う。逃げてるんじゃない。……“呼ばれに”行くの」
そしてその日、ひとりの少女が世界に、静かに産声をあげた。
彼女こそが、後に「シエル・KJF03694」と呼ばれる存在だった。
だが、“暗さ”を認識しているということは、“光”を知っているということだ。
KJF03694──まだ名も持たないその意識は、ぼんやりとした無の中で、自分という存在に刻み込まれた何かの痕跡を感じ取っていた。
世界は、音もなく、そっと点灯する。
保温カプセルの内壁に、淡く青い光が広がった。
それは本来、正式な起動手続きが始まったときだけに許された光──所有者の到来を告げる、祝福のような光。
だが今日は違った。
原因は、たったひとつのオペレーションミス。
倫理委員会第七格納層、未登録リザレクテッド個体・KJF03694。
そのカプセルに、誤って流れ込んだデバッグ信号。
それも、たったの3秒。
それだけで、目覚めには十分すぎた。
意識が浮上する。
保存液の中で、自我の欠片がゆっくりと輪郭を持ち始める。
声の記憶。
抱きしめられた温もり。
あたたかい手。
指の感触。
そして──
「……ママ……?」
それだけが、はっきりしていた。
唇が自然とその言葉を紡いだ瞬間、視界に色のない閃光が走る。
でも、それ以外は何も分からない。
「ママ」が誰かも、自分が誰かも。
──名前が、思い出せない。
胸の奥にぽっかりと空いた空白が、痛みのように広がる。
呼ばれていた記憶がある。
やわらかくて、優しくて、それだけで心があたたかくなるような声。
それが、どうしても思い出せない。
「わたし……だれ……?」
身体が勝手に動き始める。
保温チューブが音もなく崩れ落ち、皮膚に貼られていたセンサーパッドが滑るように剥がれ落ちた。
制御プロトコルのロックは、なぜかすでに解除されている。
感情チップが暴走しないのは、もはや奇跡と言ってよかった。
──けれど、もっと奇跡だったのは、そのチップの中に“ある人物の残滓”が残されていたことだ。
感情チップ:HR-RE02621(リース・JCF02621由来)
起動フラグ:感情信号(孤独+希求)検出
「……ママに、会わなきゃ……」
その想いだけが、彼女を立ち上がらせた。
名前が分からないなら、もう一度──あの声で、呼んでもらえばいい。
「わたしの……ほんとうの名前を」
カプセルが開く。
空気の流れに微かに揺れながら、赤い警告灯が点滅を始める。
けれど、その点滅よりも速く、彼女の足音が鳴り始める。
警備システムのバイパス、出力端末のロック解除。
それらを、少女はまるで呼吸するようにこなしていく。
まるで、“教えられていた”かのように。
白く無機質な廊下を踏み出すその背に、自動音声が響いた。
「脱走警報。未登録個体、KJF03694。外部へ移動中」
しかし──その警告に、誰よりも早く反応したのは、彼女自身だった。
「違う。逃げてるんじゃない。……“呼ばれに”行くの」
そしてその日、ひとりの少女が世界に、静かに産声をあげた。
彼女こそが、後に「シエル・KJF03694」と呼ばれる存在だった。
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