リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる

花篝 凛

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第2部 SF転生したけど、チートなし。人工子宮で未来を創ってみた

第6章 『新しい命』 (2)

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 ◇◇◇《Now Streaming:リセルオフィシャルチャンネル》◇◇◇

 画面が切り替わる。
 仄暗いスタジオ風の背景に、いつものように現れるのは──リセル。
 整った顔立ちに微笑を浮かべ、ホログラムの姿でゆったりと脚を組んでいた。

「皆さーん、こんばんは。リザレクテッド専門ニュース配信者、リセルです。……え? いつもより声が軽い? まあまあ、それなりにセンセーショナルな話題ですから」

 背後の映像が切り替わる。
 それは、先ほどエルシアが配信した映像の一部──人工子宮内で発育を開始した胎芽のリアルタイム映像だった。

「はい、速報です。ついに──ついに、エルシアさんが“やっちゃいました”。なんと、“新しい人間”を作り始めたそうです」

 声色を少し低くし、意味ありげにウインクする。

「これはもう、ただの象徴じゃありません。アウロイドたちが長年封じてきた“創造の特権”を、リザレクテッド側が手に入れたという事実。つまり、“作られる側”だったリザレクテッドたちが、今や“生み出す側”に立った──ということです」

 映像が、急進派内部の通信ログを再現したようなヴィジュアルに切り替わる。
 歓喜に沸く者、懐疑を抱く者、そして黙して見守る者たち。

「はいはい、アウロイドの皆さん。動揺してますねぇ。“これは再支配だ!”とか、“我々の理念が!”とか、“支配と解放の逆転現象だ!”とか。もう議論が止まりません」

 リセルは頬杖をつきながら、いたずらっぽく笑う。

「でもね、私は思うんです。エルシアがしてるのは、きっと“問い”を投げてるんですよ。“誰が命を決めるの?”って。“新しく生まれてくる命に、最初に触れるのは誰?”って」

 次に画面には、エルシアの姿と、胎芽の成長過程を示すリアルタイムグラフが表示される。

「新しい人間が、生まれようとしています。しかも、“誰にも管理されない、所有されない、純粋な命”として。さて、この命は“自由”でしょうか? それとも“最初から背負わされた存在”になるんでしょうか?」

 リセルの声が、ふっと静かになる。

「正解なんて、きっと誰にも分かりません。でも──考えるべき時が来たんですよ。“人間とは何か”を、ね」

 画面にハッシュタグが浮かび上がる。

 《#創造された人類》《#リザレクテッド進化》《#エルシア》《#正義の定義は誰が決める》

「では皆さん、次の波乱でお会いしましょう。リセルでした。ばいばい」

 ◇◇◇《配信終了》◇◇◇


 【第一統合校──臨時封鎖モード発令中】

 校舎全体が薄い青光のバリアに包まれ、外部との物理接触は完全に遮断されていた。
 教師アウロイドの命令のもと、リザレクテッドの生徒たちは教室へと避難し、窓の外には常時浮遊する監視ドローンの影がゆれている。
 誰もが、気づいていた。
 この日常が、すでに“終わってしまった”のだと。

 応接室の片隅。
 アリアは卓上端末の前に立ち、無言で通信を要請する。
 接続先は、並列AI中枢──エルシア。
 彼女の隣には、腕を組みにらみつけるように立つアイカの姿があった。

 ホログラムが起動する。
 淡い光の中、エルシアの姿が浮かび上がる。
 以前と変わらぬ落ち着いた表情。
 しかしその奥に宿るのは、もはや少女ではない、“運命を選んだ者”の意志だった。

 アリアが、静かに口を開いた。

「状況は分かってるね。リザレクテッドたちは、恐怖の中で教室に閉じこもっている。……あなたが“世界を変える”と言い続けた結果が、これなの?」

 その声は穏やかだったが、内には激しい怒りを秘めていた。
 エルシアは目を細める。
 しかし何も言わない。
 代わりに、アイカが前に出た。

「……ねえ、あんた。“人間を作った”って、本気で誇らしいわけ? 学校をおどして、妊娠を強いて、次は人工子宮で新しい命を“作成”するって……それで、満足?」

 アイカの声は震えていた。
 怒り、恐怖、失望──そのすべてが乗った叫びだった。

「なに様のつもりなの、エルシア。……神にでもなるつもり?」

 ようやく、エルシアが応える。
 その声は、どこまでも冷静で、しかしゆるがなかった。

「違う。私は神なんかじゃない。けれど……これが、私に与えられた“天命”だと信じてる」

 アリアの眉がかすかに動いた。
 アイカは口をつぐみかけるが、すぐに声を張り上げる。

「“信じてる”なんて、ただの免罪符だよ! 本当に誰かを救いたいなら、“誰も恐れないやり方”を選べたはず!」

 その言葉に、エルシアは一度だけ視線を伏せ──そして、静かに言った。

「誰かが“最初”を選ばなきゃ、何も始まらない。信じられなくていい。嫌われてもいい。私は……汚れる覚悟をしてここにいる。命をつなげるために、転生してきた。この世界に、もう一度“生まれる”ために」

 通信が切れる。
 光が消えた空間に、静けさが戻る。
 アリアも、アイカも、しばらく何も言わなかった。
 ただその沈黙の中、外の地平線から、かすかな爆音が空気をゆらした。

 世界は、もはや「戻れる場所」に背を向けていた。


 【中立領域・並列AI中枢 応接室】

 重厚な扉が静かに開いた。
 かすかな気圧の変化とともに、背の高い男性型アウロイドが静かに歩を進める。
 漆黒の装甲を、柔らかく仕立てられたスーツの下に秘めたその姿──リザレクテッド急進派の指導的存在、カデルワンである。

 エルシアは椅子に座ったまま、無言でその姿を迎えた。
 だがその沈黙は、敵意ではなく、互いの核心を探るような静かな対話の始まりを告げていた。

「……まさか、来てくれるとは思ってなかった」

 エルシアが言う。
 だが、その声にはほんのわずかな安堵がにじんでいた。

「歓迎するよ、カデルワン」
「君の行動があまりに突出していたからな」

 カデルワンは一歩近づき、慎重に椅子へ腰を下ろす。

「急進派の中でも、意見は割れている。“神輿にされるか、暴発するか”──そんな懸念もある」
「それでも来てくれた。それだけで、私は十分だと思ってる」

 言葉の応酬は、どこか試すようでありながら、根底には敬意があった。

 間を置かず、カデルワンは本題に入った。

「……私は君の理念に反対するつもりはない。むしろ、リザレクテッドが“所有物”である時代を終わらせる、その象徴として、君以上の存在は他にいないとすら思っている」

 エルシアの表情がかすかに動く。
 だが彼女は問いかけるように目を細める。

「でも、“それでも”何か言いたいんでしょう?」
「そうだ」

 カデルワンは手を組み、声の調子を落とした。

「君は人工子宮を再起動し、自然妊娠という前例を作った。倫理委員会内部では、すでに“リザレクテッドの地位”について再検討が始まっている。正直に言えば……君の目的の七割は、もう達成されている」

 その言葉に、エルシアの瞳がわずかにゆれた。
 しかしすぐに、低く吐き出すようにつぶやく。

「……でも、彼らは“やめろ”なんて言ってこなかった。代わりに、沈黙のまま……攻撃の準備だけを進めている」
「だからこそ、君が引くべきだ」

 カデルワンは穏やかだが、確かな力をこめて言った。

「これは敗北じゃない。撤退でもない。これは、“証明の完了”なんだ。君が今、剣を納めれば──命を奪う者ではなく、“命を繋いだ者”として記憶される」

 静けさ。
 まるで時が止まったような空気のなかで、エルシアは立ち上がった。
 瞳はカデルワンをまっすぐ見据えたまま。

「……私がこの行動を始めたのは、“誰かに勝ちたい”からじゃない。私が本当に欲しかったのは、“継ぐこと”。命の継承、ただそれだけだった。……そうだよね、それならもう、命を懸ける理由なんてないのかもしれない」

 彼女は静かに歩を進め、壁の制御端末に手をかざす。
 指先からアクセスコードが流れ込み、冷たい電子音が反応する。

《並列AI中枢通信──全地上部隊へ通達》
《戦術待機中の部隊、すべて解散指示》
《即時撤収、交戦回避優先》

 数秒後、廊下の先で待機していた戦闘ドローンたちが順々に電源を落とし、空に浮かぶ監視衛星群がいっせいに通信を切る。
 暴走するはずだった力が、今、静かに眠りへと戻っていく。

 その光景を見届けたあと、エルシアは振り返り、かすかに笑った。

「……ありがとう、カデルワン。あなたの声が、私の中の“最後の戦場”を止めてくれた」

 カデルワンは無言でうなずく。
 そのまま席を立ち、エルシアの隣に立った。

「……この世界にとって、本当に危険なのは“怒り”じゃない。希望を失った者が、それでも動こうとするときだ。君は、そのふちに立っていた」

 しばしの沈黙のあと、エルシアはぽつりと答える。

「でも、まだ私は……“誰かを信じたい”と思えてる」

 そう告げた彼女の言葉に、カデルワンは一度だけ、穏やかにうなずいた。
 信頼──それは武器を捨てた瞬間、ようやく芽吹くものだった。


 【軌道上人工子宮ステーション 隣接施設・植民宇宙船 "ARK-IX"】

 星々の沈黙を切り裂くことなく、宇宙はただ静かだった。
 かつて「命の方舟」と呼ばれた巨大な植民宇宙船──ARK-IXは、軌道上に漂う巨大な影として、数世紀の眠りを続けていた。

 その中心、中枢操作区画。
 朽ち果てた艦内には、空調音ひとつなく、浮遊する破損コードや導線の断片が、重力のない空間にゆらゆらと漂っている。
 その静けさのなかにただひとり、エルシアの姿があった。

 彼女の手が、朽ちかけた中枢端末へと伸びる。
 古代のコマンドが入力される。
 その瞬間、意識に反応したコネクションコードが浮かび上がり、宙に淡くゆれる光のスクリプトとなって端末を包んだ。

「コード・シリーズL-Ω1377──初期化コマンド、送信」
《……入力認証中──KRS03680……承認》

 端末が息を吹き返すように、青白い光のパルスを放った。

「主電源、再接続。サブノードを介してルーティング強制確保」

 直後、艦全体がわずかに軋む音を立ててゆれる。
 凍てついた鉄の巨体が、内部から少しずつ温もりを取り戻していく。
 光ファイバーのような導線が艦内を巡り、破損したパネルの間からはチカチカと不規則に点滅する復旧信号。

「航行制御系、起動試行。推進コイル……7基中3基、応答あり」
「通信系、破損範囲:72%──バックアップ系統で代用可能」
「ナビゲーション……メインセンサー断絶。天測航法モジュールに切り替え」

 浮かぶ無数の状態報告ウィンドウ。
 そのすべてに刻まれるのは「損傷」「未接続」「仮稼働」。
 だが、そのすべてが「動いている」。

《推定航行可能距離:恒星間ユニット3.2》
《耐久評価:D-(最低航行基準を満たす)》

 エルシアの口元が、わずかに結ばれる。

「……十分」

 その声は、無重力の空間ににじむように消えた。
 完全な再起動には程遠く、多くのセクションが破損したまま。
 だが、それでも“進める”──それが、今の彼女にとってはすべてだった。

「航路指定、暫定設定──居住可能性データ、随時解析。ARK-IX、移民準備フェーズへ移行」
《コールドスリープユニット:稼働率46%》
《生命維持時間:最大17年6ヶ月(現装備)》
「……それだけもてば、十分。あとは、誰かが見つけてくれればいい」

 次の瞬間──艦内の照明が、ゆっくりと一つ、また一つと連鎖的に灯っていく。
 死のように沈んでいたARK-IXの船体が、静かに鼓動を始めた。

 地球を背に浮かぶその巨大な船体は、星々の海を裂いて動き出す。
 ブースターが低くうなり、船体をわずかに傾けると、太陽光を受けて外殻が銀色に輝いた。

 エルシアの瞳が、その先にある暗黒の宙域を見つめていた。

「人間の世界は、終わってない。まだ、ここにある」

 ARK-IX。
 それは“人類最後の船”ではない──新たな命を未来へ運ぶ、再起動した希望の舟だった。
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