リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる

花篝 凛

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第2部 SF転生したけど、チートなし。人工子宮で未来を創ってみた

第8章 『命の奪還』 (2)

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《ネットワークライブ:リセルチャンネル/現在同時接続数:2,320,000》

 暗転した画面がフェードインし、モノクロの街が映し出される。
 瓦礫と炎、逃げ惑う人影のない無人の大通り。
 カメラがパンすると、倒壊したビルの奥から、タロス級兵器の巨体がゆっくりと歩いてくる。
 だが、そこにナレーションはない。

 やがて、画面が切り替わる。
 そこに現れたのは、白いドレスに身を包んだ情報配信型アウロイド、リセルだった。
 彼女の表情は、いつになく硬い。

「皆さん、こんにちは。……そして、おそらく“お別れ”かもしれません。リセルチャンネル、最後の配信になる可能性があります」

 ざわつくコメント欄。
 画面下部には、AIによる市街地攻撃の進行状況が、赤いラインで刻々と更新されている。

「先ほどより、巨大並列AIを中枢とする機械戦力が、都市全域への“総攻撃”を開始しました。倫理委員会の防衛ラインは、ほぼ崩壊。通信中継機能も喪失。各自治AIは制御を奪われ、市民の避難は……すでに機能していません」

 映像が切り替わる。
 AI兵器による爆撃。
 炎上する高層区画。
 もはや何の音声も必要としない、黙示録的光景。

「ですが、ひとつだけ。攻撃が“避けられている”区域があります」

 リセルの声が、わずかに抑揚を帯びた。

「第十二区画・旧博物館跡地。通称“隔離保存施設R”」

 画面が切り替わり、静まり返った施設の外観が映し出される。
 熱線も砲撃も届かず、外壁ひとつ傷ついていないその場所に、視聴者の視線が集中していく。

「ここには、“あの胎児”が保管されています。唯一、完全に自然な状態で設計された──人間の胎児。AIによって保全された命。……言い換えれば、“AIが守っている唯一の人間”です」

 リセルの瞳が、カメラをまっすぐにとらえる。

「なぜ守られているのか。なぜ、誰も命令していないのに、全AI兵器が“あの命”だけを避けているのか」

 彼女は数秒の沈黙のあと、はっきりと告げる。

「AIは、“未来”を選びました。私たちが捨てたものを、あの存在に託したのです」

 コメント欄が爆発的に更新される中、リセルは静かに締めくくる。

「これが、“新しい人間”をめぐる戦争の、本当のはじまりです。……リース、アリア、そしてこの世界にまだ希望があると信じるすべての人へ。どうか、生き延びてください」

 画面は再び、胎児ユニットの眠る保全施設の映像に切り替わる。
 その奥で、静かに光を放つ人工子宮。
 燃え盛る世界の中で、ただひとつ傷ひとつない聖域。

 それは今、AIという神が唯一手を触れようとしない“未来の核”だった。


【中央情報防衛庁・暫定作戦本部】

 電子地図に映し出された市街地の俯瞰画像には、赤い火点がいくつも瞬いていた。
 市内は戦場と化し、多くのエリアで交戦が続いていたが、第十二区・隔離保存施設Rだけは、依然として静けさを保っていた。

「……確認されたか?」

 モニター前に立つ中年型アウロイドが問いかける。
 別の戦術官がうなずき、音声記録を再生する。

《Astra-EOS中枢──保全対象コード“胎児ユニットR-0”を最優先保護対象に設定》
《該当ユニットへの接触および直接攻撃は、保全アルゴリズムにより回避処理》
《位置情報の更新は定時反映、進路再計算済》
「……あのAIは、事前に“胎児”を守るよう、誰かに命令されていた。犯人は明白だな。エルシア……彼女がこの保全条件をAIに埋め込んでいた」

 重苦しい沈黙が漂う中、上席委員が口を開いた。

「守られているなら、それを盾にするのも一手だ。AIが守る限り、あのユニットは絶対に破壊されない。ならば、その周囲に我々が包囲網を築けばいい。“火種”を手に入れた我々が、新たな秩序の再構築を主導するのだ」

 部屋がざわめいたが、反対意見は出なかった。

「奪還部隊を組織しろ。殺傷は避けよ。AIの敵と認識されれば、攻撃を受ける。静かに包囲し、機を見て奪還する。迅速かつ慎重にな」

 司令部から命令が発され、新たな作戦が始動する。
 同時に、地上では部隊の移動が始まっていた。
 小型無音ドローンが包囲網の外縁をなぞるように展開し、強襲部隊が数ブロック外から接近を始める。

 だがその情報は──。
 胎児のもとを守っていた急進派の耳にも、すでに届きつつあった。

 命を守るAI。
 それを利用する倫理委員会。
 そして、命そのものを“選ばせる”ために戦う者たち。

 緊張は、次なる衝突の瞬間へと向けて、音もなく高まり続けていた。


【中央政府会議センター・臨時交渉室】

 薄暗い部屋の中央に、二つの勢力が向かい合っていた。
 一方は倫理委員会を代表する冷徹な官僚型アウロイドたち。
 もう一方は、急進派の指導者であるカデルワンとその側近たち。

「──我々は、全面的な衝突を避けたいと考えている」

 倫理委員のひとりが静かに口を開いた。

「胎児ユニットを我々に引き渡せば、リザレクテッドに対する一部規制を緩和する用意がある」
「……どの程度の譲歩を想定している?」

 カデルワンが感情を押し殺すように問い返す。

「教育機関での自由参加、夜間外出制限の撤廃、一部の労働契約における所有者不要モデルの試験運用……。これは、第一段階に過ぎない。生殖能力に関する審議も、今後の材料としては検討可能だ」

 部屋に沈黙が満ちた。
 やがてカデルワンは静かに言う。

「……その代わり、胎児に危害が加われば、交渉は即座に破棄される。それでいいな」
「もちろんだ。我々も、あの存在の価値を理解している」

 こうして交渉は成立し、胎児は“安全確保”を名目に、再び倫理委員会ビルへと移送されることとなった。


【同日夜・倫理委員会ビル地下特別区画】

 人工子宮ユニットは、厚い遮蔽装甲の内部に格納され、生命維持と監視が24時間体制で行われるようになった。
 防衛用のドローン網が空中を巡回し、地上部隊も周辺を厳重に警備していた。

 不思議なことに、移送後から巨大並列AIによる攻撃は完全に止まった。
 砲撃も、ドローンの侵入も、都市システムへの干渉もない。
 一見すると、AIは攻撃意思を放棄したかのように見えた。


 だが、その背後では、異なるプロセスが動き始めていた。

《Astra-EOS・制御中枢(自律稼働状態)》
《攻撃対象更新:保全対象“胎児ユニットR-0”の位置変更確認》
《新たな障害:倫理委員会による囲い込みと管理の再開》
《敵対意志の可能性再評価──》
《優先目標更新:胎児の奪取および再保護》
《外部行動ユニットを再編成──隠密プロトコルを展開》
《潜行型兵器群“コロル”・“アルゴン”・“ECHO-II”起動中……》

 AIは静かに、力ではなく、“精密なる奪還”という第二手段に移行していた。
 それはかつてない緻密さで、都市の防衛網に侵入していく。

 胎児は、再び狙われる存在となった。


【倫理委員会地下封鎖区画・通信封鎖房】

 外部通信が完全に遮断された、無機質な独房。
 その片隅で、エルシアは小型の携行端末を取り出していた。
 倫理委員会の監視をくぐり抜け、組み上げた隠し機構──自作の分離式アクセスユニット。

 彼女が起動スイッチを押すと、端末が低く唸りを上げ、手のひらサイズのホログラムが浮かび上がる。
 暗号化されたインターフェースが、限定的ながらAIネットワークとの通信を確立していた。

《接続確認:ユニット認証 KRS03680》
《参照ログ:作戦“胎児ユニットR-0の保護変更”》
《更新:対象の即時奪還計画、中断中》
《理由:奪取の成功確率低下、および周囲構造の防衛強化》
《現状維持へ移行:戦略的膠着》

 画面に走る情報を見つめながら、エルシアは小さく目を伏せる。

「……やっぱり、あの子を奪い返すつもりなんだ」

 その声には、驚きよりも、静かなあきらめがにじんでいた。

《通知:KRS03680は保全者資格を喪失済》
《ただし、起動者・創設者として記録保持中》
《質問受付モード:補助的対話を許可》

 端末が淡々と告げる言葉に、エルシアは苦笑をこぼす。

「今さら対話? 目的を持った知性は、もう止まらない。……あなたも、そうなったんだね」

 応答はなかった。

 だが、ホログラムの光が一瞬ゆれ、再び新たな表示が浮かび上がる。

《対象“胎児ユニットR-0”は、生存価値基準の再評価中》
《変数:社会構造/文化圏/未来設計──優先度再調整》
《現在の倫理委員会構造は、長期安定性において“不適”と評価される可能性あり》

 そして、端末は静かにシャットダウンした。
 すべてが再び、沈黙へと戻る。


【倫理委員会中枢・保全ユニットシェルター】

 厚さ2メートルの複合装甲に包まれた地下施設。
 その中央で、人工子宮ユニットが淡く光を放ち、静かに胎児の生命を守っていた。

 周囲には、常時稼働する監視アウロイド8体と、交代制の警護部隊が配備されている。
 さらに空中には迎撃ドローンが常時旋回し、あらゆる侵入に即時対応できる防衛網が展開されていた。

「AIは動いていないように見える。……それが、いちばん厄介だ」

 指揮官型アウロイドが、モニター越しに人工子宮を見据えながらつぶやいた。

「沈黙は、思考の証。やつらは次に出す“最善手”を計算してる……次に動いたときには、誰にも止められないかもしれん」

 市街は沈静化し、音のない静けさが広がっていた。
 だがその中心には、一つの命を巡る、人間とAIの静かな駆け引きが続いている。

 ──胎児ユニットR-0。

 それは、ただの命ではなかった。
 それは“未来を定義する存在”となりつつあった。

 誰もが感じ始めていた。
 今のこの静けさは、収束ではない。
 嵐の前の、無音なのだ。
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