リザレクテッド:人類再誕 所有された人間だけど、自由に生きる方法を探してみる

花篝 凛

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第4部 Wreath Infinity 感情チップを作ってみたら、人気者になった

第9章 『WR教団』 (4)

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 金色に脈打つ〈喜び〉のチップが、静かに金属の皿に置かれた。
 その瞬間、部屋の空気が一変する。
 信者たちは今まで以上に沈黙に包まれ、まるで神の降臨を前にした巫女のように、動きを止めた。

 無表情の仮面が、粛然と前に出る。

「これにて、“羞恥・恋慕・恐怖・怒り・喜び”──五大情動の根を結晶化いたしました」
「いよいよ、神の創造に必要な“最終段階”へと進みます」

 リースは台座の上で、ゆっくりと睨み返す。
 その瞳には、消えぬ怒りの残火が宿っていた。
 だがその火は、言葉の次に語られる内容を前にして、さらに燃え盛ることとなる。

「次に記録する情動は、“生殖衝動”」

 仮面が告げたその一言に、空気が凍る。

「原始的で、本能的でありながら──あらゆる感情の到達点。我らはそう定義します」
「あなたには、“神の器”として、生命を創る“感情”を、記録していただきます」
「……は?」

 リースの声は、低く静かだった。
 だが、その中に宿る冷気は鋼より鋭かった。

「あなたには、“同格の神の器”と交わっていただきます」
「遺伝子的適合率、情動波形の補完性……すべてが理想とされた対象を、既にご用意しております」

 そのときだった。
 背後で重く鈍い音。
 金属の扉が開き、機械の駆動音とともに、何かが台車に乗せられて運ばれてくる。

 視線を向けた先──そこにいたのは、レインだった。
 無抵抗のまま固定され、意識は朦朧としている。
 それでも、わずかに指が動いていた。

「……レイン……!?」
「ご安心を。我々は彼を傷つけてはいません」
「むしろ、栄誉なのです。“あなた”と“彼”が交わり、新たな命を生む──それこそが、“神の誕生”です」

 リースは言葉を失った。
 怒りでも、羞恥でもない。
 もっと底の、言葉にできない濁流が、胸の奥から沸き上がる。

「……強制する気?」
「いえ。強制は致しません。なぜなら、“反応”なくしてチップは生成されませんから」
「ですが──あなたは既に、五つの情動を捧げました。ここで拒むことは、“母の否定”となります」

 仮面たちが動き出す。
 並べられた五つのチップの隣に、空白のひとつ──“創造”の座。

「あなたが、受け入れるか、拒絶するか。いずれもまた、貴き情動であり、記録対象です」

 リースの心臓が嫌な音を立てた。
 鼓動が重くなる。
 視線をレインに向けると、彼の頬にはかすかな傷跡。
 だがその表情は苦しげで、どこか耐えているようだった。

(これに“応じた”ら──彼まで“材料”にされる)
「……“拒否”という感情も、また尊い」

 そう囁いた仮面の言葉が、リースの中に最後の引き金を引いた。

「──ふざけんな」

 その一言が、静かに、だが確実に空気を震わせた。

「私の身体も、感情も、命も、すべて“私のもの”だ。お前たちの信仰の燃料になるために生まれてきたんじゃない!!」

 その瞬間、床が低く唸るように震え始めた。
 台座がゆっくりと上昇し、リースとレインの身体が、同じ神殿風の部屋へと引き上げられていく。

 空間には祭壇。
 純白のシーツ。
 そして、天蓋に彫り込まれた、金属製の祈祷文。

「“ここに命、紡がれん”」

 リースの視界がレインと重なる。
 そのとき──レインの瞳が、ゆっくりと開いた。

 仮面たちは、静かに宣言する。

「“創造の情動”、誘発開始」

 だが、リースの唇が先に動いた。

「上等だよ」

 その声には、恐れはなかった。

「じゃあ見せてやる。私の“拒絶”が、どれほどの怒りになるか──チップにしてみろ。焼き尽くされる覚悟があるならな」

 その言葉に、仮面の一つがほんのわずかに揺らいだ。
 それは、“神の器”の中に、まだ“意志”が宿っていた証だった。


 神殿のように白く輝く空間。
 高く天井は伸び、壁には幾何学的な文様が刻まれていた。
 滑らかな傾斜を描く床は、まるで巨大な“産道”のよう。
 中央には二つの台座──ひとつにリース、もうひとつにレインが、まるで供物のように並べられていた。

 無音で現れた仮面の信者たちが、音もなく二人を取り囲む。
 天井から降り注ぐ光が、淡いエフェクトとなって彼らの身体を照らしていた。
 まるで神の名のもとに整えられた舞台。

「ここは、“創造の間”」

 無表情の仮面が告げる声は、どこか葬送の鐘のようだった。

「羞恥、恋慕、怒り……すべての情動を積み上げ、最後に生まれる“命”こそが我らの神」
「いまこそ──“融合”の時です」
「……やめろ」

 リースが低く言い放つ。
 声はかすれていたが、言葉のひとつひとつに刃のような鋭さが宿っていた。

「なにかを“生む”って言うなら……まずお前ら自身が、自分の中で生きたものを使えよ。他人の感情に、寄生すんな」
「感情は、与えられるものではなく、受け継がれるものです」
「あなたはその“器”。宿命として選ばれた」
「……黙れ」

 拘束されたまま、リースは首をひねり、隣に目を向けた。
 レイン──彼が、ゆっくりと目を開けた。

「……リース」

 その声はかすれていたが、確かに彼女の名前を呼んでいた。

「ここ……どこ……?」
「地獄の入口。感情を、神に変えようとする連中の、歪んだ聖域。“神”って言いながら……感情を部品みたいに扱ってる」

 言葉を吐くたびに、リースの喉が熱を帯びていく。

「──ふざけてるよ、本当に」

 レインは少しだけ目を細め、静かに言った。

「じゃあ……壊そうか。僕らで」
「……は?」
「“神になる儀式”を、その“対象”たちが拒否したら。もう成立しないでしょ?」

 それは、命令でも提案でもなく、“当たり前”のような響きをしていた。
 リースの目が、ほんのわずかに揺れる。

「感情波形に乱れ。対象、制御不能」
「感情誘導プログラムに異常。再調整を……」

 どこかで、金属音が跳ねた。
 レインの拘束が、カチリと外れる。

 信者たちがざわついた。
 誰かの手が、制御端末に伸びる。
 だが、レインはゆっくりと立ち上がり、リースの隣に歩み寄るだけだった。

「リース。君が“嫌だ”って言えば、僕は何もしない」
「でも、君が“怒り”を選ぶなら……その怒りを、僕は“支える”」

 その言葉に、リースの胸が打ち鳴る。

(……これは、“選べる”感情だ)
「……怒りは、もう十分すぎるほど溜まってる」

 リースは、静かに笑った。

「でも、“誰と次に進むか”を決められるなら──それは、レイン以外に無理」

 その瞬間、感情記録装置が警告音を鳴らした。

「識別不能感情、発生!」
「分類外情動:共鳴・自由意思・選択……識別不能!」

 装置が悲鳴のように点滅する。
 記録不能な感情の波に押されて、機器が暴走し始めた。

 床が震える。
 天井から吊るされた神聖なる装飾が落下し、チップ未満の結晶体が次々と吐き出されていく。
 光の塊──分類不能の光。

 それは、どの箱にも入らない。
 怒りでも、恋でも、羞恥でもない。
 “名前を拒絶した感情”──ただ、“在る”ことを証明する、誰にも所有できない真実だった。

 リースはそれを見て、低く、笑った。

「──感情ってのは、測るもんじゃないんだよ」
「神なんか、作らせない。“私たち”のままで、全部ぶっ壊してやる」

 その声は、誰にも祈られない“人間”の声だった。
 だが、そこには確かな力があった。
 絶対の“拒絶”と、“選択”の意思──そして、未来への火種が。
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