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第4部 Wreath Infinity 感情チップを作ってみたら、人気者になった
第9章 『WR教団』 (3)
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室内の温度が上がる。
明らかに意図的な環境演出だった。
空調が不自然な熱気を含み、空間の照明は紅蓮色に染まる。
仮面の信者たちは、それぞれ無言のまま配置についた。
今度は、「怒り」の仮面が正面に立つ。
「これより、“怒り”の感情抽出に入ります」
無表情の仮面が、淡々と宣言した。
「あなたの内にある“憤り”──理不尽、搾取、誤解、支配……そのすべてが、この世界に最も欠けた“火”であり、“裁きの光”です」
「……ふざけんなよ」
リースが、かすれた声で呟いた。
「怒りってのは、そんな大層なもんじゃねえよ。ただの──“もう我慢できねぇ”ってだけだろ」
ホログラムスクリーンが起動する。
映像が現れる。
そこに映し出されるのは、リースが無実の罪で拘束されたあの日の記録だった。
倫理委員会の部屋。
背後から押さえつけられ、机に書類を突き付けられる自分。
誰も話を聞こうとしない。
誰も信じようとしない。
音声が流れる。
「“あなたがやったと考えるに十分な根拠がある”」
「“無実だというなら、証明してください。論理的に”」
「“それができないなら、あなたは──ただの存在リスクです”」
「……っざけんなよッ!!」
リースが歯を食いしばる。
その瞬間、拘束具がギシリと鳴った。
怒りで、金属がわずかにきしむ音が響いた。
「私がどんな思いでここまで……!」
「どれだけ、黙って耐えて、見逃してきたと思ってんだよ……!」
「全部勝手に決めて、勝手に切り取って、今度は感情まで勝手に……!!」
怒鳴るたびに、体中のセンサーが警告を発する。
心拍は暴走域。
脳波パターンは過去最大の乱れを示していた。
仮面たちは動じない。
それどころか、彼女の怒りを“神託”のように見守っていた。
「記録中。感情波形:怒り83%、嫌悪12%、絶望4%」
「変換濃度、目標域到達」
背後の排出口が開いた。
今度は──深紅の結晶がころりと転がり出てくる。
それは、他のどのチップよりも鋭く、熱を帯びたように震えていた。
「コード:A014。感情分類:怒り。抽出者:リース・JCF02621」
「“裁きの火”。ここに結実す」
「怒り」の仮面がそれを掲げる。
信者たちは一斉に、拳を胸に当てて頭を垂れた。
「“怒れる母”に、血の祝福を……」
その光景に、リースはあえぐように吐き捨てた。
「……私の怒りは、誰かの武器じゃねぇよ」
「これは──私が私であるために、“まだ生きてる”って証だ……!」
だが、信者たちは聞いていない。
彼らはもう、“リース”を見ていない。
彼女の怒りだけを、祈りの対象としていた。
金属の台座に縛られた身体は、もはや痛みを忘れていた。
冷えた拘束具と皮膚との境界すら曖昧で、自分の感覚がどこまで残っているのかさえ分からない。
けれど、心だけは──まだ燃えていた。
照明が落ちる。
室内の空気が、まるで神殿のように厳かに沈黙へと沈む。
「第四情動、“喜び”」
無表情の仮面がそう告げたとき、リースはわずかに眉を動かした。
それは、まるで通夜の開式を告げる声だった。
「対象:リース・JCF02621」
「過去ログ:J03より感情抽出」
「情動種別:微笑・安堵・共鳴、強度レベル2.9」
ホログラムが静かに点灯し、青白い光が空中に情景を編み出していく。
映し出されたのは、放課後の教室。
沈みかけた陽が、窓際の机をオレンジ色に染めていた。
そこに、ぼんやりと頬杖をついたリースの姿。
誰もいない教室。
鳥の声、遠くで響く誰かの笑い声。
やがて扉が開く。
制服姿のアリアが、無言でふたつのアイスを持って入ってきた。
『……まだいたの?』
『帰りたくなかっただけ』
何気ないやりとり。
けれど、アリアがアイスのひとつを差し出したとき──リースの口元に、確かにひとつの微笑がこぼれた。
誰にも見せるつもりのなかった、けれど確かに心から湧いた、あの笑顔。
『……ありがと』
──記録は、そこまでだった。
リースはその映像を見つめ、しばし言葉を失っていた。
(……こんな瞬間、あったっけ)
忘れていたわけじゃない。
ただ、自分では“喜び”と呼ぶにはあまりに些細で、ありふれていて、ただ静かだった記憶。
それが今、彼女のすべての感情と共に“切り取られようとしていた”。
「対象情動、波形一致確認」
「心拍微増、血流安定、涙腺活動:微弱」
「“喜びチップ”──生成可能」
装置が起動する音。
背後でカチリと金属音が響き、排出装置からころんと転がり出たのは、淡い金色の結晶体。
まるで小さな灯火のように脈動していた。
「記録完了。チップコード:J01。情動分類:“喜び”。抽出者:リース・JCF02621」
仮面たちはひざまずく。
「神の器に、感謝を」
「その微笑が、我らを救う」
その言葉に、リースは静かに目を細めた。
「……救い?」
声は低く、鋭かった。
「私が笑ったのは、誰かの“信仰”のためじゃない」
「アイスを渡されたから。ちょっと救われた気がしたから。それだけだ」
仮面のひとりが、崇拝にも似た手つきでチップを天に掲げる。
「“母なる器”は、再び光を授けられた──」
その時、リースが噛み殺すように呟いた。
「……ふざけるなよ」
「私の“嬉しかった”を、お前らの神具に変えんな」
その呟きは、祝福のコーラスの下にかき消されたが、誰よりも深く、リース自身の中で燃え始めていた。
次は何を抜く? どこまで私を削れば、満足する? その問いに、誰も答えなかった。
だがリースの胸の奥では、怒りの火が音もなく育っていた──今度こそ、誰かの“ため”ではなく、自分自身のために。
明らかに意図的な環境演出だった。
空調が不自然な熱気を含み、空間の照明は紅蓮色に染まる。
仮面の信者たちは、それぞれ無言のまま配置についた。
今度は、「怒り」の仮面が正面に立つ。
「これより、“怒り”の感情抽出に入ります」
無表情の仮面が、淡々と宣言した。
「あなたの内にある“憤り”──理不尽、搾取、誤解、支配……そのすべてが、この世界に最も欠けた“火”であり、“裁きの光”です」
「……ふざけんなよ」
リースが、かすれた声で呟いた。
「怒りってのは、そんな大層なもんじゃねえよ。ただの──“もう我慢できねぇ”ってだけだろ」
ホログラムスクリーンが起動する。
映像が現れる。
そこに映し出されるのは、リースが無実の罪で拘束されたあの日の記録だった。
倫理委員会の部屋。
背後から押さえつけられ、机に書類を突き付けられる自分。
誰も話を聞こうとしない。
誰も信じようとしない。
音声が流れる。
「“あなたがやったと考えるに十分な根拠がある”」
「“無実だというなら、証明してください。論理的に”」
「“それができないなら、あなたは──ただの存在リスクです”」
「……っざけんなよッ!!」
リースが歯を食いしばる。
その瞬間、拘束具がギシリと鳴った。
怒りで、金属がわずかにきしむ音が響いた。
「私がどんな思いでここまで……!」
「どれだけ、黙って耐えて、見逃してきたと思ってんだよ……!」
「全部勝手に決めて、勝手に切り取って、今度は感情まで勝手に……!!」
怒鳴るたびに、体中のセンサーが警告を発する。
心拍は暴走域。
脳波パターンは過去最大の乱れを示していた。
仮面たちは動じない。
それどころか、彼女の怒りを“神託”のように見守っていた。
「記録中。感情波形:怒り83%、嫌悪12%、絶望4%」
「変換濃度、目標域到達」
背後の排出口が開いた。
今度は──深紅の結晶がころりと転がり出てくる。
それは、他のどのチップよりも鋭く、熱を帯びたように震えていた。
「コード:A014。感情分類:怒り。抽出者:リース・JCF02621」
「“裁きの火”。ここに結実す」
「怒り」の仮面がそれを掲げる。
信者たちは一斉に、拳を胸に当てて頭を垂れた。
「“怒れる母”に、血の祝福を……」
その光景に、リースはあえぐように吐き捨てた。
「……私の怒りは、誰かの武器じゃねぇよ」
「これは──私が私であるために、“まだ生きてる”って証だ……!」
だが、信者たちは聞いていない。
彼らはもう、“リース”を見ていない。
彼女の怒りだけを、祈りの対象としていた。
金属の台座に縛られた身体は、もはや痛みを忘れていた。
冷えた拘束具と皮膚との境界すら曖昧で、自分の感覚がどこまで残っているのかさえ分からない。
けれど、心だけは──まだ燃えていた。
照明が落ちる。
室内の空気が、まるで神殿のように厳かに沈黙へと沈む。
「第四情動、“喜び”」
無表情の仮面がそう告げたとき、リースはわずかに眉を動かした。
それは、まるで通夜の開式を告げる声だった。
「対象:リース・JCF02621」
「過去ログ:J03より感情抽出」
「情動種別:微笑・安堵・共鳴、強度レベル2.9」
ホログラムが静かに点灯し、青白い光が空中に情景を編み出していく。
映し出されたのは、放課後の教室。
沈みかけた陽が、窓際の机をオレンジ色に染めていた。
そこに、ぼんやりと頬杖をついたリースの姿。
誰もいない教室。
鳥の声、遠くで響く誰かの笑い声。
やがて扉が開く。
制服姿のアリアが、無言でふたつのアイスを持って入ってきた。
『……まだいたの?』
『帰りたくなかっただけ』
何気ないやりとり。
けれど、アリアがアイスのひとつを差し出したとき──リースの口元に、確かにひとつの微笑がこぼれた。
誰にも見せるつもりのなかった、けれど確かに心から湧いた、あの笑顔。
『……ありがと』
──記録は、そこまでだった。
リースはその映像を見つめ、しばし言葉を失っていた。
(……こんな瞬間、あったっけ)
忘れていたわけじゃない。
ただ、自分では“喜び”と呼ぶにはあまりに些細で、ありふれていて、ただ静かだった記憶。
それが今、彼女のすべての感情と共に“切り取られようとしていた”。
「対象情動、波形一致確認」
「心拍微増、血流安定、涙腺活動:微弱」
「“喜びチップ”──生成可能」
装置が起動する音。
背後でカチリと金属音が響き、排出装置からころんと転がり出たのは、淡い金色の結晶体。
まるで小さな灯火のように脈動していた。
「記録完了。チップコード:J01。情動分類:“喜び”。抽出者:リース・JCF02621」
仮面たちはひざまずく。
「神の器に、感謝を」
「その微笑が、我らを救う」
その言葉に、リースは静かに目を細めた。
「……救い?」
声は低く、鋭かった。
「私が笑ったのは、誰かの“信仰”のためじゃない」
「アイスを渡されたから。ちょっと救われた気がしたから。それだけだ」
仮面のひとりが、崇拝にも似た手つきでチップを天に掲げる。
「“母なる器”は、再び光を授けられた──」
その時、リースが噛み殺すように呟いた。
「……ふざけるなよ」
「私の“嬉しかった”を、お前らの神具に変えんな」
その呟きは、祝福のコーラスの下にかき消されたが、誰よりも深く、リース自身の中で燃え始めていた。
次は何を抜く? どこまで私を削れば、満足する? その問いに、誰も答えなかった。
だがリースの胸の奥では、怒りの火が音もなく育っていた──今度こそ、誰かの“ため”ではなく、自分自身のために。
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