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宮廷②
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沙煌は肩を落として苦笑いをした。
部屋の外から「お兄さん、一人なんですか?」「奥さんへの贈り物を選んでるとか?」「それなら私たちが手伝いますよぉ」と、猫なで声が聞こえる。輪の中心にいるのは十中八九漣熙だろう。ちやほやされている漣熙を想像すると腹の底の辺りがもやもやしてくる。
(俺は女性物の服を着て、こんな悲しくなってるのに)
怒りとも惨めさとも妬みともとれない感情が、大鍋の中でかき混ぜられてぐつぐつと煮立っているようだ。
(こんな偽物の女じゃなくて、柔らかくて、こういう格好が似合う女性の方が·····)
そこまで考えて沙煌は頭を振り、部屋の扉をがっと掴んで勢いよく開いた。
「遅くなってごめん」
そう言って仁王立ちをする沙煌を前に、漣熙は目を瞠って「あ、ああ」と戸惑いがちな声を漏らした。やっぱり漣熙の周りには、たくさんの煌びやかな女性がいた。彼女たちも驚いた表情をしている。
それはそうだろう。綺麗な服と、骨張った身体に男の顔。こんなちぐはぐな組み合わせの人間を見たら誰だって驚くに決まっている。
店主がやってきて「よくお似合いです」と言った。そんな言葉を言わせてしまったことに罪悪感を覚える。
(でももう、ここまで来たらいっそ、徹底的に女装をしたほうが潔いんじゃないか……?)
沙煌の頭にふっとそんな考えが過った。
「すみません、化粧品も売ってますか?」
店主に尋ねると、彼女は大きく頷いて凝った装飾の施された数個の入れ物を持ってきた。これが白粉で、これが紅、と紹介されながら頭の中に疑問符を浮かべていると、店主がおもむろに「もしよければ、私の方で化粧をしましょうか」と言った。思ってもいなかった申し出に沙煌は「いいんですか?」と食いつく。
「もちろんです。素材を殺さないように精一杯やらせていただきます」
店主の気合の入り方に「素材?」と疑問を口にするより早く鏡の前に座らされた。漣熙が沙煌の背後に立ち、興味深げに鏡を覗いている。
「これ以上になるのか?」
「ええ」
力強く言い切った店主に、沙煌はさらに不安になる。
(これ以上酷くなるのか·····?)
しかし店主は「少し目を瞑っていてください」と言って、沙煌の顔に何かを塗り始めた。沙煌は言われたとおりに目を瞑るほかない。
肌が柔らかいもので軽く叩かれ、瞼にさわさわしたものが触れる。固い芯のようなものが眉の下をなぞって、最後に唇にべたべたするものを塗られた。
うわぁと思っているうちにいつの間にか終わっていたらしく、店主が「できました!」と達成感に満ちた声を上げた。恐る恐る瞼を持ち上げた先に。鏡の中には、普通の女性と遜色のない姿の沙煌が映っていた。
「すご……」
思わず漏れた呟きに、店主が「素材が良かったので」と微笑んだ。
「これで首に襟巻きを巻いて隠せば男性らしさを軽減させることができますよ」
首元を隠せば完全に女性だ。沙煌を知っている人とすれ違っても気付くことはないだろう。これなら漣熙の隣を歩いても不自然ではないはずだ。
そう思って、沙煌は振り返って誇らしげに漣熙を見上げた。が、彼は不愉快そうに唇を引き結んでいる。
「漣熙?」
「なんだ」
「これ、似合ってない?」
「似合ってない」
きっぱり言い切られてしまい、沙煌は言葉を失った。
「ちゃんと女の人っぽくなってるのに?」
「……だからだ」
漣熙はたった一言、それだけ言うと店主に金を渡して店から出て行ってしまった。沙煌もその後を追いかける。
「なあ、漣熙。なんで怒ってんだよ」
「別に怒ってない」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
言い争っているうちにいつの間にか楼門の近くまで来ていた。
「そういえば、変装はしたけどどうやって宮廷に入るの?」
楼門の前に立つ屈強な門兵から死角になる位置で漣熙に耳打ちをする。
「適当に俺に合わせればいい」
「え?」
部屋の外から「お兄さん、一人なんですか?」「奥さんへの贈り物を選んでるとか?」「それなら私たちが手伝いますよぉ」と、猫なで声が聞こえる。輪の中心にいるのは十中八九漣熙だろう。ちやほやされている漣熙を想像すると腹の底の辺りがもやもやしてくる。
(俺は女性物の服を着て、こんな悲しくなってるのに)
怒りとも惨めさとも妬みともとれない感情が、大鍋の中でかき混ぜられてぐつぐつと煮立っているようだ。
(こんな偽物の女じゃなくて、柔らかくて、こういう格好が似合う女性の方が·····)
そこまで考えて沙煌は頭を振り、部屋の扉をがっと掴んで勢いよく開いた。
「遅くなってごめん」
そう言って仁王立ちをする沙煌を前に、漣熙は目を瞠って「あ、ああ」と戸惑いがちな声を漏らした。やっぱり漣熙の周りには、たくさんの煌びやかな女性がいた。彼女たちも驚いた表情をしている。
それはそうだろう。綺麗な服と、骨張った身体に男の顔。こんなちぐはぐな組み合わせの人間を見たら誰だって驚くに決まっている。
店主がやってきて「よくお似合いです」と言った。そんな言葉を言わせてしまったことに罪悪感を覚える。
(でももう、ここまで来たらいっそ、徹底的に女装をしたほうが潔いんじゃないか……?)
沙煌の頭にふっとそんな考えが過った。
「すみません、化粧品も売ってますか?」
店主に尋ねると、彼女は大きく頷いて凝った装飾の施された数個の入れ物を持ってきた。これが白粉で、これが紅、と紹介されながら頭の中に疑問符を浮かべていると、店主がおもむろに「もしよければ、私の方で化粧をしましょうか」と言った。思ってもいなかった申し出に沙煌は「いいんですか?」と食いつく。
「もちろんです。素材を殺さないように精一杯やらせていただきます」
店主の気合の入り方に「素材?」と疑問を口にするより早く鏡の前に座らされた。漣熙が沙煌の背後に立ち、興味深げに鏡を覗いている。
「これ以上になるのか?」
「ええ」
力強く言い切った店主に、沙煌はさらに不安になる。
(これ以上酷くなるのか·····?)
しかし店主は「少し目を瞑っていてください」と言って、沙煌の顔に何かを塗り始めた。沙煌は言われたとおりに目を瞑るほかない。
肌が柔らかいもので軽く叩かれ、瞼にさわさわしたものが触れる。固い芯のようなものが眉の下をなぞって、最後に唇にべたべたするものを塗られた。
うわぁと思っているうちにいつの間にか終わっていたらしく、店主が「できました!」と達成感に満ちた声を上げた。恐る恐る瞼を持ち上げた先に。鏡の中には、普通の女性と遜色のない姿の沙煌が映っていた。
「すご……」
思わず漏れた呟きに、店主が「素材が良かったので」と微笑んだ。
「これで首に襟巻きを巻いて隠せば男性らしさを軽減させることができますよ」
首元を隠せば完全に女性だ。沙煌を知っている人とすれ違っても気付くことはないだろう。これなら漣熙の隣を歩いても不自然ではないはずだ。
そう思って、沙煌は振り返って誇らしげに漣熙を見上げた。が、彼は不愉快そうに唇を引き結んでいる。
「漣熙?」
「なんだ」
「これ、似合ってない?」
「似合ってない」
きっぱり言い切られてしまい、沙煌は言葉を失った。
「ちゃんと女の人っぽくなってるのに?」
「……だからだ」
漣熙はたった一言、それだけ言うと店主に金を渡して店から出て行ってしまった。沙煌もその後を追いかける。
「なあ、漣熙。なんで怒ってんだよ」
「別に怒ってない」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
言い争っているうちにいつの間にか楼門の近くまで来ていた。
「そういえば、変装はしたけどどうやって宮廷に入るの?」
楼門の前に立つ屈強な門兵から死角になる位置で漣熙に耳打ちをする。
「適当に俺に合わせればいい」
「え?」
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