pandemic〜細菌感染〜

HARU

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第1章

第5話

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 第5話

 朝7時。4年間の間に習慣と化した早朝の訓練を終え、兵舎に戻り、かいた汗を流すため更衣室へ入る。朝のこの時間は基本的には誰もいない。

 貸切状態のシャワールームでゆっくりと体を洗っていく。その途中で腹部に刺激が走った。その刺激の正体は、先日の戦闘で害虫によってつけられた傷だった。能力者とはいえ、傷の治りが数倍早いだけで切り傷だと完治するのに3日はかかる。かさぶたが出来ない代わりに、細胞が直接再生をするから神経がむき出しなのだ。

「血はすぐに止まるけど、痛みがなぁ。私もまだまだだなぁ。」

 シャワーを浴び終え、制服に着替える。今日は非番だから本部に行く必要は無いんだけど、やる事も無いから行こうかな。
 
 支度を整え更衣室を出る。本部は兵舎と隣接しているため、徒歩で行くことができる。一度携帯端末を見て通知が来ていないことを確認する。

 兵舎を出ると、空は変わらず快晴だった。本部に向かって歩いていくと、数台の軍用車がかなりのスピードを出して過ぎ去っていった。

「何かあったのかな。」

 不思議に思い、再び端末を確認するが通知は来ていなかった。

「少し急ごうかな。」

 なんとも言えぬ感覚に襲われ、本部に向かう足を早める。普段は歩く道のりを少し小走りで向かった。自動ドアをくぐり抜け、中に入ると役員たちが忙しそうに動き回っていた。

「何があったんだろう。」

 若干の不安に駆られ、近くにいた役員を捕まえ事情を聞いた。すると、研究所内で生け捕りにしていた小型の害虫が暴れ出し、多数の負傷者が出たということだった。

 なるほど、さっきの車はそれの救援だったか。合点がいき納得できた。現状を聞くと、すでに鎮圧が進んでいるということだが、害虫が何匹か逃げ出し、捜索中であるという。

 まずいな。研究所は本部と違って居住区の外側に分野別で散在しているが、害虫の生態を研究している第4研究所は一番居住区に近い場所にある。

 ステージ1であれば普通の隊員でもすぐに駆除できるだろうが、問題はそこじゃない。害虫が逃げ出した事と、居住区が近くにある事、そして何より、民間人に被害が出るかもしれないという事が問題なのだ。
  
 情報を教えてくれた役員に礼を言い司令室に向かって走り出す。重厚な扉を勢いよく開け、中に飛び込むように入る。司令室には数人のオペレーターと3人の司令官がいた。

「か、神代大佐!?今は作戦活動中ですよ!」

 制止しようとする役員を押しのけ、司令官に言い放つ。

「あなたたちは無能なのかしら?なぜ捜索に陸上部隊しか使わないの?無人戦闘機や航空部隊も投入すればいいじゃない。民間人に被害が出ないうちに状況を終息させなさい。これ
は命令よ。」

 司令官を睨みつけ、言う事を聞かせる。小さく舌打ちのようなものが聞こえたが、無視をした。司令部の人間に、よく思われていないのは分かっている。でも、私が悪く思われて民間人が救われるなら安いものだ。
 
 携帯端末を取り出し、連絡画面を開き岩谷総督の個人ウインドウを呼び出す。音声電話のボタンをタップする。チャット形式の連絡で用件を書き込み送る。司令室から出て深くため息をつく。

「害虫の脅威も知らない無能どもが。」

 吐き捨てる様に言い残し、その場を離れる。本部から出て携帯端末を確認する。通知は何もない。

 受話器のマークがついたアイコンをタップし第4研究所に勤める同期に電話をする。コールが始まるが、出る気配が無い。7コール目が終わり留守電に切り替わった。流石に忙しいのか。仕方なくチャット形式の連絡アプリで状況を教える様に書き残した。

 むしゃくしゃするな。今日の分の訓練は終わったけどもう一度行こう。溜まってしまったストレスを発散するために、演習に向かった。

翌日――

 隊員達でにぎわう食堂の前を素通りし、廊下を歩く。隊員達の声が遠くなっていくのを聞きながら、さらに奥へと歩き続ける。突き当たりに差し掛かったところで後ろから声をかけられた。

「神代!お前何やったんだよ!」

 声の持ち主は「伊藤博也」だった。走ってきたのか、息を切らした博也は慌てた様子で言ってくる。

「博也。何をしたって、何のこと?それよりも、昨日の連絡に何の反応もないのはどういうことかな?」

 私が何をしたっていうんだ?

「連絡?何だそれ?来てないぞ。っていうかそれどころじゃねぇ。今朝の放送聞いていなかったのか?」

「放送?そんなのあったの?私、さっき演習場から戻ったから、聞いていないと思うけど?」

 やけに慌てた様子で凄んでくる。

「参謀長が呼んでる!今すぐ審問室に来いって。」

「審問室!?」

 隊規違反を犯した者だけが呼び出され、聴取を受ける部屋だ。なぜ私がそんな場所に呼び出されなければならない。

 あれこれ考えていると、通路の奥の方から武装して特殊なスーツに身を包んだ厳つい隊員が2人、こちらに近づいてきた。

「こんにちは。私達は対能力者用部隊です。神代大佐、貴方には無断で軍を動かしたことにより、強制捕縛令状が出されています。ご同行願えますか?なお。拒否した場合には力づくでの連行となります。」

 彼らが身につけているスーツ。対能力者用強化スーツだ。ガスマスクに暗視対応ゴーグル、さらに500℃まで耐える耐熱性、氷点下50℃までの耐寒性を備える。極め付けは、自分の周囲の圧力を制御する機能まで付けられている。まさに能力者を無効化するためのスーツだ。抵抗はできないな。
 
 大人しく拘束される。手錠と能力を封じるためのヘッドギアらしき物を被せられる。

 なるほど、これじゃあ抵抗はできないな。する気もないけど。

 手錠に繋がれた鎖を引かれ連行される。それを見ていた博也は、ただそこに立ち尽くすだけだった。

 しばらく歩き、人気の無くなったところで扉が現れた。扉、という表現は間違っているかもしれない。実際には壁と言っても疑わないほどの、隠蔽された扉だった。

 審問室。なるほど、存在は知っていても実物を見たことがないのはこのせいか。

 スーツの隊員たちは壁に取り付けられた液晶パネルをいじり、セキリュティを解除しているようだった。

 数分ほどでセキリュティが解除され扉が開く。

「お入りください。」

 促され足を踏み入れる。横目で扉の冊子を見ると、厚さは500ミリを超えているようだった。

 中に入ると、扉は機械音を立てて閉まった。そして、審問室の中では市ヶ谷参謀長が座していた。

「先日の作戦ぶりだな。神代大佐。」

 怒りとも呆れとも取れない表情と声音で話しかけてくる。

「らご無沙汰しております。参謀長閣下。」

 敬礼が出来ないため、頭を下げる。

「まぁ、そんなに畏るな。というのは無理な話か。」

 参謀長は顎に手をやり薄く残ったひげを触る。

「ここに呼ばれた理由は、隊員から聞いているな。」

 呼ばれた理由。さっきの隊員たちが言っていたように他部隊の無断使用だろう。確かに権力の行き過ぎた使用は規約に反する。ただ、それだけで審問室に呼ばれるのだろうか。

「大佐。貴殿には司令部に対しての恐喝、権力行使、又、航空部隊に対しての虚偽の情報での出動命令。これに対して上層部から審議がかけられている。何か言い分はあるかね?」

 虚偽の情報?何のことだ?私が指示したのは航空部隊を使うという事だけだ。

「参謀長。確かに私は司令部に対して権力行使を行いました。しかし、それは、それが一番良い判断だと思ったからです。それに、私が指示したのは司令部に対してだけです。航空部隊には直接指示は出していません。」

 ありのままを話す。すると、あからさまに参謀長の顔が曇った。

「ほう。では貴殿は航空部隊には何のしていないと、そういう事だな?」

 その問いかけに頷く。参謀長は深くため息をつき椅子に深くもたれかかる。

「神代大佐。君が嘘をつくような人間ではないことはわかっている。君の言葉を信じるとしたら、いったい誰が航空部隊に情報を流した。航空隊員はこぞって君の名前を挙げているぞ。」

「そうですね。私が司令部の人間に嫌われているのはご存知でしょうか。まぁ、指令を無視したり、手を出すなと言ったり、嫌われるのは当然なのでしょうが。」

 司令部が怪しい、と遠回しに言う。

「司令部か。しかし、私に君のことを言ってきたのは航空部隊の人間だ。これはどう見る?」

 その言葉に別の可能性が思い浮かんだ。

「参謀長。確認ですが、昨日、第4研究所から、解剖予定の害虫が多数脱走したことはご存知ですか?」

 参謀長の顔がまた曇った。

「なんだね、それは?そんな情報は私の元にはきていない。」

 懸念が確信に変わった。

「参謀長。なんだかキナ臭いですね。」

「そうか。ちょうど私も、同じことを考えていたよ。」

 少しの間、その場に沈黙が流れた。

 手と頭の拘束具が外され、審問室から出される。廊下にはやはり誰もいない。人気もなく、大佐である私も知らない、審問室の場所と実態。まぁ、組織にはこういうところも必要なのだろうな。
拘束されていた手首を摩り、ため息をつく。

「考えたくなかったなぁ。」

 呟いてその場を後にする。
組織の中に私のことをよく思わない者がいる。それは分かっていた。ただ、それがどのくらいの規模なのか。どれくらいの嫌われ方なのか。分からなかった。

 でもこれではっきりした。私を嫌っている奴らは、確実に私を排斥しようとしている。害虫と戦いながら、内部の人間にも気をつける。なんとも大変な役回りだ。

 周りを顧みない行動と、自分勝手な判断。これらをし続けた結果が、あんな事になるとは、この時は思いもしなかった。
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