1week 魔法少女の卒業試験

石嶺経

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火曜日

「貴方のために使った魔法」(5)

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 その後、俺がすっかり冷め切ったカツ丼を食べ終わるまで、ついに一度も顔を上げなかった。さて、今のうちに別の場所でナナを待とうかと腰を上げたところで、やっとスペードから声が掛かる。

「まあ、良いわ。あんな粗末な家に住んでいる時点で、素行の悪さについては推して知るべきだったわ。食事の内容も貧相そのものだったし、あまり良い暮らしはしてなさそうだものね」

 親は何をしているのかしら? と歪な笑顔で言い捨てるスペード。

「おい、流石にキレるぞ」

 幼少より付き添ってきた君野に言われるのとはわけが違う。なぜ今朝知り合ったばかりの奴にそこまで言われなきゃならんのか。まずいな、これでは煽り耐性とか、人のこと言えない。

「ふふふ。キレるだなんて怖い、怖い。ただの人間である貴方に、何が出来るというのかしら!」

 甲高い声が周りに反響する。
 いつの間にか拳を強く握っていたらしく、ぎりぎりと痛む。このまま馬鹿みたいに殴りかかったところで、読心術の使い手、しかも魔法少女ともなれば、俺では相手にもならないだろう。相手どころか話にもならない。それに疲労だって、まだ完全にとれたわけではない。

「賢明な判断ね。何で疲れているかなんて知らないけど、ワタクシも無駄な暴力は嫌いだもの。……ああ、そういうところかしら」

「……何が」

「疑問だったのよ。落ちこぼれとは言え、名家に仕えるあの子がなんで貴方なんかに懐いているのかって。やっと腑に落ちた。同情しているのね、きっと」

 何だって? 同情? そんなことある筈が……。

「無いって言いきれる? さっき貴方も思っていたことじゃない、『なぜ今朝知り合ったばかりの奴にそこまで言われなきゃならんのか』って。同じことよ。ウィーク……ナナと知り合って間もないのでしょう、貴方?」

 ……確かに。ナナと会ってから、まだ二日しか経っていない。何で同情していないと言い切れる。そんなんでお互いに理解していると言えるわけも無い。

「そういうことよ。経った二日で分かり合った気になるなんて、ナナに対しても失礼だと思わない? 傲慢だとは考えなかったかしら?」

「傲慢、か……」

「そうよ。そもそもワタクシが来る切っ掛けになった流星群モドキだって、貴方に見せようとしたものじゃないのかしら? 恐らく、自分を魔法少女であると信用させたかった……とか。勝手な想像で申し訳ないのだけど」

 ずっとそう言ってましたけどねー、と言っていたナナの顔を思い出す。確かに会った時から魔法少女だと名乗ってはいたが、信じる切っ掛けになったのはあの出来事だ。俺は手汗でじっとりとした拳を開いてズボンで拭う。

「図星ってわけね。読心術を使うまでも無いわ。それなら、ワタクシでなく貴方の役目だと思わない? 貴方のために使った魔法ってことになるのだから。勿論、貴方には何の力も無いわ。だから協力してあげる」

 いつの間にか立場が入れ替わっていた。俺が協力するかどうか、という立ち位置では無かったか。これでは完全に当事者ではないか。

「見て見ぬふりが出来ると思わないことね、人間。貴方は既に関わってしまったのよ。ナナという魔法少女の人生にね」

 はい、といつの間にか目の前に立っていたスペードが、薄っぺらい紙片を差し出してくる。びっしりと刻まれた文字列は呪いの言葉だろうか。

「これを貼るだけよ。あの子の魔法服は上等だから、着衣の上からだと効力を発揮しない可能性があるわ。顔か手足にでも貼ることね」

「……それだけか」

「それだけよ。それだけであの子は魔力をすべて失うことになるわ。尤も、それがあの子にとって何を意味するのか、分からないでもないでしょうけど」

 卒業試験自体が続行不能になり、二度と魔法界に戻れない。そんな残酷な決定を俺に下せというのか。

「そこまで難しく考えなくても良いのよ。どうせ、あの子は卒業出来っこない。貴方がちょっと早めるってだけ。まあまあ、受け取るだけ受け取ってよ」

 俺は呪いのお札を受け取ると、制服の内ポケットに仕舞う。その途中で暴力装置に札が引っ掛ったが、構わず押し込んだらぐしゃぐしゃになってしまった。

「俺はやらんぞ」

「それでも良いわよ。使命通りワタクシが執り行うだけだから。ただし、少々手荒いやり方になることは覚悟しておくことね」

 その声と重なって、がさがさと木々が何かに触れる音がしてそちらの方を振り向く。すると誰かが居てこちらの様子を伺って居るのが分かる。あの真っ黒な服は……ナナ!? まずい、聞かれていたか。

「ナナ!」

「あ、ええっと……」

 看板に仁王立ちする魔法少女を一瞥するやいなや、すすっと俺の方に体を寄せる。そんなにもスペードが怖いのだろうか。そのスペードはと言えば文字通り見下すような視線をこちら二人に浴びせている。

「こんばんは、ウィーク。今はナナと名乗っているらしいわね」

「……そうですよー。それがどうかしましたか」

 言いながら俺の背に回り、裾をこれでもかと言うぐらい引っ張る。痛い痛い。千切れるって。

「別にどうもしないわよ。久し振りなのにつれないのね」

「それはこっちのセリフですよー。話は全部聞いていましたから。あたしから魔力を失くすつもりなんでしょう? そんな相手に、友好的な態度が取れるとでも思ってるんですかー」

 全部聞いてたのか。それは出てくるのを躊躇うのも当然だな……。可哀想に、裾を握る手が震えている。

「あらあら。話が早くて助かるわ。そうよ、それがワタクシの使命だもの。ねえ、ナナ。貴方も本当は分かっているのでしょう? 自分に才能が無いことぐらい。だったら、せめてワタクシの手を煩わせないように気を使うことぐらい出来ないのかしら?」

「……誰が、そんな」

 ナナは俺にしがみつきながらも、何とか言葉を絞り出している。正直に言って、見られたものではない。

「ふふふ。まあ、じっくり考えて頂戴。私は他の仕事があるから、そうね、明後日までに答えを出してくれたらいいわ」

「…………」

 俺は二人の魔法少女を見ながら、ただ、黙っていることしかできなかった。こんな幼気な少女に頼られて、それでも何の言葉も出てこないとは情けない話だ。それにしても、他の仕事、だと? ナナ以外の魔法少女の処分だろうか。

「それじゃあ、良い返事を待っているわ」

 言って、スペードは己の着ていたローブで顔まで覆うと、瞬く間にその姿を消してしまった。まるで最初からそこには居らず、悪い夢でも見ていたんじゃないか、という気分になってくる。しかし、この胸を支配する、嫌悪感を通り越して敵意とでも呼ぶべきドス黒いものは、現実のものである。

「……取り敢えず、帰ろうか」

「……ん」

 何と声を掛けたものか分からず、何処か一人ごとの様に呟く。一応、ナナの方を振り返っての発言だったが、ナナは自分の足元をじっと見つめていて、視線が合うことは無かった。いや、正確には足元を見ていたのかどうかも定かではない。意識が此処にあるのかも分からない程に虚ろな目をしていた。
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