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1章 春嬢編
第六話
第六話
「この国が祀る神が女神アルチェであることはご存知ですか?」
「はい、知っています。」
女神アルチェ。愛と豊穣の女神で彼女の貞淑さからこの国の女性の習わしが始まったと言われているそうだ。
「実は女神アルチェには妹がいたんです。」
「妹ですか?」
そんな話は聞いたことがなかった。しかも、妹が『いた』とはどういう意味だろう。
「名前はアーリ。彼女の神話は何百年か昔、歴史から消されてしまいました。」
神様の歴史が消される。そんな大切なこと、どうして誰も知らないんだろう。
「アーリはとても恋多き女神で沢山の男神と恋をしました。そして最後に姉であるアルチェの夫にまで恋をしてしまうんです。」
それはまたすごい女神だ。日本の神様やギリシャ神話なんかも意外とそういうドロドロした話が多かった気がする。
「しかしアーリの誘惑にも負けず、アルチェとアルチェの夫は愛を貫きました。その失恋でアーリは神をやめ、人間になったと言われています。」
女神としてはどうかと思うけど、それだけならよくある神話に聞こえる。
「なぜアーリは歴史から消されてしまったのですか?」
「もう今は燃やされてしまって残っていませんが、その頃アーリの美しい姿絵が流行ったそうなんです。」
姿絵?グラビアみたいなものかな。
「それのせいで国民たちの間で浮気や不倫が大流行してしまったらしいのです。美しいアーリの生き方に憧れる者が大勢いたそうです。」
「え?!」
「今では考えられませんが、そのせいでアーリの歴史は消されアルチェの貞淑を見習おうという訓示が生まれたのですよ。」
あの習わしにそんな裏話があったなんて。
「しかし今ではそんな歴史は忘れられてしまった。習わしだけが根深く残り、女性たちはそれを頑なに守り続けているのです。」
国王陛下の言い方では、まるでそのことを良く思っていないみたいだ。
「この習わしは我がトリスト王国にしかありません。習わしができた頃は他国との交流があまりなく人々の往来があまりなかった時代でしたからそれでも困りませんでした。」
そうか習わしはこの国だけのものなんだ。だったら私は他国に行けば普通の春嬢として働けるのかな。
顔を上げると陛下が私の顔を見つめていた。心のなかを見透かされているような気がする。
「しかし、これからはそうはいきません。他国との交流も増え、移民も増えています。他国の者との婚姻もどんどん増えていくでしょう。」
話が大きくなってきた。それを私に聞かせるのは何故?
「私には2人の愚息がいます。長男は今隣国へ留学に行かせているのですが、この習わしのためにとても苦労をしているようなのです。主に恋愛関係で。」
第一王子の名前は…たしかアルセイン様。王子様もそんなことで苦労したりするのか。
「長男はそろそろ帰都する予定です。心配ではありますが、まぁなんとかなるでしょう。」
たしか誰かが来月アルセイン様のための祭りがあるって言ってた。留学から帰ってくるのをお祝いする祭りなんだ。
「私の心配は次男の方なのです。ついこの間成人したばかりなのですが…。そもそも恋愛ごとには疎くて。小さい頃から剣術や馬術ばかりやっていたせいか、とにかくガサツなんです。」
第二王子…名前は…なんだっけ。
「お待ちください!いま陛下は来客中です!」
そのときドアの向こうからなにやら言い争う声が聞こえてきた。バタバタと人の気配がする。
「そこをどけ!クソ親父に会わせろ!」
なんだろう、この声。聞き覚えがある気がする。
「噂をすればですね。マリアさん今日貴女をお呼びしたのは、どうか私の願いを聞いていただきたいからなんです。」
「えっ…あの、私にですか?」
「はい、多分貴女にしかできないことです。」
バンっ!!
その時、謁見室の重そうな扉が思い切り開かれた。
「親父!なに勝手なことしてんだよ!」
国王陛下と同じ金髪に青い瞳。背が高くガッチリした体格のその人は目元が国王陛下にそっくりだった。
「ケイニアス、来客中だと言っただろう。」
ケイニアス・トリスト。第二王子はたしかにそんな名前だった。
でも私はそれ以上に彼の瞳が気になった。髪の色も髪型も、まったくの別人。なのにどうしてだろう。昨日真っ白な仮面の奥で笑っていた彼の瞳にしか見えなかった。
「ケイン…?」
「おや、貴女の前ではケインと名乗ったのですか?それは愚息の幼い頃の渾名なのです。我々が呼ぶとすごく怒るのですがね。」
するとみるみる彼の顔が真っ赤に染まった。
「なんで気づくんだよ?!」
「お前は本当に馬鹿だねぇ。春嬢には記憶力がとても大切なんだよ。マリアさんほどの売れっ子がこの美しい容姿だけでお客の人気を集めているわけないだろう。」
豪華な玉座に頬杖をつき、国王陛下は呆れ顔だ。
陛下は城下町の春嬢の事情にまで詳しいらしい。一国の王様とはそういうものなんだろうか。
「マリアさん、私のお願いというのはこの馬鹿息子のことなんです。」
乱入者を完全に無視して、陛下は話の続きに戻った。
「女性になんてまるで無関心だったケイニアスがどうやら貴女の言うことなら聞きそうなんです。どうでしょう、この愚息の教育係になっていただけませんか?」
突然の展開に頭がついていかなかった。教育係ってなに?
「別に勉強を教えてほしいわけではありません。貴女には閨の指導をしていただきたい。」
「馬鹿は親父のほうだろうが!なんだよ指導って!」
さらに頭の中が疑問符で溢れた。
「期限は……そうですね。とりあえず来月の祭りまでの1ヶ月間でどうでしょう?報酬は貴女の一晩の値段の五倍を1ヶ月間分前金でお支払します。」
五倍!?それだけあれば娼館の女将にお世話になった分の借金を返しても余るくらいの金額になる。
「もちろん、これはただのお願いなのでお断りいただいてもかまいません。」
有無を言わせぬ笑顔。国王陛下の『お願い』を断れる一般人が一体どこにいるんでしょうか?
「本人抜きで話進めてんじゃねぇよ!」
「朝帰りしてから腑抜けたようにバカ面してた奴が何を言っているんだ?感謝しろ馬鹿息子。」
「馬鹿バカうるせぇ!余計なこと言うな!」
…どうやら私、とんでもない人の初めてをもらってしまったようです。
「この国が祀る神が女神アルチェであることはご存知ですか?」
「はい、知っています。」
女神アルチェ。愛と豊穣の女神で彼女の貞淑さからこの国の女性の習わしが始まったと言われているそうだ。
「実は女神アルチェには妹がいたんです。」
「妹ですか?」
そんな話は聞いたことがなかった。しかも、妹が『いた』とはどういう意味だろう。
「名前はアーリ。彼女の神話は何百年か昔、歴史から消されてしまいました。」
神様の歴史が消される。そんな大切なこと、どうして誰も知らないんだろう。
「アーリはとても恋多き女神で沢山の男神と恋をしました。そして最後に姉であるアルチェの夫にまで恋をしてしまうんです。」
それはまたすごい女神だ。日本の神様やギリシャ神話なんかも意外とそういうドロドロした話が多かった気がする。
「しかしアーリの誘惑にも負けず、アルチェとアルチェの夫は愛を貫きました。その失恋でアーリは神をやめ、人間になったと言われています。」
女神としてはどうかと思うけど、それだけならよくある神話に聞こえる。
「なぜアーリは歴史から消されてしまったのですか?」
「もう今は燃やされてしまって残っていませんが、その頃アーリの美しい姿絵が流行ったそうなんです。」
姿絵?グラビアみたいなものかな。
「それのせいで国民たちの間で浮気や不倫が大流行してしまったらしいのです。美しいアーリの生き方に憧れる者が大勢いたそうです。」
「え?!」
「今では考えられませんが、そのせいでアーリの歴史は消されアルチェの貞淑を見習おうという訓示が生まれたのですよ。」
あの習わしにそんな裏話があったなんて。
「しかし今ではそんな歴史は忘れられてしまった。習わしだけが根深く残り、女性たちはそれを頑なに守り続けているのです。」
国王陛下の言い方では、まるでそのことを良く思っていないみたいだ。
「この習わしは我がトリスト王国にしかありません。習わしができた頃は他国との交流があまりなく人々の往来があまりなかった時代でしたからそれでも困りませんでした。」
そうか習わしはこの国だけのものなんだ。だったら私は他国に行けば普通の春嬢として働けるのかな。
顔を上げると陛下が私の顔を見つめていた。心のなかを見透かされているような気がする。
「しかし、これからはそうはいきません。他国との交流も増え、移民も増えています。他国の者との婚姻もどんどん増えていくでしょう。」
話が大きくなってきた。それを私に聞かせるのは何故?
「私には2人の愚息がいます。長男は今隣国へ留学に行かせているのですが、この習わしのためにとても苦労をしているようなのです。主に恋愛関係で。」
第一王子の名前は…たしかアルセイン様。王子様もそんなことで苦労したりするのか。
「長男はそろそろ帰都する予定です。心配ではありますが、まぁなんとかなるでしょう。」
たしか誰かが来月アルセイン様のための祭りがあるって言ってた。留学から帰ってくるのをお祝いする祭りなんだ。
「私の心配は次男の方なのです。ついこの間成人したばかりなのですが…。そもそも恋愛ごとには疎くて。小さい頃から剣術や馬術ばかりやっていたせいか、とにかくガサツなんです。」
第二王子…名前は…なんだっけ。
「お待ちください!いま陛下は来客中です!」
そのときドアの向こうからなにやら言い争う声が聞こえてきた。バタバタと人の気配がする。
「そこをどけ!クソ親父に会わせろ!」
なんだろう、この声。聞き覚えがある気がする。
「噂をすればですね。マリアさん今日貴女をお呼びしたのは、どうか私の願いを聞いていただきたいからなんです。」
「えっ…あの、私にですか?」
「はい、多分貴女にしかできないことです。」
バンっ!!
その時、謁見室の重そうな扉が思い切り開かれた。
「親父!なに勝手なことしてんだよ!」
国王陛下と同じ金髪に青い瞳。背が高くガッチリした体格のその人は目元が国王陛下にそっくりだった。
「ケイニアス、来客中だと言っただろう。」
ケイニアス・トリスト。第二王子はたしかにそんな名前だった。
でも私はそれ以上に彼の瞳が気になった。髪の色も髪型も、まったくの別人。なのにどうしてだろう。昨日真っ白な仮面の奥で笑っていた彼の瞳にしか見えなかった。
「ケイン…?」
「おや、貴女の前ではケインと名乗ったのですか?それは愚息の幼い頃の渾名なのです。我々が呼ぶとすごく怒るのですがね。」
するとみるみる彼の顔が真っ赤に染まった。
「なんで気づくんだよ?!」
「お前は本当に馬鹿だねぇ。春嬢には記憶力がとても大切なんだよ。マリアさんほどの売れっ子がこの美しい容姿だけでお客の人気を集めているわけないだろう。」
豪華な玉座に頬杖をつき、国王陛下は呆れ顔だ。
陛下は城下町の春嬢の事情にまで詳しいらしい。一国の王様とはそういうものなんだろうか。
「マリアさん、私のお願いというのはこの馬鹿息子のことなんです。」
乱入者を完全に無視して、陛下は話の続きに戻った。
「女性になんてまるで無関心だったケイニアスがどうやら貴女の言うことなら聞きそうなんです。どうでしょう、この愚息の教育係になっていただけませんか?」
突然の展開に頭がついていかなかった。教育係ってなに?
「別に勉強を教えてほしいわけではありません。貴女には閨の指導をしていただきたい。」
「馬鹿は親父のほうだろうが!なんだよ指導って!」
さらに頭の中が疑問符で溢れた。
「期限は……そうですね。とりあえず来月の祭りまでの1ヶ月間でどうでしょう?報酬は貴女の一晩の値段の五倍を1ヶ月間分前金でお支払します。」
五倍!?それだけあれば娼館の女将にお世話になった分の借金を返しても余るくらいの金額になる。
「もちろん、これはただのお願いなのでお断りいただいてもかまいません。」
有無を言わせぬ笑顔。国王陛下の『お願い』を断れる一般人が一体どこにいるんでしょうか?
「本人抜きで話進めてんじゃねぇよ!」
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