14 / 41
1章 春嬢編
第十三話~ケイン~
第十三話~ケイン~
『私はケインの恋人でもなんでもないんだから。』
マリアの言葉が頭から離れない。そんなこと言われなくても分かっている。
俺はただ彼女に喜んでほしかっただけだ。
丘の上から彼方を見つめる瞳がひどく寂しそうで、そのままどこかへ行ってしまいそうに見えた。
海の見える故郷。彼女が望むならどこへだって連れていきたい。そうして笑っていてくれたら、俺は………。
「遠乗りは楽しかったか?」
振り返るとそこには執務を終えた親父が立っていた。
「マリアに言ったのか?俺のこと。」
親父は少し困ったように微笑んだ。俺がいない間に彼女と会っていたことは知っている。何を話したのか聞いてもマリアは答えなかった。
「彼女の方から聞いてきたんだ。お前には教育係なんて必要ないんじゃないかとね。いつまでも隠しておくわけにはいかないだろう?」
それでも、知られたくなかった。他の女のために彼女を利用している。そんなの最悪じゃないか。
「マリアさんと何かあったのか?」
「……。海が見たいと言うからいつか連れてってやると言ったんだ。そしたら、恋人じゃないんだからと断られた。」
帰り道、一言も話すことなく帰ってきた。次どんな顔で会いに行けばいいのか、まるで分からない。
「はぁ…お前は本当に馬鹿だな。」
「うるさい、クソじじい。」
「まさかとは思うが、彼女と体を重ねただけで心まで手にいれたつもりだったのか?」
唇を噛み締めた。そんなつもりじゃない。マリアはいつだって一線を越えてはこなかった。俺が答えたくないことは追及せず、心地いい会話ばかりした。
そのかわりマリアは自分の心を話さない。人形のような女が嫌だと言いながら、彼女を都合よく扱っているのは俺のほうだ。
「これから婚約者を決めると言っている男のいつかの約束など、なんの意味があるんだ。」
なにかを堪えるような笑顔なんか見たくなかった。そんな顔をさせているのは俺自身のせいなのに、彼女に八つ当たりした。本当に馬鹿だ。
「彼女は本当に素晴らしい女性だ。相手の求めるものを正確に読み取って、それを返してくれる。客たちが彼女を求めるのは当然だな。」
「俺がアイツの客と同じだって言いたいのか?」
「なにか違うのか?今のお前は彼女の客たちとなにも変わらないだろう。」
違う!そう言いかけて言葉を飲み込んだ。親父の言う通りだ。彼女を喜ばせることすらできないのだから。
「そんなに後悔しているなら、さっさと謝るんだ。時間を無駄にするなよ。」
謝って、そのあとはどうしたらいい?これまでと変わらず彼女を抱くのか。そんなことできるわけないだろ。
「もうすぐアルセインが帰ってくる。うじうじしている暇があるなら覚悟を決めろ。」
親父の背中を見送りながら、無性に兄貴と話したかった。
どうして突然真実の愛なんて言い出したのか。留学をしてなにを学んで、なにを思ったのか。
本当に婚約者を決めるのか?それが嫌でこの国を出てったんじゃないのかよ。
その日は結局マリアには会いに行けなかった。手を振り払ったときの彼女の傷ついた顔が忘れられなかった。
* * *
「どうかこのままここで働きませんか?」
ドアの隙間から聞こえる話し声。長く城に仕えるアゼルが誰かに深く関わるのを初めてみた。いつも冷静な彼女は自分が孤児という生い立ちのせいか、周りの者たちとも距離を置いている。
今日1日マリアが寝込んでいるときいて驚いた。昨日の外出で風邪でも引いたのかと思ったが、そうではないと知って安堵した。
女の体について詳しいわけではないし、今まであまり考えたこともなかった。寝込んでしまうほど痛いのか。毎月あの娼館の部屋でひとりうずくまっているのかと思うと胸が痛んだ。
毎月やってくる痛みと闘いながら、彼女はたった一人で自分の夢のために働いている。
「春嬢は身体を売りながら、心も一緒に少しずつ売っているんだって。全部の心が無くなる前にこの仕事から足を洗いなさいって。」
あと半月経てば、彼女はまたあの場所で客を取る。そうやって心を削っていくのだ。
考えなくなかった。他の男に抱かれている彼女を考えただけでおかしくなりそうだ。
俺の前だけで笑っていてほしい。彼女に触れるのは俺だけでありたい。
俺はマリアが好きだ。今さら気づいたところで一体どうしろって言うんだ。
「今回のお給料でたくさん稼げました。だからあと一年も働けば、娼館を出られます。」
彼女に触れたい。もっと彼女のことを知りたかった。故郷の話、夢の話なんだっていい。マリアの声を聞いていたかった。
そっとドアを閉めその場を離れた。
気持ちを自覚したいま、彼女に会えば何を口走るか分からない。これ以上彼女を困らせたくなかった。
たった半月で彼女の存在はこんなにも大きく成長した。絶対に失いたくない。
明日は必ず彼女を訪ねよう。なにを持っていけば、彼女は喜んでくれるだろう。女への贈り物なんてしたことのない俺には難しい問題だった。
『私はケインの恋人でもなんでもないんだから。』
マリアの言葉が頭から離れない。そんなこと言われなくても分かっている。
俺はただ彼女に喜んでほしかっただけだ。
丘の上から彼方を見つめる瞳がひどく寂しそうで、そのままどこかへ行ってしまいそうに見えた。
海の見える故郷。彼女が望むならどこへだって連れていきたい。そうして笑っていてくれたら、俺は………。
「遠乗りは楽しかったか?」
振り返るとそこには執務を終えた親父が立っていた。
「マリアに言ったのか?俺のこと。」
親父は少し困ったように微笑んだ。俺がいない間に彼女と会っていたことは知っている。何を話したのか聞いてもマリアは答えなかった。
「彼女の方から聞いてきたんだ。お前には教育係なんて必要ないんじゃないかとね。いつまでも隠しておくわけにはいかないだろう?」
それでも、知られたくなかった。他の女のために彼女を利用している。そんなの最悪じゃないか。
「マリアさんと何かあったのか?」
「……。海が見たいと言うからいつか連れてってやると言ったんだ。そしたら、恋人じゃないんだからと断られた。」
帰り道、一言も話すことなく帰ってきた。次どんな顔で会いに行けばいいのか、まるで分からない。
「はぁ…お前は本当に馬鹿だな。」
「うるさい、クソじじい。」
「まさかとは思うが、彼女と体を重ねただけで心まで手にいれたつもりだったのか?」
唇を噛み締めた。そんなつもりじゃない。マリアはいつだって一線を越えてはこなかった。俺が答えたくないことは追及せず、心地いい会話ばかりした。
そのかわりマリアは自分の心を話さない。人形のような女が嫌だと言いながら、彼女を都合よく扱っているのは俺のほうだ。
「これから婚約者を決めると言っている男のいつかの約束など、なんの意味があるんだ。」
なにかを堪えるような笑顔なんか見たくなかった。そんな顔をさせているのは俺自身のせいなのに、彼女に八つ当たりした。本当に馬鹿だ。
「彼女は本当に素晴らしい女性だ。相手の求めるものを正確に読み取って、それを返してくれる。客たちが彼女を求めるのは当然だな。」
「俺がアイツの客と同じだって言いたいのか?」
「なにか違うのか?今のお前は彼女の客たちとなにも変わらないだろう。」
違う!そう言いかけて言葉を飲み込んだ。親父の言う通りだ。彼女を喜ばせることすらできないのだから。
「そんなに後悔しているなら、さっさと謝るんだ。時間を無駄にするなよ。」
謝って、そのあとはどうしたらいい?これまでと変わらず彼女を抱くのか。そんなことできるわけないだろ。
「もうすぐアルセインが帰ってくる。うじうじしている暇があるなら覚悟を決めろ。」
親父の背中を見送りながら、無性に兄貴と話したかった。
どうして突然真実の愛なんて言い出したのか。留学をしてなにを学んで、なにを思ったのか。
本当に婚約者を決めるのか?それが嫌でこの国を出てったんじゃないのかよ。
その日は結局マリアには会いに行けなかった。手を振り払ったときの彼女の傷ついた顔が忘れられなかった。
* * *
「どうかこのままここで働きませんか?」
ドアの隙間から聞こえる話し声。長く城に仕えるアゼルが誰かに深く関わるのを初めてみた。いつも冷静な彼女は自分が孤児という生い立ちのせいか、周りの者たちとも距離を置いている。
今日1日マリアが寝込んでいるときいて驚いた。昨日の外出で風邪でも引いたのかと思ったが、そうではないと知って安堵した。
女の体について詳しいわけではないし、今まであまり考えたこともなかった。寝込んでしまうほど痛いのか。毎月あの娼館の部屋でひとりうずくまっているのかと思うと胸が痛んだ。
毎月やってくる痛みと闘いながら、彼女はたった一人で自分の夢のために働いている。
「春嬢は身体を売りながら、心も一緒に少しずつ売っているんだって。全部の心が無くなる前にこの仕事から足を洗いなさいって。」
あと半月経てば、彼女はまたあの場所で客を取る。そうやって心を削っていくのだ。
考えなくなかった。他の男に抱かれている彼女を考えただけでおかしくなりそうだ。
俺の前だけで笑っていてほしい。彼女に触れるのは俺だけでありたい。
俺はマリアが好きだ。今さら気づいたところで一体どうしろって言うんだ。
「今回のお給料でたくさん稼げました。だからあと一年も働けば、娼館を出られます。」
彼女に触れたい。もっと彼女のことを知りたかった。故郷の話、夢の話なんだっていい。マリアの声を聞いていたかった。
そっとドアを閉めその場を離れた。
気持ちを自覚したいま、彼女に会えば何を口走るか分からない。これ以上彼女を困らせたくなかった。
たった半月で彼女の存在はこんなにも大きく成長した。絶対に失いたくない。
明日は必ず彼女を訪ねよう。なにを持っていけば、彼女は喜んでくれるだろう。女への贈り物なんてしたことのない俺には難しい問題だった。
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。
airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。
どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。
2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。
ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。
あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて…
あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?
女の子がほとんど産まれない国に転生しました。
さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。
100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳
そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。
当面は2日に1話更新予定!
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041