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1章 春嬢編
第十四話
第十四話
「ふぁ……よく寝た。」
アゼルさんの淹れてくれたハーブティのおかげか、翌朝はとても良い気持ちで目覚めることができた。お腹の痛みもすっかり良くなっている。
窓の外がざわざわと騒がしい。ここは王城の二階、あまり人の来ない角部屋だ。
そっと窓から外を覗くと中庭では様々な人が忙しそうに動き回っている。
「こんな朝早くからどうしたんだろう。」
コンコンっ
そのとき部屋の扉がノックされ、アゼルさんが食事を運んできてくれた。
「マリア様、具合はいかがですか?」
「おはようございます!アゼルさんのお茶のおかげですっかり良くなりました!」
朝食のいいにおいが部屋中に漂う。私が食べやすいようわざわざ用意してくれたスープ。
アゼルさんの気遣いや優しさが本当に嬉しくて、少し泣きそうになった。
「外がいつもより騒がしいのは何かあったんですか?」
「アルセイン様が今日お戻りになることになりました。その準備で皆忙しいのです。」
ここに居られる期限。祭りまであと二週間、とうとう第一王子であるアルセイン様が帰ってくるんだ。
「アルセイン様はどんな方ですか?」
「そうですね…。とても真面目でお優しい方です。国王陛下よりも亡くなられた皇后様によく似ておられますね。ケイニアス様とはあまり似ていないかもしれません。」
亡くなったケインのお母さん。一体どんな人だったんだろう。
「マリア様、こちらを。」
アゼルさんから渡されたのは一つの鍵だった。
「先日、陛下とお茶をご一緒された温室の鍵です。今日1日あちらを人払いするから自由に使ってほしいと仰っておりました。陛下は寝込んでいたマリア様をとても心配されております。」
どうして私にそこまでしてくれるのだろう。こんなに優しくしてもらって、本当にここから離れがたくなってしまいそう。
「…ありがとうございます。本当に感謝していますとお伝えください。」
忙しそうなアゼルさんを見送り、私はさっそく温室に向かった。
* * *
「すごい香り…。」
咲き誇る薔薇から溢れでる香り。赤、白、ピンク様々な花が咲く温室には外の喧騒も届かなかった。
ここに来る途中もすれ違う人は居なかった。アルセイン様を迎える準備で忙しいなか、私のために気遣いをしてくれる国王陛下には感謝しかない。
陛下の期待を裏切りたくない。それでもケインの前で上手く笑顔を作れる自信がなかった。
温室の奥へ進む。先日お茶をしたテーブルセットが見えた。ゆっくりと椅子に腰掛ける。
今日は美しいブルーのドレスを着せてもらった。こんな綺麗なドレス、ここから出たらきっと着ることはないだろう。
自分を可哀想だなんて思っていない。春嬢の仕事にも誇りをもってやっているつもりだ。
自分の人生を疑ったことなんてなかった。それなのに今になって、私の人生にはたくさんの選択肢があることに気づいてしまった。
馬に乗れなくても、私が行こうと思えば海を見に行くことだってできる。春嬢でなくてもお金を稼ぐことはできるし、いまなら家を探すことも難しくないかもしれない。
でもそうしてしまったら、今までの私を否定してしまいそうで怖かった。たくさんの男性に抱かれお金を稼いだ私を嫌いになってしまったら、何かが壊れてしまいそうだった。
「……うぅ…。」
涙が溢れた。ポロポロと手の甲に滴が落ちる。
寂しくてさみしくてたまらない。こんなとき私はひとりなんだと身に染みて感じる。
「……ぅぅ……。」
泣くのなんて久しぶりで、涙が止められない。せっかく綺麗にメイクまでしてもらったのに、これじゃ台無しだ。
「マリア…?」
顔をあげると今一番会いたくて、会いたくない人が立っていた。
「ケイン…?なんで?」
私の顔を見て彼は目を見開いた。
「まだ具合悪いのか?なんで泣いてんだよ。」
私の前に跪き、指で涙を拭ってくれる。不器用な手つきが彼らしかった。
「拭くなら、ハンカチでふいてよ。」
「そんなもん俺が持ってるわけないだろ。」
これまでと変わらない言葉。それが嬉しくてまた涙が出てきた。
「だからなんで泣くんだよ。俺が泣かせたみたいだろ。」
「ケインのせいだから…。」
ふっと指の動きが止まった。
「悪かった。なんも考えないであんなこと言って。でも約束する、絶対海に連れてってやる。」
やめて。そんな優しい言葉をかけないで。ここは私なんかの居場所じゃないのに、勘違いしてしまいそうになる。
「だからもう泣くな。」
頬に大きな手が触れた。その上にそっと自分の手を重ねる。
「ひっどい顔。」
「誰も来ないって言うから。ケインが来るなんて聞いてないよ。」
変わらずに笑いあえること。それが何よりも嬉しい。
「ん…?」
触れるか触れないか分からないくらいのキス。ケインからしてくれるなんて思ってなかった。
「どうしたの?」
「いや…なんでもない。」
気づいてはいけない。自分の気持ちにも、彼の気持ちも。そんなことしたら、もう私は元の生活になんてきっと戻れない。
「少しだけ側にいてくれる?」
今だけ、いまこの時だけはどうか隣にいさせて。
「ふぁ……よく寝た。」
アゼルさんの淹れてくれたハーブティのおかげか、翌朝はとても良い気持ちで目覚めることができた。お腹の痛みもすっかり良くなっている。
窓の外がざわざわと騒がしい。ここは王城の二階、あまり人の来ない角部屋だ。
そっと窓から外を覗くと中庭では様々な人が忙しそうに動き回っている。
「こんな朝早くからどうしたんだろう。」
コンコンっ
そのとき部屋の扉がノックされ、アゼルさんが食事を運んできてくれた。
「マリア様、具合はいかがですか?」
「おはようございます!アゼルさんのお茶のおかげですっかり良くなりました!」
朝食のいいにおいが部屋中に漂う。私が食べやすいようわざわざ用意してくれたスープ。
アゼルさんの気遣いや優しさが本当に嬉しくて、少し泣きそうになった。
「外がいつもより騒がしいのは何かあったんですか?」
「アルセイン様が今日お戻りになることになりました。その準備で皆忙しいのです。」
ここに居られる期限。祭りまであと二週間、とうとう第一王子であるアルセイン様が帰ってくるんだ。
「アルセイン様はどんな方ですか?」
「そうですね…。とても真面目でお優しい方です。国王陛下よりも亡くなられた皇后様によく似ておられますね。ケイニアス様とはあまり似ていないかもしれません。」
亡くなったケインのお母さん。一体どんな人だったんだろう。
「マリア様、こちらを。」
アゼルさんから渡されたのは一つの鍵だった。
「先日、陛下とお茶をご一緒された温室の鍵です。今日1日あちらを人払いするから自由に使ってほしいと仰っておりました。陛下は寝込んでいたマリア様をとても心配されております。」
どうして私にそこまでしてくれるのだろう。こんなに優しくしてもらって、本当にここから離れがたくなってしまいそう。
「…ありがとうございます。本当に感謝していますとお伝えください。」
忙しそうなアゼルさんを見送り、私はさっそく温室に向かった。
* * *
「すごい香り…。」
咲き誇る薔薇から溢れでる香り。赤、白、ピンク様々な花が咲く温室には外の喧騒も届かなかった。
ここに来る途中もすれ違う人は居なかった。アルセイン様を迎える準備で忙しいなか、私のために気遣いをしてくれる国王陛下には感謝しかない。
陛下の期待を裏切りたくない。それでもケインの前で上手く笑顔を作れる自信がなかった。
温室の奥へ進む。先日お茶をしたテーブルセットが見えた。ゆっくりと椅子に腰掛ける。
今日は美しいブルーのドレスを着せてもらった。こんな綺麗なドレス、ここから出たらきっと着ることはないだろう。
自分を可哀想だなんて思っていない。春嬢の仕事にも誇りをもってやっているつもりだ。
自分の人生を疑ったことなんてなかった。それなのに今になって、私の人生にはたくさんの選択肢があることに気づいてしまった。
馬に乗れなくても、私が行こうと思えば海を見に行くことだってできる。春嬢でなくてもお金を稼ぐことはできるし、いまなら家を探すことも難しくないかもしれない。
でもそうしてしまったら、今までの私を否定してしまいそうで怖かった。たくさんの男性に抱かれお金を稼いだ私を嫌いになってしまったら、何かが壊れてしまいそうだった。
「……うぅ…。」
涙が溢れた。ポロポロと手の甲に滴が落ちる。
寂しくてさみしくてたまらない。こんなとき私はひとりなんだと身に染みて感じる。
「……ぅぅ……。」
泣くのなんて久しぶりで、涙が止められない。せっかく綺麗にメイクまでしてもらったのに、これじゃ台無しだ。
「マリア…?」
顔をあげると今一番会いたくて、会いたくない人が立っていた。
「ケイン…?なんで?」
私の顔を見て彼は目を見開いた。
「まだ具合悪いのか?なんで泣いてんだよ。」
私の前に跪き、指で涙を拭ってくれる。不器用な手つきが彼らしかった。
「拭くなら、ハンカチでふいてよ。」
「そんなもん俺が持ってるわけないだろ。」
これまでと変わらない言葉。それが嬉しくてまた涙が出てきた。
「だからなんで泣くんだよ。俺が泣かせたみたいだろ。」
「ケインのせいだから…。」
ふっと指の動きが止まった。
「悪かった。なんも考えないであんなこと言って。でも約束する、絶対海に連れてってやる。」
やめて。そんな優しい言葉をかけないで。ここは私なんかの居場所じゃないのに、勘違いしてしまいそうになる。
「だからもう泣くな。」
頬に大きな手が触れた。その上にそっと自分の手を重ねる。
「ひっどい顔。」
「誰も来ないって言うから。ケインが来るなんて聞いてないよ。」
変わらずに笑いあえること。それが何よりも嬉しい。
「ん…?」
触れるか触れないか分からないくらいのキス。ケインからしてくれるなんて思ってなかった。
「どうしたの?」
「いや…なんでもない。」
気づいてはいけない。自分の気持ちにも、彼の気持ちも。そんなことしたら、もう私は元の生活になんてきっと戻れない。
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今だけ、いまこの時だけはどうか隣にいさせて。
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