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1章 春嬢編
第十八話
第十八話
目が覚めた時、隣には誰もいなかった。こんな時、この国の慣習が恨めしい。彼の恋人にさえなれない私は、一緒に朝を迎えることもできない。
夜になれば、また彼に会える。そう信じて待つことしか私にはできないのだ。
しかしそれすらも叶わなくなるなんて思ってもいなかった。
「マリア様宛にお手紙が届いております。」
翌日の朝突然届いた手紙の差出人は、娼館で働く私の同僚だった。普段あまり会話することのない子からの手紙に私は首を傾げる。
「一体なんだろう?」
開いた手紙を読んで、私は血の気が引いた。
「マリア様?どうされたのですか?」
震える体を押さえ、必死に気持ちを落ち着ける。
「アゼルさんごめんなさい!私、帰ります!」
着ていたドレスを脱ぎ捨て町に飛び出した。久しぶりに見る城下は祭りの準備に活気づいている。浮かれる人々の間を通り抜け、歓楽街に走った。
* * *
「リリス!リリスはどこ?」
この場所で私に優しくしてくれた唯一の友人の姿を探した。突然帰ってきた私に答えてくれる声はない。
「マリア!?お前いつ帰ってきたんだい?」
二階から現れた女将は見たこともないほど不機嫌な顔をしていた。
「リリスは?リリスはどこにいますか?」
「自分の部屋だよ。お前のせいでこっちは売上が減って大変なんだ。戻ってきたなら今夜からでも働いてもらうよ!」
女将の言葉を無視して二階に駆け上がった。リリスの部屋の扉を叩くと、中から弱々しい声が聞こえた。
「リリス!」
部屋に入った私は息を飲む。リリスの美しい顔は腫れ上がり、目元には大きな青アザが浮いていた。
「マリア…?なんで…?」
「リリス…。ごめんなさい。私のせいで…こんなことになるなんて…。」
座り込み泣き出した私をリリスの細い腕が優しく抱き締めた。
私がケインに初めて会った夜、私を買うと言って暴れた男がいた。ケインのおかげでその場は収まったが、その男は貴族だった。
そのあとすぐに私は王城に行き、そのことは女将にしか伝えられなかった。国王陛下から箝口令が敷かれたからだ。
それから数日後。この娼館の売上が激減し始めた。私のお客様が来なくなったからではない。あの貴族がこの娼館について悪い噂を流し始めたからだ。あそこは客を選ぶ、貴族である自分を蔑ろにしたと。夜になるとガラの悪い男が邪魔をして、お客様が来られなくなってしまった。
女将は町の自警団や騎士団に助けを求めたが相手にされなかった。貴族が金で買収したからだと手紙には書かれていた。
そんな嫌がらせが続いたある日。あの貴族がまたここにやってきた。
「あの女を出せ!そうすれば今回は許してやる。」
たとえ相手が貴族でも女将にはどうすることもできなかった。私を連れていったのは国王だ。その理由は女将にも知らされていない。ここには居ないと伝えても、なら連れてこいと繰り返すばかりだ。
「私がお相手ではダメでしょうか?」
そのとき名乗り出てくれたのがリリスだった。その美しさに貴族は納得し、リリスとともに部屋に入った。
しかしそれで解決ではなかった。酒を飲んだ男はリリスを殴り、犯すようにリリスを抱いたのだ。
「ごめんなさい。私のせい。なんにも知らないで、リリス本当にごめんなさい。」
「マリアのせいじゃないわ。わかるでしょ?」
この顔ではリリスはしばらく店に出られない。リリスは幼い妹のために仕送りするために働いているのに、それができないだけじゃなく借金の返済だって滞る。
「私が代わりに払うから。リリスは休んでいて。」
「馬鹿言わないで!いいから早くマリアはお城に戻りなさい!」
驚く私にリリスは痛々しい顔で微笑みかけた。
「あの日マリアが国王陛下の馬車に乗ったことは皆知ってる。他の娘たちは妬んでたけど、私は当然だと思ったの。貴女はこんなところにいる子じゃないわ。」
女将からはマリアは病気療養に行ったと伝えられたが、そんな嘘は誰も信じていない。王城で騎士団の相手でもしているのだろうと皆噂をしていたそうだ。
「貴女がお城で何をしてるのか言わなくていい。楽しいんでしょ?いまのマリアすごい可愛いもの。そのまま戻らないほうがいい。」
ケインの顔が浮かぶ。でもこのままリリスを置いていったら、彼女は娼館を出られなくなるかもしれない。そんなの絶対に嫌だ。
「そんなことできない!リリスを放っておけない。妹と暮らしたいって言ってたじゃない!」
「ここを出るのが少し先になるだけよ。マリアが心配することじゃないわ。」
ガンガンっ!
娼館の入り口が大きく叩かれる音が響いた。続いて男の声が聞こえる。
「おい!あの女が戻ったというのは本当か!さっさと開けろ!」
あの夜に聞いた声。貴族なら何をしても許されるの?
「マリアは早く逃げて。裏口からならお城まで抜けられる。」
「絶対イヤ!リリスにまた何かあったらどうするの?」
このまま好き勝手にさせるなんてできない。この場所や仲間が決して好きなわけではないけど、それでもここは私の場所。
立ち上がり、男の声のする一階に降りていった。
目が覚めた時、隣には誰もいなかった。こんな時、この国の慣習が恨めしい。彼の恋人にさえなれない私は、一緒に朝を迎えることもできない。
夜になれば、また彼に会える。そう信じて待つことしか私にはできないのだ。
しかしそれすらも叶わなくなるなんて思ってもいなかった。
「マリア様宛にお手紙が届いております。」
翌日の朝突然届いた手紙の差出人は、娼館で働く私の同僚だった。普段あまり会話することのない子からの手紙に私は首を傾げる。
「一体なんだろう?」
開いた手紙を読んで、私は血の気が引いた。
「マリア様?どうされたのですか?」
震える体を押さえ、必死に気持ちを落ち着ける。
「アゼルさんごめんなさい!私、帰ります!」
着ていたドレスを脱ぎ捨て町に飛び出した。久しぶりに見る城下は祭りの準備に活気づいている。浮かれる人々の間を通り抜け、歓楽街に走った。
* * *
「リリス!リリスはどこ?」
この場所で私に優しくしてくれた唯一の友人の姿を探した。突然帰ってきた私に答えてくれる声はない。
「マリア!?お前いつ帰ってきたんだい?」
二階から現れた女将は見たこともないほど不機嫌な顔をしていた。
「リリスは?リリスはどこにいますか?」
「自分の部屋だよ。お前のせいでこっちは売上が減って大変なんだ。戻ってきたなら今夜からでも働いてもらうよ!」
女将の言葉を無視して二階に駆け上がった。リリスの部屋の扉を叩くと、中から弱々しい声が聞こえた。
「リリス!」
部屋に入った私は息を飲む。リリスの美しい顔は腫れ上がり、目元には大きな青アザが浮いていた。
「マリア…?なんで…?」
「リリス…。ごめんなさい。私のせいで…こんなことになるなんて…。」
座り込み泣き出した私をリリスの細い腕が優しく抱き締めた。
私がケインに初めて会った夜、私を買うと言って暴れた男がいた。ケインのおかげでその場は収まったが、その男は貴族だった。
そのあとすぐに私は王城に行き、そのことは女将にしか伝えられなかった。国王陛下から箝口令が敷かれたからだ。
それから数日後。この娼館の売上が激減し始めた。私のお客様が来なくなったからではない。あの貴族がこの娼館について悪い噂を流し始めたからだ。あそこは客を選ぶ、貴族である自分を蔑ろにしたと。夜になるとガラの悪い男が邪魔をして、お客様が来られなくなってしまった。
女将は町の自警団や騎士団に助けを求めたが相手にされなかった。貴族が金で買収したからだと手紙には書かれていた。
そんな嫌がらせが続いたある日。あの貴族がまたここにやってきた。
「あの女を出せ!そうすれば今回は許してやる。」
たとえ相手が貴族でも女将にはどうすることもできなかった。私を連れていったのは国王だ。その理由は女将にも知らされていない。ここには居ないと伝えても、なら連れてこいと繰り返すばかりだ。
「私がお相手ではダメでしょうか?」
そのとき名乗り出てくれたのがリリスだった。その美しさに貴族は納得し、リリスとともに部屋に入った。
しかしそれで解決ではなかった。酒を飲んだ男はリリスを殴り、犯すようにリリスを抱いたのだ。
「ごめんなさい。私のせい。なんにも知らないで、リリス本当にごめんなさい。」
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「私が代わりに払うから。リリスは休んでいて。」
「馬鹿言わないで!いいから早くマリアはお城に戻りなさい!」
驚く私にリリスは痛々しい顔で微笑みかけた。
「あの日マリアが国王陛下の馬車に乗ったことは皆知ってる。他の娘たちは妬んでたけど、私は当然だと思ったの。貴女はこんなところにいる子じゃないわ。」
女将からはマリアは病気療養に行ったと伝えられたが、そんな嘘は誰も信じていない。王城で騎士団の相手でもしているのだろうと皆噂をしていたそうだ。
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ケインの顔が浮かぶ。でもこのままリリスを置いていったら、彼女は娼館を出られなくなるかもしれない。そんなの絶対に嫌だ。
「そんなことできない!リリスを放っておけない。妹と暮らしたいって言ってたじゃない!」
「ここを出るのが少し先になるだけよ。マリアが心配することじゃないわ。」
ガンガンっ!
娼館の入り口が大きく叩かれる音が響いた。続いて男の声が聞こえる。
「おい!あの女が戻ったというのは本当か!さっさと開けろ!」
あの夜に聞いた声。貴族なら何をしても許されるの?
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立ち上がり、男の声のする一階に降りていった。
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