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1章 春嬢編
第二十話~ケイン~
第二十話~ケイン~
下着姿で震えているマリアを見て、目の前が真っ赤に染まった。剣にかけた手を必死に押さえつける。彼女の前でなければすぐにでも叩き切っているところだ。
見たところ彼女に怪我はない。しかしその目元が赤く腫れている。それだけで俺の中でコイツの処遇が決まった。死刑だ。
「連れていけ。」
あと一分でも遅れていたら、俺は自分自身を許せなかっただろう。
* * *
その手紙を持ってアゼルが走ってきたとき、俺は寝不足でうとうとしているところだった。無防備に眠るマリアの横で熟睡できるほど、俺は強くない。
「ケイニアス様!」
俺の執務室に駆け込んできたアゼルは見慣れない封筒を握りしめていた。
「何かあったのか?」
「マリア様が、マリア様が城下へ…!」
「!!!」
今朝早く部屋を出るまで彼女は気持ちよさそうに眠っていた。なにも変わったところなんかなかったはずだ。
今朝マリア宛に届いた手紙。それを読んだ彼女は突然帰ると言い出し、なにも持たず城を飛び出していったそうだ。
「読んだのか!?その手紙。」
「申し訳ございません。しかし…。」
アゼルを責めるつもりはない。俺もその手紙を開いた。
あの日、白眼を剥いて倒れた男が貴族だったとは思わなかった。
そいつが娼館に嫌がらせをしていることも、春嬢を殴ったことも、ましてや騎士がその揉み消しに荷担していることも、俺は知らなかった。
「俺が行く。クリスを呼んでくれ。」
リリスという春嬢はマリアの友人なのだろうか。いや、きっとそうじゃなくても彼女は戻った。
貴族の行いに気づけなかった自分の不覚よりも、こんな状況でも俺を頼らない彼女が誇らしく同時に悲しかった。
彼女と対等になりたい。自由に彼女が甘えてくれるような自分になりたかった。
「ケイニアス様お呼びですか?」
音もなくクリスが入ってきた。俺の顔をみて状況を理解したのだろう。幼馴染みであるこの執事は俺の知るなかで一番情報収集に長けている。
「大至急調べてほしいことがある。」
男の名はガガナ・ハバナント。ハバナント家はこの国で上位に入る名家だが、その三男であるガガナはクズの見本のような男だった。
若い頃から問題ばかりおこし、勘当同然で屋敷だけを与えられ家族から見放された。酒と女に溺れ、酔えば手がつけられない。使用人の入れ替わりも激しく、すぐに調べはついた。
* * *
「ケインちょっと待って。私、帰る…。」
「まだ教育係は終わってないだろ。」
彼女が城に戻ると、アゼルが涙を流して迎えた。
男を連行し、事件を揉み消した騎士たちを吐かせた。そのままガガナと共に騎士たちを国王直属の騎士団に突き出した。
いつの間にか日は暮れ、俺はやっとマリアと向かいあえる。
「……。」
怪我をさせられたリリスの治療費や働けない間の賃金はハバナント家が補償することに決まった。
ありがとうと一言話したあと彼女は沈黙を貫いている。
「このまま帰るつもりだったのか?」
マリアは答えない。そんなの肯定と変わらないだろ。
「お前が何を考えてるか当ててやろうか?」
彼女の隣に腰掛けると、黒髪がさらりと落ちた。俯いた彼女の顔が見えなくなる。
「勝手に出ていって俺や親父を失望させた。どんな顔して戻ればいいか分からない。」
何で俺はこんなことしか言えないんだろうな。
「分かってるなら、連れて帰ってこないでよ。」
「失望なんかするわけないだろ。」
ポロポロと彼女の膝に涙が落ちる。
「もう私がケインに教えてあげられることはないよ。どんな人と婚約しても大丈夫。私が保証するから。」
彼女の髪をかきあげ、その頬に触れた。
「本気で言ってるのか?」
彼女の頬をさらに涙が濡らしていく。それを指で拭った。
「俺は、お前が……!」
彼女の手が俺の口を塞いだ。細い指が震えている。
「イヤだ。言わないで…お願い。」
泣きながら、それでもマリアの瞳は力強くて驚くほど綺麗だ。
「勘違いだよ。私が初めての相手だからそう思ってるだけ。ケインは優しいから、私を見捨てられないんだよ。」
そうだったら良かったかもしれない。簡単に忘れられるくらいのことだったら。でも、もう無理だ。
「お前が城下に戻ったって聞いて、俺がどれだけ焦ったか分かるか?」
口を覆った彼女の手を掴み、そのまま握りしめた。
「お前と話したいことがまだまだある。やりたいことがある。もっと一緒にいたい。それも全部勘違いなのか?」
「やめて、お願い。」
誰かをこんなに愛しく思うなんて、一生ないと思ってた。それを教えてくれた彼女を手離すなんてできない。
「俺はマリアが好きだ。どこにも行かないでくれ。」
ゆっくりと彼女を抱き締めると、泣き声が大きくなった。
「なんでそんなこと言うの?私なんかがケインの側にいられるわけないじゃない。」
「側にいられるなら、居てくれるのか?」
彼女のこの感触を離したくない。
「マリアが嫌ならいい。本気で俺が嫌いなら出ていっていい。もう追いかけない。」
「そんな言い方ズルいよ。」
「ズルくても何でもいい。マリアの気持ちが知りたい。」
抱き締める腕に力を込めると、彼女の泣き声がやんだ。
「私もケインが好き。」
下着姿で震えているマリアを見て、目の前が真っ赤に染まった。剣にかけた手を必死に押さえつける。彼女の前でなければすぐにでも叩き切っているところだ。
見たところ彼女に怪我はない。しかしその目元が赤く腫れている。それだけで俺の中でコイツの処遇が決まった。死刑だ。
「連れていけ。」
あと一分でも遅れていたら、俺は自分自身を許せなかっただろう。
* * *
その手紙を持ってアゼルが走ってきたとき、俺は寝不足でうとうとしているところだった。無防備に眠るマリアの横で熟睡できるほど、俺は強くない。
「ケイニアス様!」
俺の執務室に駆け込んできたアゼルは見慣れない封筒を握りしめていた。
「何かあったのか?」
「マリア様が、マリア様が城下へ…!」
「!!!」
今朝早く部屋を出るまで彼女は気持ちよさそうに眠っていた。なにも変わったところなんかなかったはずだ。
今朝マリア宛に届いた手紙。それを読んだ彼女は突然帰ると言い出し、なにも持たず城を飛び出していったそうだ。
「読んだのか!?その手紙。」
「申し訳ございません。しかし…。」
アゼルを責めるつもりはない。俺もその手紙を開いた。
あの日、白眼を剥いて倒れた男が貴族だったとは思わなかった。
そいつが娼館に嫌がらせをしていることも、春嬢を殴ったことも、ましてや騎士がその揉み消しに荷担していることも、俺は知らなかった。
「俺が行く。クリスを呼んでくれ。」
リリスという春嬢はマリアの友人なのだろうか。いや、きっとそうじゃなくても彼女は戻った。
貴族の行いに気づけなかった自分の不覚よりも、こんな状況でも俺を頼らない彼女が誇らしく同時に悲しかった。
彼女と対等になりたい。自由に彼女が甘えてくれるような自分になりたかった。
「ケイニアス様お呼びですか?」
音もなくクリスが入ってきた。俺の顔をみて状況を理解したのだろう。幼馴染みであるこの執事は俺の知るなかで一番情報収集に長けている。
「大至急調べてほしいことがある。」
男の名はガガナ・ハバナント。ハバナント家はこの国で上位に入る名家だが、その三男であるガガナはクズの見本のような男だった。
若い頃から問題ばかりおこし、勘当同然で屋敷だけを与えられ家族から見放された。酒と女に溺れ、酔えば手がつけられない。使用人の入れ替わりも激しく、すぐに調べはついた。
* * *
「ケインちょっと待って。私、帰る…。」
「まだ教育係は終わってないだろ。」
彼女が城に戻ると、アゼルが涙を流して迎えた。
男を連行し、事件を揉み消した騎士たちを吐かせた。そのままガガナと共に騎士たちを国王直属の騎士団に突き出した。
いつの間にか日は暮れ、俺はやっとマリアと向かいあえる。
「……。」
怪我をさせられたリリスの治療費や働けない間の賃金はハバナント家が補償することに決まった。
ありがとうと一言話したあと彼女は沈黙を貫いている。
「このまま帰るつもりだったのか?」
マリアは答えない。そんなの肯定と変わらないだろ。
「お前が何を考えてるか当ててやろうか?」
彼女の隣に腰掛けると、黒髪がさらりと落ちた。俯いた彼女の顔が見えなくなる。
「勝手に出ていって俺や親父を失望させた。どんな顔して戻ればいいか分からない。」
何で俺はこんなことしか言えないんだろうな。
「分かってるなら、連れて帰ってこないでよ。」
「失望なんかするわけないだろ。」
ポロポロと彼女の膝に涙が落ちる。
「もう私がケインに教えてあげられることはないよ。どんな人と婚約しても大丈夫。私が保証するから。」
彼女の髪をかきあげ、その頬に触れた。
「本気で言ってるのか?」
彼女の頬をさらに涙が濡らしていく。それを指で拭った。
「俺は、お前が……!」
彼女の手が俺の口を塞いだ。細い指が震えている。
「イヤだ。言わないで…お願い。」
泣きながら、それでもマリアの瞳は力強くて驚くほど綺麗だ。
「勘違いだよ。私が初めての相手だからそう思ってるだけ。ケインは優しいから、私を見捨てられないんだよ。」
そうだったら良かったかもしれない。簡単に忘れられるくらいのことだったら。でも、もう無理だ。
「お前が城下に戻ったって聞いて、俺がどれだけ焦ったか分かるか?」
口を覆った彼女の手を掴み、そのまま握りしめた。
「お前と話したいことがまだまだある。やりたいことがある。もっと一緒にいたい。それも全部勘違いなのか?」
「やめて、お願い。」
誰かをこんなに愛しく思うなんて、一生ないと思ってた。それを教えてくれた彼女を手離すなんてできない。
「俺はマリアが好きだ。どこにも行かないでくれ。」
ゆっくりと彼女を抱き締めると、泣き声が大きくなった。
「なんでそんなこと言うの?私なんかがケインの側にいられるわけないじゃない。」
「側にいられるなら、居てくれるのか?」
彼女のこの感触を離したくない。
「マリアが嫌ならいい。本気で俺が嫌いなら出ていっていい。もう追いかけない。」
「そんな言い方ズルいよ。」
「ズルくても何でもいい。マリアの気持ちが知りたい。」
抱き締める腕に力を込めると、彼女の泣き声がやんだ。
「私もケインが好き。」
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