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2章 侍女編
第二十六話
第二十六話
「マリアちゃん昨日一緒に居たのって彼氏?」
翌日朝一番、最近で一番のため息をついた。昨日の楽しさが一気に冷めてしまった。
ため息をつくと幸せが逃げるというなら私はもう空っぽかもしれない。
今日は朝から使用人全員で徹底して掃除にあたっている。午後からやってくる他国からのお客様のため失礼があってはならない。
「ロベルト卿と無駄口を叩いている暇などありません。」
「無駄じゃないよ?重要な話じゃん。もしかして彼氏って貴族?だからここで働き始めたの?」
あの変装のおかげでケインの顔までは分からないものの、その観察眼はさすがというべきか。たった1センチ前髪を切っただけで気がつくモテ男は違う。
「そうです。彼は私の恋人です。これでもうお誘いはしないでいただけますね。」
「なんで?俺そういうの全然気にしないから大丈夫だよ。
でも意外だな。マリアちゃんて尽くすタイプなんだね。あんまりそういうイメージなかったな。」
これにはさすがに窓を拭いていた手が止まった。
「どういう意味ですか?」
「マリアちゃんらしくないなと思って。男のためにやりたくない仕事するのってツラくない?」
誰もかれもどうして勝手に私らしさを判断するんだろう。会って一ヶ月ほどしか経たない人に私の一体なにが分かるっていうの。
「私が嫌そうに働いていると?」
「うーん、ちょっと違うかな。マリアちゃんにはもっとやりたいことがたくさんあって、でもそれをしないようにしてる感じ。」
言い返す言葉が出てこないのは、相手が貴族だからじゃない。ずっと仕舞い込んでいる心にその指摘が命中したからだ。
「俺だったらマリアちゃんにそんな顔させないよ。」
「今日は本当にしつこいですね。」
「俺は貴族だけど三男だから自由だしね。これでも副団長だから結構稼いでるよ?だいたいのことならさせてあげられると思うけど。俺にしとかない?」
「マリアさん!!」
突然名を呼ばれ振り返ると、普段あまり言葉を交わさない侍女仲間が立っていた。
「えっと、エミリアさん?」
「キッチンで人手が足りないので手伝っていただけますか?」
普段キッチンの手伝いなど頼まれたことはない。それでもこの場から離れられるのならなんでも良かった。
「またね、マリアちゃん。」
ロベルト卿に会釈だけを返して、エミリアに続けて歩き出した。
* * *
自分らしくない。この言葉が胸に刺さった。ケインのため、ここにいることが私にとっての最善。それは彼のためでもあり私のためでもある。本当にそうなんだろうか。
私はただ彼が認められるのを待つだけ?それが本当に私の望んだことなの?
ふと前を歩くエミリアが立ち止まった。考えごとをしながら歩いて来たが、こっちはキッチンの方向ではない。
「エミリアさん?キッチンはあっちじゃ?」
「‥‥なの?」
声が小さくてよく聞き取れない。
「エミリアさん?」
「マリアさんはロベルト様の恋人なの?!」
振り返った彼女の瞳には涙が溜まっていた。茶色の癖毛をひとつにまとめ、潤んだ瞳も綺麗な琥珀色。とても可愛らしい彼女は私を睨みつけている。
「ロベルト‥さま?」
「せっかくあの人がここを辞めて、次は私だと思ったのに!後から来た貴女が横取りするなんて許せない!」
早口でしゃべる彼女の話から、だいたいのことを把握した。
先日一人の侍女がここを辞めていった。レベッカという名の彼女はロベルト卿の恋人だった。いや、多分何人かいる恋人の中の一人だった。
ロベルト卿は侍女に次から次へと手を出し、別れたら別の女性へと移っていくらしい。それなのに、レベッカが辞めてから誰にも手を出していない。
なぜなら私がロベルト卿の誘いを断り続けているからだと、エミリアは言った。
「断っているんだからいいんじゃないの?」
「今までそんな人いなかった!ロベルト様はみんなの憧れ!誘われるのは良い女の証なの!」
淑やかさが重要なこの国で、女性から男性にアピールするなんて有り得ない。男性から誘われるのを待つだけなんて、そっちのほうが有り得ないけど。
「マリアさんが断るから、ロベルト様は面白がってるの!本当は誰でもいいんだから!」
そんな男に選ばれるのを待つなんて、悲しくならないのかな。
「さっきの話聞いてたんでしょ?私、恋人がいるの。ロベルト卿とはただ話してただけ。なんにも関係ないから。勝手にしたらいいでしょ。」
キッチンの手伝いもエミリアの嘘だった。泣き顔の彼女を残し急いで自分の持ち場に戻る。
* * *
「ほんっとに疲れた‥‥‥。」
温室のベンチに腰掛け、今日初めて一息つけた。あれから掃除、洗濯、アイロンがけから居室の間を走り回ってやっと一人になれた。
さきほど舞踏会に参加する貴族たちが全員到着された。その貴族たちの滞在する離宮にたくさんの使用人たちが派遣され、普段の仕事を残りの者でやらなければならなくなった。
残念ながら、私は離宮には行けずアルセイン様の想い人は見られそうもない。
その上普段の倍の仕事をしなければならず、泣いているのかエミリアは戻ってこないし、今日は本当にツイていない。
「あらマリアさん。今日はお疲れなのね。」
「ミシェル婦人!すみません、お見苦しい所を!」
いつも通りの品のあるドレス姿。婦人がこんなに間をあけずに温室に来るなんて珍しい。
「いいのよ、仕事が忙しいのでしょう?」
「ありがとうございます。」
オススメしてもらったお店にさっそく行ったことを伝えると婦人は嬉しそうに笑った。
「良かった。お店はどうだったかしら?」
たくさんの女性たちで賑わっていたこと、買ったハンドクリームがとても良かったこと。私の話にひとつひとつ相槌をうってくれる。
「あっでも‥‥。」
言いかけて止めた。私なんかがこんなことを言っていいのだろうか。
「何か気になることがあったかしら?」
「あの‥‥少し商品のデザインがシンプルだなと思いました。もっと可愛らしいデザインがあったらいいのになって。」
花柄、ドット柄、レースにスワロフスキー。少し高くても、部屋に置いておくだけで気持ちが晴れるようなそんなコスメがあったら。
そのまま日本にいる頃持っていた化粧品の話をしていたら、あっという間に日が暮れてしまっていた。
「すみません、私ばかり話をしてしまって。」
「いいえ、とても興味深いお話だったわ。もっと話していたいのだけれど‥‥。」
スッと私の両手を掴み、ミシェル婦人は微笑んだ。
「今度、マリアさんの休日を私に頂けないかしら?」
「マリアちゃん昨日一緒に居たのって彼氏?」
翌日朝一番、最近で一番のため息をついた。昨日の楽しさが一気に冷めてしまった。
ため息をつくと幸せが逃げるというなら私はもう空っぽかもしれない。
今日は朝から使用人全員で徹底して掃除にあたっている。午後からやってくる他国からのお客様のため失礼があってはならない。
「ロベルト卿と無駄口を叩いている暇などありません。」
「無駄じゃないよ?重要な話じゃん。もしかして彼氏って貴族?だからここで働き始めたの?」
あの変装のおかげでケインの顔までは分からないものの、その観察眼はさすがというべきか。たった1センチ前髪を切っただけで気がつくモテ男は違う。
「そうです。彼は私の恋人です。これでもうお誘いはしないでいただけますね。」
「なんで?俺そういうの全然気にしないから大丈夫だよ。
でも意外だな。マリアちゃんて尽くすタイプなんだね。あんまりそういうイメージなかったな。」
これにはさすがに窓を拭いていた手が止まった。
「どういう意味ですか?」
「マリアちゃんらしくないなと思って。男のためにやりたくない仕事するのってツラくない?」
誰もかれもどうして勝手に私らしさを判断するんだろう。会って一ヶ月ほどしか経たない人に私の一体なにが分かるっていうの。
「私が嫌そうに働いていると?」
「うーん、ちょっと違うかな。マリアちゃんにはもっとやりたいことがたくさんあって、でもそれをしないようにしてる感じ。」
言い返す言葉が出てこないのは、相手が貴族だからじゃない。ずっと仕舞い込んでいる心にその指摘が命中したからだ。
「俺だったらマリアちゃんにそんな顔させないよ。」
「今日は本当にしつこいですね。」
「俺は貴族だけど三男だから自由だしね。これでも副団長だから結構稼いでるよ?だいたいのことならさせてあげられると思うけど。俺にしとかない?」
「マリアさん!!」
突然名を呼ばれ振り返ると、普段あまり言葉を交わさない侍女仲間が立っていた。
「えっと、エミリアさん?」
「キッチンで人手が足りないので手伝っていただけますか?」
普段キッチンの手伝いなど頼まれたことはない。それでもこの場から離れられるのならなんでも良かった。
「またね、マリアちゃん。」
ロベルト卿に会釈だけを返して、エミリアに続けて歩き出した。
* * *
自分らしくない。この言葉が胸に刺さった。ケインのため、ここにいることが私にとっての最善。それは彼のためでもあり私のためでもある。本当にそうなんだろうか。
私はただ彼が認められるのを待つだけ?それが本当に私の望んだことなの?
ふと前を歩くエミリアが立ち止まった。考えごとをしながら歩いて来たが、こっちはキッチンの方向ではない。
「エミリアさん?キッチンはあっちじゃ?」
「‥‥なの?」
声が小さくてよく聞き取れない。
「エミリアさん?」
「マリアさんはロベルト様の恋人なの?!」
振り返った彼女の瞳には涙が溜まっていた。茶色の癖毛をひとつにまとめ、潤んだ瞳も綺麗な琥珀色。とても可愛らしい彼女は私を睨みつけている。
「ロベルト‥さま?」
「せっかくあの人がここを辞めて、次は私だと思ったのに!後から来た貴女が横取りするなんて許せない!」
早口でしゃべる彼女の話から、だいたいのことを把握した。
先日一人の侍女がここを辞めていった。レベッカという名の彼女はロベルト卿の恋人だった。いや、多分何人かいる恋人の中の一人だった。
ロベルト卿は侍女に次から次へと手を出し、別れたら別の女性へと移っていくらしい。それなのに、レベッカが辞めてから誰にも手を出していない。
なぜなら私がロベルト卿の誘いを断り続けているからだと、エミリアは言った。
「断っているんだからいいんじゃないの?」
「今までそんな人いなかった!ロベルト様はみんなの憧れ!誘われるのは良い女の証なの!」
淑やかさが重要なこの国で、女性から男性にアピールするなんて有り得ない。男性から誘われるのを待つだけなんて、そっちのほうが有り得ないけど。
「マリアさんが断るから、ロベルト様は面白がってるの!本当は誰でもいいんだから!」
そんな男に選ばれるのを待つなんて、悲しくならないのかな。
「さっきの話聞いてたんでしょ?私、恋人がいるの。ロベルト卿とはただ話してただけ。なんにも関係ないから。勝手にしたらいいでしょ。」
キッチンの手伝いもエミリアの嘘だった。泣き顔の彼女を残し急いで自分の持ち場に戻る。
* * *
「ほんっとに疲れた‥‥‥。」
温室のベンチに腰掛け、今日初めて一息つけた。あれから掃除、洗濯、アイロンがけから居室の間を走り回ってやっと一人になれた。
さきほど舞踏会に参加する貴族たちが全員到着された。その貴族たちの滞在する離宮にたくさんの使用人たちが派遣され、普段の仕事を残りの者でやらなければならなくなった。
残念ながら、私は離宮には行けずアルセイン様の想い人は見られそうもない。
その上普段の倍の仕事をしなければならず、泣いているのかエミリアは戻ってこないし、今日は本当にツイていない。
「あらマリアさん。今日はお疲れなのね。」
「ミシェル婦人!すみません、お見苦しい所を!」
いつも通りの品のあるドレス姿。婦人がこんなに間をあけずに温室に来るなんて珍しい。
「いいのよ、仕事が忙しいのでしょう?」
「ありがとうございます。」
オススメしてもらったお店にさっそく行ったことを伝えると婦人は嬉しそうに笑った。
「良かった。お店はどうだったかしら?」
たくさんの女性たちで賑わっていたこと、買ったハンドクリームがとても良かったこと。私の話にひとつひとつ相槌をうってくれる。
「あっでも‥‥。」
言いかけて止めた。私なんかがこんなことを言っていいのだろうか。
「何か気になることがあったかしら?」
「あの‥‥少し商品のデザインがシンプルだなと思いました。もっと可愛らしいデザインがあったらいいのになって。」
花柄、ドット柄、レースにスワロフスキー。少し高くても、部屋に置いておくだけで気持ちが晴れるようなそんなコスメがあったら。
そのまま日本にいる頃持っていた化粧品の話をしていたら、あっという間に日が暮れてしまっていた。
「すみません、私ばかり話をしてしまって。」
「いいえ、とても興味深いお話だったわ。もっと話していたいのだけれど‥‥。」
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