黄泉帰りの妃  愛されない平民妃は離婚を決める

オレンジ方解石

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 そうして半年後。
 ロディア中の貴族が招待された、国王主催の大舞踏会で。
 ロアーの町のルディ――――ジェラルディン嬢は水色の清楚なドレスに可憐な白真珠を飾って、数ヶ月ぶりに王宮に帰還したルドルフ王太子のエスコートで、貴族たちの前に現れる。
 それまでは、どの夜会や音楽会に出席しても野暮ったい印象がぬぐえず、会話や作法もどこか危なっかしかったジェラルディン嬢が、この大舞踏会では誰が見ても『清楚可憐な貴族令嬢』としか言いようのない立ち居振る舞いを見せつけて、貴族たちを唸らせ、国王オーガスティン二世からも称賛の言葉を引き出すことに成功する。
 これは、けしてマレット男爵夫人の指導による成果ではなかったが、その説明は後述するとして、国王自身がジェラルディンの令嬢ぶりを認めて、彼女を熱愛する王太子も帰還し、貴族たちも彼女に対する評価を改めざるをえなくなった、その矢先のことだった。




「あまりにも思いやりがないとは思わないのか、ルドルフ王太子」

 ロディア王宮が誇る薔薇の園で。
 吐き捨てるように冷ややかな一言が、王太子ルドルフに投げつけられる。
 冷たい銀の髪と、北海を思わす暗い青の瞳。それらが映える濃紺の上着と、銀のベルトにさした小剣。この小剣の鞘に彫られた雄鶏と白鳥の精緻さだけで、持ち主の身分と財力が察せられる。
 それでなくとも、王宮内で武器の携帯が許されるのは、武官や警備兵をのぞけば、一握りの貴人のみ。
 ロディア王宮に遊学中の『美しき氷の貴公子』こと、北の隣国ヴラスタリ皇国のブラント第二皇子は、淡紅色の髪の少女をかばうように立った、ロディア王太子ルドルフの初夏の新緑色の瞳をまっすぐ見すえた。

「パトリシア嬢は気品も教養も申し分なく、まさに『ロディアの月女神』と謳われるにふさわしい美姫。一国の王妃として、まったく非の打ちどころがない。その彼女のなにが不満で、婚約を破棄したのだ」

「断言しますが、今回の件についてフェザーストン嬢に責任は一切ありません。フェザーストン嬢がロディア王宮一の姫君であることは、幼い頃からの付き合いである私が誰より知っています。今回の件はすべて私一人が原因であり、責任のすべても私にあります」

「パトリシア嬢に非はないと? では何故、婚約を破棄したのだ」

「人は、気品や教養の深さ、優秀さにだけ惹かれるものではありません。むろん、それらも美徳ではありますが、それだけが魅力ではない。ただ、それだけです」

「つまり君が選んだ娘は、気品や教養に代わる魅力を備えており、そこに君は惹かれた。そう言うのだな?」

 ブラント皇子はちらり、とルドルフの背にかばわれる少女――――ジェラルディンを見る。

「そうです。ルディ――――ジェラルディン嬢は権力にも贅沢にも興味を示さない無欲な少女で、誰より純真無垢な笑顔の持ち主だ。一方で、病の母親を献身的に看病する愛情の深さも持ち合わせている。その清純さ、健気さに、私は惹かれたのです」

 ルドルフのきっぱりした言葉に、聞いていたルディの胸もぽっとあたたかくなる。
 だがブラント皇子はますます理解不能というように、銀色の頭をふった。

「呆れたものだ。一国の王太子が、王宮一の完璧な美姫より、田舎の平凡な町娘を選ぶとは。将来の国王としてあまりにも不見識、見る目がないと言わざるをえない」

「私についてどう評価されようと、殿下の自由です。ですが、ジェラルディン嬢を蔑まれるなら、私は殿下に忠告せざるをえません。己の愛する女性が目の前で罵られるのを、黙って見ておれる男がおりましょうか。それにジェラルディン嬢に限らず、出自というものは神の采配。本人の意思ではどうにもならぬことを理由に相手を蔑むのは、騎士の行為ではありません」

 ルドルフの緑の瞳にまっすぐ見つめ返され、異国の皇子は怯む。
 さも「手が付けられない」という風に大仰に肩をすくめて、話題を変えた。

「ロディアの民も哀れなことだ。次期国王が恋の病とは。いや、真に哀れなのはパトリシア嬢か。未来の王妃にふさわしいよう、幼い頃から努力を重ねてきたにも関わらず、その苦労は肝心の王太子には伝わらず、どこの誰とも知れぬぽっと出の小娘に負けて――――」

「もう、おやめください。ブラント殿下」

 ブラントの言葉をさえぎるように、当の美姫が、侍女を連れて現れた。
 噂の主、パトリシア・フェザーストン嬢は婦人用手提げ袋レティキュールの紐を持つ手に力を込め、ブラントに訴える。

「もういいのです、ブラント殿下。ルドルフ殿下には殿下のお考えと運命があり、それはわたくしではなかった。ただ、それだけのことです」

 パトリシアは体ごとルドルフに向き直った。

「ルドルフ殿下はわたくしに非がないこと、陛下や貴族たちの前で宣言してくださいました。わたくしはそれで充分です。今後はロディア臣下の一人として、遠くから殿下のご多幸をお祈りしたいと思います。新たなご婚約、おめでとうございます。ルドルフ殿下」

 パトリシアが優雅に裾をつまんで挨拶すれば、ブラント皇子が感嘆のまなざしで歩み寄る。

「貴女はまことに高潔な姫君だ、パトリシア嬢。あれほど不当な屈辱を与えられながら、潔く身を引いたばかりか、今なお、その張本人の幸せを祈ることができるとは。あまりに清く気高く慈悲深い。やはり貴女はロディア一の姫君、淑女の中の淑女。もっとも完璧な一輪の白薔薇だ。まさに、ヴラスタリ皇子妃にふさわしい」

「え?」

「ルドルフ王太子が婚約を破棄したなら、貴女は今、自由の身。あらためてこの場で申し込もう。パトリシア・フェザーストン嬢。この私、ヴラスタリ皇国第二皇子ブラントの妃になってほしい」

 緊張と共に成り行きを見守っていた周囲からどよめきがあがり、付き添っていたパトリシア付きの若い茶髪の侍女が「ええっ!?」と目を丸くして、パトリシア本人も「まあ」と頬に手をあてて言葉を失う。

「殿下、それは今このような場で申し上げることでは」

 皇子付きの侍従がいそいで主人を止めたが、ブラントは頓着しない。

「かまうものか、パトリシア嬢はロディア一の美姫。ここで告げなければ早晩、誰かがさらっていってしまうではないか」

『美しき氷の貴公子』は、冷ややかな美貌に男らしい笑みを浮かべてパトリシアの白い手をとり、跪く。

「どうか私の妃に、パトリシア嬢。私はずっと貴女に恋していた」

 ブラントがパトリシアの手の甲に口づけを落とすと、いっせいに黄色い悲鳴があがった。
 まるで演劇か物語のような展開。
 目の前の光景を呆然と見守っていたルディだが、ある事実を思い出して青ざめる。

(パトリシア様は、ルドルフ殿下の本当の婚約者なのに。ここでパトリシア様がブラント殿下と結婚してしまったら、ルドルフ殿下の婚約は――――!?)




******




(全部、漫画どおりにうまくいった――――!)

 ミツキは、ほくそ笑んだ。
 愚鈍な王太子は身分の低い馬鹿なヒロインとの恋に溺れて、美しく優秀な悪役令嬢パトリシアとの婚約を自ら破棄した。
 このあとのパトリシアには、輝かしい未来が約束されている。
 ロディアより格上のヴラスタリ皇国でその有能さをどんどん認められ、眠っていた力も目覚めて神々の加護を得、夫のブラント皇子も、皇太子だった兄の死によりヴラスタリ皇帝位を継いで、パトリシアは皇后となり、夫や神々に溺愛されて守られ、彼らの力で戦争にも勝つ、チート展開だ。
 もう『ミツキ』の頃のように、惨めで空虚な思いを味わうことはない。
 前世のミツキは底辺だった。
 幼い頃から勉強もスポーツも習い事もぱっとせず、学校でも空気扱いで、大学も三流なら、どうにか入った会社も三流かつブラック。
 恋人や本当の友人ができたこともなく、夢や希望はおろか、生活のはりとなる趣味一つ見つからなかった。
 だがこの世界では、そのすべてが手に入る運命ストーリーだ。
 すべて、あの『乱界衆』のおかげ。
 前世で偶然、ほんの少し手助けしただけだったのに、義理堅いあの人外は、ミツキを新しい世界に転生させてくれた。
 自分はもう、二度とあの底辺の人生ミツキには戻らない。
 今生こそ、主人公として幸せをつかんで、誰かを羨むのではなく、羨ましがられる存在になるのだ――――!!
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