黄泉帰りの妃  愛されない平民妃は離婚を決める

オレンジ方解石

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 ブラント皇子の大胆な公開求婚のあと。
 パトリシアは本当に、ブラント皇子に同行してヴラスタリ皇国に旅立ってしまった。
 父親であるフェザーストン公爵が止める間もなかったという。
 ロディア王宮は騒然となったが、皇国相手では力ずくで返せと迫ることもできないし(一応、抗議の使者は送ったが)、なによりルドルフにその気がない。
 仮にパトリシアが帰国したところで王太子妃にはなれず、ヴラスタリ皇子妃にもなれなかったと、恥をさらすだけ。
 けっきょくロディア国王オーガスティン二世の承認のもと、王太子ルドルフとフェザーストン公爵令嬢パトリシアの婚約は正式に破談となった。
 そしてこの一件が後押しとなり、ロアーの町のジェラルディンは正式に王太子ルドルフとの婚約が認められる。
 先日の大舞踏会で、国王直々にその立ち居振る舞いを認められたこと。
 国王の体調もいま一つ不安な状態がつづいており、王太子の発言力が強まっていること。
 なにより、肝心のパトリシア本人が国を出てしまった以上、体面を考えてもジェラルディンを受け容れる他なかった。
 ジェラルディンとの仲まで破局すれば、世間には『正式な婚約者に逃げられ、望んだ平民の恋人にも逃げられた王太子』という悪評が流れてしまう。
 せめて『身分違いの純愛を貫いた王太子』という形で体面を保つしかなかったのだ。
 ルディは何枚もの書類に署名させられて、形だけの貴族位を持つ、顔も知らない遠い親戚の書類上の養子となる。さらにいくつかの家を経由して、最終的にはフェザーストン公爵の次女養女という肩書を手に入れた。
 名前も『ジェラルディン』ではなく、国王から『レイラ』という名を授けられて『レイラ・フェザーストン公爵令嬢』を名乗ることとなる。
 王太子妃としての体面を整えるためとはいえ、実の娘が約束されていた地位を奪った田舎娘を養女として受け容れ、「フェザーストン公爵家から王太子妃を輩出した」という事実を維持したあたり、フェザーストン公爵は政治家としては強かであったし、ロディア国王もそれを許すことで公爵に気を遣ったと言えよう。
 フェザーストン公爵令嬢レイラは正式にルドルフ王太子の婚約者となり、翌年、王都の大神殿で盛大に華燭の典が挙げられた。




(どうしよう…………)

 ルディは真っ白な花嫁衣裳に身を包み、白の礼装と手袋を身に着けた王太子ルドルフ殿下にエスコートされて、バルコニーに出る。
 バルコニーの下の広場は民衆の顔で埋め尽くされ、誰もが一様に『世紀の大恋愛』『真実の愛が起こした奇跡』に酔って歓声をあげていた。

(こんなことになるなんて――――いったい、どうして…………っ)

 自分は寵姫になって、王太子妃の座はパトリシア嬢か他の貴族令嬢に。
 そんなルディの、そしておそらくはルドルフ以外の誰もが抱いていた当然の願いは、無残に打ち砕かれた。
 これからルディは『ルドルフ王太子の妃レイラ』として生きていかなければならない。
 それが、どれほど重くつらい責任を負うことか。
 半年を王宮ですごした今となっては、痛いほど想像できる。

(どうして、こんな――――わたしはこんなこと、望んでいなかったのに――――!!)

 民衆の歓喜の中、新王太子妃は叫ぶように思った。
 長く引きずる白いヴェールが、果てしなく重い。




 それでも夫の愛が確固たるものであれば。
 一介の田舎娘を王宮に連れてきてまで伴侶に望んだ、ルドルフの気持ちが不変のものであり、いかなる時も彼が絶対の味方として彼女を守り、支える存在であったなら。
 ルディも広大な王宮で安心できる居場所を得て、王太子妃としての学びにもさらに力を入れて、抜きんでた才能は見せずとも、それなりに可憐で無難な王太子妃として、周囲の信用や人望をやんわり集めることもできたかもしれない。
 しかし実際は。

「ああ、パトリシア、パトリシア、私のパティパトリシア! どうして私は、君の手を離してしまったんだ」

 母親のブリアンナ王妃の私室で、ルドルフは金色の髪を振り乱して母にすがるように嘆く。
 挙式から一週間と経たずに、ルドルフはパトリシア・フェザーストン公爵令嬢を恋しがるようになっていた。

「今さら後悔しても遅いのですよ、ルドルフ」

 重々しく、けれども愛情も込めて王妃ブリアンナは諭す。

「パトリシア嬢は、ヴラスタリ皇国へ発ちました。もうロディアに戻ることはないでしょう。あなたは、あなたが選んだあの凡百の平民の娘と、生涯連れ添う他ないのです、ルドルフ」

「ああ…………っ」

 ルドルフは絶望に顔をおおう。

「一年前の自分は、悪い魔法にかけられていたとしか思えない。私がパティを拒絶して、あんな田舎娘を選ぶなんて。パティに、あんなひどいことを言うなんて…………っ」

 母と息子の会話を扉の隙間からのぞいていた王太子妃レイラことルディは、扉をそっと閉じて、その場を離れる。
 広い廊下を一人、悄然と歩いた。
 悔しさと惨めさに琥珀色の瞳が潤む。
 急だった。
 なにが原因で、とか、明確なきっかけがあったわけではない。
 少なくともルディは気づかなかった。
「ある朝、目覚めたら」という表現がぴったりくるくらい、ルドルフはとうとつにルディに対する態度と気持ちを変えたのだ。
 その急変ぶりに、ルディはむろん、周囲の者たちも「あれだけ熱烈に望んでいながら!?」と、驚きを禁じ得ない。

「ああ、パティはあんなに優れた、まさに完璧な姫だったのに。君はやはり、ただの田舎娘にすぎないのか」

 これまでのルドルフなら絶対に口にしなかった、思いつきもしなかったであろう台詞を、今は平然と、まるで自分のほうがだまされた被害者であるかのような顔つきで口に出す。
 ルディが休憩に誘っても適当な口実をもうけて拒否し、その日の出来事を語ることすら面倒くさいようだ。
 それどころか婚礼から三ヶ月が経ってなお、夫は新妻に指一本、触れようとしない。
 あの典雅で壮麗な結婚式を終えた夜。
 世間知らずの田舎娘は、国王夫妻や大臣たちに見守られて王太子と共に寝台に入り、証人たちはそれを見届けると寝室を出て、最後に侍女が灯りを持って退室した。
 真っ暗になった天蓋付きの寝台の上に二人、薄いやわらかな絹の寝間着姿でとり残されて。
 即、襲ってくるほど、ルドルフは獣でも欲求不満でもなかった。
 まずは花嫁の体を労り、疲労を案じて優しい言葉をかけてくれた。

「今宵はなにもしない。ゆっくり休んでくれ」

 実際はルディは緊張で休むどころではなかったが、夫のあたたかい言葉に、

(これからはルディと、王太子殿下と仲良く寄り添って生きていくんだ…………大丈夫、苦労は多いだろうけれど、二人一緒なら、きっとうまくいく…………)

 そう、自分を励ますこともできた。
 けれどルドルフは三日後の夜、同じ寝台の上で、

「君を愛することはできない。君を妃に娶ったのは間違いだった。私が真実愛しているのは、パティなんだ」

 と言い出したのである。
 ジェラルディンはわけがわからなかった。
 質の悪い冗談かとも思ったが、その後の彼の態度を見る限り、その可能性は非常に低い。
 ルドルフの変心は、本人が隠そうとしなかったせいもあり、またたく間に王宮中の知るところとなる。

「やはり、一時の気まぐれだったのだ。真面目にうけとめるから、大事になったのだ」

 そう、訳知り顔でうなずく者もいたが、貴族の大半は、

「あの騒ぎはなんだったんだ」

 と、驚きを通りこして呆れ果て、国王夫妻は天を仰ぐ。
 まして当の田舎娘、ルディのいたたまれなさときたら。

「私は、君の屈託ない明るい笑顔に惹かれたんだ。それなのに今の君ときたら、その笑顔すら失っている。パティがいなくなった今、私の心を癒すせめてもの慰めは君だというのに、私が愛した笑顔はどこにいってしまったんだ」

 どうにかこうにかルディが訊き出したルドルフの返事が、それだった。
 身勝手な言い分に、ルディは開いた口がふさがらない。

(わたしが笑えなくなったのは、誰のせいだと思っているの!?)

 毎日毎日、朝から晩まで休む間もないほど様々な勉強を叩きこまれて、間違えれば鞭で打たれたり、食事を抜かれたり。
 故郷とも、唯一の家族とも引き離されて、新しい場所では友達もできず、常に嘲笑と軽蔑の視線に囲まれて、どうして明るく笑うことなどできるだろう。
 人前ではいつも、貴族の令嬢として王太子妃として愛想よく、けれどけして気安くあってはならない、本心を出してはならないと言いつづけられて、愛想笑いをはりつけて――――
 全部、ルドルフがその田舎娘ルディを妃に望んだ結果ではないか。
 ルディは我知らず叫びかえしていた。

「わたしがただの田舎娘だということは、初めて会った時から、あなたも知っていたでしょう!? わたしは何度も『無理だ』って言ったわ! 『フェザーストン嬢のほうがふさわしい』『わたしは寵姫でいい』って! 思い出せないなら、わたしがあなたに送った手紙を読みかえして! それなのに、わたしにマレット男爵夫人の教育をうけさせてまで『妃に』と望んだのは、あなたでしょう!? わたしが王太子妃として不足だらけなのは、予想できたはずよ!?」

 はじめて怒鳴りかえしたルディに、さすがにルドルフもばつが悪そうに顔をそむける。
 はじめての喧嘩はすぐにマレット男爵夫人に知られた。

「なんて情けない、みっともない。平民出身とはいえ、王太子妃が王太子殿下に、あのように大声で反論するなんて! 殿下のお心が冷めたというなら、もう一度お心をとり戻す努力をするのが、貴女様の使命でしょう。殿下のお情けで辺鄙な田舎から拾われた身でありながら、なんと恩知らずで恥知らずな真似を――――」

 マレット男爵夫人はくどくど、お説教をつづけるが、ルディはあまりの腹立たしさに、なにを言われても謝罪することができない。
 王太子の変心と新婚夫妻の不仲が王宮で噂にならぬ日はなく、市井に伝わるのも時間の問題だろう。
 悔しさと惨めさに、ルディの琥珀色の瞳が潤んだ。

 いったいなにが間違っていたの、どこでつまずいたの。
 わたしはあなたが望んだから、ここに来た。
 あなたの心を信じて、ここまで来た。
 田舎の町娘に、信じる以外のどんな選択肢があったというの?
 わたしにはあなたの愛を信じる以外、道はなかったのに――――!

 王宮では孤立し、教育係には毎日のように暴言を吐かれて鞭打たれ、ただ一人の味方だった夫にも、そっぽを向かれて。
 ルディの心はいよいよこの世界から離れだす。死んでいく。
 そんなある日、さらに彼女を追い込むような事件が起きた。
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