16 / 50
13
しおりを挟む
翌朝は晴れ渡った青空だった。空気はさわやかで、鳥が鳴いている。
「おはようございます、すずさん」
透子は台所の窓辺にやって来たスズメに米粒を二、三粒与える。
それから朝食の支度をしていると、紅霞が姿を現した。
「昨夜は悪かったな。せっかく作ってくれたのに…………」
「あ、いいえ。私も立ち入ったことを聞いてしまって、申し訳ないです」
「…………」
「…………」
互いに気まずい沈黙が流れる。窓からふりそそぐ陽光は憎らしいほど明るく、その事実がますます互いに「なにか言わねば」という焦りを生じさせる。
「あー…………たまには外に出るか?」
「え?」
「ずっと家に篭りっぱなしで、退屈だろ? 俺も今日は休みだし…………湖にでも行くか? 蓮が咲くには早いが、気分転換にはなるだろ」
「行きます!」
透子はぱっと顔を明るくして即答した。
紅霞の気遣いが嬉しかったし、夕蓮湖は透子がこちらに来た時に最初にいた場所だ。
ひょっとしたら、事態打開の手掛かりが見つかるかもしれない。
そうでなくとも、久々の外出は単純に胸が躍った。
透子の喜ぶ様子に紅霞も胸をなでおろし、昨夜の残り物を加えた朝食がはじまる。
食後、透子は食器を洗い、紅霞は減った分の水を足そうと、庭に出たのだか。
(まずい!)
塀のない庭は、丘の下の道まで見おろせる。
紅霞は、数台の馬車とそれを囲む集団がこちらに接近しているのを視認し、桶を放り出す勢いで台所に戻った。
「透子! 隠れろ!」
呼びながら、前掛けを外そうとしていた透子の二の腕をつかんで、足早に台所を出る。ただでさえ長身で足の長い紅霞が早いテンポで大股で歩くと、透子は半分引きずられてしまう。
「あ、あの」
紅霞は透子の戸惑いにかまわず、彼女を奥の物置に突っ込む。
「ここにいろ。説明はあとだ。俺が戻ってくるまで、絶対に出るなよ? いいな!?」
そう言って簡素な木の戸を閉め、外から閂をかけてしまった。
どたばたとした足音が遠ざかっていく。
透子は訳が分からず呆然としていたが、やがて音が聞こえてきた。
人のざわめきに複数の足音、ガチャガチャ響く金属っぽい音…………。
紅霞だろうか、バタン!! と玄関の扉を開けて閉める音も聞こえた。
(いったい何事? 誰か、大勢の人が来たっぽい?)
ひょっとして、《無印》で身元不詳の自分《透子》の存在がばれて、警察沙汰にでもなったのだろうか。
(そんな…………!)
透子は周囲を見渡した。
もしそうだとしたら、紅霞にはなんの罪も責任もない。自分が無理を言って居座ったていだけだ。それをわかってもらわなくては。
箱や荷物が積まれたせまい部屋には灯りがなく、出口も紅霞が閂をかけた木戸一つだけ。
ただ真っ暗ではなく、上を向くと南側の壁の天井近くに、採光用と思しき小さな窓が開いていた。窓の下にはひときわ大きな木の箱が置かれている。
外から人の声が聞こえてくる。
透子は焦る気持ちをこらえながら、小さな木箱を移動させて踏み台にし、小窓の下の大きな木箱の上に乗ることに成功した。おっかなびっくり壁に手をつき、小窓に寄る。
幸い小窓に顔が届いて、外をのぞくことができた。
(紅霞さん…………!)
角度的に見にくいが、どうにか玄関周辺が見える。
玄関の前には馬車が停まっていた。
馬車といっても、映画やアニメでよく見かける西洋風の四輪馬車ではない。つながれた馬は一頭で、車輪も左右一輪ずつの、明らかに一人用のものだ。『馬車』というより『カーテンでおおった車椅子』と表現したほうが近いかもしれない。
その椅子のような馬車がざっと五台あり、その周囲を二十人ちかい男がとり囲んでおり、男達は全員、前合わせの長い袖と裾の服を着て、いかにも『中華ファンタジー世界の使用人』という風情だ。髪をきっちりまとめて帽子をかぶり、帯に玉飾りが輝いて、普段着の紅霞よりよほど上品で高級な雰囲気をただよわせている。
(警察…………にしては、ずいぶんきれいな格好をしているような…………)
集団の中には二人だけ女が混じっていた。どちらも刺しゅうで飾られたきれいな衣をまとい、金色の簪を数本挿して、男の使用人達より地位が高いように見える。
紅霞は玄関で侍女の片方と話していたが、荒っぽく「帰れ!」と腕をふった。
(なに…………喧嘩?)
透子は窓にしがみつき、必死に耳を澄ます。
ぱさぱさ、という羽音が耳元で響き、風が頬に触れたと思うと、茶色い翼が目の前にあった。
「すずさん」
顔なじみ(?)になった茶色の鳥が、状況を知ってか知らずしてか(たぶん知らない)小窓の縁にとまって「チュン」と首をかしげる。
「ごめんなさい、今はお米がないんです」
スズメに謝る透子の語尾にかぶせるように、紅霞の怒鳴り声が飛んでくる。
「俺は行かないって言ってるだろ! 帰れ!!」
怒鳴られた側――――年かさの侍女の声も聞こえてくる。
「相変わらずの無礼な物言い。庶民風情が《四姫神》様の招待を拒むとは…………」
明らかに気分を害しているのが伝わる口調だった。
透子は耳を疑う。
(《四姫神》…………今、《四姫神》って言ったの?)
女性を守る、この世界特有の存在。世界をめぐる《気》の化身、《四気神《しきがみ》》。
その《四気神》の中でも特に強力な《四貴神《しきがみ》》に守られ、国の守護にあたるという、一国に四人しか存在しない特別な女性達、《四姫神》。
(この夕蓮の街には東の《四姫神》がいるって聞いたけれど…………まさか)
透子はカーテンにおおわれて中が見えない、六台の馬車を見る。
ほぼ同時に、列の一番先頭の、五台の中でも特にきらびやかな馬車のカーテンから白い手が出る。すると馬車のそばに立っていたもう一人の侍女が動き、男の使用人が馬車の横に踏み台を置き、別の使用人が差し出された手を恭しくとり、さらに他の使用人が馬車のカーテンを左右に開いた。使用人達がいっせいに頭を垂れる。
花が咲いたかと思った。それほど劇的な雰囲気の変化だった。『主役登場!』の趣さえある。
(あの女の子が《四姫神》?)
透子は目を凝らした。
可憐な少女だった。
ベビーピンクの衣に赤や金の帯を合わせ、大きめに開いた襟からのぞく細い首には金色の首飾りが輝いている。つややかな黒髪には花や珠の簪を挿し、透けそうに色が白いのに唇は赤い。
顔の細部までは視認できないが、それでもアイドル級の美少女であろうと察せられた。
透子は驚かざるをえなかった。
強い神秘の力を揮い、高い地位も得たお金持ちの美少女なんて、アニメやゲームの世界でしかお目にかかれないと思っていたのに。
(そんなすごい子が、どうしてここに…………)
透子にのぞかれているとも知らず、ベビーピンクの衣の美少女は背後に使用人達を従え、紅霞の前に出た。可憐な声が響く。
「お久しぶりですわ、紅霞。一ヶ月ぶりですのね」
「《四姫神》様にはご機嫌麗しく。帰ってくれ、俺は暇じゃない」
「存じていますのよ。本日は、紅霞のお仕事はお休みでしょう。お誘いに来ましたの。湖で、わたくし達とお茶をいただきましょう。紅霞の好きそうなお菓子が手に入りましたの。きっと紅霞の口に合いますわ」
「だから、行かないって言ってるだろ。忙しいんだ、帰ってくれ」
「行くと言うまで、帰りませんわ。今日のお菓子は紅霞のために、わざわざ取寄せたんですもの。紅霞が来なければ意味がありませんわ」
(あー…………)
透子はおおよその事情を察した。
やんわりと、まといつくような少女の甘い声。
対する紅霞の声はどこまでも冷ややかで、乱暴なほどである。
両者の落差に、透子は自分の推測の正しさを確信した。
つまり、あの《四姫神》の少女は紅霞に好意を、いや、恋心を抱いていて、けれど紅霞はまったく眼中にないのだ。
(気持ちはわかる…………あれだけの美形だもの、あの年頃の女の子が好きにならないはずがない)
声や全体の雰囲気から判断するに《四姫神》は十代後半だろう。その年齢で紅霞のようなとびきりの美男子を見て、心動かされないほうが『もと十代の少女』としては逆に信じられない。
紅霞は二十四歳だというから、やや年齢は離れているが、その年齢差もあの年頃なら逆に『大人の魅力』として映るだろう。
透子は胸がちくりと痛んだ。
(どうして…………)
けれど、痛んだ事実を否定はできない。
あの少女は紅霞と同じ、この世界を生きる存在で、自分は二年後には帰る予定の異邦人。
その現実が、小さな針となって透子の胸に突き刺さる。
少女はベビーピンクの袖を口もとに持ってきて訴えた。
「あなたはひどい男性ですわ、紅霞。わたくし、もう四年ちかく待っていますのに。駆け引きにも限度というものがありますわ」
少女の声に涙じみた響きが混じる。
「あなたには一棟を与えますし、家具も衣装も最高の物を用意させています。侍従も下男も一番多く付けます。あなたは何もしなくていい、身一つでわたくしの所に来てくだされば充分だと、ずっと言っていますわ。なのにどうして、いつまでもわたくしの誘いを拒むんですの? この東州の《四姫神》、梅家の花麗があなたを夫に望んでいますのに、なにがそんなに不満ですの?」
少女はいかにも哀れな風情だった。きっと表情も上目づかいで、涙を潤ませているに違いない。彼女のこの声だけで、手を貸してやる男は山ほどいると思われた。
だが紅霞の反応は冷淡なままである。
「全部、不満だ。俺は女は受けつけない。俺の伴侶は翠柳だけだ。他は要らない」
きっぱりした明確な返答。
少女には申し訳ないが、結婚式当日に目の前で花婿に別の女と逃げられた透子は、この迷いのない断言をまぶしく感じた。
(謙人もこんな風に言ってくれる人だったら…………)
こんな風にはっきりと『透子だけだ』『他の女は要らない』と宣言してくれる人だったら。
いや、宣言はしている。ただその相手が透子ではなかった、というだけだ。
透子の胸の痛みが強くなる。
会ったことのない、翠柳という人がうらやましい。
紅霞と翠柳、二人がまぶしい。
自分もそんな関係を築きたかった――――
「おはようございます、すずさん」
透子は台所の窓辺にやって来たスズメに米粒を二、三粒与える。
それから朝食の支度をしていると、紅霞が姿を現した。
「昨夜は悪かったな。せっかく作ってくれたのに…………」
「あ、いいえ。私も立ち入ったことを聞いてしまって、申し訳ないです」
「…………」
「…………」
互いに気まずい沈黙が流れる。窓からふりそそぐ陽光は憎らしいほど明るく、その事実がますます互いに「なにか言わねば」という焦りを生じさせる。
「あー…………たまには外に出るか?」
「え?」
「ずっと家に篭りっぱなしで、退屈だろ? 俺も今日は休みだし…………湖にでも行くか? 蓮が咲くには早いが、気分転換にはなるだろ」
「行きます!」
透子はぱっと顔を明るくして即答した。
紅霞の気遣いが嬉しかったし、夕蓮湖は透子がこちらに来た時に最初にいた場所だ。
ひょっとしたら、事態打開の手掛かりが見つかるかもしれない。
そうでなくとも、久々の外出は単純に胸が躍った。
透子の喜ぶ様子に紅霞も胸をなでおろし、昨夜の残り物を加えた朝食がはじまる。
食後、透子は食器を洗い、紅霞は減った分の水を足そうと、庭に出たのだか。
(まずい!)
塀のない庭は、丘の下の道まで見おろせる。
紅霞は、数台の馬車とそれを囲む集団がこちらに接近しているのを視認し、桶を放り出す勢いで台所に戻った。
「透子! 隠れろ!」
呼びながら、前掛けを外そうとしていた透子の二の腕をつかんで、足早に台所を出る。ただでさえ長身で足の長い紅霞が早いテンポで大股で歩くと、透子は半分引きずられてしまう。
「あ、あの」
紅霞は透子の戸惑いにかまわず、彼女を奥の物置に突っ込む。
「ここにいろ。説明はあとだ。俺が戻ってくるまで、絶対に出るなよ? いいな!?」
そう言って簡素な木の戸を閉め、外から閂をかけてしまった。
どたばたとした足音が遠ざかっていく。
透子は訳が分からず呆然としていたが、やがて音が聞こえてきた。
人のざわめきに複数の足音、ガチャガチャ響く金属っぽい音…………。
紅霞だろうか、バタン!! と玄関の扉を開けて閉める音も聞こえた。
(いったい何事? 誰か、大勢の人が来たっぽい?)
ひょっとして、《無印》で身元不詳の自分《透子》の存在がばれて、警察沙汰にでもなったのだろうか。
(そんな…………!)
透子は周囲を見渡した。
もしそうだとしたら、紅霞にはなんの罪も責任もない。自分が無理を言って居座ったていだけだ。それをわかってもらわなくては。
箱や荷物が積まれたせまい部屋には灯りがなく、出口も紅霞が閂をかけた木戸一つだけ。
ただ真っ暗ではなく、上を向くと南側の壁の天井近くに、採光用と思しき小さな窓が開いていた。窓の下にはひときわ大きな木の箱が置かれている。
外から人の声が聞こえてくる。
透子は焦る気持ちをこらえながら、小さな木箱を移動させて踏み台にし、小窓の下の大きな木箱の上に乗ることに成功した。おっかなびっくり壁に手をつき、小窓に寄る。
幸い小窓に顔が届いて、外をのぞくことができた。
(紅霞さん…………!)
角度的に見にくいが、どうにか玄関周辺が見える。
玄関の前には馬車が停まっていた。
馬車といっても、映画やアニメでよく見かける西洋風の四輪馬車ではない。つながれた馬は一頭で、車輪も左右一輪ずつの、明らかに一人用のものだ。『馬車』というより『カーテンでおおった車椅子』と表現したほうが近いかもしれない。
その椅子のような馬車がざっと五台あり、その周囲を二十人ちかい男がとり囲んでおり、男達は全員、前合わせの長い袖と裾の服を着て、いかにも『中華ファンタジー世界の使用人』という風情だ。髪をきっちりまとめて帽子をかぶり、帯に玉飾りが輝いて、普段着の紅霞よりよほど上品で高級な雰囲気をただよわせている。
(警察…………にしては、ずいぶんきれいな格好をしているような…………)
集団の中には二人だけ女が混じっていた。どちらも刺しゅうで飾られたきれいな衣をまとい、金色の簪を数本挿して、男の使用人達より地位が高いように見える。
紅霞は玄関で侍女の片方と話していたが、荒っぽく「帰れ!」と腕をふった。
(なに…………喧嘩?)
透子は窓にしがみつき、必死に耳を澄ます。
ぱさぱさ、という羽音が耳元で響き、風が頬に触れたと思うと、茶色い翼が目の前にあった。
「すずさん」
顔なじみ(?)になった茶色の鳥が、状況を知ってか知らずしてか(たぶん知らない)小窓の縁にとまって「チュン」と首をかしげる。
「ごめんなさい、今はお米がないんです」
スズメに謝る透子の語尾にかぶせるように、紅霞の怒鳴り声が飛んでくる。
「俺は行かないって言ってるだろ! 帰れ!!」
怒鳴られた側――――年かさの侍女の声も聞こえてくる。
「相変わらずの無礼な物言い。庶民風情が《四姫神》様の招待を拒むとは…………」
明らかに気分を害しているのが伝わる口調だった。
透子は耳を疑う。
(《四姫神》…………今、《四姫神》って言ったの?)
女性を守る、この世界特有の存在。世界をめぐる《気》の化身、《四気神《しきがみ》》。
その《四気神》の中でも特に強力な《四貴神《しきがみ》》に守られ、国の守護にあたるという、一国に四人しか存在しない特別な女性達、《四姫神》。
(この夕蓮の街には東の《四姫神》がいるって聞いたけれど…………まさか)
透子はカーテンにおおわれて中が見えない、六台の馬車を見る。
ほぼ同時に、列の一番先頭の、五台の中でも特にきらびやかな馬車のカーテンから白い手が出る。すると馬車のそばに立っていたもう一人の侍女が動き、男の使用人が馬車の横に踏み台を置き、別の使用人が差し出された手を恭しくとり、さらに他の使用人が馬車のカーテンを左右に開いた。使用人達がいっせいに頭を垂れる。
花が咲いたかと思った。それほど劇的な雰囲気の変化だった。『主役登場!』の趣さえある。
(あの女の子が《四姫神》?)
透子は目を凝らした。
可憐な少女だった。
ベビーピンクの衣に赤や金の帯を合わせ、大きめに開いた襟からのぞく細い首には金色の首飾りが輝いている。つややかな黒髪には花や珠の簪を挿し、透けそうに色が白いのに唇は赤い。
顔の細部までは視認できないが、それでもアイドル級の美少女であろうと察せられた。
透子は驚かざるをえなかった。
強い神秘の力を揮い、高い地位も得たお金持ちの美少女なんて、アニメやゲームの世界でしかお目にかかれないと思っていたのに。
(そんなすごい子が、どうしてここに…………)
透子にのぞかれているとも知らず、ベビーピンクの衣の美少女は背後に使用人達を従え、紅霞の前に出た。可憐な声が響く。
「お久しぶりですわ、紅霞。一ヶ月ぶりですのね」
「《四姫神》様にはご機嫌麗しく。帰ってくれ、俺は暇じゃない」
「存じていますのよ。本日は、紅霞のお仕事はお休みでしょう。お誘いに来ましたの。湖で、わたくし達とお茶をいただきましょう。紅霞の好きそうなお菓子が手に入りましたの。きっと紅霞の口に合いますわ」
「だから、行かないって言ってるだろ。忙しいんだ、帰ってくれ」
「行くと言うまで、帰りませんわ。今日のお菓子は紅霞のために、わざわざ取寄せたんですもの。紅霞が来なければ意味がありませんわ」
(あー…………)
透子はおおよその事情を察した。
やんわりと、まといつくような少女の甘い声。
対する紅霞の声はどこまでも冷ややかで、乱暴なほどである。
両者の落差に、透子は自分の推測の正しさを確信した。
つまり、あの《四姫神》の少女は紅霞に好意を、いや、恋心を抱いていて、けれど紅霞はまったく眼中にないのだ。
(気持ちはわかる…………あれだけの美形だもの、あの年頃の女の子が好きにならないはずがない)
声や全体の雰囲気から判断するに《四姫神》は十代後半だろう。その年齢で紅霞のようなとびきりの美男子を見て、心動かされないほうが『もと十代の少女』としては逆に信じられない。
紅霞は二十四歳だというから、やや年齢は離れているが、その年齢差もあの年頃なら逆に『大人の魅力』として映るだろう。
透子は胸がちくりと痛んだ。
(どうして…………)
けれど、痛んだ事実を否定はできない。
あの少女は紅霞と同じ、この世界を生きる存在で、自分は二年後には帰る予定の異邦人。
その現実が、小さな針となって透子の胸に突き刺さる。
少女はベビーピンクの袖を口もとに持ってきて訴えた。
「あなたはひどい男性ですわ、紅霞。わたくし、もう四年ちかく待っていますのに。駆け引きにも限度というものがありますわ」
少女の声に涙じみた響きが混じる。
「あなたには一棟を与えますし、家具も衣装も最高の物を用意させています。侍従も下男も一番多く付けます。あなたは何もしなくていい、身一つでわたくしの所に来てくだされば充分だと、ずっと言っていますわ。なのにどうして、いつまでもわたくしの誘いを拒むんですの? この東州の《四姫神》、梅家の花麗があなたを夫に望んでいますのに、なにがそんなに不満ですの?」
少女はいかにも哀れな風情だった。きっと表情も上目づかいで、涙を潤ませているに違いない。彼女のこの声だけで、手を貸してやる男は山ほどいると思われた。
だが紅霞の反応は冷淡なままである。
「全部、不満だ。俺は女は受けつけない。俺の伴侶は翠柳だけだ。他は要らない」
きっぱりした明確な返答。
少女には申し訳ないが、結婚式当日に目の前で花婿に別の女と逃げられた透子は、この迷いのない断言をまぶしく感じた。
(謙人もこんな風に言ってくれる人だったら…………)
こんな風にはっきりと『透子だけだ』『他の女は要らない』と宣言してくれる人だったら。
いや、宣言はしている。ただその相手が透子ではなかった、というだけだ。
透子の胸の痛みが強くなる。
会ったことのない、翠柳という人がうらやましい。
紅霞と翠柳、二人がまぶしい。
自分もそんな関係を築きたかった――――
2
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる