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許してくれ
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細い両腕が私の首を包む。
徐々にそこに力が加わり、私は額に冷たい汗をかく。
声が出せない。身体も、指の一本だって動かせやしない。
死ぬ。死ぬ。死んでしまう。動け、動いてくれ。
かろうじて重たい瞼をこじ開けると、そこには顔が見えない男がいる。
私は口を力なく開いて、喉奥からなんとか声を絞り出そうとする。
「ぁ」消え入りそうな弱弱しい声が宙を舞う。同時に、身体を押さえつける力が少しずつ弱まり、私は少しでも抵抗するように身体を震わせる。
「ああ!!」押さえつけられたバネのように、ようやく身体が解放されて、私は上半身を飛び起こした。汗が体中から溢れ出す。息をゆっくりと整えながら、おそるおそる周りを見渡す。男はどこにもいなかった。
「・・・てゆうことがあってさ」
「こわー、金縛りってやつじゃん」
初めは話半分に聞いていたユウジが目を丸くしている。その反応が面白くて、追撃するように言い加える。
「それが、なんと今日で15回目です」
「多っ!物件やばいんじゃないのそれ?」
「あはは」
笑いごとじゃないでしょー、というユウジの突っ込みを受けながら、私は蕎麦を啜って、まあ実際笑いごとじゃないよね、と独りごちる。
「大家さんに言った?」
「うん。過去にそんな事例はないって」
「えーまじかよ。なんか、事故とかも?近くで人が死んだとか」
「うん。全くないって」
「なんだそりゃ。・・・・その男、実はカオルの知り合い、とか?」
「・・・」
「なんか言えよ」
ユウジが気味悪そうに眼を細める。私は、冗談、知らないよと笑ってその肩を叩く。
「まあ、あんまりあれならウチ来いよ。狭いアパートだけど」
「・・・うん、ありがとう」
私はユウジの顔を見返して、薄く微笑んだ。
その日も男は現れた。
男は、私の身体をまさぐった。
膨らみを持った乳房を、丸みを帯びた指先を、さらりとした髪を、しなやかな首を、何かを確かめるように撫で、そしてその手は首に添えられた。
来る。今日も来る。
私の首は徐々に、その両の手によって押さえつけられていく。
身体は相変わらず動かない。
ぼんやりと白い天井を見上げながら思う。
男の力だ。
どこまでも暴力的で、凶暴で、理不尽で、高圧的で、野蛮な男の力が私の首を絞めている。
今日は流石に死ぬかもしれない。薄れる意識の中、走馬灯のように家族の記憶が流れてくる。
母の葬儀での風景。それから壊れていく父の様子。部屋を埋めるほど増え続ける酒に比例して増えていく、理不尽に降りかかる暴力。高校を卒業してからもうあの家には帰っていない。それでも、こうして最期に記憶が蘇ってくるのは、なにかを後悔しているからなのか。本当に私は死ぬのか。金縛りで死ぬ人間なんているのか。いやそもそもこれは金縛りなのか。やはり男は実在しているのではないか。
ぐるぐると、私の頭はこんがらがる。
首から手が離されたようだった。仰向けのまま、私は肩で息をする。
「もう許して」
静かに、声を出す。思えばいつもは、無理矢理抵抗しようとして解放されていたから、今のように男から手を離したのは初めてのことだった。
「許してよ」
私の声だけが、部屋の中に静かに響く。
か細い声だ。私が望んだ、か細くて、柔らかい声。
筋肉が嫌いだと言うと、ユウジは、「ああじゃあ、いいかもね」と笑った。
ユウジは華奢な身体付きをしていた。
日頃履いているジーンズからもわかっていたが、本当に足が細い。
「筋肉つかねえんだよ」としぶるユウジに、私は言う。
「いや、いいよ。これくらいの方が私は好き」
わかりやすく鼻の下を伸ばすユウジを見て、男ってほんと動物だよな、と思った。
細い身体付きでもやはりそこに筋肉はあって、ごつごつとしている。
ユウジは私と頭をくっつけて、嬉しそうに呟いた。
「カオル、好きだ」
「・・私も」
やっとここまできたな。抱きしめられた腕の中で、私は満足していた。
初めて女友達ができたのは大学一年の頃だった。
人形のように可愛らしくて、「女の子」という表現が正にぴったりな子だった。
ある日彼女に打ち明けた。
「可愛くなりたい」と。
彼女は親身になって協力してくれた。
私に合った服を選び、メイクを教え、仕草なんかを細かく伝授してくれた。
俗に言う女装というやつだ。そして私には、その素質が十分すぎるくらいにあった。
あまりにも似合い過ぎていたのだ。それはもう、女性として扱われるほどに。
私は次第に自分の身体が嫌いになった。筋肉を見ても思うのは、あの凶暴だった父の身体だけだ。女になりたい。次第にそう思うようになった。
注射を打ち始めた。身体に変化が現れだした。
手術をして男性器をとった。私はその日不思議な高揚感で満たされた。
そう告白すると彼女はたじろいだ。
「ごめん、そこまですると思わなかった」
その日から金縛りに遭うようになった。
男はずっと訴えてきた。
なんで俺を捨てたのだと。
それも今日で終わるはずだと私は祈る。
ほら、男に愛されたぞ。もう許してくれ。
徐々にそこに力が加わり、私は額に冷たい汗をかく。
声が出せない。身体も、指の一本だって動かせやしない。
死ぬ。死ぬ。死んでしまう。動け、動いてくれ。
かろうじて重たい瞼をこじ開けると、そこには顔が見えない男がいる。
私は口を力なく開いて、喉奥からなんとか声を絞り出そうとする。
「ぁ」消え入りそうな弱弱しい声が宙を舞う。同時に、身体を押さえつける力が少しずつ弱まり、私は少しでも抵抗するように身体を震わせる。
「ああ!!」押さえつけられたバネのように、ようやく身体が解放されて、私は上半身を飛び起こした。汗が体中から溢れ出す。息をゆっくりと整えながら、おそるおそる周りを見渡す。男はどこにもいなかった。
「・・・てゆうことがあってさ」
「こわー、金縛りってやつじゃん」
初めは話半分に聞いていたユウジが目を丸くしている。その反応が面白くて、追撃するように言い加える。
「それが、なんと今日で15回目です」
「多っ!物件やばいんじゃないのそれ?」
「あはは」
笑いごとじゃないでしょー、というユウジの突っ込みを受けながら、私は蕎麦を啜って、まあ実際笑いごとじゃないよね、と独りごちる。
「大家さんに言った?」
「うん。過去にそんな事例はないって」
「えーまじかよ。なんか、事故とかも?近くで人が死んだとか」
「うん。全くないって」
「なんだそりゃ。・・・・その男、実はカオルの知り合い、とか?」
「・・・」
「なんか言えよ」
ユウジが気味悪そうに眼を細める。私は、冗談、知らないよと笑ってその肩を叩く。
「まあ、あんまりあれならウチ来いよ。狭いアパートだけど」
「・・・うん、ありがとう」
私はユウジの顔を見返して、薄く微笑んだ。
その日も男は現れた。
男は、私の身体をまさぐった。
膨らみを持った乳房を、丸みを帯びた指先を、さらりとした髪を、しなやかな首を、何かを確かめるように撫で、そしてその手は首に添えられた。
来る。今日も来る。
私の首は徐々に、その両の手によって押さえつけられていく。
身体は相変わらず動かない。
ぼんやりと白い天井を見上げながら思う。
男の力だ。
どこまでも暴力的で、凶暴で、理不尽で、高圧的で、野蛮な男の力が私の首を絞めている。
今日は流石に死ぬかもしれない。薄れる意識の中、走馬灯のように家族の記憶が流れてくる。
母の葬儀での風景。それから壊れていく父の様子。部屋を埋めるほど増え続ける酒に比例して増えていく、理不尽に降りかかる暴力。高校を卒業してからもうあの家には帰っていない。それでも、こうして最期に記憶が蘇ってくるのは、なにかを後悔しているからなのか。本当に私は死ぬのか。金縛りで死ぬ人間なんているのか。いやそもそもこれは金縛りなのか。やはり男は実在しているのではないか。
ぐるぐると、私の頭はこんがらがる。
首から手が離されたようだった。仰向けのまま、私は肩で息をする。
「もう許して」
静かに、声を出す。思えばいつもは、無理矢理抵抗しようとして解放されていたから、今のように男から手を離したのは初めてのことだった。
「許してよ」
私の声だけが、部屋の中に静かに響く。
か細い声だ。私が望んだ、か細くて、柔らかい声。
筋肉が嫌いだと言うと、ユウジは、「ああじゃあ、いいかもね」と笑った。
ユウジは華奢な身体付きをしていた。
日頃履いているジーンズからもわかっていたが、本当に足が細い。
「筋肉つかねえんだよ」としぶるユウジに、私は言う。
「いや、いいよ。これくらいの方が私は好き」
わかりやすく鼻の下を伸ばすユウジを見て、男ってほんと動物だよな、と思った。
細い身体付きでもやはりそこに筋肉はあって、ごつごつとしている。
ユウジは私と頭をくっつけて、嬉しそうに呟いた。
「カオル、好きだ」
「・・私も」
やっとここまできたな。抱きしめられた腕の中で、私は満足していた。
初めて女友達ができたのは大学一年の頃だった。
人形のように可愛らしくて、「女の子」という表現が正にぴったりな子だった。
ある日彼女に打ち明けた。
「可愛くなりたい」と。
彼女は親身になって協力してくれた。
私に合った服を選び、メイクを教え、仕草なんかを細かく伝授してくれた。
俗に言う女装というやつだ。そして私には、その素質が十分すぎるくらいにあった。
あまりにも似合い過ぎていたのだ。それはもう、女性として扱われるほどに。
私は次第に自分の身体が嫌いになった。筋肉を見ても思うのは、あの凶暴だった父の身体だけだ。女になりたい。次第にそう思うようになった。
注射を打ち始めた。身体に変化が現れだした。
手術をして男性器をとった。私はその日不思議な高揚感で満たされた。
そう告白すると彼女はたじろいだ。
「ごめん、そこまですると思わなかった」
その日から金縛りに遭うようになった。
男はずっと訴えてきた。
なんで俺を捨てたのだと。
それも今日で終わるはずだと私は祈る。
ほら、男に愛されたぞ。もう許してくれ。
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軽快な文章に似合わない話だったんですね
おかげで最後のオチの驚きの効果が大きかったです
ホントに驚きました
楽しませてくれて
ありがとうございます😊