廃妃のセカンドライフ〜皇妃になったその夜に皇帝が殺されまして〜

奏千歌

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 生まれて初めて海を見た。

 どこまで見渡しても、巨大な水たまりばかりが目に映る。

 陽の光を反射して、目が痛くなるくらいキラキラしていた。

 不思議な匂いもして、でも、何となく覚えがあるものでもあった。

 そして海の奥の方、沖合に見える大きな船は軍艦だよと、教えてもらった。

 西の大陸から来たと。

 私達は、その軍艦が見える港にいた。

 そしてそこで、西の大陸の兵士から審査を受けていた。

「乗船名簿に名前のない者が一名いるな」

「よく見な。二人だろ。私を迎えに来てくれた孫が、予定よりも早く産気づいてね」

 出血が続く私は、起き上がれずに、荷馬車に寝たままだ。

 開かれた幌の隙間から、外の様子を眺めていた。

 出産を終えた後も、さらにお腹の痛みが続くだなんて、知らなかった。

 身体中の力も抜けて、だからまったく身動きがとれなくて、夫人に全てをお任せするしかなかった。

「どうした?」

 夫人と兵士が話していると、立派な勲章が付いた軍服姿の、また違う人まで登場した。

 ますますまずい状況ではないのかな。

「中佐。乗船名簿の確認をしていましたが女性と子供の身元が確認できずにいます」

 それを報告されても、夫人は平然としていた。

 むしろ、中佐と呼ばれた人を睨みつけていた。

「あんた、来るのが遅いよ。あんたの姪の身元証明を早くしてあげな」

 いや、夫人、何を言ってるのか。

「…………」

 生真面目な顔をした灰色の瞳の軍人が、私に視線を向けた。

「こっちに入国した時にちゃんと確認されずに名簿に載らなかったのだろう。手間をとらせてしまったな。私が手続きを行っておくから、君は別の場所での確認を頼む」

「はっ!了解しました!」

 中佐と呼ばれた人が名簿を預かると、もう一人の男の人は何処かへと行った。

 その中佐と呼ばれた人が、夫人に向き直った。

「母さん。あなたは相変わらず人を困らせているのですね。追加の人員は聞かされていませんでしたが、まさか人攫いまでしてきたのではないでしょうね?」

「こっちに来る船が無くなったのに、そんな暇があるかい。あたしの相手はこの子くらいしかできないんだ。あんたの大事な嫁達をいびられたくなければ、さっさとどうにかしな」

 軍人が大きなため息を吐いた。

 夫人の息子さんだったんだ。

「子供は、生まれたばかりですか?」

「昨日の明け方さ。あたしとマーサで取り上げたんだ。母体に大きな傷はないようだけど、この子の産後の状態が良くない。熱も出てるし、ずっと嫌な出血が続いている」

「乗艦している軍医に診てもらいましょう。災害派遣の経験があるので出産後の婦人にも対応できます。君、申し訳ないが、しばらく母のことを頼むよ。船に乗っている間は話し相手にも困るだろうから」

 むしろ面倒を見てもらってるのは私と子供だと言いたかったけど、それはちょっと無理みたい。

 意識が飛びそうで。

「あんた、もう、眠いなら寝てていいよ。子供は私がしっかり見ててやるから。面倒なことは息子に任せておきな。図体ばかりがデカいだけの役立たずじゃないってところを証明してもらわなければね。これまで好きに生きさせてやったんだから」

 すぐそばに来た、よく似た灰色の瞳が二人分、気遣うように見下ろしてくる。

「あたしより先に逝くなんて許さないからね」

 私はまだおばあちゃんには会えそうにないなと思いながら、休息を求めて目を閉じていた。



 次に目が覚めた時には、私は船に揺られて海の上にいた。

 西の大陸に向けて出航したと教えてもらった。

 これからいくつかの港を経由して一ヶ月以上かけて向かうのだと。

 あの人からは、どんどん離されていく。

 もう、私が何を思ったところでどうしようもない所まで来ていた。

 夫人や夫人の息子さんの手助けのおかげで、起き上がれるほどには回復した私は、腕の中にいる小さな存在を見つめていた。

 お腹いっぱいなのか、今は気持ちよさそうに眠っている。

 この子がお腹いっぱいになったことには、ひとまず安堵していた。

 私が縫い上げたものをちゃんと身に付けている。

 用意されていた荷物の中には、子供の物もたくさん入れてもらっていた。

 だから、少しの間は困りそうにはなかった。

「まったくあんたは。今まで何を食べていたんだい?そんな細っこい体になってしまって。嫁っ子を太らすこともできない甲斐性のない男は嫌いだよ。あんたはこれからますます栄養が必要なんだ。いっぱい食べな」

 部屋を訪れた夫人が壁に折りたたまれていた椅子を広げて、私の正面に座った。

 そんな所に椅子があったのかと驚く。

 船に乗ったのも初めてだけど、目が覚めてからは、この中は初めて見るものばかりで、驚きの連続だった。

「名前は決まったのかい?」

「エルーシア」

「あんたが神の存在を信じていたとは知らなかったよ」

 神に縋ることなど無意味だと知っているけど、生まれたばかりのこの子が目を開けてじっと私を見つめてきた時、また涙が止まらなくなっていた。

 神がいるとしたら、この子の瞳の中にだと思った。

「あんたを救えなくて、申し訳なかったと思っているよ」

 子供を見つめていると、夫人が私の横顔に話しかけてきた。

「夫人が謝ることは何一つありません。むしろ、おばあちゃんのことも、私と子供のことも、たくさんの迷惑をかけてしまったのに助けてくれました。本当にありがとうございます」

「ふんっ。素直にお礼を言われるとこそばゆいものだね。あんたらしくもない」

 夫人は、顔を隠すように向こう側に背けていた。

「それは夫人もです」

「おや、ちっとは元気になってきたようだね。ベソベソしていたのに」

「もう、泣いてばかりではいられませんから」

 軽くて重い、腕の中の存在がそうさせた。





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