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25 お別れを
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何処かへ出掛けて行ったイグネイシャスは、残念なことにその日のうちに戻ってきてた。
イグネイシャスが来てから、いつもとは違ういろんな人がお屋敷を出入りしていた。
みんな、王太子に会うために訪れていた。
何かを報告し、指示を受けてまた何処かへと向かう。
こんなにたくさんの人が、エクルクスから来ていたのかと、改めて知った。
私とはそれらの人は全て無関係なので、そんな様子を眺めてボーッと過ごしていた。
数日後。
今日は変わったことがあって、珍しくメイドさんが予定のない事を話しかけてきた。
「お子様用の肌着を作ってみますか?」
メイドさんは布をたくさん持っていた。
「作り方がわからなくて、きっと私には無理だと思う」
「私がお教えしますよ」
「それなら、作ってみたい」
庭が見える室内に移動して椅子に座ると、テーブルには必要な物が広げられた。
メイドさんは最初に作り方をざっくりと説明してくれた。
型紙に沿って布を裁ち、縫う場所を指示してくれる。
私の針が動き出すと、隣に座ったメイドさんが言った。
「少し、昔話をしてもいいですか?」
どうせ私は聞いているだけだからと、どうぞと促す。
「私の幼い頃のことです。その年はいつもよりも寒さが厳しく、両親は抗えずに亡くなってしまいました。その後に一人残された私が連れて行かれて過ごした場所が、セオドアが育てられた場所と同じ施設です」
同じ施設なのかと、メイドさんの話をなんとなく聞いていた。
「子供ばかり、身寄りのない者が集められていました。そこでたくさんの人殺しの方法を教えられました。それを遂行するために必要な生活技術も。私が14才を過ぎた頃に生まれたばかりのセオドアが連れてこられていましたよ。見た目が特徴的だから、あの子を初めて見た時のことをよく覚えています」
「赤ちゃんの頃から……」
セオドアには、そこしかなかった。
「そうですね。でも、私は食事を与えてもらえたから幸せでした。お腹いっぱいになることはありませんでしたが、必ず食事を確保してもらえて、貴女が思うよりかは悪くないのかもしれませんよ。孤独ではありませんでしたし。施設で育てられた者同士で協力もしていましたし。他人でも、一緒に生活をしていれば情もわきます。乳幼児だった頃のセオドアの世話を、私がしていたんですよ」
それにはちょっと驚いてメイドさんを見た。
私に微笑む様子は、それこそ幼な子を見守るように見えた。
「物静かで、手のかからない子でした。なんだか、貴女のような印象ですね」
手を焼きますって言っていたのに。
「腕で抱えられるほどの小さな子が、泣きもしなければ笑いもしない。お腹が空いていてもおしめが濡れていても、何の反応も示さない。何をして欲しいのか全く要求してこなくて。そんなところは、あなた達はそっくりです」
そこは困ったものだと言いたげだ。
「何にも執着しなくて、自分のことですら執着しなくて、でも、一つだけ大切にしていた物があるんですよ」
メイドさんは、目を細めて私を見ている。
私を通して何かを思い出しているように。
「長年、ずっと疑問に思っていたことがありましたが、殿下と貴女が話す様子を見て解消しました」
最後にもう一度微笑んだメイドさんは、さらに切り取った布を重ねた。
「とりあえず30枚は用意されていたら、安心かと」
何枚かは失敗しても、それだけ作れば使える物は揃うはず。
それくらいは作ってみてもいいと思っていた。
手順を覚えて、一人でせっせと手元の作業に没頭すること、数日。
人影が差したから顔を上げた。
「まだ、いた……」
そばに立ったイグネイシャスが、私の手元を見下ろしていた。
気配と足音を消して近付いてきたようで、私が嫌がることをわかっててそれをしたようだ。
「邪魔してごめんね。もう帰るよ。君とは二度と会うことはないと思うけど、元気でね。君のことは忘れそうにないよ」
「私はあなたのことなんかすぐに忘れる」
「うん。それでいいよ。テーシャリーテ」
「それは何?」
「祈りの言葉。私の国に伝わる古い御伽話でね、美しいものを凍らせてしまう雪の女王から女性を守る言葉なんだよ。元気な子供を産んでね。君達の子供が寒さと飢えに苦しむことのないように、願っているよ」
それは嫌味ではない、たくさんの慈愛を含んだ真心からの言葉だった。
「やっぱり、あなたが嫌い」
「ありがとう」
どうして嫌いと言われて、御礼を言うのか。
確かに、この人が考えていることはわからない。
セオドアが苦手だと思う理由がわかった気がした。
イグネイシャスが部屋から出て行って、少しして今度はセオドアがやってきた。
少しの間、針を動かす私の手元を無言で眺めていたセオドアだけど、
「殿下を途中まで送ってくる。俺も、少し殿下と話したいことがある」
それを私に告げた。
コクンと頷いて答えた。
セオドアがいない時は決まって何かが起こるけど、その心配は口にできなかった。
あの人と私の間で困らされるのはセオドアだ。
私が頷いたのを確認して、セオドアは部屋から出て行った。
その背中を見て、イグネイシャスとお別れするつもりなんだと思っていた。
これで二人は今生の別れとなるのだと。
それを知って、あの人はちゃんとセオドアをここに返してくれるのか。
でも、きっと、すぐにセオドアはここからもいなくなる。
セオドアが誰を選んだのか、わかってしまった。
イグネイシャスが来てから、いつもとは違ういろんな人がお屋敷を出入りしていた。
みんな、王太子に会うために訪れていた。
何かを報告し、指示を受けてまた何処かへと向かう。
こんなにたくさんの人が、エクルクスから来ていたのかと、改めて知った。
私とはそれらの人は全て無関係なので、そんな様子を眺めてボーッと過ごしていた。
数日後。
今日は変わったことがあって、珍しくメイドさんが予定のない事を話しかけてきた。
「お子様用の肌着を作ってみますか?」
メイドさんは布をたくさん持っていた。
「作り方がわからなくて、きっと私には無理だと思う」
「私がお教えしますよ」
「それなら、作ってみたい」
庭が見える室内に移動して椅子に座ると、テーブルには必要な物が広げられた。
メイドさんは最初に作り方をざっくりと説明してくれた。
型紙に沿って布を裁ち、縫う場所を指示してくれる。
私の針が動き出すと、隣に座ったメイドさんが言った。
「少し、昔話をしてもいいですか?」
どうせ私は聞いているだけだからと、どうぞと促す。
「私の幼い頃のことです。その年はいつもよりも寒さが厳しく、両親は抗えずに亡くなってしまいました。その後に一人残された私が連れて行かれて過ごした場所が、セオドアが育てられた場所と同じ施設です」
同じ施設なのかと、メイドさんの話をなんとなく聞いていた。
「子供ばかり、身寄りのない者が集められていました。そこでたくさんの人殺しの方法を教えられました。それを遂行するために必要な生活技術も。私が14才を過ぎた頃に生まれたばかりのセオドアが連れてこられていましたよ。見た目が特徴的だから、あの子を初めて見た時のことをよく覚えています」
「赤ちゃんの頃から……」
セオドアには、そこしかなかった。
「そうですね。でも、私は食事を与えてもらえたから幸せでした。お腹いっぱいになることはありませんでしたが、必ず食事を確保してもらえて、貴女が思うよりかは悪くないのかもしれませんよ。孤独ではありませんでしたし。施設で育てられた者同士で協力もしていましたし。他人でも、一緒に生活をしていれば情もわきます。乳幼児だった頃のセオドアの世話を、私がしていたんですよ」
それにはちょっと驚いてメイドさんを見た。
私に微笑む様子は、それこそ幼な子を見守るように見えた。
「物静かで、手のかからない子でした。なんだか、貴女のような印象ですね」
手を焼きますって言っていたのに。
「腕で抱えられるほどの小さな子が、泣きもしなければ笑いもしない。お腹が空いていてもおしめが濡れていても、何の反応も示さない。何をして欲しいのか全く要求してこなくて。そんなところは、あなた達はそっくりです」
そこは困ったものだと言いたげだ。
「何にも執着しなくて、自分のことですら執着しなくて、でも、一つだけ大切にしていた物があるんですよ」
メイドさんは、目を細めて私を見ている。
私を通して何かを思い出しているように。
「長年、ずっと疑問に思っていたことがありましたが、殿下と貴女が話す様子を見て解消しました」
最後にもう一度微笑んだメイドさんは、さらに切り取った布を重ねた。
「とりあえず30枚は用意されていたら、安心かと」
何枚かは失敗しても、それだけ作れば使える物は揃うはず。
それくらいは作ってみてもいいと思っていた。
手順を覚えて、一人でせっせと手元の作業に没頭すること、数日。
人影が差したから顔を上げた。
「まだ、いた……」
そばに立ったイグネイシャスが、私の手元を見下ろしていた。
気配と足音を消して近付いてきたようで、私が嫌がることをわかっててそれをしたようだ。
「邪魔してごめんね。もう帰るよ。君とは二度と会うことはないと思うけど、元気でね。君のことは忘れそうにないよ」
「私はあなたのことなんかすぐに忘れる」
「うん。それでいいよ。テーシャリーテ」
「それは何?」
「祈りの言葉。私の国に伝わる古い御伽話でね、美しいものを凍らせてしまう雪の女王から女性を守る言葉なんだよ。元気な子供を産んでね。君達の子供が寒さと飢えに苦しむことのないように、願っているよ」
それは嫌味ではない、たくさんの慈愛を含んだ真心からの言葉だった。
「やっぱり、あなたが嫌い」
「ありがとう」
どうして嫌いと言われて、御礼を言うのか。
確かに、この人が考えていることはわからない。
セオドアが苦手だと思う理由がわかった気がした。
イグネイシャスが部屋から出て行って、少しして今度はセオドアがやってきた。
少しの間、針を動かす私の手元を無言で眺めていたセオドアだけど、
「殿下を途中まで送ってくる。俺も、少し殿下と話したいことがある」
それを私に告げた。
コクンと頷いて答えた。
セオドアがいない時は決まって何かが起こるけど、その心配は口にできなかった。
あの人と私の間で困らされるのはセオドアだ。
私が頷いたのを確認して、セオドアは部屋から出て行った。
その背中を見て、イグネイシャスとお別れするつもりなんだと思っていた。
これで二人は今生の別れとなるのだと。
それを知って、あの人はちゃんとセオドアをここに返してくれるのか。
でも、きっと、すぐにセオドアはここからもいなくなる。
セオドアが誰を選んだのか、わかってしまった。
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