5 / 23
ヒトに戻ったらしい
「ふはぁ、てんごくぅ~」
温かいお湯が張られた湯船に漬かると、旅の疲れなんか吹き飛ぶ。
湯女の女性、エスメさんが、ニコニコしながら手足を投げ出してくつろいでいる私を見ていた。
「奥様の事を、私も心待ちにしていました。今夜のために磨き上げますので、お任せください」
「うん、ありがと~」
ん?
今夜?
「今夜のため?」
私の髪を整えてくれているエスメさんを見上げた。
「はい。大事な大事な初夜なのです。決戦の場に赴く奥様を、完璧に仕上げるのが私の役目」
決戦の場って、エスメさんも戦闘態勢が~とか言うんだ(笑)
じゃない!
笑っている場合じゃない!
「張り切っているところを申し訳ないけど、私とメルキオールさんとの間に、初夜とか訪れないから、何か無駄になりそうで申し訳な…………」
「そんなことはありませんわ!あの草オタクが、先程までどんな目で奥様の事を見ていたことか!」
いや、草オタクって、あなたの主では?
「奥様が伯爵様をヒトに戻してくださって、玄関ホールでお出迎えしたお二人の姿を見た使用人達はみな、感激しておりました!」
「そ、そうかな?」
少し前に部屋の前で別れたメルキオールさんの姿を思い出す。
『キティにプレゼントを持ってくるよ。少し出かけてくるから、君はゆっくりしてて』
そう言い残して何処かへと向かったようだ。
初対面の結婚式の時はともかくとして、領地に迎えに来てくれた時からはずっと親切にしてくれている。
よほど、件の御令嬢に困らされているからなのだろうけど、元々が悪い方ではないわけで、好きな事に打ち込んでいる姿は羨ましいと思えるくらいだ。
過去に悲しい事件で御両親を亡くされているのに、驚くほど物腰が柔らかく優しい紳士に成長されているのでは?
周囲の方々の影響もあるのだろうけど。
オマケに、私の命と言っていいくらいのキティを可愛がってくれる。
でも、やっぱり、夫婦生活を送るつもりはないと言っていたから、今夜で何か関係が変わることがないだろうし、私もそれを望んではいない。
まぁ、今はエスメさんのマッサージの手に癒されながら、キティのオヤツのことでも考えて、今後のことはメルキオールさんと相談することとしよう。
湯浴みが終わってしばらくゆっくりしていると、普通に夕食に呼ばれて、普通にメルキオールさんと二人で食べて、また部屋に戻って、キティに晩御飯をあげるためにキティと決めた定位置に器を置いたところで、
「アシーナ、入ってもいいか?」
コンコンと扉をノックしたのは、メルキオールさんだ。
夕食の時に後で部屋に行くと聞いていたのは、ついさっきの事だけど。
「はい、どうぞ」
私の返事を待って入ってきたメルキオールさん……名前が長くてめんどくさくなったから、メルさんでいいか。
で、そのメルさんが部屋に入って来ると、少しだけ視線を彷徨わせたのち、部屋の端っこでご飯を食べているキティを見て、口元を緩めていた。
それに気付いたら、私もなんだか嬉しくなる。
「プレゼントの事だけど、キティに首輪を用意したから、見てもらえるか?」
「わざわざ用意してくれたのですか?」
「勝手に悪いかなとも思ったが、これをつけていればたいていの所には連れて行けるから」
メルさんが嬉しそうに差し出してきたものを見る。
首輪の真ん中についたプレートにクラム伯爵家の家紋と、キティの名前が刻印されている。
それから、首輪には所々に青く光る石がはめ込まれていた。
何の石かは考えたくない。
「あの、これ……可愛らしいですが、とてもお高いやつでは?」
「キティに似合うと思って。よかったら、後でアシーナがつけてあげてくれ。それから明日にでも僕に見せてもらえるか?」
「はい、メルキオールさんのお望みなら」
キティにつけてあげたら、確かによく似合うだろうけど、いいのかな?
私が勝手に飼っている猫に、ここまでお金をかけてもらって良いのだろうか。
「あと、これはおそろいでアシーナの分も作ったんだ。こっちはブレスレットタイプだから、これももし良かったら、身につけてもらえたら嬉しい。ここに置いておく」
メルさんは私の返事を待たずに、近くにあったテーブルに小箱を置く。
「では、おやすみ。アシーナ、ゆっくり休んでくれ」
「え、あ、はい、メルキオールさんも。お休みなさい」
これで用事は終わりなのかと、あっさりと部屋から出て行くメルさんの背中を見て、拍子抜けしていた。
エスメさんに言われたことを思ったよりも意識していたようで、自分で自分を笑うしかない。
私達は、夫婦であって、夫婦でない。
「あ……お礼を言うの忘れてた……」
いつの間にかご飯を終えたキティが、ベッドの上で丸くなっている。
「私も、もう寝よ……おやすみ、キティ」
キティに声をかけると、私もすぐにフカフカのベッドに横になって、夢の世界へと旅立っていた。
温かいお湯が張られた湯船に漬かると、旅の疲れなんか吹き飛ぶ。
湯女の女性、エスメさんが、ニコニコしながら手足を投げ出してくつろいでいる私を見ていた。
「奥様の事を、私も心待ちにしていました。今夜のために磨き上げますので、お任せください」
「うん、ありがと~」
ん?
今夜?
「今夜のため?」
私の髪を整えてくれているエスメさんを見上げた。
「はい。大事な大事な初夜なのです。決戦の場に赴く奥様を、完璧に仕上げるのが私の役目」
決戦の場って、エスメさんも戦闘態勢が~とか言うんだ(笑)
じゃない!
笑っている場合じゃない!
「張り切っているところを申し訳ないけど、私とメルキオールさんとの間に、初夜とか訪れないから、何か無駄になりそうで申し訳な…………」
「そんなことはありませんわ!あの草オタクが、先程までどんな目で奥様の事を見ていたことか!」
いや、草オタクって、あなたの主では?
「奥様が伯爵様をヒトに戻してくださって、玄関ホールでお出迎えしたお二人の姿を見た使用人達はみな、感激しておりました!」
「そ、そうかな?」
少し前に部屋の前で別れたメルキオールさんの姿を思い出す。
『キティにプレゼントを持ってくるよ。少し出かけてくるから、君はゆっくりしてて』
そう言い残して何処かへと向かったようだ。
初対面の結婚式の時はともかくとして、領地に迎えに来てくれた時からはずっと親切にしてくれている。
よほど、件の御令嬢に困らされているからなのだろうけど、元々が悪い方ではないわけで、好きな事に打ち込んでいる姿は羨ましいと思えるくらいだ。
過去に悲しい事件で御両親を亡くされているのに、驚くほど物腰が柔らかく優しい紳士に成長されているのでは?
周囲の方々の影響もあるのだろうけど。
オマケに、私の命と言っていいくらいのキティを可愛がってくれる。
でも、やっぱり、夫婦生活を送るつもりはないと言っていたから、今夜で何か関係が変わることがないだろうし、私もそれを望んではいない。
まぁ、今はエスメさんのマッサージの手に癒されながら、キティのオヤツのことでも考えて、今後のことはメルキオールさんと相談することとしよう。
湯浴みが終わってしばらくゆっくりしていると、普通に夕食に呼ばれて、普通にメルキオールさんと二人で食べて、また部屋に戻って、キティに晩御飯をあげるためにキティと決めた定位置に器を置いたところで、
「アシーナ、入ってもいいか?」
コンコンと扉をノックしたのは、メルキオールさんだ。
夕食の時に後で部屋に行くと聞いていたのは、ついさっきの事だけど。
「はい、どうぞ」
私の返事を待って入ってきたメルキオールさん……名前が長くてめんどくさくなったから、メルさんでいいか。
で、そのメルさんが部屋に入って来ると、少しだけ視線を彷徨わせたのち、部屋の端っこでご飯を食べているキティを見て、口元を緩めていた。
それに気付いたら、私もなんだか嬉しくなる。
「プレゼントの事だけど、キティに首輪を用意したから、見てもらえるか?」
「わざわざ用意してくれたのですか?」
「勝手に悪いかなとも思ったが、これをつけていればたいていの所には連れて行けるから」
メルさんが嬉しそうに差し出してきたものを見る。
首輪の真ん中についたプレートにクラム伯爵家の家紋と、キティの名前が刻印されている。
それから、首輪には所々に青く光る石がはめ込まれていた。
何の石かは考えたくない。
「あの、これ……可愛らしいですが、とてもお高いやつでは?」
「キティに似合うと思って。よかったら、後でアシーナがつけてあげてくれ。それから明日にでも僕に見せてもらえるか?」
「はい、メルキオールさんのお望みなら」
キティにつけてあげたら、確かによく似合うだろうけど、いいのかな?
私が勝手に飼っている猫に、ここまでお金をかけてもらって良いのだろうか。
「あと、これはおそろいでアシーナの分も作ったんだ。こっちはブレスレットタイプだから、これももし良かったら、身につけてもらえたら嬉しい。ここに置いておく」
メルさんは私の返事を待たずに、近くにあったテーブルに小箱を置く。
「では、おやすみ。アシーナ、ゆっくり休んでくれ」
「え、あ、はい、メルキオールさんも。お休みなさい」
これで用事は終わりなのかと、あっさりと部屋から出て行くメルさんの背中を見て、拍子抜けしていた。
エスメさんに言われたことを思ったよりも意識していたようで、自分で自分を笑うしかない。
私達は、夫婦であって、夫婦でない。
「あ……お礼を言うの忘れてた……」
いつの間にかご飯を終えたキティが、ベッドの上で丸くなっている。
「私も、もう寝よ……おやすみ、キティ」
キティに声をかけると、私もすぐにフカフカのベッドに横になって、夢の世界へと旅立っていた。
あなたにおすすめの小説
私が出て行った後になって、後悔した旦那様から泣きの手紙がもたらされました♪
睡蓮
恋愛
ミーシャとブラッケン伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるエリーナによって壊される。伯爵はミーシャの事よりもエリーナの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ミーシャは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ミーシャの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。
五度目の人生でも「君を愛することはない」と言われたので、私も愛を捨てました
たると
恋愛
「ルチア、私は君を愛することはない。この婚約は単なる義務だ」
冷徹な公爵、アルベルトの声が夜会会場の片隅で響く。
これで、五度目だ。
私は深く、そして軽やかに一礼した。
「承知いたしました。では、今後はそのように」
これまでは泣いて縋り、彼を振り向かせようと必死に尽くしてきた。
だが、死に戻りを五回も繰り返せば、流石に飽きる。
私は彼を愛することを、きっぱりと辞めた。
『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた
歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。
二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました
小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」
二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。
第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。
それから二十年。
第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。
なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。
不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。
これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。
※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。
「静かで、退屈な婚約者だった」と切り捨てられたので、最後くらい全部言って去ることにしました
桃我タロー
恋愛
「静かで、退屈な婚約者だった」
婚約破棄のその日、王太子は広間でそう言い捨てた。
三年間、失言を隠し、場を整え、黙って支えてきたのに。
どうやら私に必要だったのは婚約者ではなく、“便利な人”という役割だけだったらしい。
しかも隣には、つい三日前まで殿下の従兄に求婚していた令嬢まで立っていて――。
ならばもう、黙っている理由はない。
これは、最後まで笑って終わるつもりだった令嬢が、自分の声を取り戻す話。
私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜
恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」
不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。
結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、
「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。
元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。
独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場!
無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。
記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける!
※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる
物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
愛人を連れて帰ってきた翌朝、名前すら呼ばれなかった私のもとに王太子殿下が迎えに来ました 〜三年間冷遇された妻、今は毎日名前を呼ばれています〜
まさき
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。
夫に名前を呼ばれたことは、一度もなかった。
社交の場ではただ隣に立つだけ。
屋敷では「妻」としてすら扱われない。
それでも、いつかは振り向いてもらえると信じていた。
――けれど、その期待はあっさりと壊れる。
夫が愛人を伴って帰宅した、その翌朝。
私は離縁状を残し、静かに屋敷を出た。
引き止める者は、誰もいない。
これで、すべて終わったはずだった――
けれどその日、私のもとに現れたのは王太子殿下。
「やっと手放してくれたか。三年も待たされました」
幼い頃から、ただ一人。
私の名前を呼び続けてくれた人。
「――アリシア」
その一言で、凍りついていた心がほどけていく。
一方、私を軽んじ続けた元夫は、
“失ってはいけないもの”を手放したことに、まだ気づいていない。
これは、三年間名前を呼ばれなかった私――アリシアが、
本当の居場所と愛を取り戻す物語。
幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました
ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。
けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。
やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。
――もう、この結婚には見切りをつけよう。
夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。
身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。
一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。
幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。