お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌

文字の大きさ
11 / 23

深夜に響く声

 誰もが寝静まったはずの伯爵邸。

 そんな夜中に、今の今まで私も眠っていたけど、なんとなく胸騒ぎがして目を覚ましていた。

 それは気のせいではない。

 シーンとした中で、わずかに声が聴こえてくる。

 呻き声だと思われるものが。

 左耳だけでも、その声を聴き取っていた。

 体を起こすと、枕元に寝ていたキティがチラッと私を見る。

「キティは寝てていいよ。ちょっと様子を見てくるだけだから」

 キティを刺激しないように、そーっと移動して部屋から出ると、その声は顕著に聴こえてきた。

 多分、メルキオールさんの寝室の方角だ。

 私が使っている部屋は伯爵夫人の部屋で、本来なら、当主であるメルさんの部屋とは共用の寝室と扉を挟んで繋がっているのだけど、メルさんは今は離れた別の部屋を使っている。

 灯りを持って、暗い廊下を歩く。

 窓から月明かりが入って明るくはあるけど、暗がりをフラフラ歩いているところを見られて、驚かれてはいけないから灯りも持っていた。

 夕食時、メルさんの元気がないように見えたのが気になってはいた。

 普段通りに振る舞うけど、時折、ほんの一瞬だけ寂しげな表情を見せていたのだ。

「なにかあったの?」

 目指す方向の角を曲がると、声が聴こえている扉の前で、家令のロバートさんと、メルさん担当の侍女ドリスさんがいた。

 二人とも心配そうに扉を見つめている。

 随分と苦しげな声が聴こえているのだ。

「奥様……」

 二人とも、私の姿を見て戸惑っている様子だった。

「これは、メルキオールさんの声?こんな事がよくあるの?」

 そうでなければ、二人が扉の前にいつまでもいるはずがない。

 すでに中に入って様子を確認しているはずだ。

 私の問いには、ロバートさんが答えてくれた。

「奥様がこちらにお越しになってからは、止んでいたのですが、それ以前は頻繁に……このような事が始まった12才の頃と三年前が一番酷く……でも、今夜も同じなのです。その酷かった時と」

 十年前から始まって、三年前とは、結婚したあたりが酷くなったということか。

 となると、ストレスで?

「様子を見てきてもいい?あなた達は中に入る事ができないんだよね?」

「私どもは、決して入ってはならないと命令されております……」

 そうだろうとは思った。

 だから、ずっと扉の前で心配そうにしているのだ。

「私が様子を見てくるよ」

「ですが」

「私なら、大丈夫」

 どうせ、あと少しの付き合いなのだから。

 止めようとする二人を宥めて、音を立てないように中に入ってから扉を閉めた。

「メルキオールさん……?」

 控えめな声で、ベッド上にいるであろう人に声をかけた。

 返事はない。

 暗い部屋の中で、変わらず、苦しげな呻き声が聴こえるだけだ。

 でも、部屋の中に入ったから、何を言っているのか聴き取れた。

「……めて……くるしっ……あ゙あ゙あ゙あ゙っ……」

 自分の首を押さえ、助けを求めるように片腕を宙に伸ばしている姿を確認できた。

「とうさ……かあさん……やめて……しんじゃう……たすけてっ……だれか……」

 そこまでを聴いて、ただそこに立っていることはできなかった。

 ベッドに駆け寄ると、お母様とお義母様が嵐を怖がる私にそうしてくれたように、

「メルキオールさん。メル、大丈夫ですよ。ここには怖いものはいません。大丈夫です」

 額に手を置き、胸をトントンと優しくたたく。

 大丈夫大丈夫と囁き続けていると、苦しげに顔を歪めていたメルさんから、不意に力が抜け、パタリとシーツの上に腕が下ろされていた。










感想 0

あなたにおすすめの小説

私が出て行った後になって、後悔した旦那様から泣きの手紙がもたらされました♪

睡蓮
恋愛
ミーシャとブラッケン伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるエリーナによって壊される。伯爵はミーシャの事よりもエリーナの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ミーシャは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ミーシャの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

五度目の人生でも「君を愛することはない」と言われたので、私も愛を捨てました

たると
恋愛
「ルチア、私は君を愛することはない。この婚約は単なる義務だ」 冷徹な公爵、アルベルトの声が夜会会場の片隅で響く。 これで、五度目だ。 私は深く、そして軽やかに一礼した。 「承知いたしました。では、今後はそのように」 これまでは泣いて縋り、彼を振り向かせようと必死に尽くしてきた。 だが、死に戻りを五回も繰り返せば、流石に飽きる。 私は彼を愛することを、きっぱりと辞めた。

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

「静かで、退屈な婚約者だった」と切り捨てられたので、最後くらい全部言って去ることにしました

桃我タロー
恋愛
「静かで、退屈な婚約者だった」 婚約破棄のその日、王太子は広間でそう言い捨てた。 三年間、失言を隠し、場を整え、黙って支えてきたのに。 どうやら私に必要だったのは婚約者ではなく、“便利な人”という役割だけだったらしい。 しかも隣には、つい三日前まで殿下の従兄に求婚していた令嬢まで立っていて――。 ならばもう、黙っている理由はない。 これは、最後まで笑って終わるつもりだった令嬢が、自分の声を取り戻す話。

私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

愛人を連れて帰ってきた翌朝、名前すら呼ばれなかった私のもとに王太子殿下が迎えに来ました 〜三年間冷遇された妻、今は毎日名前を呼ばれています〜

まさき
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 夫に名前を呼ばれたことは、一度もなかった。 社交の場ではただ隣に立つだけ。 屋敷では「妻」としてすら扱われない。 それでも、いつかは振り向いてもらえると信じていた。 ――けれど、その期待はあっさりと壊れる。 夫が愛人を伴って帰宅した、その翌朝。 私は離縁状を残し、静かに屋敷を出た。 引き止める者は、誰もいない。 これで、すべて終わったはずだった―― けれどその日、私のもとに現れたのは王太子殿下。 「やっと手放してくれたか。三年も待たされました」 幼い頃から、ただ一人。 私の名前を呼び続けてくれた人。 「――アリシア」 その一言で、凍りついていた心がほどけていく。 一方、私を軽んじ続けた元夫は、 “失ってはいけないもの”を手放したことに、まだ気づいていない。 これは、三年間名前を呼ばれなかった私――アリシアが、 本当の居場所と愛を取り戻す物語。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。