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悪夢は終わる
ううっとわずかに呻いたメルさんの目の端から、涙がこぼれ落ちる。
「メル。怖い夢はずっと続くわけではありません。大丈夫ですよ。私はここにいます。あなたは一人じゃない」
メルさんの表情が穏やかなものになるまで声をかけ続けていると、うっすらと目が開かれ、しばらく視線が彷徨っていたけど、ベッドに腰掛ける私を最後に見つけてくれた。
「アシーナ……どうして……」
薄暗い中でもわかる青い瞳には、いまだ、涙が滲んでいる。
「声が聴こえて、心配で様子を見にきました。勝手に部屋に入ってごめんなさい。私を叱りますか?」
「君を叱るなんて、とんでもない!」
勢いよく体を起こしたメルさんは、上半身を私の方に向けた。
「良かった。勝手に入って、叱られたらどうしようかと思っていました。キティを盾にして、ごめんなさいって言わないとって」
実際にキティを盾にしたりはしないけど、こんな時こそ笑ってごまかそうと、メルさんにニコッと笑いかける。
でも、メルさんは笑ってくれず、焦りを隠そうともせずに言葉を発した。
「昼間はいくらでも入ってくれて構わない。でも、危ないから、夜は僕の部屋に入ってきてはダメだ。以前に、うなされている僕を起こそうとしてくれたロバートを、錯乱して突き飛ばしてしまったことがあるんだ。ロバートが言わないだけで、その時はおそらくもっと酷いことをしている。もし同じような事が起きて君が怪我でもしたら……」
だから、ロバートさん達に“命令”しているのか。
と同時に、三年前の言葉が思い起こされる。
『祖父の命令で君と結婚したが夫婦生活を送るつもりはない。お互いに良い影響を与え合えるとは思えない。僕はこれ以上君を傷つけたくはないんだ』
ただ単に女性が苦手で結婚に反対だったのではなく、メルさんのこの状況が理由の一つだったのだろう。
私は今、あの言葉の本当の意味をやっと理解できたのかもしれない。
「私と結婚したことによるストレスで、症状が酷くなったのでしょうか?結婚した直後から、また酷くなったと聞きました」
「……君のせいじゃなくて、ただ、酷い状態の君を見て、怖くて……夜になるとフラッシュバックして、でも……それは君のせいじゃないんだ」
苦しそうに言葉を紡ぐと、
「ごめん、アシーナ……こんな歳になっても、子供の頃の恐怖から抜け出せない。夜になると、悪夢に呑み込まれそうになる。最近は大丈夫になったと思っていたのに。自分が、情けないよ」
顔を覆って、背中を震わせていた。
小さな少年が重なって見えて、腕をまわしてメルさんを包み込み、広い背中をさする。
「情けなくはないです。怖くて悲しい思いをした心がなかなか癒されないのは、仕方のない事です。恥じる事はなにもありません。外にはロバートさんとドリスさんもいます。それは、みんな、あなたの事が大好きだから、心配しているだけです。誰も笑ったりなんかしません」
体を離し、今度はメルさんの手を握って言った。
「私、メルキオールさんに提案があります。メルキオールさんが眠る時に、キティをお貸ししましょうか?私も、伯爵家の領地に行ったばかりの頃は、よく夜にうなされていました。でも、キティが来てくれて、一緒に眠るようになってからは、ピタリと悪夢は見なくなったんですよ」
「君も、怖い思いをたくさんしたからね……でも、もし、キティを傷つけてしまったら。それに、キティは嫌がらないかな?君のそばから離れて」
「キティはメルキオールさんの事が好きだから、大丈夫ですよ。耳が悪くても、寝ぼけているメルキオールさんのことくらい、簡単にかわせます。猫好きに悪い人はいないとは言いませんが、キティを可愛がってくれるメルキオールさんの姿は信頼できます。なので、キティを預けても大丈夫です」
手を離して、立ち上がる。
「待っててください。ここにいてくださいね。すぐ戻ってきますから」
そう言い含めて、部屋の外に出た。
ロバートさんとドリスさんが不安そうに廊下で待っていたので、今日のところは大丈夫だと伝え、お茶を持ってきてほしいと頼んでから、キティを迎えに走った。
「メル。怖い夢はずっと続くわけではありません。大丈夫ですよ。私はここにいます。あなたは一人じゃない」
メルさんの表情が穏やかなものになるまで声をかけ続けていると、うっすらと目が開かれ、しばらく視線が彷徨っていたけど、ベッドに腰掛ける私を最後に見つけてくれた。
「アシーナ……どうして……」
薄暗い中でもわかる青い瞳には、いまだ、涙が滲んでいる。
「声が聴こえて、心配で様子を見にきました。勝手に部屋に入ってごめんなさい。私を叱りますか?」
「君を叱るなんて、とんでもない!」
勢いよく体を起こしたメルさんは、上半身を私の方に向けた。
「良かった。勝手に入って、叱られたらどうしようかと思っていました。キティを盾にして、ごめんなさいって言わないとって」
実際にキティを盾にしたりはしないけど、こんな時こそ笑ってごまかそうと、メルさんにニコッと笑いかける。
でも、メルさんは笑ってくれず、焦りを隠そうともせずに言葉を発した。
「昼間はいくらでも入ってくれて構わない。でも、危ないから、夜は僕の部屋に入ってきてはダメだ。以前に、うなされている僕を起こそうとしてくれたロバートを、錯乱して突き飛ばしてしまったことがあるんだ。ロバートが言わないだけで、その時はおそらくもっと酷いことをしている。もし同じような事が起きて君が怪我でもしたら……」
だから、ロバートさん達に“命令”しているのか。
と同時に、三年前の言葉が思い起こされる。
『祖父の命令で君と結婚したが夫婦生活を送るつもりはない。お互いに良い影響を与え合えるとは思えない。僕はこれ以上君を傷つけたくはないんだ』
ただ単に女性が苦手で結婚に反対だったのではなく、メルさんのこの状況が理由の一つだったのだろう。
私は今、あの言葉の本当の意味をやっと理解できたのかもしれない。
「私と結婚したことによるストレスで、症状が酷くなったのでしょうか?結婚した直後から、また酷くなったと聞きました」
「……君のせいじゃなくて、ただ、酷い状態の君を見て、怖くて……夜になるとフラッシュバックして、でも……それは君のせいじゃないんだ」
苦しそうに言葉を紡ぐと、
「ごめん、アシーナ……こんな歳になっても、子供の頃の恐怖から抜け出せない。夜になると、悪夢に呑み込まれそうになる。最近は大丈夫になったと思っていたのに。自分が、情けないよ」
顔を覆って、背中を震わせていた。
小さな少年が重なって見えて、腕をまわしてメルさんを包み込み、広い背中をさする。
「情けなくはないです。怖くて悲しい思いをした心がなかなか癒されないのは、仕方のない事です。恥じる事はなにもありません。外にはロバートさんとドリスさんもいます。それは、みんな、あなたの事が大好きだから、心配しているだけです。誰も笑ったりなんかしません」
体を離し、今度はメルさんの手を握って言った。
「私、メルキオールさんに提案があります。メルキオールさんが眠る時に、キティをお貸ししましょうか?私も、伯爵家の領地に行ったばかりの頃は、よく夜にうなされていました。でも、キティが来てくれて、一緒に眠るようになってからは、ピタリと悪夢は見なくなったんですよ」
「君も、怖い思いをたくさんしたからね……でも、もし、キティを傷つけてしまったら。それに、キティは嫌がらないかな?君のそばから離れて」
「キティはメルキオールさんの事が好きだから、大丈夫ですよ。耳が悪くても、寝ぼけているメルキオールさんのことくらい、簡単にかわせます。猫好きに悪い人はいないとは言いませんが、キティを可愛がってくれるメルキオールさんの姿は信頼できます。なので、キティを預けても大丈夫です」
手を離して、立ち上がる。
「待っててください。ここにいてくださいね。すぐ戻ってきますから」
そう言い含めて、部屋の外に出た。
ロバートさんとドリスさんが不安そうに廊下で待っていたので、今日のところは大丈夫だと伝え、お茶を持ってきてほしいと頼んでから、キティを迎えに走った。
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