お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌

文字の大きさ
17 / 23

試練の時

 私とメルさんが並んで座席に座ると、馬車が屋敷に向けて動き出す。

 私はうつむいて、膝の上で両手を握り締めていた。

 自分の中にある恐怖心と悔しさを落ち着かせる。

「アシーナ、手が傷付くから、少しだけ力を抜いてくれないかな」

 手のひらに食い込む爪を心配してくれたのか、白くなるほど力を入れていた両手を開いて、膝の上に置いた。

「私……また言われっぱなしで、やられっぱなしで……何も言い返せないし、やり返せないし……足がすくんで」

「怖いのは当たり前だ。君はずっと洗脳下に置かれて、恐怖を植え付けられて、精神的に抵抗できないようにされていたのだから。無理に立ち向かう必要はない。怖がっていい。それが情けなくないって、君が僕に言ってくれたことだ。君はもう十分に怖いことと闘った。君が一人でこれ以上頑張らなくていいんだ。君の自由と権利と穏やかな日々は僕が守るよ。僕が守るから。僕からも守るから……」

 膝に乗せた手はまだ、震えていた。

 手だけじゃない。

 でも、恐怖で震える体にメルさんのジャケットがかけられると、その上から抱きしめられる。

「不快だったら言って。君が怖がること、嫌がることは少しでもしたくはない」

 不快どころか、トクントクンと、自分のものではない心音が聞こえると、不思議と心地よい。

 寄りかかれる存在がいるということを、私に教えてくれている。

 そのまま真っ直ぐに屋敷に戻ると、すぐにリゼに引き渡され、お風呂に連れて行かれて、エスメさんの手によって天国へと導かれることとなった。

「はふぁ~」

 変な声を出す私を、遠慮なくふふっと笑ってくれるから、エスメさんにされるがままゆったりとくつろぐ時間を過ごせていた。

 それから、夕食時のメルさんもことさら優しかったと思う。

 だから、怖かった記憶は時間が過ぎる毎に、すぐに薄れていった。

 いつまでも恐怖に怯えることはなく、むしろ、思ってもみなかった大胆な自分の行動に驚いたのは夜のことだ。

「君は今日、怖い思いをした。だから、今晩は君こそキティと一緒に寝た方がいいと思うんだ」

 就寝時間になって、私の部屋を訪れたメルさんが言った。

 昨夜のメルさんは、キティを部屋に迎えに来て、離れたあの寝室へと連れて行った。

「私は大丈夫です。メルキオールさんの症状がやっと落ち着いてきているのに、また怖い夢を見たら、そっちの方が嫌です」

「僕は平気だ」

 メルさんは譲りそうになかった。

 それならばと、

「では、一緒に寝ましょう」

「え?」

 何を言っているんだと、ポカンと口を開けて私を見ている。

 自分で言うのも恥ずかしいことではあったのだけど、

「伯爵夫妻用の寝室のベッドは大きいです。キティを真ん中にして、その両サイドで私達は眠ったらいいのではないでしょうか?」

「いや、でも……」

「大丈夫です。私はメルキオールさんを信頼していますから」

 私相手にメルキオールさんが何かをするとは考えられない。

「それもなんだか……いや、その通りだ。君の信頼に足る僕であるよ。君がいいと言うのなら、お願いする。キティ、今晩もよろしくね。それから、君のご主人様を守ってくれ」

 抱き上げられてみょ~んと伸びているキティに、神妙な顔でメルさんが話しかけている。

 ほんのちょっとだけドキドキしていたのだけど、そのまま二人と一匹で隣の寝室に移動し、ベッドに入ってしまえば、拍子抜けするほど何もないものだった。

 それは当たり前のことなのだけど。

「おやすみ、アシーナ」

 パッと灯りが消されると、急な暗闇に何も見えなくなる。

 向こう側の端でメルさんが横になる気配がわかると、私も同じように横になった。

「おやすみなさい。メルキオールさん」

 少し前まで暗闇は怖かった。

 でも今は、メルさんの気配が感じられるのは安心するし、キティが私の肩のあたりにピッタリくっついてくれたので、怖いことなんか何も思い出さずに眠ることができた。

 キティがいつの間にかメルさんの胸の上で寝ていて、うなされているメルさんを大急ぎで起こしたのは、熟睡から目覚めた朝のことであった。







感想 0

あなたにおすすめの小説

私が出て行った後になって、後悔した旦那様から泣きの手紙がもたらされました♪

睡蓮
恋愛
ミーシャとブラッケン伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるエリーナによって壊される。伯爵はミーシャの事よりもエリーナの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ミーシャは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ミーシャの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

五度目の人生でも「君を愛することはない」と言われたので、私も愛を捨てました

たると
恋愛
「ルチア、私は君を愛することはない。この婚約は単なる義務だ」 冷徹な公爵、アルベルトの声が夜会会場の片隅で響く。 これで、五度目だ。 私は深く、そして軽やかに一礼した。 「承知いたしました。では、今後はそのように」 これまでは泣いて縋り、彼を振り向かせようと必死に尽くしてきた。 だが、死に戻りを五回も繰り返せば、流石に飽きる。 私は彼を愛することを、きっぱりと辞めた。

『病弱な幼馴染を優先してください』と言った妻が消えた翌日、夫は領地の会計書類が全て白紙になっていることに気づいた

歩人
ファンタジー
侯爵家に嫁いで五年。ルチアは夫エミルの領地会計・社交・使用人管理を全て一人で担ってきた。だがエミルはいつも幼馴染のアリーチェを優先する。「アリーチェは体が弱いんだ、お前とは違う」——その言葉を百回聞いた日、ルチアは微笑んで離縁届に署名した。「ええ、私は丈夫ですから。どうぞ幼馴染様をお大事に」。翌朝、エミルが目にしたのは——税務報告の締切、領民からの陳情の山、そして紅茶の淹れ方すら知らない自分。三ヶ月後、かつて「地味な妻」と呼ばれたルチアは、辺境伯の財務顧問として辣腕を振るっていた。

二十年以上無視してきた夫が、今さら文通を申し込んできました

小豆缶
恋愛
「お願いです。文通から始めてもらえませんか?」 二十年以上会話もなかった夫――この国の王が、ある日突然そう言ってきた。 第一王妃マリアは、公爵家出身の正妃。だが夫はかつて、寵愛する第三王妃の話のみを信じ、彼女を殴ったことがある。その事件が原因で、マリアは男性恐怖症が悪化して、夫と二人きりでは会話すらできなくなっていた。 それから二十年。 第三王妃はとある事故で亡くなり、夫は反省したらしい。だからといって――今さら夫婦関係をやり直したいと言われても遅すぎる。 なのに王は諦めない。毎日の手紙。花を一輪。夜食の差し入れ。 不器用すぎる求愛に振り回されるうち、マリアの中で止まっていた感情が少しずつ動き始める。 これは、冷えきった政略夫婦が「文通」からやり直す恋の話。 ※本作は「存在されていないことにされていた管理ギフトの少女王宮で真の家族に出会う」のスピンオフですが、単体で読めます。

「静かで、退屈な婚約者だった」と切り捨てられたので、最後くらい全部言って去ることにしました

桃我タロー
恋愛
「静かで、退屈な婚約者だった」 婚約破棄のその日、王太子は広間でそう言い捨てた。 三年間、失言を隠し、場を整え、黙って支えてきたのに。 どうやら私に必要だったのは婚約者ではなく、“便利な人”という役割だけだったらしい。 しかも隣には、つい三日前まで殿下の従兄に求婚していた令嬢まで立っていて――。 ならばもう、黙っている理由はない。 これは、最後まで笑って終わるつもりだった令嬢が、自分の声を取り戻す話。

私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

愛人を連れて帰ってきた翌朝、名前すら呼ばれなかった私のもとに王太子殿下が迎えに来ました 〜三年間冷遇された妻、今は毎日名前を呼ばれています〜

まさき
恋愛
侯爵家に嫁いで三年。 夫に名前を呼ばれたことは、一度もなかった。 社交の場ではただ隣に立つだけ。 屋敷では「妻」としてすら扱われない。 それでも、いつかは振り向いてもらえると信じていた。 ――けれど、その期待はあっさりと壊れる。 夫が愛人を伴って帰宅した、その翌朝。 私は離縁状を残し、静かに屋敷を出た。 引き止める者は、誰もいない。 これで、すべて終わったはずだった―― けれどその日、私のもとに現れたのは王太子殿下。 「やっと手放してくれたか。三年も待たされました」 幼い頃から、ただ一人。 私の名前を呼び続けてくれた人。 「――アリシア」 その一言で、凍りついていた心がほどけていく。 一方、私を軽んじ続けた元夫は、 “失ってはいけないもの”を手放したことに、まだ気づいていない。 これは、三年間名前を呼ばれなかった私――アリシアが、 本当の居場所と愛を取り戻す物語。

幼馴染しか見えない婚約者と白い結婚したので、夜明け前にさよならしました

ゆぷしろん
恋愛
公爵令嬢レティシアは、家同士の都合で伯爵アルフレッドに嫁ぐ。 けれど夫は結婚後もずっと幼馴染のシルヴィばかりを優先し、婚礼の夜から夫婦として触れ合おうともしなかった。名ばかりの妻として伯爵家を支え、領地経営まで立て直しても、彼にとってレティシアは“都合のいい伯爵夫人”でしかない。 やがて結婚一周年の夜、アルフレッドが自分を手放す気はない一方で、幼馴染を屋敷に迎え入れようとしている会話を聞いてしまったレティシアは、ついに決意する。 ――もう、この結婚には見切りをつけよう。 夜明け前、彼女は離縁の準備を整え、伯爵邸を出奔。 身を寄せた北の港町で薬舗を手伝いながら、自分の力で生きる穏やかな日々を手に入れていく。そこで出会ったのは、身分ではなく一人の女性として彼女を尊重してくれる青年医師ノアだった。 一方、都合よく尽くしてくれる妻を失ったアルフレッドは、ようやく自分が何を失ったのかを思い知ることになる。 幼馴染ばかりを優先する婚約者との白い結婚に終止符を打ち、傷ついた公爵令嬢が新天地で本当の幸せを掴む、離縁から始まる逆転ラブストーリー。