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メルキオール⑤
「おはよう。君は今日も美人だね。綺麗だよ。でも、なんで毎朝毎朝、そこに乗っているのかな?」
見下ろす緑と青の双眸の持ち主は、仰向けに寝ている僕の胸の上で鎮座している。
ここ最近、毎朝キティは僕の胸の上に乗っている。
それが朝の光景だ。
何だか監視されているように思えるけど、相手がキティだからなんでも許せてしまう。
「僕は一生、君のお尻に敷かれてそうだね」
胸の上に乗ったままのキティの頭を撫でると、目を細めて僕のことを見つめていた。
意識が戻ってから僕が以前の生活を取り戻すまでは、一ヶ月ほど時間を要した。
まだまだ体は貧弱なものだけど、起き上がったままでいると眩暈がするなんてことはなくなった。
僕がリハビリ生活を余儀なくされている間、アシーナはやりたいことがあるのだと、なんだか忙しそうにしていた。
何をしているのかは教えてもらえなかったけど、伯爵家から花を買いたいと言われたから、好きなだけどうぞと伝えた。
リゼと、護衛騎士であるはずのアンジェ・フローまで何やら楽しそうにアシーナと話し込んでいたりするものだから、自分だけ仲間はずれにされているような気持ちになったものだ。
アシーナが頻繁に外出するようになって、僕はため息ばかりついていた。
同じ屋敷の中にいるわけだし、もちろん毎日アシーナのお見舞いはあるのだけど、それでも寂しいと思っていたりと、とことんまでに欲張りになっていた。
だからなのか、
「君が代わりにここにいてくれているんだね」
キティは僕のそばでずっと過ごしていた。
これからまたさらに、三週間が経った。
植物園での作業などができるようになると、キティは僕についてきて、近くでのんびりしながら僕の手元を眺めていたりする。
彼女は賢いから、危険な植物には近付かない。
「さて、今日はこれくらいにして、そろそろ行こうか。アシーナが待ってる」
見せたいものがあるから街まで来てほしいと、アシーナに言われていた。
おしのび用の平民服に着替えると、馬車に乗って移動する。
一緒に来たキティは膝の上に乗って、外の景色を眺めていた。
「そろそろかな。キティはこの中に入ってもらってもいい?」
キャリーバッグにいれて連れてきてほしいと、アシーナに頼まれていたのだ。
馬車が停まった場所は、乗り合い馬車が停まる停留所だ。
「わざわざお越しいただいて、ありがとうございます」
そこが指定の待ち合わせ場所で、アシーナはすでに待ってくれていたのだけど、その姿に驚いた。
「えっ、君、アシーナ!?いや、アシーナなのはわかるけど、それどうしたの!?」
アシーナのミルクティー色の髪を隠して、茶髪のウィッグをかぶっているし、装いもエプロン姿でメイドに近い格好だった。
「ふふっ。驚きましたか?実は、メルキオールさんの意識が戻らなかった時、何もしないでいると悪いことばかり考えて、メルキオールさんはじきに回復するとは言われていても、二ヶ月も目を覚まさなかったから……それで、私が取り組んでいたことがあったんです。ぜひ、メルキオールさんにそれを見ていただこうと思って、今日はお越し願いました」
「うちの花を買いたいって言ってたことに関係あるのかな?」
「はい。気に入ってもらえると嬉しいですが。ここからは、メルキオールさんの事をメルさんと呼びますのでご了承くださいね」
メルさんって、なんか新鮮だな。
アシーナの案内で徒歩で移動すると、ほどなくして入り口に花が飾られたカフェの前へと到着した。
「ここです。今日がオープンなんですよ」
アシーナは、どこか誇らしげにニコニコしながら立っている。
「ここは……?」
「私がオーナーとなった、フラワーカフェ、“ピオーネ”です」
店内に入ってまず真っ先に視界に飛び込んできたのは、正面の壁。天井から降り注ぐように大量の黄色の花が飾られていた。
「ミモザか。黄色が鮮やかでいいね。店内が明るくなる」
それに、いい香りもする。
「ネコカフェにしようか迷ったのですが、あの日メルさんが言ったように、キティはお店にはずっといられないし、他の猫と私が仲良くなったら、キティがヤキモチを焼きそうで、なので、フラワーカフェにしようって決めました。それに、何よりも、メルさんが育てたお花を、たくさんの人に見てもらいたいと思っていたので、こんな形でお披露目できて嬉しいです」
そう言ったアシーナこそ、花よりも美しい笑顔を見せた。
こんな風に僕のことも考えてくれていたのかと、言葉にできないほど嬉しくて、でも、何か言わなければと、視線を店内に向ける。
すでに多くのお客さんで、テーブルが埋まっていた。
テーブルごとにも違う花が飾られており、でも、全体的に見事に調和がとれている。
「市民の方向けに営業していますが、すでに貴族の方もおしのびで来店されているのですよ。伯爵家のお花は人気ですから」
こそっと、僕の耳元で囁かれる。
「メルさん、今度はこちらを見てください。伯爵家から仕入れたお花を、お店の一角で売っているので帰りに買って帰ることができるのですよ。これも、伯爵家で過ごした間にずっと考えていたことでした。メルさんがコンセプトカフェのことを教えてくれて、それから、植物園でお花の知識も増やしてくれたから、できたことです」
お店のことを話すアシーナは、今までで一番生き生きとしていた。
目をキラキラと輝かせて、まだまだやりたいことがあるのだと話す。
その姿を見て、今すぐ抱きしめたくなった。
こんな素敵な女性は他にいないって、今、目の前にいる彼女にこそ愛を伝えたい。
結婚を申し込むにあたっての計画は色々とあったのだけど、今後の予定なんて吹っ飛んで、そう決めてしまっていた。
キティは納得してくれるかな。
キャリーバッグを僕達がよく見えるように、近くの椅子の上に置いた。
「君は、本当に素晴らしいね。ここは、とても良いお店だよ。それを伝える言葉が僕には足りないんだ。上手く全てを言えない。アシーナ。僕がお花を買ってもいいかな」
「はい、それは、もちろんです……でも……伯爵家のお花ではあって……」
「うん。アシーナの自慢のお店で買った花を、大切な人に贈りたいんだ。かすみ草を全色もらえるかな。その女性は、自分よりも大切にしたいって思う人なんだ」
アシーナは驚きながらも切花を置いている場所へと移動した。
冷所に置かれてあった、全種類のかすみ草を束ねていく。
「リボンは何色がいいですか?」
このまま、アシーナが自ら花束を作ってくれるようだ。
それも、なんだか楽しいものだった。
「何色でも似合うと思うけど、白い猫ちゃんといつも一緒だから、白ってイメージかな」
黙々と作業をするアシーナは、不自然に俯いたままだ。
「どうぞ……できました……」
綿あめみたいなかすみ草のブーケは、アシーナの顔をすっかり隠してしまっている。
多分、意図的にブーケに隠れているのだろう。
さまざまな色のかすみ草でできた虹色の大きな花束を、アシーナから受け取ると、膝をついて彼女を見上げて言った。
「君は、このかすみ草のように何色にだってなれるし、何にだってなれる。これからも、もっともっとやりたいことができる。そんな可能性が無限大の君が、他の誰かと縁を結び直すこともできたのに、僕を選んでくれてありがとう。君を裏切らない。君を大切にする。君を愛しているよ。改めて言わせてほしい。アシーナ。僕と結婚してください」
様々な色を見せるのは彼女の瞳も同じなのだけど、今はそれをいっぱいに見開いて僕と花束を見つめ、そして破顔して言った。
「はい。喜んで。私がメルさんを幸せにしてみせますね」
途端に、背後のお客さん達からどっと歓声があがった。
花束を受け取ったアシーナは、沸騰するのではないかと心配になるほど真っ赤だ。
「あの……とりあえずお茶をどうぞ…………」
恥ずかしそうにしているアシーナに、お店の端の方の席を勧められ、キャリーバッグを抱えて移動する。
チラリとお伺いを立てるように中にいるキティを見ると、なんともタイミングよく口を開けて、それが笑っているように見えたのだった。
席に移動するまでの間、周囲からは次々と祝福の言葉をかけられて、それに応えるアシーナは、丸盆を持ってニコニコしていたから、こんな姿もいいなと僕の中の違う扉が開けられそうだった。
余談だが、この後、アシーナのお店で花を買って意中の人に贈ると成就すると、そんな噂が立って大繁盛しているらしい。
宣伝のつもりはなかったのだけど、結果的にアシーナの力になれたのなら嬉しいものだ。
見下ろす緑と青の双眸の持ち主は、仰向けに寝ている僕の胸の上で鎮座している。
ここ最近、毎朝キティは僕の胸の上に乗っている。
それが朝の光景だ。
何だか監視されているように思えるけど、相手がキティだからなんでも許せてしまう。
「僕は一生、君のお尻に敷かれてそうだね」
胸の上に乗ったままのキティの頭を撫でると、目を細めて僕のことを見つめていた。
意識が戻ってから僕が以前の生活を取り戻すまでは、一ヶ月ほど時間を要した。
まだまだ体は貧弱なものだけど、起き上がったままでいると眩暈がするなんてことはなくなった。
僕がリハビリ生活を余儀なくされている間、アシーナはやりたいことがあるのだと、なんだか忙しそうにしていた。
何をしているのかは教えてもらえなかったけど、伯爵家から花を買いたいと言われたから、好きなだけどうぞと伝えた。
リゼと、護衛騎士であるはずのアンジェ・フローまで何やら楽しそうにアシーナと話し込んでいたりするものだから、自分だけ仲間はずれにされているような気持ちになったものだ。
アシーナが頻繁に外出するようになって、僕はため息ばかりついていた。
同じ屋敷の中にいるわけだし、もちろん毎日アシーナのお見舞いはあるのだけど、それでも寂しいと思っていたりと、とことんまでに欲張りになっていた。
だからなのか、
「君が代わりにここにいてくれているんだね」
キティは僕のそばでずっと過ごしていた。
これからまたさらに、三週間が経った。
植物園での作業などができるようになると、キティは僕についてきて、近くでのんびりしながら僕の手元を眺めていたりする。
彼女は賢いから、危険な植物には近付かない。
「さて、今日はこれくらいにして、そろそろ行こうか。アシーナが待ってる」
見せたいものがあるから街まで来てほしいと、アシーナに言われていた。
おしのび用の平民服に着替えると、馬車に乗って移動する。
一緒に来たキティは膝の上に乗って、外の景色を眺めていた。
「そろそろかな。キティはこの中に入ってもらってもいい?」
キャリーバッグにいれて連れてきてほしいと、アシーナに頼まれていたのだ。
馬車が停まった場所は、乗り合い馬車が停まる停留所だ。
「わざわざお越しいただいて、ありがとうございます」
そこが指定の待ち合わせ場所で、アシーナはすでに待ってくれていたのだけど、その姿に驚いた。
「えっ、君、アシーナ!?いや、アシーナなのはわかるけど、それどうしたの!?」
アシーナのミルクティー色の髪を隠して、茶髪のウィッグをかぶっているし、装いもエプロン姿でメイドに近い格好だった。
「ふふっ。驚きましたか?実は、メルキオールさんの意識が戻らなかった時、何もしないでいると悪いことばかり考えて、メルキオールさんはじきに回復するとは言われていても、二ヶ月も目を覚まさなかったから……それで、私が取り組んでいたことがあったんです。ぜひ、メルキオールさんにそれを見ていただこうと思って、今日はお越し願いました」
「うちの花を買いたいって言ってたことに関係あるのかな?」
「はい。気に入ってもらえると嬉しいですが。ここからは、メルキオールさんの事をメルさんと呼びますのでご了承くださいね」
メルさんって、なんか新鮮だな。
アシーナの案内で徒歩で移動すると、ほどなくして入り口に花が飾られたカフェの前へと到着した。
「ここです。今日がオープンなんですよ」
アシーナは、どこか誇らしげにニコニコしながら立っている。
「ここは……?」
「私がオーナーとなった、フラワーカフェ、“ピオーネ”です」
店内に入ってまず真っ先に視界に飛び込んできたのは、正面の壁。天井から降り注ぐように大量の黄色の花が飾られていた。
「ミモザか。黄色が鮮やかでいいね。店内が明るくなる」
それに、いい香りもする。
「ネコカフェにしようか迷ったのですが、あの日メルさんが言ったように、キティはお店にはずっといられないし、他の猫と私が仲良くなったら、キティがヤキモチを焼きそうで、なので、フラワーカフェにしようって決めました。それに、何よりも、メルさんが育てたお花を、たくさんの人に見てもらいたいと思っていたので、こんな形でお披露目できて嬉しいです」
そう言ったアシーナこそ、花よりも美しい笑顔を見せた。
こんな風に僕のことも考えてくれていたのかと、言葉にできないほど嬉しくて、でも、何か言わなければと、視線を店内に向ける。
すでに多くのお客さんで、テーブルが埋まっていた。
テーブルごとにも違う花が飾られており、でも、全体的に見事に調和がとれている。
「市民の方向けに営業していますが、すでに貴族の方もおしのびで来店されているのですよ。伯爵家のお花は人気ですから」
こそっと、僕の耳元で囁かれる。
「メルさん、今度はこちらを見てください。伯爵家から仕入れたお花を、お店の一角で売っているので帰りに買って帰ることができるのですよ。これも、伯爵家で過ごした間にずっと考えていたことでした。メルさんがコンセプトカフェのことを教えてくれて、それから、植物園でお花の知識も増やしてくれたから、できたことです」
お店のことを話すアシーナは、今までで一番生き生きとしていた。
目をキラキラと輝かせて、まだまだやりたいことがあるのだと話す。
その姿を見て、今すぐ抱きしめたくなった。
こんな素敵な女性は他にいないって、今、目の前にいる彼女にこそ愛を伝えたい。
結婚を申し込むにあたっての計画は色々とあったのだけど、今後の予定なんて吹っ飛んで、そう決めてしまっていた。
キティは納得してくれるかな。
キャリーバッグを僕達がよく見えるように、近くの椅子の上に置いた。
「君は、本当に素晴らしいね。ここは、とても良いお店だよ。それを伝える言葉が僕には足りないんだ。上手く全てを言えない。アシーナ。僕がお花を買ってもいいかな」
「はい、それは、もちろんです……でも……伯爵家のお花ではあって……」
「うん。アシーナの自慢のお店で買った花を、大切な人に贈りたいんだ。かすみ草を全色もらえるかな。その女性は、自分よりも大切にしたいって思う人なんだ」
アシーナは驚きながらも切花を置いている場所へと移動した。
冷所に置かれてあった、全種類のかすみ草を束ねていく。
「リボンは何色がいいですか?」
このまま、アシーナが自ら花束を作ってくれるようだ。
それも、なんだか楽しいものだった。
「何色でも似合うと思うけど、白い猫ちゃんといつも一緒だから、白ってイメージかな」
黙々と作業をするアシーナは、不自然に俯いたままだ。
「どうぞ……できました……」
綿あめみたいなかすみ草のブーケは、アシーナの顔をすっかり隠してしまっている。
多分、意図的にブーケに隠れているのだろう。
さまざまな色のかすみ草でできた虹色の大きな花束を、アシーナから受け取ると、膝をついて彼女を見上げて言った。
「君は、このかすみ草のように何色にだってなれるし、何にだってなれる。これからも、もっともっとやりたいことができる。そんな可能性が無限大の君が、他の誰かと縁を結び直すこともできたのに、僕を選んでくれてありがとう。君を裏切らない。君を大切にする。君を愛しているよ。改めて言わせてほしい。アシーナ。僕と結婚してください」
様々な色を見せるのは彼女の瞳も同じなのだけど、今はそれをいっぱいに見開いて僕と花束を見つめ、そして破顔して言った。
「はい。喜んで。私がメルさんを幸せにしてみせますね」
途端に、背後のお客さん達からどっと歓声があがった。
花束を受け取ったアシーナは、沸騰するのではないかと心配になるほど真っ赤だ。
「あの……とりあえずお茶をどうぞ…………」
恥ずかしそうにしているアシーナに、お店の端の方の席を勧められ、キャリーバッグを抱えて移動する。
チラリとお伺いを立てるように中にいるキティを見ると、なんともタイミングよく口を開けて、それが笑っているように見えたのだった。
席に移動するまでの間、周囲からは次々と祝福の言葉をかけられて、それに応えるアシーナは、丸盆を持ってニコニコしていたから、こんな姿もいいなと僕の中の違う扉が開けられそうだった。
余談だが、この後、アシーナのお店で花を買って意中の人に贈ると成就すると、そんな噂が立って大繁盛しているらしい。
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