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和菓子屋【柿の木】にて
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「うん、良い感じですね。これなら、日常生活には支障はないでしょう」
聴診器で一通り触診をした医者は、血液検査の結果を見ながら柔らかく笑って与汰介に告げた。
治療を続けて約半年。主治医とは半ば友人のような関係になっていた。
「ただし、君の場合、自発的に放電はまだしない方が良い。あと激しい運動も控えて下さい。発作を起こす可能性がありますからね」
「…分かりました」
努めて冷静に取り繕っているつもりだが、心の中では嬉しくてガッツポーズをした。
「あんまりはしゃいだら駄目だからな?」
さながら付き添いの保護者のように、自分の横に立って共に話を聞いていた心耶から図星をつかれ、しかもその言い様は明らかに子ども相手だと与汰介は辟易し、溜息をついた。
「分かったって言ってんだろうが…クソジジイ」
睨めつけるように座った眼で心耶を見上げるが、彼はにっこりと楽しそうに笑っているだけで、反論をしようとしない。
こいつの父親面は今に始まった事ではない。まだ信用は出来ないが半ば諦めと慣れで、以前ほど不快には感じなくなってきていた。それが心底悔しくもある。
「おや、ちょっと見ない間に仲良くなりましたね」
「茶化すのは止めて下さい。俺はこいつが大っっっ嫌いなんで!」
「そうですか。それでは、また翌月検診しましょう、お大事に」
ほくほくと嬉しそうに微笑む医者にさらりと流され、与汰介はこれだから大人ってのは嫌いなんだと反射的に脳裏に浮かび、頭を振った。
(ああ!もうなんか色々めんどくせぇわ。考えるの止めよ…)
ガシガシと頭を掻き、女性看護師の「お大事にー」の声と共に、病院を後にする。
院内薬局で受け取った薬を確認しながら、心耶は唐突に、軽い口調で彼に告げる。
「さて、それでは与汰介君。今日から助手の仕事、本格的に始めてみようか!」
「………は?」
最初、聞き間違いかと思った。
「最初に約束しただろう?助手になって貰う代わりにー」
「あぁ、そこじゃなくて。今日って…これから?」
「ああ、そうだよ。ちょうど1件、急ぎの要件が入っててね」
どうやら本気らしい。
せめて心の準備くらいさせて欲しいものだ。
「はぁー…俺、何も聞いてないんですけど」
「サプライズの方が面白みがあるだろう?ほら、乗った乗った!」
意気揚々と彼の愛車-トヨタ製の黒いセダンの扉を開けた探偵を一瞥し、仕方なく車内に乗り込む。
「…医者の診断聞いてから話そうとしてただけだろ?」
「あら!察しが良いねぇ。さすが我が助手」
「褒めても何にも出ねぇから。…それに、」
「え、なぁに?」
「……何でもねぇ」
気恥しくなってきたので、それ以上は話すのを止めた。ようやく助手らしい仕事が出来ると思うとはしゃいでしまいそうで。
実際、心は踊っていた。
(で、急ぎの要件がこれね。助手って何だっけなぁ…?)
探偵が迎えに来たら、絶対に文句のひとつでも言ってやろう。そう心に決めて、与汰介は積み上げられた菓子箱のひとつに手を伸ばした。
❖❖❖❖❖❖❖
翌日。
「おはようございます…」
「燕谷おはよう!…どした?」
与汰介のあまりの覇気のなさに裏戸口を入ってすぐの休憩室で音楽を聞いてくつろいでいた店員の一人、臼井寛二は目を丸くした。慌てて愛用のコードレスヘッドフォンを耳から離し彼へ意識を集中する。
「いや…なんか俺、探偵の助手向いてないかもって思ってさ…」
「あらま。皇さんとなんかあったんか?話してみ?吐き出したまえよ」
物腰は柔らかいが、体型はガッチリとした体育会系の寛二は、人懐っこくユーモアがあって話しやすい。
同性同士の安心感も手伝ってか、与汰介はテーブルを挟んで彼の向かい側に座り、コタツで溶けた猫のようにテーブルに身を預けながら、ボソリと呟いた。
「…あいつが、何を考えてるのか全っっ然分かんねぇから、挫けかけてる」
「ほぅ?というと?」
「今やってるこの仕事がいつまでなのか、他の仕事は何を抱えてるのか…」
「ああ…ちゃんと説明してくんないのか。そいつは不安になるな」
「だろ?もうちょっとさ…」
与汰介が愚痴を続けようとした時、店内へ続くクリーム色のドア が開き、八重子が疲れた表情で入ってきた。
「はー…疲れたー…って、男子2人で何やってんのよ?」
「お、ハッチ。悩み相談だよ」と寛二。
「ハッチ?」
「ああ、燕谷は知らんよな。ほら、八習八重子だからさ。呼びやすくて可愛いからって、いつの間にかね」
「は!!??アンタが勝手に呼び出したんでしょ!おかげで店長まで最近その名前で呼ぶし。別に良いけど!!」
別に良いと言っている割には、彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして眉を釣りあげている。
与汰介も可愛いニックネームだとは思ったが、彼女がこの様子では何となく呼びづらいので流すことにする。そんなことより、気になっていることを口にする。
「えっと、話は変わるけど、八習さん随分疲れてるようだけど、何かあったの?」
与汰介に聞かれると、彼女は待ってましたと言わんばかりに駆け寄ってきた。
「聞いてくれるの!?与汰介くんマジで良い人!」
美人が自分のすぐ目の前に来てくれたばかりか、苗字ではなく名前呼び。しかも褒めてくれている。
(ヤバい。顔が緩んじゃいそう。耐えろ…俺の表情筋…!)
彼は女性への耐性がゼロなので、本当に辛い。心はこの上なく満たされている。
「あ、うん。一応、これでも探偵の助手なんで。人の困り事は放っておけないっていうか」
「わぁあ!!さっすがー!じゃあじゃあ、聞いて貰っちゃおっかな!」
そう言うなり、いそいそと自分の向かいに座った彼女は、瞳がキラキラと輝いて、より一層美しく見えた。
よし、ここは男として、探偵の助手としてしっかりせねばと心の中で気合いを入れ直す。でなければ、さっきから荒ぶっている心臓の鼓動に振り回されかねない。彼女の隣に座っている寛二の呆れ顔のおかげで若干冷静になれるが。
「えっと…さっき、変なお客様に絡まれちゃってね」
彼女は時々考えながら、ゆっくりと話し始めた。
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