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1章 超能力者の存在

1話 前日

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「ん………」

  カーテンの隙間から漏れた光がベッドに寝ている男の目元に当たる。

  短く声を上げると、男はゆっくりと上半身を起こした。

「ここはどこ……えっ……戻って、きた……のか?」

  男は周囲を見渡し、今の状況を確認していく。そこで今自分が居る場所に違和感を覚えた。

  だが、その違和感よりも嬉しさの方が勝るほどこの空間はこの男にとって懐かしい場所だった。

「……やっとか。やっと戻ってきたんだ!」

  男は嬉しそうにしながら立ち上がった。

「あぁ、何もかもが懐かしい。どのくらいの時間が経ったのかは分からないが、少なくともこっちの世界ではあまり時間は経ってない……はずだ」

  男は部屋にあるものを片っ端から手に取り懐かしむように眺めていった。

京雅きょうが?起きてるの?起きてるなら朝ごはん食べちゃって」

「……母、さん?」

  京雅と呼ばれたその男は、ドアの方へ視線を向ける。

  京雅はゆっくりと手に持っていた物をその場に置いて立ち上がる。

  緊張したような顔をしながら京雅がドアを開けると、テーブルに食事を並べている女性が居た。

「おはよう京……雅?」

  その女性は顔を上げて京雅の方へ視線を向ける。だが、その女性は挨拶をしたかと思えば、何となく歯切れの悪い挨拶だった。

「おはよう、母さん」

  京雅はそんな事など気にも留めず、嬉しそうに笑みを浮かべた。

  しかし、京雅の母は何故か驚いたかのような、怖がっているような顔をしていた。

「あなた……誰ですか?なんで京雅の部屋から……京雅はどこに居るんですか!」

「えっ……?母さん?俺だよ、俺。京雅だよ」

  母親から予想外の言葉が飛んできて驚きが隠せなかった。

  咄嗟に弁明するも信じる様子は全くない。

「京雅はあなたのように身長も高くなければ顔も良くないです!見え透いた嘘なんて付かないでください」

「………」

  京雅は母親に全否定されて悲しそうな顔をする。だが、そこで自分の視線の高さがに居た時と全く同じことに気づく。

  自分がどれだけ変わったかを自覚した京雅は母親に何も言い返せなかった。

  だが、諦めきれない京雅は縋るように、願うように母親の目を見て告げる。

「信じてくれ。俺は本当に京雅なんだ。波野はの 美智子みちこの子供の波野京雅なんだよ」

「それを信じろって言うんですか?」

「頼むよ……自分でも無理を言ってるのは承知だ。でも、今は……今だけは理由を聞かずに受け入れて欲しい。いつか必ずワケを話すから」

  京雅の母親は椅子に腰掛けコーヒーを一口飲んだ。

  京雅は視線を下げた。この後どうすれば良いか思考を巡らしていたのだ。

「………はぁ。いつまでそこに突っ立ってるの?サッサと食べちゃいなさい」

「…………信じてくれるのか?」

  ゆっくりと下げていた視線を上げて母親の方を見る。

  そこにはいつも通りの……京雅がに行く以前と同じ母親の姿があった。

「アニメばっかり見てるからそんなことになるのよ。もう少し現実に目を向けなさい」

  そんな軽口を叩きながらパンをかじっていた。

  無意識のうちに京雅の頬は緩み、笑みを零していた。

「ありがと、母さん」

  その京雅の言葉に返答をせずに食事を続ける母親。その姿を見て京雅も空腹感を感じ、食卓に向かう。

「ところで、京雅は明日の準備はしたの?」

「えっ?明日?」

  嬉しそうにしながら自分の定位置について食事を取ろうとする京雅にそんな事を聞いてきた。

  京雅は意味が分からない、とキョトンとしていた。

  呆れながら京雅の母親は口を開く。

「明日から学校が始まるでしょ?その準備よ」

「………………忘れてた」

「必要なものは全部ソファに置いてあるから後でちゃんと整理しときなさいよ」

  絶望した表情を見せたのも一瞬だった。母親のその一言で京雅は再び明るい顔付きになる。

「ごめん母さん。ありがと」

「そう思うなら早く食べちゃって。お皿とか片付けなれないから」

  いつの間にか食事を終えていた母親にそう言われて京雅は慌てて残りのパンを口に放り込み、牛乳で流し込んだ。

「じゃあ、明日の準備してくるよ」

「ケガしないようにね」

「はは。大丈夫だよ」

  京雅はソファの上に置いてあった荷物を全て持って自室へと運んで行った。
  
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