短編集

ミズキケイ

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theme:懺悔

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 待ってたわ。ええ、時間通りね。
 ねえ、本当に秘密を守れるの?私は罰を受けるべきだって分かってるけど、今の幸せをなくすわけにはいかないの。あなたが約束を守れないなら、これ以上は何も言わないわ。そう。それなら安心できるわね。
 わたしが抱えてる秘密は、お墓の中まで持って行かないといけないような、大きな大きな秘密なの。大きすぎて、このまま持って行っても墓穴から溢れ出してしまいそう。ひとりで大きな秘密を抱えるって大変なのよ。だから絶対に誰にも何も言わないって約束したあなたに話そうと思ったの。
 さて、どこから話そうかしら。やっぱり私と彼女たち、そうね、彼女の名前は仮に「マリー」としておこうかしら、それから、マリーの母親の名前は「ジェーン」、私がマリーとジェーンに出会ったところから話すべきね。
 あの頃の私は、時間さえあれば河原へ行って、人生と世の中への恨み言を心の中で呟いてた。きっかけさえあれば川に飛び込むのも悪くないと思ってた。世界はモノクロで薄暗くて、目に映る景色は「感覚」というより「情報」。全身を巡ってるのは血液じゃなくてオイルか何か。生きてるんじゃなくて、死んでないだけ。人間として生活するようにプログラミングされてるから、人間らしく暮らしてただけ。善人として生きることにも価値はなかったから悪いも平気。私はそういう人間だったのよ。
 でも、マリーと出会って人生が変わったわ。水平線から昇る太陽を見たような感動、重く湿っぽく淀んでいた空気にひんやりした風が吹き込むような心地良さ。視界が急に色鮮やかになって、温かな血が全身を巡ってることに気付いた。マリーと目が合うと、それまでの全ての罪が赦されたような解放感があったわ。マリーが笑うと、幸せが胸の奥深くから湧き出してくるの。
 出会った時のマリーは赤ちゃんだったわ。色が白くて、柔らかな頬、世界の全てを信頼してるような透き通った目の、天使のような子。そんなマリーを連れて河原を散歩してたのがジェーンよ。柔らかな雰囲気の綺麗なお母さん。私と目が合うと、ジェーンは軽く会釈して歩いて行った。最初に会ったときは、たったそれだけ。ただただ、空でも飛べるんじゃないかと錯覚するほどの幸福感に包まれて、2人の姿が見えなくなるまで見送ったわ。
 でも、その時の幸せは長くは続かなかったわ。マリーと分かれた翌朝には、私の心は元通り泥に沈み込んで身動きが取れなくなってた。だから、またマリーに会うために河原に行って、マリーを待ったわ。しばらくしたら前の日と同じようにジェーンがマリーを連れて現れた。楽しそうに、幸せそうに笑ってるマリーを見て、昨日と同じような幸せが全身を温めるのを感じたわ。ああ、あの子に触れたい、あの子を抱っこしたい、そう思ってジェーンに声をかけた。最初は挨拶だけ。ジェーンと仲良くなればマリーに近付けるって考えたの。それから毎日、ジェーンと河原で会って、挨拶をして、少しずつ色々な話をするようになっていった。
 ジェーンはシングルマザーよ。彼女の両親も、旦那さん、つまりマリーの父親も亡くなってた。ジェーンと色々な話をしながら、マリーが楽しそうに遊ぶ姿を見るのが日課になった。ジェーンはマリーのおまけみたいなものだったけど、人懐こくて朗らかで優しい彼女のことも嫌いじゃなかったわ。
 でもね、楽しい時間はずっと続くと思ってたのに、前触れもなく終わってしまったわ。あの日も、私はいつものように河原にいたけど、夜になってもマリーとジェーンは現れなかった。マリーに会えない、と思ったら、この世の全ての現象が急に不愉快になって、周りにある空気を吸い込むのさえ嫌になってしまったわ。
 だから、ジェーンのアパートまでマリーの様子を見に行ったの。でも、チャイムを鳴らしても誰も出ない。ドアには鍵がかかってなかったから中に入るとガスのにおいがしたわ。室内ではジェーンがマリーを抱きかかえて倒れてた。近くには遺書があったわ。慌てて2人の様子を確認したら、マリーもジェーンもまだ息があった。救急車を呼ぼうと思ったところで、本当に助けていいの、って言葉が稲妻が走るように浮かんだの。私の救いの女神を自殺の道連れにしようとする女が、これからもマリーを育てるの、って。今回は助かっても、また次があるかもしれない。ジェーンとマリーの命は鎖で繋がってる。この理不尽な繋がりを断ち切らないと。そう思ったから、その場からマリーだけ連れ出した。
 それからは私がマリーの母親として過ごしてるの。「ジェーン」は、仕事への不平不満を書き連ねた非常識な退職届を郵便で送りつけて仕事を辞めて、誰も知らない土地へ引っ越した。
 今、私、幸せよ。毎日マリーの笑顔がある。仕事で疲れて帰ってもマリーが待っててくれる。マリーは私の「救い」そのものなの。マリーは、ジェーンのことは覚えてないみたい。私を実の母親だと思って慕ってくれるわ。マリーに秘密を知られるわけにはいかない。そんなことになったら、マリーは私がしたことを許さないでしょうね。そして、永久に彼女を失ってしまう。
 私の罪は重いわ。でも、この魂が天国の門をくぐることを許されなくても、今、この世にある私の魂はマリーに救われてる。死後の魂の行方なんてどうでもいいわ。今こそがわたしの天国なの。
 私はこの秘密をお墓の中まで持って行くわ。だから、あなたも、絶対に、他言無用よ。大したことないでしょ。ふふっ、「見知らぬどこかの誰かの作り話」よ、これは。じゃあ、さよなら。お互い、二度と会うことはないわ。
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