上 下
11 / 16

10. 異変の始まり

しおりを挟む
 ブブブブ
 
 「はい。こちらダミアン。クローズレーン120番地付近で吸血鬼確保済み。はい。わかりました、待ちます」

 ダミアンが耳元の無線機を切ると、足元に拘束された吸血鬼を目線だけで見下ろした。
 
「……おいダミアンそれ以上するなよ。」
「了解っす」
 
 ハー……ハー……と先ほどまで暴れていた吸血鬼はまだ荒く息を乱しながら路上に座りこんでいる。口元は血で染まり、着ている服は赤以外の色を探すのが困難なほどだった。対吸血鬼班が駆けつけるまでにどれくらい暴れたのだろう。路上には夥しい量の血痕が残されており、惨憺たる光景だ。向こうの方で救急隊が到着したのをダミアンは確認する。バタバタと忙しなく動く人の波が見え、叫び声も聞こえている。担架で運ばれているのは被害者だろうが、誰が見ても既に手遅れと判断せざるを得ない状態だった。
 
 「……信じてくれ、本当に初めてなんだ……!ヴヴゥ………………気づいたら襲ってて……ハー…………自分でも何が何だか……本当だ信じてくれ……!」
 「お前は少し黙ってろ」
 
 そう言うとダミアンはゴギっという音と共に、吸血鬼の首をひねった。

「あっお前!言ったそばから」
「大丈夫っすよ、うるさいんでちょっと気絶させただけっす」
「確保したらそれで終わりなんだよ。余計なことすんな、ややこしくなるだろ」

 さっきの了解はなんの了解だったんだ、とジンは目の前にいる血の気の多いトラブルメーカーに目をやった。

 ダミアンとジンはクローズレーンで暴れていると通報があった吸血鬼の捕獲にあたっていた。先程までは暴れていた吸血鬼だが、ダミアンが吸血鬼の首を目一杯回したため気を失っている。後ろに回された吸血鬼の両腕には拘束具が嵌められていた。吸血鬼が霧にならないよう特殊な素材からできた、対吸血鬼用の拘束具である。パッと見は普通の金属でできている太めの手錠のような形状だ。吸血鬼は自在に霧になる能力が備わっているので、確保する際は厄介なのだ。霧になる前にその能力を封じ込めなければ、まんまと取り逃してしまうことになる。
 ちなみに対吸血鬼の捕獲道具にも色々ルールがある。負傷した吸血鬼用には鉄製のものを、暴れそうな吸血鬼には銀製のものを使用する決まりになっている。今回は吸血鬼がまだ興奮状態だったため、吸血鬼の身体能力低下に効果がある銀製の拘束具が使われていた。この手錠型の拘束具は対吸血鬼班ではカフスと呼ばれ吸血鬼確保には欠かせない道具の1つであった。

 


 ◇


 
「最近のケースほとんど吸血鬼の供述同じじゃないっすか。突然自制できなくなったって」
「原因が自分以外にあるように見せるなんてよくある話だ。罪を軽くするために使う吸血鬼の常套句だよ」
「推定年齢250歳。こんな生きてたら自制できないなんて言い訳はすぐバレるってわかるようなもんすけどね」

 長年生きている吸血鬼が吸血衝動を自制できないことはめったにない。これは対吸血鬼班の中でも周知の事実だった。

「ねえダミアン、その吸血鬼他に何か言ってなかった?」

 ジンとダミアンの会話に入ってきたのは久しぶりに対吸血鬼班に顔を出していたアリスである。ノアの家に住み込みで研究をしているため、1週間ぶりの本部への出勤だった。今日は週に1度の研究過程を報告する日である。

「何かって?特には。ただ自制できなかったのは初めてだって言ってただけっすね」
「そっか……被害者はまだ意識戻らないの?」
「……さっき本部に報告があって結局だめだったらしいっす」
「……そう」

 ここ最近立て続けに起こっている吸血鬼による殺人事件に対吸血鬼班は対応を追われていた。犠牲者が増える一方な状況に、隊内にはピリピリとした雰囲気が漂っている。新入りで普段血の気の多いダミアンでさえ今朝の様子を思い出しているのか、口数が少なくなっていた。

「アリス、過程報告会議13:00からやるぞ。準備しとけよ」
「はい。あ、ジン副班長」
「なんだ?」
「……大丈夫ですか」
「何言ってんだ。大丈夫じゃないように見えてんのか?」

 わざとからかい口調にそう言うと、ジンはアリスの肩をポンポンと叩き去っていった。アリスはしばらくその場を動かず、以前ノアに吸血衝動が起こった時の様子を思い出していた。
しおりを挟む

処理中です...