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12. 吸血鬼の色恋と堅物たち

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「たしかに長年生きている吸血鬼が制御不能になるという点では似ています。まあ供述を全て鵜呑みにした場合ですが。ただ衝動を制御不能にする甘い香りというのは聞いたことがありません」
「それはマシューが堅物だからじゃないー?」

 何の脈絡もなくマシューに悪口を言い放ったのは寧寧だ。
 
「は?」
「友達とも話さなそうだもんねーそういう話、マシューは」
「いきなり何の話だ」
「だからー色恋の話だよ。あたしは聞いたことあるよ甘い香りの噂」
「色恋?甘い香りと何が関係ある。ないだろ」 
「あるんだよこれが眼鏡くん。なんかねー、吸血鬼同士だと匂いは感知するけど薄めなんだって。でも恋人とかになってやることやってるときめちゃくちゃ甘い匂いが漂うらしいよー」
「…………」
「え、なにそれ」

 思わずアリスが聞き返す。顔には急にびっくりしたと分かりやすく書かれている。
 
「情事になると血からあんまーい匂いが香ってくるとかやらしーよねー」

 寧寧はいまだ机に肘をつきながらクスクスと笑っている。報告会議だということはすっかり忘れた様子だ。

「色々吸血鬼の本能の部分っていうの?そういうのが暴走すんだってさ。まあ恋人同士だし?お互い吸血鬼だから情事中に暴走したところでいわゆるキメセ……」
「下品。やめろ」

 いままで大人しく聞いていたマシューだったが、さすがに聞くに耐えなくなったのかものすごく嫌そうな顔で口を出した。 

 「ま。そのせいで甘い匂いの話は吸血鬼同士の間でも結構タブーらしいよ。言っちゃ猥談だもん」

 さすがの寧寧もこれ以上続ける気はないのか、ようやく落ち着いたようだ。
  
「寧寧それほんとの話?わたし聞いたことない」
「ほんとほんと。って言ってもガールズトークで出た又聞き話だけど。吸血鬼カップルにもそういう性事情があんだってー。なんか特徴似てるし人間にも関係あるかなと思ったんだけど」 
「つーか、アリス先輩から甘い匂いするってそういうことっすか」

 ダミアンはその噂を聞いたことがあるのかニヤニヤ顔でアリスを見た。
 トラブルメーカーと呼ばれるこの男、ダミアンは常に黒いマスクをしているため鼻から下が完全に隠れている。イカついゴールドのピアスやチャラついた服装も相まって第一印象は決まってガラの悪い輩(やから)。もしくはヒーローものに出てくる悪役の2択だ。中身も実際好戦的で血の気が多いので対吸血鬼の戦闘の際には絶大な戦力となるが、助ける側の人間だと思われないのが欠点だ。ちなみに唯一の可愛げは新人の為ほとんどの班員に対して敬語ということだろう。敬語にチャラさが抜けないことには皆目を瞑っている。

 
「そう言うことってどういうことよダミアン」
「いや、なんかそーいうことしてんだと思って」
「どんな勘違いよ。普通に検証中の話!」

 世俗的な話をしているアリスとダミアンの横には、腕を組ながら無表情で傍観しているマシューの姿があった。

「俺も甘い匂いは聞いたことないが、結局アリスからそれが出てる原因はわかったのか?」

 堅物2号……とボソッと言ったダミアンにツボったのか、寧寧が肩を震わせダミアンの背中をはたいた。幸いジンの耳には届かなかったようだ。
 
「それがまだわからないんです。でもここ最近の殺傷事件も匂いが関わってる可能性があるんじゃないかなーって」
「それは一理あるな。吸血鬼のカップル事情は知らんが、本能を制御不能にする匂いが関係ないとも言いきれない。あとで直近の事件を洗って、甘い匂いに関する記載がないか確認してみる」
「ありがとうございます」

 あらぬ方向にずれていた会話の軌道を本題に戻したジンにアリスは頭を下げた。
 
「ねえねえアリス。ノア?だっけ。あの研究対象の吸血鬼」
「うん、ノアだよ」

 アリスが首を傾げると、寧寧が身を乗り出して続ける。
 
「ちょっとカップルの噂ほんとか聞いといてよー気になるし」
「たしかにわたしも気になるそれ。帰ったら聞いてみるね」
「やっぴー」

 そのやりとりを見ていたジンはあんな紳士っぽい吸血鬼になんてこと聞くつもりなんだこいつは……。と戦いていたのであった。
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