英雄殺しの復讐譚

化茶ぬき

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第5話 一夜明け、また一夜

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 奢ってくれるというガダの申し出を断って、食べて飲んだ分の代金を支払い――向かったのは鍛冶屋だ。

 窓から明かりの漏れる鋼鉄の建物の扉を開けて、中を覗き込んだ。

「すみません。まだやっていますか?」

「店仕舞いするところだったが、まぁ良いだろう」

 汗だくで頭にタオルを巻いたおじさんに手招きをされて中へと入れば、カウンターの向こう側には金床や窯など様々な道具が置かれていた。

「ありがとうございます」

「そんで、何をご所望かな?」

 雑嚢から取り出した二本のナイフをカウンターに置いた。

「これを、丈夫で切れ味の良いナイフに加工していただきたいのですが」

「未加工のナイフか……素材は?」

 次は結晶が包まれている布を取り出したが、そう言えば中身を確認していなかった。

「これ、使えますか?」

 受け取ったおじさんが布を開けば、黒光りする半透明の結晶が出てきた。

「グラス結晶か。こいつぁ珍しいな。とはいえ、こいつで丈夫さと切れ味を両立させると相当な重さが出るぞ? お前さんに扱えるか?」

「それは問題ありません。この結晶一つで二本分足りますか?」

「足りるどころか確実に余るなぁ。残った分はどうする? 別の物を作ることも出来るが」

「……そちらで引き取ることは可能ですか?」

「それはできるが、良いのか? 余ったものを換金所に持っていけば金にも代えられるが」

「へぇ、そういうことも出来るんですね。でも、大丈夫です。そちらで引き取ってください」

「お前さんが良いならそうするが……それで、いつまでに作ればいい?」

「可能であれば、明日の朝にでも」

 そう言えば、おじさんは気が付いたように頷いた。

「ああ、なるほど。そういうことか。まぁ、冒険者の無理難題に答えるってぇのがワシらの仕事だ。代金はナイフ一本につき銀貨二枚。払えるか?」

「はい。問題なく」

 銀貨四枚を出してカウンターに置けば、おじさんは腕捲りをして二本のナイフとグラス結晶を手に取った。

「そんじゃあ仕事に取り掛かる! お前さんが来る頃にはナイフを完成させておくからよ!」

「よろしくお願いします」

 頭を下げて鍛冶屋を後にした。

 残りの手持ちは銀貨一枚と銅貨二十五枚。若干の不安がありつつも、目を付けていた宿へと入れば、お兄さんと目が合った。

「いらっしゃい」

「泊まれますか?」

「一泊、銅貨五枚です」

「じゃあ、よろしくお願いします」

 銅貨を出せば、代わりに鍵を差し出された。

「部屋は二階の五号室。退出時間は明日の十時です」

「わかりました」

 部屋に入って、真っ直ぐにベッドへと直行した。

 疲れているわけではないが、昔から寝ずに一日を終えることができなかった。

 とりあえず今は――寝る。


 ――――


 翌朝、日が昇るのと同時に目を覚まし行動を開始した。

 宿に部屋の鍵を返し、鍛冶屋へ。

「おう、来たか」

「おはようございます」

「おはよう。完成しているぞ」

 カウンターへと向かえば、二本のナイフが置かれていた。

「これが、加工されたナイフですか」

 手に取ればズシリと重さを感じ、ナイフを抜けば黒光りする刀身が姿を現した。

「素材に使ったグラス結晶のおかげで、それの元となった魔物程度なら刃が負けることはない。試し切りをするか?」

「出来るんですか?」

「ああ。ほら」

 そう言って四角い鉄の棒が投げられたのを見て、二本のナイフを抜いて左右から腕を振った。

 すると、引っ掛かることなく三等分に斬れた鉄が床に落ちた。

「これ、凄いですね。刃毀れ一つしない」

「ワシとしてはお前さんの手際にも驚きだがな。一応は癖もなく加工したつもりだ。グラス結晶よりも良い素材が手に入れば、別の鍛冶屋でも強化できるだろう」

「ありがとうございます。これで――戦えます」

「そうかい。まぁ、死なねぇ程度に頑張んな」

「はい。そのつもりです」

 ウギさんとザジさんから貰ったナイフを雑嚢の中へ仕舞い、父の形見はズボンに付いているナイフ用のポケットに容れて、ベルトには新たな二本のナイフを差し込んだ。

「街を出んのかい?」

「そうですね。すぐにでも」

「そんなら北側でやっている朝市にでも寄っていくんだな。手頃なメシでも買っていけ」

「そうします。ありがとうございました」

 鍛冶屋を後にして北側へと向かえば、西側と違って朝市には多くの人が集まっていた。

 肉、野菜、魚と続いてアクセサリーなども並んでいるが、一日二日の旅路なら少量の食料で問題ない。

 立ち寄ったのは乾き物の売っている店だ。

「豆を一袋と、堅パンと干し肉を一つずつお願いします」

「はいよ。合わせて銅貨十一枚だね」

「じゃあ、これで」

 銅貨を手渡せば、手の中でそれを数えてそれぞれを小分けにして渡してくれた。

「別個で良かったんだろ?」

「はい。ありがとうございます」

 それらを雑嚢の中に仕舞えば、隙間なく埋まった。

 街を囲む塀の間から外に出る時にローブのフードを被って駆け出した。

 北の町に行くには、まずはひと山を越えなければならないが、山歩きに慣れている僕にとっては造作もない。

 約半日を掛けて立ち止まることなく山を抜け、腰高まで生い茂る草原に出たところで足を止めた。

「気配が二つ……」

 身を隠すようにしゃがみ込んでナイフに手を掛ければ、草むらの中から二匹のダストラビットが跳び掛かってきた。

 複数匹で狩りをする肉食の魔物だが、二匹で襲ってくるとは相当なめられているらしい。

「ふっ――」

 向かってきた一匹の体にナイフを突き立てて殺せば、残りの一匹は一目散に逃げていった。仲間を呼ぶような習性は無かったはずだが……せっかく仕留めたんだ。いただくとしよう。

 草原の道を逸れて、緩やかに流れる小さな清流へ。

「ん、冷たいですね」

 石を並べて壁を造り、首元に切れ目を入れたダストラビットを血抜きのために流れる水の中へ入れた。

 地面を掘ったところに枯れていた草原の草葉や茎を重ねて、火打ち石で火を点けた。

 ダストラビットは小さいし臭みも少ないから血抜きにそれほど時間を掛ける必要はない。

 引き上げたダストラビットの水気を払い、まずは皮を剥ぐ。この毛皮は売れる。次に腹を裂いて内臓を取り出す。珍味だという話もあるが、今は凝った調理もできないし、せめて魚の餌にでもなってくれればいい。あとは肉を切り分けて、焚火の傍に置いといた石の上に並べて、焼く。

 本来であれば燻製にしたいところだけれど、保存食を作っているわけではないから火が通っていればそれでいい。

 昨夜眠るときに気が付いたが、このローブの内側にはポケットと剥ぎ取った素材などを掛けておける造りになっていた。さすがはウォードベル神父愛用のローブだ。実用性が高い。

 肉一切れを口に銜えて、残りは毛皮と共にローブの内側に仕舞い、焚火に土を掛けて消火し、出発だ。

 草原を進んでいくと徐々に隆起した岩肌が目立ってきた。

 北の町に行くには目の前に聳え立つ岩山を越えていかなければならないが、夜の山越えは避けたほうがいい。とはいえ、この山で危険なのは山頂よりも向こう側だと聞いている。

「とりあえず、日が沈む前にその手前辺りまでは行ってみましょうか」

 山登り自体は苦手じゃないけれど、まだ戦ったことのない魔物と遭遇する可能性があるのなら慎重になったほうがいい。

 山を登っていくに連れて岩肌だけでなく枯れ木も目立ってきた。

 そろそろ日も暮れる頃だ。もう少し上までは行けるだろうけど、積み重なった岩が上手いこと屋根のようになっている場所を見つけたから、今日はここで一夜を過ごすとしよう。

 枯れ木の枝で火を焚く頃には、すでに日が暮れていた。

 堅パンを一齧りして、ダストラビットの肉を食べて、清流で組んできた水を飲む。

 どの魔物も基本的には縄張りがある。この辺りにはマーキングも無かったから魔物の通り道ということもないと思うが、念のため火は絶やさないでおこう。

 今は一分一秒でも長く眠りたいから焚火に木の枝を足して、地面に横たわった。


 ――ウァアアア!


 山に木霊する声に目を覚ました。

 十中八九、人の叫び声だろう。助けに行く義理も無いが、この山を越えた向こうには北の町・ジルニアがある。無関係と言い切れないのなら情報収集のためにもなるし、行くとしよう。

 幸いにも月明かりはある。焚火を踏み消して、距離短縮のため枯れ木伝いに声の聞こえたほうへ向かう。

「――っと、あそこですね」

 荷馬車が一台と、それを警護する冒険者らしいのが三人、それに血を流し倒れているのが一人。それに対しているのが人型の魔物――俗に亜人種と呼ばれるオークが三体か。武器は槍が二と棍棒が一。まぁ、あの程度なら問題なさそうだ。

 鍔迫り合う冒険者とオークを見下ろしながら、その間を割るように地面に着地した。

 驚く両者を無視して口を開く。

「初めまして。助太刀は必要ですか?」

「っ――た、頼む!」

「なんだぁ? 食われるためにのこのこと、っ!」

 油断し切っているところを顎下からナイフを突き刺し引き抜いた。すると、血を噴き出しながら倒れるのを見た二匹のオークが槍と棍棒を構えて向かってきた。

 倒れるオークが手放した槍を取り、向かってくる棍棒を手にしたオークに投げれば喉元を突き抜けた。あと一匹――突いてきた槍をジャンプで避け、空中で回転しながらその首を斬り裂いた。

 改めて、切れ味が良い。実際、オークが倒せるのならこれ以上を求める意味もないが……一考しておこう。

「いやぁ、助かったよ。冒険者か?」

「はい。そちらもですよね? 荷馬車の警護、ですか?」

 中身が見えない荷馬車に視線を送れば、その近くで怪我をした一人を二人の冒険者が手当てしていた。

「ああ。この先のジルニアまでな」

「旧魔王領の近くで夜に荷馬車を引くなんて襲ってくれと言っているようなものですよ」

「それはそうなんだが……まぁ、クエストの都合上一刻も早くと思ってな」

 鮮度が命の商品もあるが、そのために自分の命を危険にしていたら意味が無い。

「……ちなみに積み荷が何かは訊いてもいいですか?」

「ん? あ~……なんつーのかなぁ……」

 煮え切らない返事だが、こちらが非常識なことを訊いている自覚はある。他人の荷物を問うなど愚かしい。

「あ、答えていただかなくて大丈夫ですよ。一応、僕もジルニアに向かっていますし……」

 尻すぼみで独り言のように呟けば、目の前の冒険者は思い付いたように手を叩いた。

「向かう先が一緒なら丁度いい! こちらは一人欠員が出たわけだし、警護を手伝ってもらえないか? それなら積み荷を見てもらって構わない。もちろん、報酬も山分けだ」

 怪我人が一人。パーティーによる警護クエストってことは少なからず僕よりも順位は上のはずだが、実力が伴わないこともあるのだろう。……ものの序でか。

「わかりました。同行させていただきます。クエスト依頼者より積み荷の確認許可は下りていますか?」

「ああ、問題ない。仕入れたのも俺たちだからな」

「なるほど。では、確認させていただきます」

 自分が何を守っているのかを知ることで、そのクエストの重要性を測ることができる。まぁ、冒険者にそこまでを考える資格は無い、とするのが常らしいけれど。

 荷台の後ろに回って覆っていた布を捲り上げた時、檻のような格子の先にある目と視線が交わった。

「……た、たすけて……」

 振り絞るように声を出した少女の手足には枷が嵌められている。涙を流した痕はあるが、怪我をしている様子は無い。

「――どうだ?」

 背後からの気配でわかる。ここで下手な反応をすれば僕を殺すつもりだ。負ける気はしないけれど……冒険者は依頼を達成するのが仕事だ。今はまだ――そっと捲り上げた布を下ろした。

「確認しました。同行いたします」

「そうか。だがまぁ、これはお前にとっても良かったのかもな」

「と仰いますと?」

「冒険者であれば問題ないと思うが、ジルニアは人の出入りを制限している。場合によっては入れなかったかもしれない」

「それは……確かに都合が良いですね」

「だろ? よ~し、出発するぞ!」

 今は見て見ぬ振りをしよう。

 ルール七・目的のための手段を間違えるな。

 だから――今だけは。
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