英雄殺しの復讐譚

化茶ぬき

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第14話 2/13

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 僕が言うまでもなく、クローバーも確信したのか息を殺して静かに拳を握り締めていた。

「……私に……私に出来ることはある?」

「今はこちらの存在を気取られないように感情を抑えてください」

 この邂逅はこちらにとっても不意討ちだ。あくまでもヴァルトに繋がるものが無いかと訪れたところに本人がいるとは思わないだろう。今回はブラフの時とは違い、今すぐに戦わなければいけない状況ではない。一度退いて対策を立ててからという手もあるが……少なくとも、クローバーはこの場から引き離さないと。

「クローバーさん。一度退きましょう」

「……まだバレてないかな?」

「おそらくは。ヴァルトは魔王との戦いで目を負傷したようなので、見えてはいないはずです」

「じゃあ、一度退いて戦い方を考えてから戻ってくるの?」

「そのつもりですが、次に来る時は僕だけです。クローバーさんは――」

「やだ。私はロロくんの手伝いをするって決めてるから」

「……その話は一度樹海を出てからにしましょう。ここでは――っ」

 その時、背筋が震えた。

「人とは愚かしいものだ。誰もが死に手を伸ばすくせに、誰もが死にたくないと願う。だからこそ、救済が必要なのだ」

「伏せろっ!」

 クローバーの頭を掴んで地面を這えば、大鎌が頭上を通り過ぎていった。

 即座に距離を取って起き上がれば、先程まで丘の上にいたはずのヴァルトがそこに居た。

「ロ、ロロくん……」

「クローバーさんは樹海の中に。ここから先は手を出さないでください」

 ローブを脱げば、クローバーはそれを持って樹海の中へと戻っていった。

 ナイフを手に墓地のほうへ飛び退けば、あとを追うようにヴァルトもこちらにやってきた。互いに墓石の上に立って向かい合い――まずは現状把握だ。

 肩に担いだ大鎌と、閉じたままの瞼で目の前にいるのがヴァルトだというのは間違いない。使う魔法は風で、目が見えなくともその強さは変わらないと思ったほうがいいだろう。

 クローバーはすでに樹海の中にいる。あれだけの大鎌なら木々に囲まれているほうが安全だ。

 さて――始めよう。

「十三人が英雄の一人、処刑人ヴァルトで間違いありませんか?」

「その通りだ。名も知らぬ少年よ。何を求めてここに来た?」

「わかっているはずです。そうでなければ、出会い頭に殺そうとした道理が通りません」

「殺意には殺意で返すものだ。それが礼儀だからな」

「その礼儀には感謝を。おかげでこちらも初めから本気を出せます。ですが――その前に一つ。十年ほど前、東の山中で行商の馬車を襲ったことを憶えていますか?」

「いいや。俺が憶えているのは全ての人間と魔物を平等に救済したことだけだ。もし仮に、俺たちが馬車を襲っていたとしても、その場に俺が居たのなら救済は済んでいるはずだ」

「ああ……ああ、そうだな。ヴァルト、お前は首を刎ねた。だが、誰が望んだ? いや、誰も望んでいない。お前が勝手な使命感で、勝手な信仰で誰かの大切な人の体を傷付けただけだ。俺は、それ許せない」

「許せないなら、どうすると?」

「……どうだっていい。お前が英雄であるという事実それだけで、殺す理由になる。構えろ」

「救済をしよう。全ての生物のために――魂の解放を」

 先手必勝。

 大鎌を構えた瞬間に跳び出し、片方のナイフで首を、もう片方で心臓を狙えば大鎌の一振りで簡単に弾かれた。ヴァルトがブラフよりも強いことは間違いないけれど、だからといって負けるわけにはいかない。

「《風前に座せ――鎌鼬》」

 魔法詠唱と共に振られた大鎌から風の刃が飛んできた。受けるか? いや、避ける。

「っ――」

 避けた刃は墓石を二つに割った。このナイフでもさすがにそれは出来ない。

 だが、今のでわかった。大振りの武器は懐に入られたら弱いというのが常識だが、それを如実にさせるように遠距離魔法を使ってきた。つまり、戦い方は定石通りで良い。それに加えてヴァルトは目が見えていない。

 なら、やることは一つ。

 飛んでくる刃を避けながら、墓石の上を跳ね回る。

 まずは視覚の無い状態でどれだけこちらの位置を把握できているのか、だ。

「危なっ」

 ここまで正確に刃を飛ばせているということは、おそらくは目が見えない代わりに聴覚や気配を読むことに長けているのだろう。

 だとすれば、それを前提に行動するまでだ。

 ナイフを仕舞い、避けた風の刃が斬った墓石をヴァルトに向かって放り投げた。

 そちらに気取られている瞬間――地面に落ちていた墓石を持ち上げて跳び上がり、再びヴァルトに向かって放り投げて、その陰に隠れながらナイフを手に取った。

「甘いな」

 投げた墓石は避けられ、振ったナイフは大鎌に弾かれた。が、体を翻して顔面目掛けて足を振り抜いた。

「――くそっ」

 蹴りを避けられ距離を取ると、足先が掠めたのかヴァルトの頬が薄く切れて血が流れ落ちた。

「……なぜ魔法を使わない? 一撃目の囮に墓石、二撃目に本命のナイフ、そして三撃目に蹴りでは無く魔法を使えば致命傷を与えられたはずだ」

「ご高説をどうも。こんな時にまで相手の心配か?」

「違う。今のが最初で最後のチャンスだ。ここからは、本気でやらさせてもらう」

 肌を突き刺す殺気に、ナイフを構え直した――その時、目の前からヴァルトが消えた。

「《疾風に舞え――風玉》」

 背後からの声に振り返れば、ヴァルトの手から放たれた風の玉に体が吹き飛ばされた。

「っ――」

 ナイフで受け止めたが打ち消すことは出来ず、玉から飛び出した刃が俺の体を斬り裂いていく。

 威力が弱まったところでナイフを振り抜けば風の玉を打ち消せた。

「風玉を食らって四肢が繋がっているとは。余程、体が頑丈なのだな」

「それしか取り柄が無いものでね」

 睨み合っているこの数秒の間で考えろ。おそらく今と同じ風の玉をあと一回でも食らえば死なないまでも出血多量で動けなくなる。つまり、次は無い。

 こちらの優位性は? 視界の有無と、武器の差だ。不意を突いて懐に潜り込むことができればナイフを突き刺すことは簡単に出来る。問題は、風魔法を避けつつ受けながら近付くことは難しく、さっきのように一瞬で間合いを詰めてくる仕組みがわからないことだ。魔法か? 仮にただの身体能力だとしても目で追えないのでは考える意味もない。

 じゃあ次に、どうすれば懐に潜り込めるのか、だ。ヴァルトは音と気配でこちらの位置を把握している。だとすれば、意識を分散させればいい。気配は意識して消せる。あとは音だ。それに合わせて障害物も欲しい。

 … …やることは決まった。

 ナイフを持つ手に力を込めて――力一杯に地面を殴り付けた。


 ――ズズンッ


 衝撃を受けて沈む地面から棺が飛び出してきた。

 憶えていてよかった。風見丘の墓地に死体は埋まっていない。その代わりに空の棺が埋まっていて、その影響で地盤が緩くなっている、と。

「これはっ――」

 足元がぐら付けば魔法だろうと素早く動くことは出来ないはずだ。戸惑っている間に一気に距離を詰め、浮いている棺を足蹴にしてこちらの位置を悟られないようにヴァルトの周りを跳ねてから、握ったナイフをガラ空きの首に目掛けて振り上げた。

 その時――ヴァルトと視線が交わった。

 違和感に気が付いた時にはヴァルトの大鎌が俺の腹に突き刺さっていた。

「っぐ――そっ!」

 振られた大鎌の刃が抜けて、地面に投げ落とされた。傷口を手で押さえるが、溢れ出てくる血が止まらない。反射的に立ち上がったのはいいが……動けない。

「勘違いさせていたようなら済まない。俺の目は普通に見えている。謀ったように見えていたのなら謝ろう」

「どういうことだ? お前は魔王との戦いで目が――」

「確かに、俺は魔王との戦いで視力を失った。しかし、勝利と共に取り戻した。史実が間違っているわけでは無い。ただ、不都合な真実が描かれていないだけのこと」

「……なら、なぜ目を……」

「ただの修行の一環だ。そこに意味を見出そうとするな」

 会話を長引かせれば何か変化があるかと期待したが、血は流れ続けている。

 やはり英雄の名は伊達じゃないか。

「もう良いだろう。お前を救済した後は、先程のお嬢さんを――」

 その時、今にも倒れそうな俺の頭に目掛けて飛んできた矢を受け止めた。

 ……なるほど。狙ったのは俺じゃない。

「仲間割れか?」

「いいや、違う」

 矢の先に刺さっていた針養豊樹の実を取って、口に含んだ。

 どうやらチャンスはまだ失われていないらしい。とはいえ、満身創痍には違いない。何よりも血を流し過ぎた。

 血の付いた手を服で拭い、両手に持ったナイフを握り直した。

「決死の覚悟か。ならば、それに応えてやらなければな」

 状況は変わった。ヴァルトは鋭い感覚や聴覚などに加えて、しっかりと目が見えていた。今の動けない状態では簡単に後ろを取られて首を落とされてもおかしくないが、おそらくそれはしないだろう。真正面から受けて、俺を殺す気が伝わってくる。

 なら、お望み通り真正面から行こう。

「ふぅ――」

 呼吸を停めて駆け出した。

 ヴァルトが殺気を孕んだ大鎌を構えた瞬間――辺りを覆うように落ちてきた小石や小枝に気が付いた。

 そうだ。クローバーが俺の考えをわかるように、俺にもクローバーの考えが読める。

「圧縮――解除!」

 その瞬間、大岩と樹が周囲を包み込んだ。

「これはっ――」

 やることは同じだ。出現した大岩を掴んで投げ、その陰に隠れた。

 だが、さっきとは違う。

 今は左右と背後に障害物があり、避けることはできない。だから、必ず大岩を大鎌で受けるはずだ。

 真っ二つに割られた大岩の間から、握ったナイフではなく蹴りを入れた――だが、それも防がれるのはわかっていた。

 大鎌の柄で脚を弾かれ、空中で体が回ったところに刃が振り下ろされるのを見て片方のナイフを手放した。狙ってくるのが首だとわかっていれば、受け止められる。

「っ――!」

 掴んだ大鎌の刃からは風の刃が飛び出し俺の体を斬り裂くが手を放すわけにはいかない。

「いい加減にっ!」

 掌に食い込む刃を気にすることなく、振り上げたナイフをヴァルトの胸に突き刺した。それでも大鎌の勢いは止まることなく、勢いをつけて体ごと突っ込みナイフを押し込んだ。

「こ、っちのセリフだっ!」

 その時、ナイフの先が何かを突き抜け――途端にヴァルトの体から力が抜けた。

「はぁ……はぁ……」

 背後の大岩に凭れて、ずるずると地面に崩れ落ちたヴァルトを見下ろしながら、血塗れながらも繋がっている指を確認していれば、クローバーが駆け寄ってきた。

「ロロくん!」

「クローバーさん。色々と、助かりました」

「ううん。それよりも傷口を見せて。手当てするから」

 全身ボロボロで、どこか一か所を差し出すことは出来ない。

 クローバーが圧縮していた包帯などを取り出している間に、雑嚢から出したポーションを飲んでいると、未だに息絶えていないヴァルトが大鎌を掴んだことに気が付き、落としていたナイフを拾い上げた。

「ロロくん、ダメッ!」

 ナイフを突き付けようとした俺を停めたクローバーの視線を追うと、ヴァルトの唇が微かに動いていた。

「っ……せめ、て……せめて、救済、を……たま、しいの……きゅうさい、を……」

「……なるほど」

 その言葉にナイフを納めた。

「この人はもう死ぬ、でしょ? だから、最期はせめて静かに見送って――」

 クローバーが言い終わる前に大鎌を掴んだヴァルトの手を踏み付けにして、胸に刺さったままになっていたナイフをぐるりと回しながら引き抜けば、どす黒い血が大量にこぼれ落ちていく。

「ッヴ――」

 漏れた鈍い声を聞き、静かに顔を寄せた。

「救済だと? させるはずが無い。お前が望むことなど何もさせない。お前は救済も何もなく――ただ死ぬんだ。なぜ殺されるのかわからないか? なら、わからないまま死んでいけ」

 そう告げた瞬間、喉から漏れる呼吸音が消えた。

「……ロロ、くん……?」

「せめて、ここが風見丘の墓地だったことだけが救いです。ここには英雄になれなかった冒険者だけが弔われていますから」

 拭ったナイフを納めれば、クローバーの生唾を飲む音が聞こえた。

「でも、もう少し――」

「慈悲、ですか? 彼らに望む死を受ける権利はありません。ただ無情なる死だけが唯一の慰めになるんです」

「それは……誰にとっての?」

「もちろん、僕にとっての慰めです」

「それって、正しいこと、なのかな?」

「それは無いでしょう。人を殺すことが正しいことなはずはない。ですが、ですよ。俗に言う十三人の英雄は、それが正しいことだと――正義だと宣って踏ん反り返っています。故に、復讐する側はそれを正しいことだと思ってはいけない。復讐で人を殺すのであれば、その逆もまた然りだと理解していなければならないんです」

「……そっか」

「辛いのであれば付いてくる必要はありません。元よりこれは、僕の復讐なのですから」

「違う……違うよ。私は、ね……両親に虐待されていて……でも、その両親は英雄の戦いに巻き込まれて死んじゃって……でも――でもね? 私にとっては唯一の親で……だから――だからっ!」

 震えるクローバーの力強い視線に、つい肩の力が抜けた。

「お互いに、苦労の多い人生ですね」

 そう言うと、ゆっくりこちらに体を倒して抱き付いてきた。

 墓地で、傷だらけで、クローバーを抱き締める。

 とりあえずは、これで二人目だ。残りは十一人――誰一人として逃がしはしない。

 ルール二・人は嘘を吐く。信用するなら後悔するな。

 ……後悔はしない。クローバーのことは信用しよう。
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