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第17話 中央都市

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 街を出発して二日目の朝――馬車は中央都市を囲む塀の間を通り過ぎた。

「……着きましたね」

「にゃっは~、体バッキバキにゃん」

「結局、二日掛かったな」

「そういうこともあるにゃん」

「いや、別にいいんだけどさ。俺も色々と試せたし」

 黒刀を杖に立ち上がれば、凝り固まっていた腰と背中がバキバキと音を立てた。

「あれ? フドーさん、刀を出したままにするんですか?」

「ああ。俺の能力的に、一つは出しておいたほうが得策だと思ってな」

「倉庫系にゃのに、武器を持ち歩くのはアホにゃん」

「そりゃあ考え方次第だが……まぁ、いずれわかるはずだ」

「ふ~ん。まぁ、いいにゃ」

 その時、閉じていた荷車のカーテンが開かれた。

「お疲れ様です。ネイルさん、荷物の受け取りに来ました」

「んにゃん。ボクらが降りたらこの馬車ごと持っていっていいにゃ」

「わかりました」

 色々と詰め込んだバックパック二つと、ヨミの体格に合わせたショルダーバッグを持って馬車を降りれば、交代で乗り込んだ男たちがタヴを動かして去っていった。

「……今の男たちは?」

「お兄の仕事仲間……というか部下かにゃ。まぁ、気にしなくていいにゃん」

「そうか。まぁ、気にしちゃいないが……で、この後はどうするんだ? ギルドにでも行くのか?」

「いえ、ギルドにはすでに連絡が行っているはずなので後回しでも大丈夫だと思います。今はそれよりも――」

「ご飯にゃ!」

「メシか」

 大して動いてもいないからそんなに腹も減っていないが、ネイルは見た目通りに燃費が悪そうだからな。というか、馬車の中でもずっと何かしらを食べていたし。

「では、どこか適当な場所を探して入りましょう。まだ朝なのでやっているお店があればいいのですが」

 早朝とはいえ、さすがは中央都市と呼ばれるだけあって行き交う人が多い。

 防具を着け、武器を携帯しているのは冒険者。あとは商人や職人かな。

「にゃっ! あそこにするにゃ!」

 匂いに釣られた猫の速度は異常だ。

「いいのか? ヨミ」

「はい。酒場でも、ネイルが選んだお店は大体美味しいです」

「だろうな」

 入った酒場の中のカウンターは埋まっていて、空いていた円卓に三人で腰を下ろした。

「いらっしゃいませ~。ご注文は~?」

「おすすめを三人分!」

「かしこまりました~」

 去っていくうさ耳獣人の可愛い店員さんを見送って。

「この酒場、もしかしてほとんど冒険者か?」

「おそらくそうですね。そもそも昼夜問わず酒を飲んでいるのは冒険者くらいですから」

「お待たせしました~。スープとパンで~す」

「早いな」

「早さが売りなので~。ごゆっくりどうぞ~」

「では――いただきましょう」

 スープ、というかシチューっぽい。どろっとしているビーフシチューのような見た目で……いや、香りもビーフシチューだ。相も変わらずなんの肉かはわからないが、柔らかくて解れやすい。

 味は――うん。濃いな。あ、だからパンか。千切ったパンに浸けて食べれば丁度いい。

「美味しかったにゃ~ん」

 食事を終えて一息。確かに、元の世界のレストランレベルで美味かった。

「そんで……アレか。どこのクランに入るかって話か」

「はい。私の目的は父親を見付けることなので、可能な限り深くまで行くことを前提に考えたいのですが……」

「任せるにゃ~。要はボクらが無限回廊を踏破すればいいだけの話にゃん?」

「それはそうですが……」

「つまり、前に言っていた踏破を目指している三つのクランの内、どれかに入るのがベストってことだろ?」

「えっと……はい。そうです。現在、無限回廊踏破を目指しているのはテラのクラン『ウーヌス』、クレイモアのクラン『ドゥオ』、ゼアのクラン『オクト』の三つです。できればその中のどれか――もしくは踏破を目指していなくとも実力に秀でているラリムのクラン『クアットル』あたりが理想ですね」

 ……ラテン語だっけ? まぁ、いいか。

「で、そのクランに入るにはどうすればいいんだ?」

「ギルドを経由するか直接クランの本部へ行って交渉するか試験を受けるか、という感じになると思いますが……どうしましょう?」

「ボクは三人でもいいけどにゃ」

「だが、後ろ盾はあったほうがいいだろ。俺たちはまだこの中央都市のことも無限回廊のこともわかっていないしな」

「んにゃ~……」

「そもそもクランに入るプラス要素は何かあるのか?」

「そうですね……クランに入ると、住む場所の手配や無限回廊に入る時の手続きなどを請け負ってくれるらしいですが……まぁ、私もそれほど拘ってはいません。あくまでも近道になればいいな、というくらいなので」

 ヨミからすればそうだろう。方法はどうであれ、父親を探すという目的が一番なのであれば、そこに到る道筋は関係ない。

 とはいえ――クランに所属せず自由に動くことが最も楽な気もするが。

「いらっしゃいませ~」

 こんな時間からでも酒場に顔を出す冒険者はいる――と思ったが、何やらざわつきが。

「おい、あれって」

「ああ、ジョニーだ」

「酔いどれジョニー? 店に来るのは珍しいな」

 酔いどれね。どこにでもそういう輩はいるな。

「ん? どうした、ヨミ」

「いえ……ジョニー――クラン『ウーンデキム』、酔いどれジョニーと言えば有名です。一人の冒険者も所属しておらず、ギフターズとしての義務を果たしていない無能だと――」

「お~いおい、無能はさすがに言い過ぎじゃあねぇか?」

「っ――」

 咄嗟に立ち上がって距離を取り刀に手を掛ければ、俺の横でネイルも同じように臨戦態勢を整えていた。

 気付かなかった。気配も無く、足音すらも無かった。

「ジョニー様。あまり冒険者を威嚇しないでください」

 テーブルに寄り掛かっている無精髭の赤鼻がジョニーで、その横にいるメイド服姿のエルフ? は使用人か? もしくは御付きか?

「はっはぁ! 冒険者ならこれくらいの警戒心が丁度いいだろぉ。そんでぇ、お前らが西の回廊を踏破をしたネイルに、ヨミに、フドーだな」

 ……敵意は無さそうだ。ネイルと顔を見合わせて、先程まで座っていた椅子に腰を下ろした。

「それで、何か御用ですか?」

 ヨミはジョニーから醸し出される酒の臭いに顔を歪めている。

「お前がヨミか。なに、用ってほどのことでもねぇ。お前らを試験してやろうと思ってなぁ。もし合格すれば、晴れてうちのクランに入れてやらぁ」

「……おかしな話ですね。そもそもジョニーさんのクランには一人も冒険者が所属していませんよね? なのに、どうして私達を?」

「気紛れってぇこと以外に理由はねぇんだがなぁ。おい、こっちに酒を頼む」

「は~い」

 注文した酒を飲むジョニーを横目に、俺たちは視線を交わせた。

 言いたいことはわかる。ヨミの疑念も、ネイルの無関心も。

 ネイルは本音でどうでもいいのだろう。クランに所属しようが所属しまいが、強い相手と戦うことが第一で、それ以外に興味が無いのも当然だ。そんでヨミからすればよりにもよってって感じだろう。踏破を目指す三つのクランでも無く、実力のあるクランでも無く――冒険者が一人もいないクランとは。

「一応訊くが、試験の内容は?」

「そうだなぁ……そんじゃあ、一度無限回廊に挑戦して帰って来てもらおうか」

「ん? 帰ってくるだけでいいのか? 何かを倒すとか、持ち帰るんじゃなく?」

「はっはぁ! 無限回廊、初挑戦の生存率を知っているか?」

「五体満足での生存率、約六割。チーム全員での生存率、約三割。ですね」

「意外と高いにゃん」

「そう感じますが――これはあくまでも初挑戦であり、地下五階までに戻ってきた冒険者の生存率です」

「何もお前らに五階以上に進めなんて言うつもりもねぇ。だが、まぁ――せめて六階に入る手前くらいまでには行ってもらいてぇところだなぁ」

 それは実質、五階までは降りろってことだ。生存率約三割ってことは、俺たち三人の内の誰かが死ぬ可能性が高い。まぁ、確率論なんて所詮は不確定な現象の起こり得る可能性ってだけの話だ。

「で、もしも俺たちが五階まで行って戻ってきたとして、あんたのクランに入ってどんなメリットがあるんだ?」

 問い掛ければ、ジョニーは横に立つメイドのエルフに視線を向けた。

「基本は衣食住の保障。その他にもクランに入った時のギフトはありますが、それは入った者にしかわかりません。……私としては、行かないことをお勧めします。あなた方の力では殺されてお仕舞いです」

「にゃっははっ~! そんにゃ風に言われたら楽しみにゃん」

「私達の実力がどうであれ、挑戦することに変わりはありません。遅いか早いかだけの違いなら――早いに越したことはないでしょう」

「……俺はお前らに付き合うよ」

 テーブルに銀貨一枚を置いて立ち上がる。

「すでに申請は通してある。無事に帰ってくることを祈っておこう」

 酔いどれに言われたところで。

「来て早々――まぁ、やるだけやるしかねぇな」

 意気揚々なネイルと、開いた本を捲るヨミの後ろから、黒刀を担いで付いていく。

 無限回廊初挑戦――第一目標は死なないことかな。……どうにも、俺もこの世界に慣れてきたものだ。



「……どう思う?」

「獣人は実力以上の貫禄を感じます。シルキーも、反応していないように見えていつでも能力を使う準備をしていました」

「ドリフターは?」

「重心の動きから察するに、おそらく体術は達人の域です。が、それだけです。倉庫系能力ということを考えれば、最も命を落とす可能性が高いのはあの男です」

「へぇ……まだまだ甘いなドールちゃん。俺の見立てじゃあ、あのドリフターが一番強い」

「……そんな素振りがありましたか?」

「ありゃあ相当な数の死線を潜り抜けてるなぁ。それこそ、俺やドールちゃんよりも日常的に死の中にその身を置いていた人間の眼だ」

「私には腐った魚のような眼に見えましたが」

「はっは! 言い得て妙だなぁ。そりゃあ自分の命に価値が無いと思っているからだろう。まぁ、それでも生きて帰って来られるかは別の話だ。どれだけ実力がある冒険者でも簡単に死ぬのが無限回廊。楽しみに待つとしよう」

「……飲みますか?」

「当然だ! じゃんじゃん酒を持ってきてくれ!」
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