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第二章

第30話 憂鬱で不毛な戦い

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 弾倉を三本使って、残りは五本。さすがに不安になってきたが温存しておける状況でも無い。カナリアと俺でそれぞれに廊下を二本ずつ対応しているが、どこからともなく出てくるゾンビもどきが減る様子はない。

「っ――きつくなってきたな」

「同感! 何か案は?」

 数も然ることながら集中力にも限界が来るものだ。

 頭を回せ――思考を廻らせろ。四方を囲まれ、ゾンビもどきはこちらに向かってき続ける。進むにも戻るにも、まずは目の前の奴らを全員倒さなければならないが、十中八九無理だろう。倒し切るのが無理なら、どこかの廊下を進んでいくしかないが来た道を戻るのは難しい。エレベーターホールまでは遠過ぎる。

 ならばと、壁にある表記を確かめた。

「左に行くぞ! 寝台用のエレベーターがあるはずだ!」

「りょーかい!」

 カナリアが対応していた左側の廊下に進んだのを見て、俺は三方から向かってくるゾンビもどきに銃口を向けた。俺のほうは四本目の弾倉を使い切って五本目になったが、カナリアのほうは狭い廊下でも大刀を突いて捻って、上手いことゾンビもどきを殺している。

 もう少しで担架などをそのまま運び込むための寝台用エレベーターに辿り着く――が、そんなときに限って銃の威力が無くなった。バネの限界だ。この狭さで鋸刀は使えないから、ハンマーしかない。

 二本のハンマーで向かってくるゾンビもどきの頭を割りながら後退すれば、ドンッとカナリアの背中にぶつかった。

「どうした?」

「エレベーターはすぐそこだけど、ちょっと数が多いかな」

 警戒しながら視線を送れば、確かにエレベーターに辿り着くまでの層が厚い。加えて開けた廊下のせいで再び三方からゾンビもどきが向かってきている。この状況ではもうエレベーターに乗るしかないが、向かってくるゾンビもどきの対処で手が一杯だ。

「零くん、伏せて!」

 言われてしゃがみ込めば、頭の上を大刀が過ぎてゾンビもどきの首を落としていった。

「ふっ――!」

 カナリア越しに向かってくるゾンビもどきが見えてハンマーを投げれば釘抜き部分が刺さり、ゆっくり倒れていくのを見ながらラバー警棒を取り出した。

 多勢に無勢。これまでも同じような状況は何度か乗り越えてきたが――今回ばかりはさすがに打つ手が無さそうだ。

「零くん、これはちょっと――もう無理、かな」

 体力自慢のカナリアでさえ息が上がっているくらいだ。俺なんて到に限界を超えている。

「同感だが、黙ったまま殺されるのも癪だろ」

「まぁねぇ。何かある?」

「無い。最後の悪足掻きに、鼬の最後っ屁だ」

「わぁ、適当だなぁ。でも、やるしかないよね!」

 改めて気合いを入れたところで負け戦なのは決まっている。要はどう死ぬか、ってことだ。

「よっし、やるか!」

 警棒とハンマーを仕舞って、抜いた鋸刀で向かってくるゾンビもどきの腹を突き刺し引き抜いた時、全身の力が抜けた。疲労で倒れそうになる体を刀で支えれば、背後で同じように息切れをするカナリアと背中があった。

 もう駄目か――そう諦めた時、視線の先にあったエレベーターの扉が開き始めた。

 見えたのは顔まで覆うアルミの防火スーツを着た二人だった。……防火スーツ?

「っ――カナリア!」

 振り向きながらカナリアの体を覆うように床に倒れ込んだ。すると、周囲に炎の熱が拡がり、燃えるゾンビもどきの呻き声が響き渡った。確かめるように視線を上げれば、火炎放射器を撃つ一人がこちらの視線に気が付いて、親指でエレベーターに乗るよう促してきた。

 立ち上がって刀を納め、カナリアを先に行かせてから燃えるゾンビもどきの間を抜けてエレベーターに乗り込んだ。

「零くん、無事?」

「ああ。そっちは?」

「うちも大丈夫」

 息を整え終わる頃、防火スーツ姿の二人が戻ってきてエレベーターの扉を閉めると最上階のボタンを押した。そして、一人が耳の辺りに手を触れるとピッと電子音がした。

「二名を救出。四階の第七から第十一区画を閉鎖してくれ」

「その声、女か?」

 問い掛けると、覆っていたマスクを外し、端整な顔立ちの女性がこちらに視線を向けてきた。

「そうだが、何か問題か?」

「いや、助かった。ありがとう」

 見た目的には二十代後半ってところだろうが、動きが素人じゃない訓練された者だった。色々と訊きたいことはあるが、今は黙って付いていくことにしよう。

「火事、そのまま放置してきて良かったの?」

 まぁ、黙っているのは俺だけだ。

 カナリアの問い掛けに、もう一人がマスクを外すと四十代くらいの厳つい男が顔を出した。

「今頃、防火シャッターが下りて鎮火しているはずだ」

「防火シャッター! なるほど!」

 わかっていないような反応だが――そうか。さっき言っていた区画閉鎖はそういう意味だったんだな。ということは、少なくとももう一人生きている者がいる、と。

 そうこうしている間に最上階である七階に着いて、扉が開いた。

 警戒する俺たちを余所に、二人は躊躇うことなくエレベーターを降りていった。あとを追っていくと明るい廊下を進み、扉の無い部屋へと入っていった。

「教授、救出した二人を連れてきました」

 男がそう言うと、教授と呼ばれた白衣を着た眼鏡の男がファイルの積まれたデスクの前のオフィスチェアから立ち上がった。見たところ大部屋にソファーやテーブルを押し込んだ感じだな。

「おぉおぉ、連れてきたか。客人は初めてだな。ほらほら、疲れているだろう。座んなさい」

 促されるままソファーに腰を下ろせば、俺たちを助けた男女は部屋の隅で防火スーツを脱ぎだした。腰も据えたところで疑問を口にしようとした時、白衣の男のほうが先に言葉を発した。

「コーヒーで良いかな?」

「え、いや、別に――」

「まぁまぁ、こんな世界じゃあ嗜好品が必要だろう。出涸らしで悪いがすぐに用意するから待っていてくれ」

 どうしたものかと悩むところだが、ここは向こうの城だ。隣のカナリアもソファーに体を沈めているし、従っておくとしよう。

 待っていればビーカーに注がれた色の薄いコーヒーを差し出され、飲むように促された。……ビーカーか。病院らしさが強過ぎないか?

「んっ――薄い!」

 同感だが、少しは気遣いというものを覚えてくれると助かる。まぁ、この場に限ってはカナリアの言葉に教授と呼ばれた男性も笑っているから良いとするが。

「あ~……とりあえず自己紹介だな。俺は戎崎零士。こっちが雲野かなりあだ」

 名乗り上げれば着替えを済ませた二人が正面のソファーに腰を下ろし、男のほうが口を開いた。

「戎崎くんに雲野くんか。俺は岩場謙久。で――」

「音羽奏」

 厳つい顔して社交的っぽいのが岩場で、不機嫌そうに脚を組んでいるのが音羽か。そんで教授は名乗るでもなく考えるように顎に手を当てている。

「いや、悪いな。こいつはちょっと気が立っているんだ。んで、君等は何をしにここに来たんだ? 助けを求めに来たわけじゃないんだろ?」

「ああ、助けは必要ない。俺たちはゾンビもどきの――」

 言い掛けたところで、俺の言葉に反応した音羽が口を開いた。

? じゃあ、やっぱりあれはゾンビじゃない?」

「少なくとも俺はそう考えている。とはいえ、死体が動いていることに変わりはないが」

 そこを気にしているのかと思って言葉を足したが、反応を見るにどうやらそういうわけでもないらしい。それなら話を続けようかと思った時に、不意に教授が立ち上がってこちらに顔を寄せてきた。

「戎崎? 戎崎零士? もしや、『箱舟』の管理人かね?」

「……どうしてそれを知っている?」

「ほら、私だよ! 斑鳩丈陽だ!」

「斑鳩? ……斑鳩丈陽、先生か?」

 頷く斑鳩先生を見て、体の力が抜けた。思い掛けない出会いだな。まぁ、関係を考えれば良い出会いかどうかはまだわからないが。

 一先ず知り合いだったことについては安心だが、同時に疑問が湧いてきた。

「……ちょっと待て。どうして本名を知っている?」
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