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舞踏会 Ⅱ
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「あとは?」
それまで口を開かなかった王妃殿下が私達に声を掛けてきた。
「その程度のことでエヴァンジェリンが侯爵家を出るとは思えません。そのような理不尽な理由で追い出されるというのなら、王宮を頼ったことでしょう。婚約解消の話の他にも何か言ったのではありませんか?」
侯爵はやはり原因は、私との婚約が破棄された以外に理由は浮かばないと言い、そうして順番が回ってきた私は一つだけ思い当たるものがあった。
「ダルシニアが、エヴァンジェリンの耳飾りが欲しいと。私は妹が欲しいというのなら譲ってやるのが姉であろうと諭したのです」
美しい意匠の耳飾りだった。それに他の耳飾りに比べて、エヴァンジェリンはよく身に着けていたように思う。だからこそ、姉との距離を縮める為に欲しがるものにピッタリだと私も思ったのだ。
「まぁ、何て卑しい」
「え?」
王妃殿下も分かってくださると思ったのに、冷たい眼差しで見下された。
「耳飾りが欲しいのなら、父親に言えば良いでしょう。義姉の宝石箱から奪おうと企むなんて。その方法も義姉の婚約者に泣きついて奪おうなどと、卑しい上に意地の悪い娘だこと」
「し、しかし、ダルシニアは距離を縮める切っ掛けに欲しいと願ったのです」
「嫌だと断ったのでしょう?それを強制するなんて仲良くなれるはずがないじゃない」
それを言われると反論できない。
「侯爵家は耳飾りの一つ買ってやれないほど貧しいのかしら?それともエヴァンジェリンが持っていたものが他に類を見ないほど素晴らしいものだったのかしら?」
「エヴァンジェリンが持っていた青と紫の銀細工の耳飾りでした」
「何だとッ!?」
「何ですって!!」
父上と王妃殿下は私が耳飾りの特徴を伝えると、玉座から飛び上がるように立ち上がった。王妃殿下に至ってはキッと強く睨みつけられ、そのように憎しみを向けられたことがなかったので驚きを隠せない。
「侯爵!!あの耳飾りが一体どんなものか分かっていて譲るように言わせたの!?」
しかし、やはり侯爵は思い至らないようで首を傾げるばかり。正直に言って、こんな男が私の後見というのは不安しか残らない。
「あれは今は亡き第二王子がエヴァンジェリンへ婚約の前約束に贈った耳飾りではないか」
スティーヴンとエヴァンジェリンが婚約?そんな話は知らない。しかし、耳飾りを贈った弟は銀髪に紫色の瞳をしていて、受け取ったエヴァンジェリンの瞳は青かった。
「元々、エヴァンジェリンはあの子と結婚させるつもりだったのです。とても仲が良く思い合っていましたからね。今でもあの子を忘れず思い出してくれる縁を奪おうなどと……」
「……エヴァンジェリンは、一言もそのようなことを言いはしませんでした」
「知らなければ、強請って物を貰って良いと言うの?それでは物乞いと同じだと、何故分からないのですか?」
王子たる私が物乞いなどと呼ばれる屈辱を、拳に爪を立てて堪える。
「仮にも侯爵家の娘が物乞いとは浅ましい」
「所詮は娼婦の娘だ。男に強請って欲しいものを奪うのは御得意だろうよ」
「そもそも侯爵の血を引いているかも怪しいがな」
「違いない」
下卑た笑い声がそこら中から聞こえてくる。ダルシニアがいなくて良かった。心優しいダルシニアが聞いていたら傷ついていただろう。
「スティーヴンがいなくなって、後ろ盾の乏しい貴方の為にと、この婚約を整えてやったというのに愚かな真似をしたものね」
「王妃殿下、私にはそのような意図はありませんでした!エヴァンジェリンとダルシニアが仲の良い姉妹になればと思っただけなのです。ただ、結果として勇み足を踏んでしまいましたが……」
「馬鹿馬鹿しい。卑しい物乞いではなく婚約者であるエヴァンジェリンを責めたのは、自分自身ではありませんか!浮気者の浅ましい性根が透けて見えるわ!汚らわしい!!」
いつも穏やかで慈愛溢れる国母として評判の王妃殿下の、これほどまでに嫌悪に満ちた顔を誰も見たことがなかった。
「不愉快です。今夜はもう下がらせていただくわ」
父や宰相が取り成そうとも王妃殿下は覆すことなく会場を後にした。
舞踏会は葬式のように静まり返り、すぐにお開きとなった。その夜の内に、私は父上と宰相からも話を聞かれ、叱責を受けた。まさか侯爵が娘を放逐するなどと夢にも思わなかったのだと言ったところで何の意味も成さない。
その後は言うまでもないだろう。私の周りからは潮が引くように人が離れていった。
エヴァンジェリンの放逐と私とダルシニアとの仲を揶揄した酷い噂が出回り、それを真に受けた愚かな者達は私から距離を置いたのだ。巷では王妃殿下は王弟の息子を引き取って立太子させるのではないかとまで言われるようになってしまっていた。
幸い、エヴァンジェリンとの婚約の解消について書面での手続きは何一つ行われていない。だから人をやって探させた。どうにかエヴァンジェリンを連れ戻せば、元に戻ると私は信じていたのだ。しかし、あの女の行方は杳として知れぬまま三ヶ月が過ぎようとしていた。そんな陰鬱な王宮に一人の青年が現れた。
それまで口を開かなかった王妃殿下が私達に声を掛けてきた。
「その程度のことでエヴァンジェリンが侯爵家を出るとは思えません。そのような理不尽な理由で追い出されるというのなら、王宮を頼ったことでしょう。婚約解消の話の他にも何か言ったのではありませんか?」
侯爵はやはり原因は、私との婚約が破棄された以外に理由は浮かばないと言い、そうして順番が回ってきた私は一つだけ思い当たるものがあった。
「ダルシニアが、エヴァンジェリンの耳飾りが欲しいと。私は妹が欲しいというのなら譲ってやるのが姉であろうと諭したのです」
美しい意匠の耳飾りだった。それに他の耳飾りに比べて、エヴァンジェリンはよく身に着けていたように思う。だからこそ、姉との距離を縮める為に欲しがるものにピッタリだと私も思ったのだ。
「まぁ、何て卑しい」
「え?」
王妃殿下も分かってくださると思ったのに、冷たい眼差しで見下された。
「耳飾りが欲しいのなら、父親に言えば良いでしょう。義姉の宝石箱から奪おうと企むなんて。その方法も義姉の婚約者に泣きついて奪おうなどと、卑しい上に意地の悪い娘だこと」
「し、しかし、ダルシニアは距離を縮める切っ掛けに欲しいと願ったのです」
「嫌だと断ったのでしょう?それを強制するなんて仲良くなれるはずがないじゃない」
それを言われると反論できない。
「侯爵家は耳飾りの一つ買ってやれないほど貧しいのかしら?それともエヴァンジェリンが持っていたものが他に類を見ないほど素晴らしいものだったのかしら?」
「エヴァンジェリンが持っていた青と紫の銀細工の耳飾りでした」
「何だとッ!?」
「何ですって!!」
父上と王妃殿下は私が耳飾りの特徴を伝えると、玉座から飛び上がるように立ち上がった。王妃殿下に至ってはキッと強く睨みつけられ、そのように憎しみを向けられたことがなかったので驚きを隠せない。
「侯爵!!あの耳飾りが一体どんなものか分かっていて譲るように言わせたの!?」
しかし、やはり侯爵は思い至らないようで首を傾げるばかり。正直に言って、こんな男が私の後見というのは不安しか残らない。
「あれは今は亡き第二王子がエヴァンジェリンへ婚約の前約束に贈った耳飾りではないか」
スティーヴンとエヴァンジェリンが婚約?そんな話は知らない。しかし、耳飾りを贈った弟は銀髪に紫色の瞳をしていて、受け取ったエヴァンジェリンの瞳は青かった。
「元々、エヴァンジェリンはあの子と結婚させるつもりだったのです。とても仲が良く思い合っていましたからね。今でもあの子を忘れず思い出してくれる縁を奪おうなどと……」
「……エヴァンジェリンは、一言もそのようなことを言いはしませんでした」
「知らなければ、強請って物を貰って良いと言うの?それでは物乞いと同じだと、何故分からないのですか?」
王子たる私が物乞いなどと呼ばれる屈辱を、拳に爪を立てて堪える。
「仮にも侯爵家の娘が物乞いとは浅ましい」
「所詮は娼婦の娘だ。男に強請って欲しいものを奪うのは御得意だろうよ」
「そもそも侯爵の血を引いているかも怪しいがな」
「違いない」
下卑た笑い声がそこら中から聞こえてくる。ダルシニアがいなくて良かった。心優しいダルシニアが聞いていたら傷ついていただろう。
「スティーヴンがいなくなって、後ろ盾の乏しい貴方の為にと、この婚約を整えてやったというのに愚かな真似をしたものね」
「王妃殿下、私にはそのような意図はありませんでした!エヴァンジェリンとダルシニアが仲の良い姉妹になればと思っただけなのです。ただ、結果として勇み足を踏んでしまいましたが……」
「馬鹿馬鹿しい。卑しい物乞いではなく婚約者であるエヴァンジェリンを責めたのは、自分自身ではありませんか!浮気者の浅ましい性根が透けて見えるわ!汚らわしい!!」
いつも穏やかで慈愛溢れる国母として評判の王妃殿下の、これほどまでに嫌悪に満ちた顔を誰も見たことがなかった。
「不愉快です。今夜はもう下がらせていただくわ」
父や宰相が取り成そうとも王妃殿下は覆すことなく会場を後にした。
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その後は言うまでもないだろう。私の周りからは潮が引くように人が離れていった。
エヴァンジェリンの放逐と私とダルシニアとの仲を揶揄した酷い噂が出回り、それを真に受けた愚かな者達は私から距離を置いたのだ。巷では王妃殿下は王弟の息子を引き取って立太子させるのではないかとまで言われるようになってしまっていた。
幸い、エヴァンジェリンとの婚約の解消について書面での手続きは何一つ行われていない。だから人をやって探させた。どうにかエヴァンジェリンを連れ戻せば、元に戻ると私は信じていたのだ。しかし、あの女の行方は杳として知れぬまま三ヶ月が過ぎようとしていた。そんな陰鬱な王宮に一人の青年が現れた。
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