次女の物語

すなたろう

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アグネス

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 夜、宿の部屋に入り、くたくたに疲れた身体をお風呂でほぐし、お風呂上がりに髪を整えているアグネス。
「アグネス、俺だ、入って良いか?」
とアレクサンデルの声がした。いそいそとドアを開けて、アレクサンデルに抱きついて、
「疲れたあ。」
と大きく息を吐いた。
「晩餐会は大丈夫だったか?」
「ええ、あのバカ野郎、わざわざ私の横に座って口説いてきたわ。一応私はあのバカ野郎の好みのタイプみたいよ。」
「それわかって喋ってたのか。うわあ、どうする?もう先に帰国しよう?」
「大丈夫。あのバカ野郎、私のこと思い出しもしなかった。私はこの国ではもう絶対一人で行動しないから、アレクサンデルは心配しないでね。あのバカ野郎も、あの時無理やり私を拉致したんじゃなくて、甘い言葉に私がほいほい付いてったんだし。」
「そんなこと言っても心配だよ。」
「ごめんね。私、今回のエスドート訪問で、この国の女性蔑視や外国人差別の話を集めて欲しいと、皆に協力を頼んでいるの。相手国の文化や考え方を知るのは、外交の役に立つしね。」
「へえ。じゃあ、お前はバカ野郎の生態をレポートにまとめるってことか。」
「ええ、正式文書で残してやるわ。ルクソル公爵家のハーレム、焼きごてと家族共有の女奴隷の存在、外国人差別。全部実名で記録して、永久に保存してやる。自分の話としてではなく人から聞いた話として書くのが、情けないところだけど。」
「そうか。なら俺も、あの時の通訳が今日もいたから、またこれ渡して他の話も聞き出すよ。」
とお金のハンドサインを作って見せる。
「あの通訳、あのバカ野郎から嫌な目に遭わされてきたみたいだったから、他の話もザクザク出てくるよ、きっと。」
「ありがとう。でもアレクサンデルも無理しないでよ。バカ野郎たちは、外国人を傷つけるのなんて気にもしてないから。」
「おお。俺にも大切な人ができたから、慎重にやることにするよ。」
「うん。そして私は他にも狙いがあるの。我らがキラキラ男子の絵姿が売れれば、エスドートの女性たちが美しい男性を愛でる意識が育つでしょ?そしたら、男性優位が少し傾くんじゃないかって。」
「なるほどね、そこまで考えてたんだな。」
「それにフォルスフッド王国の男性に憧れてくれたら、外国人差別の意識も少し和らぐかもって。」
「そうか。それで、俺の絵姿まで作ったと。」
「そうよ、アレクサンデルの絵姿、売れるわよ。」
「あの、俺の絵が売れなかったとしても、俺にがっかりしないでくれよ?」
「もちろん、人の好みはわからないものよ。アレクサンデルが私の愛する人なのは揺るがないし。」
「うっ、お前、破壊力のある言葉を前触れなく発射するのやめろっ。」
「アレクサンデル、いろいろありがとう。私のエスドート王国とルクソル公爵家への復讐はこのあたりで終了とします。」
「え?これだけ?もう終わるの?ふうん。そうか。お前が焼き印のことで苦しむ度に、俺は、ルクソル公爵邸に爆弾放り込む想像をしたけど、お前の復讐ってそんなのだったんだな。爆弾じゃなくて、じわじわ中に浸透させていく復讐なんだな。」
「復讐っていうより、慈善事業になっちゃったかもね。」
「ほんとだ!アグネス、尊敬するよ!俺のアグネスは最高だ!」
アレクサンデルは、アグネスの身体をひょいと持ち上げて、一回転し、アグネスの顔を、見上げた。アグネスは、
「わかった、わかったから、降ろして。」
と、降ろしてもらって、アレクサンデルに、また抱きついた。
「ふふ、私の胸の焼き印を真っ黒に塗りつぶせる焼きごてをもう一回胸にあてて塗りつぶしたかったけど、アレクサンデルが泣いて止めるから。」
「そりゃそうだよ。お前の綺麗な胸を、さらに痛めつけるなんてダメに決まってるだろ。」
「焼き印のルクソルの文字を、アレクサンデルに書き換えられないか、刺青を足そうとしたら、胸に刺青もだめだって泣くしね。」
「あったりまえだろ。お前の綺麗な胸に針を刺すなんて。だいたい彫り師は男だ。」
「だからって、アレクサンデルがルクソルに改名しようとしなくても。」
「良い考えだと思ったけどな。お前が、俺をルクソルって呼びたくないって泣かれたら、最悪のアイデアだってわかった、あの時は悪かった。」
「いろいろあったね。でも、結局火傷の痕を薄くする薬を開発して、今、かなり薄くなってきたし。」
「でもお前の胸の焼き印、もう痛くないんだったら、どうでも良いと思えるようになりなよ。皮一枚のことよ。ほくろとでも、火の粉が飛んできたとでも。」
「でも私の胸が、綺麗だ、綺麗だって皮一枚のことを言ってるの誰よ?」
「うっ、それは、おっしゃる通りです。お恥ずかしい。」
「でも、エーファの火傷のあとが引きつれていたのが、私のために開発させた薬を試してもらったら、ずいぶん良くなりましたと、ヴィーレさんに感謝された時は、薬って人のためになるなと実感したわ。毎朝ヴィーレさんに油を塗ってもらっていたそうなの。」
「そうか。それでローザン男爵領商会が、アカギレやしもやけの薬を安く売って、今じゃ薬も主力商品の一分野になったな。」
「そうだね。良いこともあった。」
「そうだ、良いことだらけだ。」
「じゃ、そろそろお風呂入って早く寝よ?」
「うんわかった、お疲れ様。おやすみ、アグネス。」
アレクサンデルがアグネスのおでこにキスをして部屋を出ようとすると、
「どこ行くのよ、あなたの部屋、ここよ?」
「え?」
「私たちの仲、みんなに知られてる。」
「えっ?」
「この宿、二人部屋ばかりで、女性5人いて、私、一人になるの怖いって言ったら、じゃあアレクサンデルと一緒に泊まれってさ。」
「えーー!」
「なので今回、父と母に、あなたとの結婚の許しを得てきました。」
「えーーー?!許してもらえたのか?!」
「うん。あなたと私の仲はみんな知ってたし。王宮でも、ローザン領でも。」
「俺、一生懸命隠してたんだけど。アグネスに会うのもエスドート語を教えるためだと言って。」
「あのね、武力で勝てない国や領地は、情報を集めてみんなで知恵を出し合うしか無いのよ。私たちが語学だとか言って会う度、隠れてキスしてたのもバレバレだったみたいよ。」
「そうだったのか。」
「前回エスドートから帰国してから、私ずっと平気に振る舞ってたつもりだったけど、別人のように落ち込んでたって、みんな、心配してたんだって。」
「ああ、俺も、ずっと心配だった。急に悪い気を起こさないか、って。」
「私は、アレクサンデルのおかげで、すぐにすっかり元気になれたって思ってたんだけど、そうじゃなかったみたい。両親も、友達も、ずっとハラハラしてて、何かできないか探してたって。今思うと、いろんなことを、みんなにしてもらってた。それで私がアレクサンデルと会った後は、私が元気に見えてたらしくて、二人をそっとしておこうって思ってたそうなのです。」
「そうだったのか。」
「それで、あらためてなんだけど、アレクサンデル、私と結婚してください。」
「え?」
「あなた、絶対私にプロポーズしないから。」
「それはその」
「ルカム出身だし?平民だし?」
「戦争に責任あるし。つぐないようが無いし。でも最初にアグネスと深い仲になってるし、どうしたら良いのかわからなくて。」
アレクサンデルは、苦しそうに言った。
「俺、ずるいこと考えてて、お前が妊娠してたら結婚許してもらえるかなと。でも、それはまたお前を苦しませるし、親が妊娠させた相手と別れさせて、娘を年寄りの貴族の嫁にさせることもよくあるしって思って、お前が妊娠してないかハラハラしてた。」
「そっか。私もそれ考えてて、妊娠してないことがわかった時には、ホッとしたり、がっかりしたりだったんだ。その時すぐに教えてあげれば良かった、ごめんね。」
「そんなこと、謝るなよ。」
「あのね、今回同じ部屋に泊まることにしたから、両親には、『私がエスドート王国で怖い目に遭った時、アレクサンデルに命を救ってもらった。私はアレクサンデルと結婚したいけど、アレクサンデルは出自とか過去のことで悩んでて踏み切れないみたい』って説明した。」
「お、おお。そうか。」
「私は、あなたが抱えてる重たい物を私も一緒に抱えたい。」
「そんな、お前にまで苦しい思いさせるくらいなら、一人で生きた方がよっぽどマシなんだよ。」
「あなたは私を救ってくれた。フレデリクさんも、この国も。」
「俺がそもそも元凶なんだ。」
「あなたはお母さんを人質にされて、通訳させられただけ。あなたがやってなかったら、あなたの次に優秀な通訳がやらされてたの。フレデリクさんがそう教えてくれたのよ。
 みんなね、私の両親も国王夫妻も宰相夫妻もヴィーレ夫妻もエルンストさんまでもが『もう力ずくで結婚してしまえ、助力は惜しまない』だって。だから、今ここで、私のプロポーズを承諾しておかないと、あなた、手足縛られて、銃口向けられたまま、結婚式で誓いの言葉を言わされる羽目になるの。」
「そうか。」
深く息を吸ってゆっくり吐き出したアレクサンデルが、
「俺も言う。結婚しよう、アグネス。ずっと一緒だ。離れたくない。」
 二人は優しく抱き合って、お互いの体温をゆっくり味わいながら、誓いの言葉を言い合った。
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