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ハンレニーとレギーナ
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アレクサンデルとアグネスの隣の部屋では、なぜかハンレニーとハインリヒが二人きりになっていた。
「なぜ、ハインリヒがここにいるのかな?この部屋のレギーナは、王宮での晩餐会の後、私より先に戻ったはずなのだけど?」
「レギーナに頼まれたんだ、ヨハンと同じ部屋にしてくれと。私と入れ替わってくれと。」
「っえーっ?!」
と言うハンレニーの野太い声は、ハインリヒの手がハンレニーの口に押し付けられることにより阻止された。
「実はね、以前からレギーナの恋愛の相談を受けてて。」
とハインリヒが言った。ハーレニーは理解した。『ああ。そうだったのか。レギーナはてっきりハインリヒと上手くいってるのだと思ったけど、ヨハンが好きだったのか。』
「ハインリヒごめんね、私がその手の相談に乗れる人間じゃなかったばかりに、レギーナはハインリヒに相談しちゃったんだ。ハインリヒ、辛かったでしょう?ずっと片思いしていたレギーナに、ヨハンとの橋渡しを頼まれたから、あなたは自分の気持ちを押し殺して、レギーナの恋を応援したのね。」
私はハインリヒへの申し訳なさと、レギーナに頼ってもらえなかった自分の不甲斐なさで、打ちひしがれた。
「はは、そう来たか。」
ハインリヒは笑った。
「違うの?」
「僕の片想いをレギーナに気づかれてから、レギーナに事あるごとに、からわれていたけど、僕も、レギーナの片想いに気づいて、片思い同士、苦しい胸の内を語り合っていたんだよ。そしてレギーナはヨハンに告白し、片想いを卒業していった。今、隣の部屋で思う存分、愛を囁きあっていることだろう。こっちの部屋ではアグネスとアレクサンデルもだろうな。」
「そうね。」
「さて、ここで提案なのだが。」
私は、哀れみの目でハインリヒを見た。かわいそうに、好きな人が壁一枚隣で、好きな人の好きな人と、二人でいるのはさぞかし辛かろう。
「うん、今日はとことん付き合うからね。お酒をもらってこようね。」
部屋を出ようとする私をハインリヒが止めた。
「旅先での恋という言葉もある。普段なら好きでもない男でも、旅先ならハーレニーも恋に落ちたりしないか?」
「旅先の恋ね。旅で浮かれてる時に異性に出会うと、その人への評価が上振れするのでしょ?リスク管理も甘くなって普段より積極的になる。でも家に帰ったら、なぜあんな好みでもない人と恋に?と我に返るとか。」
「興味ない?」
「無いねえ。他にも吊り橋効果ってのもあったよね。」
「よし、今から吊り橋に行こう。」
「なぜ?」
「好きだ。」
「何が?吊り橋が?」
ハインリヒが笑い出した。
「ハンレニーが。」
「私が?吊り橋を?」
「私が、ハンレニーを!愛しています!」
ハインリヒが笑いながら言った。
「ハインリヒが私を愛しているんですか?」
「そうですよ。」
二人で笑いが止まらない。
「どういう意味?」
ハインリヒは笑いを引っ込めて、
「そのまんまの意味さ。全く、ハンレニーはレギーナに部屋を交換されて、男と部屋に二人きりにされてるのに、怒りもしないんだな。」
「まあ、それは、ハインリヒは気の毒に思うけど、私は実害無いし。」
「どうして?僕は君より非力だけど、薬を盛ったり何かで脅したり、方法はいくらでもあるんだから、少しは危機感持てよ。」
「はいはい。気をつけます。」
ハインリヒは魅惑的な笑顔を作った。
「ものごころついた時から僕はずっと君が好きだった。強くて優しくて皆に好かれている君を僕も自然と好きになった。
僕は、父からずっと『なんでお前はこんな貧相な身体なんだ?』と言われ、『お前にはお前よりガリガリの妻を貰うしかないな。後継が危ぶまれるよ。』と言われてきたけどね。選んで人を好きになるもんじゃないんだよ。
僕はそんな父のあとを継ぐ気はこれっぽっちも無いと父に宣言した。父は、いつも君のことを目で追っている僕に気付いていて、僕に自分のあとを継がせるために、君を官僚見習いにスカウトした。僕は、父の狙いがわかってても、猛勉強して官僚になったよ。君のそばに行けるんだから。その後も、父のコネを使い、上司に媚びへつらってきた。僕の能力じゃ、君と同じ場所に留まれなかったから。前々国王が尊敬しているフランツ・ベルク先生の著書を暗記するまで読み込んで、国王のお気に入りになり、なんとか君の上司にもなった。僕が君を守るためにね。少し前まで、王宮で働く女性は誰かの結婚相手候補だと思ってた連中が多くいて、君を王宮の外の仕事に追いやろうとしてた。僕はそいつらをあの手この手で妨害したんだよ。でも国王が変わって女性も男性も関係なくなった。僕はもう存在価値が無い。策を弄してこの地位を手に入れた僕は、そのうちどこかに飛ばされる。でもできる限り君の側にしがみつくつもり。」
ハーレニーは、話に頭が追いつかないという気分を初めて味わった。えーっと?私が大汗かいて暑苦しく働くそばで、ハインリヒは、いつも涼しい顔をして仕事をしていた。父親も上司で居るのに、他の上司にもお世辞を並べて出世した。それが私を守るため?
「少々確認を取らせてください。」
「はい、どうぞ。」
「ハインリヒは、私を守るために出世したって?」
「ごめん、かっこつけ過ぎた。正確には、僕が君とずっと一緒に仕事をするためだ。それに優秀な君が、女性だからって早く辞めさせられるのは国の損失だからね。」
「ハインリヒが私とずっと一緒に仕事をするためというのは、えっと、その、私のことを、」
「君が好きだから。もう君以外はみんな知ってるよ。凡庸でチビのハインリヒが、能力も背も格段に高いハンレニーに片思いしてるって。レギーナがみんなの前でからかうし、この頃は隠すのも面倒になってきたからね。君に避けられるのが怖くて片想いを隠してきたけど、君はそんなことくらいで人を避けたりしない。だろ?僕はフラれるの怖さに想いを隠してた、小さい人間なんです。身体も心も。」
ハーレニーは困った。ハインリヒが私を好きという話を頭が受け付けない。ハインリヒが嘘をついている様子は無いのに、上手くイメージできない。そう言えば、頭の回転が遅い上司によく『わかるように説明しろ』『どういう意味だ』『具体的に』などと散々言われたなあ。あの上司たちの気持ちって、こんな風だったのかな。
戦時中、あの上司たちの代わりに、奸臣の身内だらけになった。王宮は大混乱だったが、あの時ハインリヒは本当に頼もしかった。正攻法しか知らない私はお手上げだったが、ハインリヒは、あの手この手、奥の手、裏の手を使ってなんとか国の機能を維持したのだ。それで今の状況は?何がどうなってるんだっけ?
私が困り果てているのを見て、ハインリヒは今度は、私を安心させる微笑みに変えた。
「僕は両親に縁談を持ってこられる度に、『ハンレニーの背を追い越したらプロポーズするから』と断って来たんだ。でもご存知の通り、そんな日は来なかった。僕は無理してたくさん食べるとすぐ腹を下すんだ。」
ハインリヒが笑い出すので、私もつられて笑いながら、
「あの、私は大きくて骨太で顔も残念だから、誰の対象にもならなくて、」
「美しいよ。」
「ハインリヒは美的感覚が変。私は目が小さくて、唇がぶ厚くて、」
「ハンレニーは美しい。」
ハインリヒがそれこそ美しい顔を染めて、私の顔を見つめながら、手を取って唇を近づけた。
「年上をからかうんじゃありません。」
私は気が遠くなりながら、かろうじて手を引っ込めて叱った。ハインリヒは涙目で、
「からかう余裕なんか無い」
と言った。私はもう立っていられなくなってベッドに倒れ込んだ。
「私、死ぬのかしら。」
「ハンレニー、大丈夫?」
「知ってるでしょ?私はこういうの生まれてこのかた言われたことなくて。」
「そうか。」
「もうこのまま眠ってしまいそう、もう限界。」
「疲れさせてごめん、さっき言ったことは忘れて良いから。」
「うん、ありがと」
ひと眠りして宿のベッドで目が覚めた。自分が登場する恋物語の夢で寝落ちしてしまっていた。目をこすりながら身を起こすと、隣のベッドでハインリヒが寝ていた。夢ではなかった。
ハンレニーは昔のことを思い出した。子供の頃、お屋敷のおぼっちゃまだった3歳下のハインリヒはとても可愛らしかった。子供たちは、親たちが見ていないところで、よく囃し立てた。『ハインリヒは女みたい、ハンレニーは男みたい、逆だ、神様が間違えた』と。私はゲンコツを作って見せて、黙らせたなあ。
ハインリヒも思い出していた。面倒見が良くて、常に正しくて、いつも笑っているハンレニー。戦時中は奸臣の関係者に王宮を引っ掻き回されて、食事も取れず、王宮から出ることもできなくなって、このまま王宮内で餓死するのかと思っていたら、ハンレニーがどこからか食材を手に入れ、あっという間にシチューを作って、皆に食べさせた。あれには皆参ってしまったなあ。
昨日部屋の交換を提案してきたレギーナに『いい加減、片思いから前に進みましょう。そもそもハンレニーより背が高くなったらとか、腕力で守れるようになりたいとか、夢を見るのは一旦保留にされては?ハンレニーが伴侶にそれを求めるかしら。ハンレニーに甘える弟キャラを演じた方が、よほど勝算があると思うのですが。』と言われ、可愛い泣き言を言ってからの上目遣いの技を教えられた。試してみようかな、どうせ振られてるなら。でもこれ以上無理だな、これ以上ハーレニーと気まずくなることに耐えられない。こういう所なんだろな、僕がハンレニーに相応しくない所は。
翌朝。レギーナとヨハンが、部屋に入って来た。
「おはようございます。今日は王立植物園訪問ですよ。」
レギーナとヨハンがとびきりの笑顔で、ハインリヒとハンレニーを観察した。
「気持ちは伝えられたよ。目的は達成できた。」
ハインリヒが言うと、レギーナは、
「なんですか、それ。まだそこ?ここまでお膳立てしたのですから、もう少し成果を期待しましたが。ハンレニーは、ほんの少しでも嫌な男とは、同じ空間で寝ません。ハインリヒはもう少し強引になさればよろしいかと。」
「そうかな?ハンレニーは僕のことが生理的に嫌いでも、それを見せない度量があるから。」
「もう!何年ハンレニーを見続けているんですか?これからは婚約したとみなしましょう。一晩一緒に過ごした実績は作りました。」
「僕はハンレニーの気持ちに沿わないことはしたくないんだけど。」
「そんなこと言って、あと10年でも20年でも待つつもりでしょうが、ここは私の言う通りになさいませ。」
「レギーナ、何のこと?」
ハンレニーがやっと声を出した。
「ハンレニー、ハインリヒと一夜を過ごしてしまったので、責任取りましょうね。」
「責任ね、私が取れるものなら取るけど、ハインリヒのご両親が嘆くわよ。」
とハンレニーが言うと、レギーナが、
「『責任を、取れるものなら取る』、はい、言質取りました!」
「違う違う、今の無し。」
ハンレニーが慌てた。レギーナはハンレニーに、
「ハインリヒのこと、生理的に嫌い?」
「そんなことはない。生理的にダメなのは、ハインリヒの横に立つ自分を思い浮かべると、大女で、顔が不細工で、」
レギーナが、思い切り得意顔で、ハインリヒを見た。ハインリヒは『嫌われてなかったんだ』と目を見開いた。
「私がせめて、背が高くても華奢な体型か、顔だけでも美人だったら」
ハーレニーがまだぶつぶつ言っているが、ハインリヒも、レギーナもヨハンも、元気良く立ち上がった。今後の方針が決まった。方針が決まれば、それに向けた方策が次々浮かぶ。
「さあ、王立植物園に行く準備をしましょう。」
「帰りの馬車にはこの4人で乗って、今後のこと、大まかに決めちゃおうぜ。」
「よし、帰ったら忙しくなるぞ。」
「なぜ、ハインリヒがここにいるのかな?この部屋のレギーナは、王宮での晩餐会の後、私より先に戻ったはずなのだけど?」
「レギーナに頼まれたんだ、ヨハンと同じ部屋にしてくれと。私と入れ替わってくれと。」
「っえーっ?!」
と言うハンレニーの野太い声は、ハインリヒの手がハンレニーの口に押し付けられることにより阻止された。
「実はね、以前からレギーナの恋愛の相談を受けてて。」
とハインリヒが言った。ハーレニーは理解した。『ああ。そうだったのか。レギーナはてっきりハインリヒと上手くいってるのだと思ったけど、ヨハンが好きだったのか。』
「ハインリヒごめんね、私がその手の相談に乗れる人間じゃなかったばかりに、レギーナはハインリヒに相談しちゃったんだ。ハインリヒ、辛かったでしょう?ずっと片思いしていたレギーナに、ヨハンとの橋渡しを頼まれたから、あなたは自分の気持ちを押し殺して、レギーナの恋を応援したのね。」
私はハインリヒへの申し訳なさと、レギーナに頼ってもらえなかった自分の不甲斐なさで、打ちひしがれた。
「はは、そう来たか。」
ハインリヒは笑った。
「違うの?」
「僕の片想いをレギーナに気づかれてから、レギーナに事あるごとに、からわれていたけど、僕も、レギーナの片想いに気づいて、片思い同士、苦しい胸の内を語り合っていたんだよ。そしてレギーナはヨハンに告白し、片想いを卒業していった。今、隣の部屋で思う存分、愛を囁きあっていることだろう。こっちの部屋ではアグネスとアレクサンデルもだろうな。」
「そうね。」
「さて、ここで提案なのだが。」
私は、哀れみの目でハインリヒを見た。かわいそうに、好きな人が壁一枚隣で、好きな人の好きな人と、二人でいるのはさぞかし辛かろう。
「うん、今日はとことん付き合うからね。お酒をもらってこようね。」
部屋を出ようとする私をハインリヒが止めた。
「旅先での恋という言葉もある。普段なら好きでもない男でも、旅先ならハーレニーも恋に落ちたりしないか?」
「旅先の恋ね。旅で浮かれてる時に異性に出会うと、その人への評価が上振れするのでしょ?リスク管理も甘くなって普段より積極的になる。でも家に帰ったら、なぜあんな好みでもない人と恋に?と我に返るとか。」
「興味ない?」
「無いねえ。他にも吊り橋効果ってのもあったよね。」
「よし、今から吊り橋に行こう。」
「なぜ?」
「好きだ。」
「何が?吊り橋が?」
ハインリヒが笑い出した。
「ハンレニーが。」
「私が?吊り橋を?」
「私が、ハンレニーを!愛しています!」
ハインリヒが笑いながら言った。
「ハインリヒが私を愛しているんですか?」
「そうですよ。」
二人で笑いが止まらない。
「どういう意味?」
ハインリヒは笑いを引っ込めて、
「そのまんまの意味さ。全く、ハンレニーはレギーナに部屋を交換されて、男と部屋に二人きりにされてるのに、怒りもしないんだな。」
「まあ、それは、ハインリヒは気の毒に思うけど、私は実害無いし。」
「どうして?僕は君より非力だけど、薬を盛ったり何かで脅したり、方法はいくらでもあるんだから、少しは危機感持てよ。」
「はいはい。気をつけます。」
ハインリヒは魅惑的な笑顔を作った。
「ものごころついた時から僕はずっと君が好きだった。強くて優しくて皆に好かれている君を僕も自然と好きになった。
僕は、父からずっと『なんでお前はこんな貧相な身体なんだ?』と言われ、『お前にはお前よりガリガリの妻を貰うしかないな。後継が危ぶまれるよ。』と言われてきたけどね。選んで人を好きになるもんじゃないんだよ。
僕はそんな父のあとを継ぐ気はこれっぽっちも無いと父に宣言した。父は、いつも君のことを目で追っている僕に気付いていて、僕に自分のあとを継がせるために、君を官僚見習いにスカウトした。僕は、父の狙いがわかってても、猛勉強して官僚になったよ。君のそばに行けるんだから。その後も、父のコネを使い、上司に媚びへつらってきた。僕の能力じゃ、君と同じ場所に留まれなかったから。前々国王が尊敬しているフランツ・ベルク先生の著書を暗記するまで読み込んで、国王のお気に入りになり、なんとか君の上司にもなった。僕が君を守るためにね。少し前まで、王宮で働く女性は誰かの結婚相手候補だと思ってた連中が多くいて、君を王宮の外の仕事に追いやろうとしてた。僕はそいつらをあの手この手で妨害したんだよ。でも国王が変わって女性も男性も関係なくなった。僕はもう存在価値が無い。策を弄してこの地位を手に入れた僕は、そのうちどこかに飛ばされる。でもできる限り君の側にしがみつくつもり。」
ハーレニーは、話に頭が追いつかないという気分を初めて味わった。えーっと?私が大汗かいて暑苦しく働くそばで、ハインリヒは、いつも涼しい顔をして仕事をしていた。父親も上司で居るのに、他の上司にもお世辞を並べて出世した。それが私を守るため?
「少々確認を取らせてください。」
「はい、どうぞ。」
「ハインリヒは、私を守るために出世したって?」
「ごめん、かっこつけ過ぎた。正確には、僕が君とずっと一緒に仕事をするためだ。それに優秀な君が、女性だからって早く辞めさせられるのは国の損失だからね。」
「ハインリヒが私とずっと一緒に仕事をするためというのは、えっと、その、私のことを、」
「君が好きだから。もう君以外はみんな知ってるよ。凡庸でチビのハインリヒが、能力も背も格段に高いハンレニーに片思いしてるって。レギーナがみんなの前でからかうし、この頃は隠すのも面倒になってきたからね。君に避けられるのが怖くて片想いを隠してきたけど、君はそんなことくらいで人を避けたりしない。だろ?僕はフラれるの怖さに想いを隠してた、小さい人間なんです。身体も心も。」
ハーレニーは困った。ハインリヒが私を好きという話を頭が受け付けない。ハインリヒが嘘をついている様子は無いのに、上手くイメージできない。そう言えば、頭の回転が遅い上司によく『わかるように説明しろ』『どういう意味だ』『具体的に』などと散々言われたなあ。あの上司たちの気持ちって、こんな風だったのかな。
戦時中、あの上司たちの代わりに、奸臣の身内だらけになった。王宮は大混乱だったが、あの時ハインリヒは本当に頼もしかった。正攻法しか知らない私はお手上げだったが、ハインリヒは、あの手この手、奥の手、裏の手を使ってなんとか国の機能を維持したのだ。それで今の状況は?何がどうなってるんだっけ?
私が困り果てているのを見て、ハインリヒは今度は、私を安心させる微笑みに変えた。
「僕は両親に縁談を持ってこられる度に、『ハンレニーの背を追い越したらプロポーズするから』と断って来たんだ。でもご存知の通り、そんな日は来なかった。僕は無理してたくさん食べるとすぐ腹を下すんだ。」
ハインリヒが笑い出すので、私もつられて笑いながら、
「あの、私は大きくて骨太で顔も残念だから、誰の対象にもならなくて、」
「美しいよ。」
「ハインリヒは美的感覚が変。私は目が小さくて、唇がぶ厚くて、」
「ハンレニーは美しい。」
ハインリヒがそれこそ美しい顔を染めて、私の顔を見つめながら、手を取って唇を近づけた。
「年上をからかうんじゃありません。」
私は気が遠くなりながら、かろうじて手を引っ込めて叱った。ハインリヒは涙目で、
「からかう余裕なんか無い」
と言った。私はもう立っていられなくなってベッドに倒れ込んだ。
「私、死ぬのかしら。」
「ハンレニー、大丈夫?」
「知ってるでしょ?私はこういうの生まれてこのかた言われたことなくて。」
「そうか。」
「もうこのまま眠ってしまいそう、もう限界。」
「疲れさせてごめん、さっき言ったことは忘れて良いから。」
「うん、ありがと」
ひと眠りして宿のベッドで目が覚めた。自分が登場する恋物語の夢で寝落ちしてしまっていた。目をこすりながら身を起こすと、隣のベッドでハインリヒが寝ていた。夢ではなかった。
ハンレニーは昔のことを思い出した。子供の頃、お屋敷のおぼっちゃまだった3歳下のハインリヒはとても可愛らしかった。子供たちは、親たちが見ていないところで、よく囃し立てた。『ハインリヒは女みたい、ハンレニーは男みたい、逆だ、神様が間違えた』と。私はゲンコツを作って見せて、黙らせたなあ。
ハインリヒも思い出していた。面倒見が良くて、常に正しくて、いつも笑っているハンレニー。戦時中は奸臣の関係者に王宮を引っ掻き回されて、食事も取れず、王宮から出ることもできなくなって、このまま王宮内で餓死するのかと思っていたら、ハンレニーがどこからか食材を手に入れ、あっという間にシチューを作って、皆に食べさせた。あれには皆参ってしまったなあ。
昨日部屋の交換を提案してきたレギーナに『いい加減、片思いから前に進みましょう。そもそもハンレニーより背が高くなったらとか、腕力で守れるようになりたいとか、夢を見るのは一旦保留にされては?ハンレニーが伴侶にそれを求めるかしら。ハンレニーに甘える弟キャラを演じた方が、よほど勝算があると思うのですが。』と言われ、可愛い泣き言を言ってからの上目遣いの技を教えられた。試してみようかな、どうせ振られてるなら。でもこれ以上無理だな、これ以上ハーレニーと気まずくなることに耐えられない。こういう所なんだろな、僕がハンレニーに相応しくない所は。
翌朝。レギーナとヨハンが、部屋に入って来た。
「おはようございます。今日は王立植物園訪問ですよ。」
レギーナとヨハンがとびきりの笑顔で、ハインリヒとハンレニーを観察した。
「気持ちは伝えられたよ。目的は達成できた。」
ハインリヒが言うと、レギーナは、
「なんですか、それ。まだそこ?ここまでお膳立てしたのですから、もう少し成果を期待しましたが。ハンレニーは、ほんの少しでも嫌な男とは、同じ空間で寝ません。ハインリヒはもう少し強引になさればよろしいかと。」
「そうかな?ハンレニーは僕のことが生理的に嫌いでも、それを見せない度量があるから。」
「もう!何年ハンレニーを見続けているんですか?これからは婚約したとみなしましょう。一晩一緒に過ごした実績は作りました。」
「僕はハンレニーの気持ちに沿わないことはしたくないんだけど。」
「そんなこと言って、あと10年でも20年でも待つつもりでしょうが、ここは私の言う通りになさいませ。」
「レギーナ、何のこと?」
ハンレニーがやっと声を出した。
「ハンレニー、ハインリヒと一夜を過ごしてしまったので、責任取りましょうね。」
「責任ね、私が取れるものなら取るけど、ハインリヒのご両親が嘆くわよ。」
とハンレニーが言うと、レギーナが、
「『責任を、取れるものなら取る』、はい、言質取りました!」
「違う違う、今の無し。」
ハンレニーが慌てた。レギーナはハンレニーに、
「ハインリヒのこと、生理的に嫌い?」
「そんなことはない。生理的にダメなのは、ハインリヒの横に立つ自分を思い浮かべると、大女で、顔が不細工で、」
レギーナが、思い切り得意顔で、ハインリヒを見た。ハインリヒは『嫌われてなかったんだ』と目を見開いた。
「私がせめて、背が高くても華奢な体型か、顔だけでも美人だったら」
ハーレニーがまだぶつぶつ言っているが、ハインリヒも、レギーナもヨハンも、元気良く立ち上がった。今後の方針が決まった。方針が決まれば、それに向けた方策が次々浮かぶ。
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