次女の物語

すなたろう

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外交団

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 さて、エスドート王立植物園に出かけたフォルスフッド王国外交団ご一行。案内するのはルクソル公爵家の使用人たちのはずだった。が、エスドート国王の母が強引に参加してしまったので、孫の第三王子も駆けつけて祖母のエスコートをすることになった。王宮から侍従や護衛が増えて、外交団の格が上がったように見える。
 王立植物園の、珍しい花や木、見事な庭園と、大がかりな噴水を見て歩き、豪華な昼食を食べている間じゅう、国王の母は、エルンストの至近距離に位置して愚痴を言い続けた。
「私は、王太子に嫁ぐために生まれて来て、やっと嫁いだら男の子を産む道具となったわ。男の子を産んだら産んだで、今度はその子が王太子に選ばれるまで、政敵と戦い続けたの。そして息子が王太子に決定した途端、私のことは皆放ったらかし。それ以来、心踊ることなんて一度も無かったの、昨夜までは。あなたに会えて本当に嬉しい。」
エルンストは、国王の母に深く同情してしまい、まとわりつかれるがままに、愚痴を熱心に聞き続け、国王の母に微笑み続けた。第三王子が、はしゃぐ祖母の様子を見ていられなくなり、
「お祖母様、これからは私がお祖母様をお慰めしますから。」
「どうせ、お前も祖父や父親を見習って、そのうち側室や妾を持つのでしょう?」
「それはまだわかりませんが、我々も子を作らねばなりません。産む道具と言うなら我々も同じです。」
「ならばなぜ争いの元や、頭痛の種になるような女に、手を出す必要があるのです?」
第三王子は、父親の国王、祖父の前王のやってきたことを思い返し、
「それは、その、王侯貴族男性の特権と申しますか、」
国王の母は、ぷいと孫から離れて、
「大臣、もう二度と会えないかもしれないから、ここからはあなたが私をエスコートしてくれないかしら?」
と、少女のようにはにかんでエルンストを見上げた。エルンストは、
「もちろんです、王太后様。喜んでエスコートさせていただきます。でも二度と会えないなんておっしゃらないでください。次回は妻と子を連れて来ます。あなたに会っていただきたいです。」
「まあ、嬉しい!絶対よ、約束よ。」

 第三王子が手持ち無沙汰になっているのを見て、ヘンリエッテが近づいた。
「私をエスコートしていただけます?」
「喜んで。」
「ありがとうございます。あなたも、これからはたっぷりとお祖母様をお慰めしてあげてくださいね。」
「ええ、もちろんです。祖母は口では、ああ言ってますが、私をたいそう可愛がっていますので、これからは祖母の好きなお菓子や花を贈って、喜ばせることにします。」
「お話もじっくり聞いてあげてくださいな。」
「話ですか?いつも聞かされていますよ。いつもさっきと同じような話ですけどね。」
「同じ話をするのは、まだ話し足りないのですよ、きっと。これまであまり誰からも共感してもらえなかったのではないかしら。」
「共感?わがままで贅沢三昧してきて、気楽に生きてこられた祖母に共感は無理です。私は、三男という難しい立場で日々苦労しているのでね。」
「まあ、そうおっしゃらずに。お祖母様のお話をじっくり聞くことで、あなたの難しい立場の問題も、少しは解決するかもしれませんわよ。」
「あなたは確か、侯爵家ご令嬢でしたね。」
「はい。相互救済ネットワークという民間団体の総裁で、18歳で婚約者はおりません。」
第三王子は、『お、フォルスフッド王国の女性は積極的だな。少々はしたないが、話が早くて良い。側室の一人にしたら面白いかもしれない。』と考え、
「私は15歳です。成人になりましたら臣籍降下し、侯爵位をいただくことになっております。」
「まあ、素敵。」
ヘンリエッテが第三王子を見つめた。
「侯爵になられたら、あなたは何をするのですか?」
「?」
「何がしたいのかしら?」
「侯爵になりますけど?」
「領地の生産性を上げて、領民の暮らしを良くするとか、街道を整備して便利にするとか、領民の識字率をあげるとか、」
「えっと、あなたのフォルスフッド王国と違って、我がエスドート王国の私がいただく侯爵領は、問題の無い豊かな領地ですので、そのまま優秀な家臣に任せておけるのですよ。私は、そうだな、狩猟を楽しんだりしますよ。あなたも遊びにいらっしゃい。歓迎します。」
「まあ、嬉しいですわ。狩りで他の領地の方たちと交流を深めるのも面白いですわね。私が行かせていただく時に、他の領主の方たちも呼んでくださる?できれば小さな領地の方が良いわ。その方たちが何に困っていて、どんな援助があれば助かるかを聞き取ってみたいです。」
第三王子は、ヘンリエッテの言っていることがよくわからず、戸惑っていたタイミングで、ちょうど、王立植物園の出口に着いた。

 植物園の外には、たくさん人が集まっていた。女性が多い。アルヌルフとヴィーレを従えたエルンストが姿を現すと、歓声が聞こえた。
 外交団一同が、国王の母と第三王子をお見送りしてから、今度は、ルクソル公爵家の使用人へ感謝の挨拶をし、帰国するため馬車に乗り込んだ。エルンストたちは馬車から顔を出して、沿道の見送りの人々に手を振る。馬車の列の前にはアルヌルフとヴィーレが白馬に乗って先導する。

 「来た時は誰も歓迎していなかったのに、帰りには、こんなに大勢のお見送りが。」
フランツィスカも手を振りながら、外交団の成果を噛み締めた。

 沿道の人が途切れたところで、エルンストが、
「エスドートの女性は、気の毒ですね。結婚しても側室に悩まされるなんて。」
「え?」
同じ馬車に乗っている、フランツィスカ、アグネス、アレクサンデルが同時にエルンストを見た。
「まさか、エルンストさん、本気で我が国の男が側室を持たないと思ってたの?」
「え?」
エルンストもフランツィスカを見た。
「違うのですか?」
三人がエルンストの顔をまじまじと見た。フランツィスカが、
「違和感はあったのよ。あれだけ女遊びをしていたエルンストさんが、しゃあしゃあと『我が国で側室を持つ男はいないと思います』と言い切った時ね。まさか本気で言ってたとは。エルンストさんは本当に温室育ちだったのね。」
エルンストは、泣きそうな顔になった。フランツィスカは『まずい、またエルンストさんをいじめてしまった。どうしても夫と弟を傷つけたヤツと思っちゃって、つい。気をつけよう。私だって温室育ちでお山の大将だし、夫も弟も私に好き勝手やらせてくれるし。』と反省し、エルンストをフォローする。
「でもエルンストさんが、女遊びをしたかった訳じゃ無いんでしょ?どちらかと言うと、王宮に出入りする高位貴族の奥様方が、強引に誘っていたのでは?」
「次にあなたを落とすのが誰か、奥方たちが競ってたと聞きましたよ。」
アグネスもフォローに回ると、エルンストは、
「お願いです!そのことは妻には絶対言わないで。」
とフランツィスカ、アグネスに頭を下げた。アグネスは、
「あの、奥様はご存知ですよ。」
エルンストは、ギョッとした。
「リルディスさんの父親なんて、リルディスさんの母親にそれは酷い扱いをしてたそうだから、エルンストさんの女遊びくらいどうってこと無かったと思うわよ。」
フランツィスカが慰めるが、エルンストは、またうなだれて、『リルディスの母親も夫から酷い目に合っていたのか。それなのにリルディスは私にあんなに優しくしてくれるんだ。』
と、自分を情けなく思った。
「今度リルディスさんの話をゆっくり聞いてあげなさいよ。エスドート国王の母親の話を、あんなに熱心に聞いてあげられるんだからさ。」
とフランツィスカが偉そうに言うと、エルンストは、
「はい、そうします。それで、リルディスの母親は、どんなことをされていたのでしょう。」
とたずねた。
「噂では、女の子が二人続いて生まれたから、奥様を役立たずと罵って殴ったとか。そのあと何人も愛人を作って、その中の一人が男の子を産んだから、その人を正妻にするために、奥様に毒を飲ませたとか。」
エルンストは、言葉を失った。
「毒を飲まされたリルディスさんのお母様は、実家に帰って療養されて、今もご存命だそうよ。奥様と子どもを連れて会いにいくのは、リルディスさんのお母様のところだと思うわ。」

 後ろの馬車では官僚4人が乗り込んでいた。
「私は民事婚だけ済ませようと思うの。」
とレギーナが話し始めた。ヨハンがレギーナの手を取って、
「本気?レギーナ。もう少しご両親の気が変わるのを待ってみようよ。」
「私の両親はどうでも良いの。ヨハンの家族はみんな私のこと気に入ってくれたわ、それで充分。」
「でも」
「私が待っていたのは、ハーレニーが仕事を続けながら、結婚して子供を産んで、女性が働き続ける道を作ってくれること。でも私、気づいたの。ハーレニーは伯爵家を管理して出産しながらでも、今と同じペースで官僚の仕事をしそうじゃない?」
ハインリヒとヨハンも気づいた。
「するだろうね。」
ハインリヒがレギーナに同意して、ハーレニーの手を取って話し出した。
「ハーレニーは、宮廷伯家と家族の管理を完璧にしながら、官僚の仕事も今まで通り、出産ぎりぎりまで働きかねないよ。」
とハーレニーの顔を見るハインリヒ。ハーレニーはハインリヒに手を握られ、思考が停止していた。
 「ヨハン、明日の朝一番に登記所に行ってくれる?民事婚をしましょう。」
「わかった、でも新居は?」
「当分今のままでも良いんじゃない?このエスドート王国訪問まで、他の急ぎでない仕事は放っておいて、外交団の準備をしてきたでしょ。今から帰国したら、すぐにこの外交団で得られた成果を次に繋げていかなきゃいけないし、他の仕事も溜まってるし。次に私たちの結婚を進めるのは、5年は先かもね。」
「俺たち仕事が好きだからな。」
「だから今とにかく夫婦になっちゃって、後の急ぎではないこと、新居や教会での結婚式は、機会が来るまで放っておきましょう。」
「よし、明日登記所が開くのを待って乗り込もう。」
ハンレニーは後輩の一大事に、頭がフル回転し出した。
「レギーナ、私が、新居も結婚式も放っておかせないわ。」
「ハンレニー、あなただけが頼りよ。」
「レギーナ、夫になる俺も頼ってくれよ。」
「ヨハン、もちろん私たちは家族として頼り合うのよ。でもハンレニーは、私たちが働きやすいように職場を変えてくれるわ。私たちが自分たちのために職場を変えるのはなかなか難しいから、ハンレニーを頼りにしましょう。」
「レギーナ、僕のハンレニーを自分たちのためにこき使うなよ。」
「あら、ゆくゆくは、ハインリヒとハンレニーのためでもあるのよ。ハインリヒにも職場の改革を頼みたいわ、よろしくね、ハインリヒ。」
「そうだな、わかった、各方面への根まわしなら任せてくれ。」
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