次女の物語

すなたろう

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エーファ 続き

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 エーファは翌朝出て行った。ヴィーレが『自分が出ていくから』と懇願したが、エーファは頑固だった。
「幸せな時を過ごしたこの場所も辛いので。」
と容赦なくヴィーレに別れを告げ、行った先は教会だ。

 「どこでも良かったんですけどね、リルディス様が教会の孤児院で教えていらっしゃる絵姿を思い出して、あそこなら私のこのどうしようもない荒れた心を落ち着かせてもらえるかもしれないと思ったのです。この孤児院で働きながら子供を産もうと思います。」
と、駆けつけたアグネスに話した。ヴィーレを心配するフレデリクとカールが、アグネスに泣きつき、アグネスはエーファのいる王都の教会に駆けつけたのだ。
「ヴィーレさんが抜け殻のようになってるそうよ。」
「ヴィーレさんには申し訳ないことをしました。私が結婚前に新郎に虚偽の申告をしたと離婚の手続きに入りたいのですが、少し間を置くことにします。ヴィーレさんに、私が感謝しているとお伝え願えますか。ヴィーレさんに話すことができて、気持ちが楽になりました。ヴィーレさんに話すまで、私は子供を産むのが怖くてたまらなかったのです。でも今は早くヴィーレさんと私の子供に会いたい。」
別人のように感情を出して喋るエーファに、アグネスは、
「何があったのか教えてもらえないかしら。」
と聞いてみた。

 エーファは、そういえばアグネスにも誰にも話せなかったことを思い出した。なぜ味方になってくれる人にも話さなかったのだろう?思い返すのが怖かった?忘れることはできなかったのに。記憶に厳重に蓋をして、強固な鍵をかけた。何度もあの時の映像が蘇るのに。蘇るたびに凍らせた。生きるために。死なないために。

 「アグネス、お入りください。お茶をお出ししますね。」
エーファは、教会の食卓にアグネスを招き入れて、お茶を出し、自分も座った。エーファは、ヴィーレに話したことを、アグネスに話し出した。

 エーファの話を聞いたアグネスが、顔色を無くしたが、エーファは自分があまり苦痛を感じなかったことに驚いた。
「話すたびに楽になります。聞いてくださってありがとう。不快な思いをさせて申し訳ないです、アグネス。」

 アグネスは、何か慰めの言葉を探すが、何も出てこない。いつも優しく微笑んでいたエーファ。私を可愛がってくれたエーファ。甘やかして、褒めたり、励ましてくれたエーファ。
「話すたびに楽になる?」
「ええ、ヴィーレさんに聞いてもらった時は、自分がわからないくらい動揺していましたが、今アグネスに話したら、かなり客観的になれている自分にびっくりしています。」
「エーファ、あのね、私もね、エスドートでね、」
と、自分の胸の焼き印を見せて、自分の身に起きたことを話す。

 「アグネスお嬢様!そんな目に遭われていたとは!」
「でもエーファのことだから、知ってたんじゃないの?ほぼ。」
「はい。アグネスお嬢様が、ある時から気分がふさいでいらっしゃるのは承知しておりました。でも話したくなさそうでしたので、ただお会いするための用事を捻り出しました。」
「ふふ、今から考えるとエーファもかなり無理やりな用事を作ってたわよね。新商品を思いついたとか、商品の価格設定について意見があるとか。」
「お恥ずかしいことでございます。アグネスが落ち込んでいるのを見て、私も少し冷静さを欠いていました。」
「ヴィーレさんも今、かなり冷静とは程遠い状態よ。」
「わかっております。あのような優しい方の人生を振り回してしまいましたことは、反省しております。しかし、離れるなら早い方が良いのです。あの方は大丈夫、ほどなく心優しいご令嬢が現れるでしょう。」
「どうしてそう考えるの?」
「私は汚れた人間です。そのことを無かったことにしてみようと思いましたが、自責の念に敗れました。」
「汚れた人間って、エーファじゃないでしょ?エーファを襲った人間の皮を被った怪物でしょ?」
「そうです。その怪物が、私も怪物にしました。私の人間の皮の中身は、あいつらを八つ裂きにしても満足しない怪物です。」
アグネスは、エーファを悲しんだ。
「エーファ、私がこの焼き印をつけられた後、公爵家の複数の人間に乱暴されたとしたら?」
「アグネス、なんということを言うの!」
「アレクサンデルと結婚しようとしても駄目?」
「そんなことはございません。アグネスお嬢様は清らかなままでございます。悪いのはその男どもだけ、アグネスは何も」
と言いかけて、エーファは気が抜けてしまった。
「アグネス、私は妊婦です。お腹の子にさわるので、あまり刺激を与えないでくださいませ。」
「エーファと同じくらいな月数のフランツィスカさんも、ヴィーレさんを心配しているの。フレデリクさんかカールさんが付いてあげられない時は、フランツィスカさんがヴィーレさんに付き添っているのよ。とてもヴィーレさんを一人にはさせられないって。」
エーファはだんだん落ち着かなくなってきた。
「ヴィーレさんは護衛のお役目どころじゃなくて、目はうつろ、食事どころか水もろくに飲んでないみたい。一人で家に帰らせるのも心配で、フレデリクさんが執務室に寝泊まりさせてるんだけど。」
エーファが立ち上がった。
「エーファ、アレクサンデルはね、お兄さんを目の前で殺されて、お母さんを人質にされ、戦争を始める手助けをさせられたの。その罪に今も苦しんでる。一人で背負う方が楽だって言ってたんだけど、私がその重いものを一緒に抱えて生きていきたいって頼んだら、私の望みを聞いてくれた。ヴィーレさんは、エーファに拒絶されて、気の毒ね。エーファを心から愛しているのに、楽しいことは分けてもらえるけど、苦しいことは分けてもらえないヴィーレさん。」
「・・・」
「ヴィーレさんは、信用されてないのね。」
「私、行かなければ。」
エーファの足が勝手に走り出す。
「走っちゃだめよエーファ」
足がどんどん速く動いてしまう、机にぶつかり、
「エーファ駄目!お腹の子供が!」
エーファがピタリと止まった。
「そうでございました。私としたことが。まずはここのシスターにご迷惑をかけたお詫びとご挨拶をして、可及的速かにここを辞します。」
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