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王立学院の中庭 教室 エレオノーラの部屋
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エレオノーラは、中庭で図書館の本を読むことを続けていた。今日こそは、フレデリクの姿を見ることができるかもしれないと、暇さえあれば中庭で過ごした。
アグネスは、エレオノーラが中庭に行く姿を見る度に、罪悪感を覚える。『フレデリク様たちが、国境で襲われたことは、エーファと父から、誰にも言うなと、特にエレオノーラには知らせるなと、きつく言われた。エレオノーラは、フレデリク様のことなら、どんな些細なことでも知りたいだろうに。』
しばらくして、フレデリクとカールが、隣国に旅行しているという噂が流れた。一年生の教室でヘンリエッテが、
「エレオノーラは、フレデリク様がエスドート王国に旅行されていることをご存知?」
と聞いてきたので、
「知りません。」
と答えた。ヘンリエッテは、『やっぱり公爵様とエレオノーラが婚約なんて、デマだったのね。私がこのクラスで一番高位の、侯爵家令嬢だったのに、二番の伯爵令嬢パウラが、侯爵家嫡男ジグムンド様とご婚約されたから、私は二番に落ちちゃって。ジグムンド様は王位継承権第五位だし。そこにきて、エレオノーラが王位継承権第三位のフレデリク様とご婚約ともなれば、私はこのクラスですら三番目の地位に落ちる羽目になるのよ。お父様は、5歳も歳下の王太子殿下の妃の座を狙ってるけど、それが叶わなければ、次は確か、お年寄りのどっかの公爵だかの後添えを狙うって言ってるし。』
ヘンリエッテが考えを巡らせていると、エレオノーラの目から涙が溢れるのを見た。
「ちょっと、エレオノーラ、どうしたのよ。ごめんなさい、私、デリカシーが無かったわね。」
と、ヘンリエッテはあたふたする。エレオノーラは、まさか自分がヘンリエッテの前で泣くなんて、と驚き、気持ちを切り替えた。
「ヘンリエッテ様にお願いがあるのですが。」
と、エレオノーラは大きな声を出した。
「な、何よ?」
「私は、何か事が起きた時のために『相互援助ネットワーク』を作りたいのですが、私の父は王弟殿下に疑いの目を向けられているという噂をたてられていまして、娘の私が言い出しても、誰にも相手にされないと思っていて。ヘンリエッテ様のお力をお借りできませんか。」
パウラが素早く近づき、
「それはどんなものですの?」
パウラが話しかけてきて、ヘンリエッテが少し後ろに控えた。エレオノーラは、クラス内でのヒエラルキーが上下逆転したことを目の当たりにし、『全く貴族令嬢とはウカウカできぬものなのね。』と感じつつ、ヘンリエッテとパウラに説明する。
「はい。冷害、水害、日照り続きに、はたまた戦争など、何か大きな事が起きますと、食糧が足りなくなったり、住む家が無くなったりします。そんな時、被害の少ない領地から、被害の大きい領地へ、食糧や人手など、融通し合うという約束を、平時に結んでおけば良いのではと、考えが浮かびました。一度思いつきますと、居ても立っても、明日にも災害がどこかで起きるやもと、夜も眠れず。」
エレオノーラが日頃考えていることを言うと、
「まあ、素晴らしい考えですわね。そうですわよね、ヘンリエッテ様。私が率先したいところですが、やはり侯爵家ご令嬢のヘンリエッテ様の方が、こういう表だったお役は慣れておられると存じます。」
とパウラがヘンリエッテを煽った。
「侯爵家のご令嬢であるヘンリエッテ様、お願いします。私など、王都もこの歳になって初めて来たと言う田舎者ですし。」
と、エレオノーラ。
「私も、未だに王都の地理にも疎くて、一生懸命学んでいるところなのですわ。」
と、パウラ。
「そうかしら。私に出来るかしら。」
と、ヘンリエッテは、案外嬉しそうに乗ってくれた。
「ヘンリエッテ様がご提案くださったら、大成功間違い無しです。これで、皆は、自領が被害にあっても、あちこちから支援が届くという安心を得られます。食べ物が届いたり、住む家を建て直す人手が得られたりするのですから。」
「そうね、素晴らしいですわね。私は名誉総裁ってところかしら。」
「はい。『相互援助ネットワーク初代名誉総裁』でございます。ただ有名無実になる可能性が大でして。」
「なぜなのかしら。」
「自然災害にしろ、戦争被害にしろ、ある領地が甚大な被害を受け、他の領地が被害無しということはありません。どの領地も多少の被害がありますと、支援などできないと思われてしまうのです。」
「そうね、そうよね、書面にするのはどうかしら。国と国との条約のように」
ヘンリエッテが小さな声で自信無さそうに言うと、エレオノーラが、
「そうですね!書面ですよね!」
と思い切り賛同し、
「飢饉でしたら、例年の年貢徴収の際の基準量の半分しか獲れない年に、支援を受けられるとか、明記しておけば良いですか?」
「そ、そうね。それで良いと思うわ。」
「水害や戦争での建物の被害でしたら、何棟被害にあった時に支援が受けられる、などですか?」
「そうよ、その通りよ。」
「その代わり、支援する側になった時に、支援するための食糧の備蓄や、人材の確保が必要ですよね。ただ、助け合えるとわかっていれば、備蓄も必要以上にしなくて済みますね。」
ヘンリエッテとエレオノーラのやり取りの途中から、一年のクラスの、何人もの令息、令嬢たちが興味を持ち始めた。特に、貧しい領地の令息令嬢は、一人二人と近づいてきた。
「それ、私も検討してみたいのだけど。」
「父に聞いてみます。」
「母に参加を促します。うちは母が仕切ってるから。」
「援助する物と量、援助に出す人員の数も、規定しないといけないのでは?」
「備蓄量と援助に出す人員の人数を、平時にお互いの領地がチェックし合うのは?」
どんどん話が進んだ。
そんな日が続き、エレオノーラは2年生になった。相互支援ネットワークは、いびつな形ながら出来上がり、提案したエレオノーラが驚いている。国内の三割ほどの領主が参加した。参加者は貧しくて小さな領の領主が多く、人口から考えると全体の一割以上二割未満というところか。
エレオノーラは相変わらず中庭に通っていた。ある日、フレデリクとカールの姿が見えた。エレオノーラは思わず立ち上がり、思い切り笑顔を見せた。フレデリクと目が合い、確かに少し微笑みかけたように見えたが、すぐに姿が見えなくなった。『何?あれ?半年ぶりの逢瀬がアイコンタクトだけ?!ひどい、ひどすぎる。何この生殺し?!こんな目に合うくらいなら、もういっそ二度と会えない方が楽なんじゃ?!』
エレオノーラは授業が始まるギリギリまで待ってみたが、やはりフレデリクもカールも二度と姿を見せなかった。2年生の教室に戻るなりエレオノーラはアグネスに、
「今日私の部屋に来て」
と脅すように言って席に着いた。
アグネスは授業が終わって休み時間に入るなり、エレオノーラに、
「何?フレデリク様が浮気でもした?」
とふざける。エレオノーラは、
「それの方がまだマシかも。生きたままこんなに苦しい思いさせられるなら、いっそ殺してくれ。」
と言った。言ったことで、少し気分が落ち着いてくる。放課後、すぐにアグネスがエレオノーラの部屋に来て、入るなり、
「フレデリク様とカール様、ずっと前に帰国していたみたいね。」
「そうなんだ、相変わらず情報通ね。」
とエレオノーラが言い、
「なぜアグネスのところだけに情報が来るの?」
と嘆くと、アグネスは曖昧に笑って、
「さあ、呑気に勉強でもしようよ?」
と、本をどさっと机に置いた。アグネスとの猛勉強はずっと続いていて、いっぱしの解説くらいは先生に対してできるレベルだ。エレオノーラはアグネスに、
「ねえ、これだけ知識が詰め込めた今の状態で、フランツ・ベルク先生の講義を受けてみたいな。」
「エレオノーラ、ちょっとそれは、今は無理よ。」
「なぜよ?」
アグネスは、しばらく考えて、ようやく話し出した。
「ベルク先生は、今、王弟陛下が軟禁状態にしているという噂よ。ベルク先生の書かれた本は、今この学院の外では、読んではいけない本と決められ、家にある本は王宮に提出するか、各家で燃やすことになったの。」
「え」
エレオノーラは言葉が出ない。読んではいけない本?本を燃やす?
「あのね、王弟殿下派は、反国家の象徴がベルク先生、反国家の先鋒がフレデリク様ということにしようとしてるみたいなの。」
「反国家ですって?!」
エレオノーラは混乱する。
「ベルク先生もフレデリクも、国家のことしか考えてないじゃない。あの二人を反国家とする方が反国家でしょ!」
と言いながら、エレオノーラの頭の中で、いろいろなことが繋がっていく。
「それは、ごく限られた人しか知らない情報?」
「ううん、情報通には、伝わっていってると思う。国王陛下は公平で穏健派で人気があったけど、去年あたりから、戦争推進派の王弟陛下を押す声が貴族の間で力を持ってきてるの。国王陛下はご病気のようだし、王太子殿下まで、王弟殿下が取り込んだという噂よ。」
エレオノーラは、頭が真っ白になった。カールが以前言っていた『現国王陛下は温厚で公平な方。フレデリクがどんどん進言をしてこの国はもっと良くなる。王太子殿下も文武に優れ、この国の未来は明るい。』という言葉を思い出した。あれから1年ほどしか経ってないことに愕然としてしまうエレオノーラ。
「あのね、エレオノーラ。今、かなり微妙な状況なの。」
エレオノーラは返事ができない。
「扇の試作が出来上がった頃、私が慌てて男爵領に戻ったことがあったでしょ?」
「ええ、男爵様が何かやってしまったのよね。」
「あれはね、フレデリク様がルカムとの国境を視察したいと言ってね、」
アグネスが、この半年間の動きを話した。
「ごめんなさい、エレオノーラ。あなたはごまかすことができないし、フレデリク様と仲が良いあなたの言動は、すぐに勘繰られて悪い方向に転ぶと、皆心配していたの。」
「そうだったの。」
またもや自分だけ何も知らされず守られてきたのか。
「私は父のことも、ただ、のんきな人だと思っていた。父はツェリェ領を守るのに苦労していたのに、私には何も知らされなかった。私は、自分がツェリェ領を豊かにするんだ、と張り切っていた、何も知らない馬鹿な娘だった。」
「それは違うわ。」
アグネスは、どう言えば良いのか考える。
「えっとね、あのね、エレオノーラは希望なのよ。」
「希望?」
「そう、エレオノーラのお父様のツェリェ伯爵様も、私の父も、国からにらまれないために、策を弄したり、ごまかしたりしてきた。でもエレオノーラは、いつも正攻法で闘おうとしてる。その姿を、エレオノーラのお父様は守ってきたのだと思う。エレオノーラとフレデリク様は似ているわ。フレデリク様も正攻法でしか闘えない人に思える。でも今フレデリク様は闘おうにも万策尽きてる状態じゃないかしら。エレオノーラの存在は、そんなフレデリク様を守っているはずよ。」
アグネスのおかげで、今回もエレオノーラは考えを整理できた。思えば、私はなんていろいろな人に守られてきたのだろう。両親、兄、退役軍人さんたち、フレデリク、カール、アグネス、エーファ。みんなたくさんの知識を与えてくれて、危ない情報から、さりげなく遠ざけてくれていたのだ。
フレデリク様も公爵家でずっと守られて来たのだろうか。今は、薄氷を踏むような空気の中で過ごしているのか。去年の夏、国王が危篤と知らされてから、ずっと敵と戦っているのか。
「今の私は、フレデリク様に何かしたくても身動きが取れないのね。」
と言ったエレオノーラは、ふいに、昼間のフレデリクのアイコンタクトを思い出した。
「そうか、そういうことか。」
「何?エレオノーラ?」
「今日ね、フレデリク様を半年ぶりに見かけて、私、出来るだけ美しく微笑んで見せたのに、」
「あはは、計算高い女め。」
「確かに目が合ったはずなのに、すぐ姿をくらましたのよ、あやつは。」
「よっぽど会いたくなかったんだね。」
「愛する女を守るためよ。」
「あはは『愛する女』また自分で言ってる。」
アグネスは、エレオノーラが中庭に行く姿を見る度に、罪悪感を覚える。『フレデリク様たちが、国境で襲われたことは、エーファと父から、誰にも言うなと、特にエレオノーラには知らせるなと、きつく言われた。エレオノーラは、フレデリク様のことなら、どんな些細なことでも知りたいだろうに。』
しばらくして、フレデリクとカールが、隣国に旅行しているという噂が流れた。一年生の教室でヘンリエッテが、
「エレオノーラは、フレデリク様がエスドート王国に旅行されていることをご存知?」
と聞いてきたので、
「知りません。」
と答えた。ヘンリエッテは、『やっぱり公爵様とエレオノーラが婚約なんて、デマだったのね。私がこのクラスで一番高位の、侯爵家令嬢だったのに、二番の伯爵令嬢パウラが、侯爵家嫡男ジグムンド様とご婚約されたから、私は二番に落ちちゃって。ジグムンド様は王位継承権第五位だし。そこにきて、エレオノーラが王位継承権第三位のフレデリク様とご婚約ともなれば、私はこのクラスですら三番目の地位に落ちる羽目になるのよ。お父様は、5歳も歳下の王太子殿下の妃の座を狙ってるけど、それが叶わなければ、次は確か、お年寄りのどっかの公爵だかの後添えを狙うって言ってるし。』
ヘンリエッテが考えを巡らせていると、エレオノーラの目から涙が溢れるのを見た。
「ちょっと、エレオノーラ、どうしたのよ。ごめんなさい、私、デリカシーが無かったわね。」
と、ヘンリエッテはあたふたする。エレオノーラは、まさか自分がヘンリエッテの前で泣くなんて、と驚き、気持ちを切り替えた。
「ヘンリエッテ様にお願いがあるのですが。」
と、エレオノーラは大きな声を出した。
「な、何よ?」
「私は、何か事が起きた時のために『相互援助ネットワーク』を作りたいのですが、私の父は王弟殿下に疑いの目を向けられているという噂をたてられていまして、娘の私が言い出しても、誰にも相手にされないと思っていて。ヘンリエッテ様のお力をお借りできませんか。」
パウラが素早く近づき、
「それはどんなものですの?」
パウラが話しかけてきて、ヘンリエッテが少し後ろに控えた。エレオノーラは、クラス内でのヒエラルキーが上下逆転したことを目の当たりにし、『全く貴族令嬢とはウカウカできぬものなのね。』と感じつつ、ヘンリエッテとパウラに説明する。
「はい。冷害、水害、日照り続きに、はたまた戦争など、何か大きな事が起きますと、食糧が足りなくなったり、住む家が無くなったりします。そんな時、被害の少ない領地から、被害の大きい領地へ、食糧や人手など、融通し合うという約束を、平時に結んでおけば良いのではと、考えが浮かびました。一度思いつきますと、居ても立っても、明日にも災害がどこかで起きるやもと、夜も眠れず。」
エレオノーラが日頃考えていることを言うと、
「まあ、素晴らしい考えですわね。そうですわよね、ヘンリエッテ様。私が率先したいところですが、やはり侯爵家ご令嬢のヘンリエッテ様の方が、こういう表だったお役は慣れておられると存じます。」
とパウラがヘンリエッテを煽った。
「侯爵家のご令嬢であるヘンリエッテ様、お願いします。私など、王都もこの歳になって初めて来たと言う田舎者ですし。」
と、エレオノーラ。
「私も、未だに王都の地理にも疎くて、一生懸命学んでいるところなのですわ。」
と、パウラ。
「そうかしら。私に出来るかしら。」
と、ヘンリエッテは、案外嬉しそうに乗ってくれた。
「ヘンリエッテ様がご提案くださったら、大成功間違い無しです。これで、皆は、自領が被害にあっても、あちこちから支援が届くという安心を得られます。食べ物が届いたり、住む家を建て直す人手が得られたりするのですから。」
「そうね、素晴らしいですわね。私は名誉総裁ってところかしら。」
「はい。『相互援助ネットワーク初代名誉総裁』でございます。ただ有名無実になる可能性が大でして。」
「なぜなのかしら。」
「自然災害にしろ、戦争被害にしろ、ある領地が甚大な被害を受け、他の領地が被害無しということはありません。どの領地も多少の被害がありますと、支援などできないと思われてしまうのです。」
「そうね、そうよね、書面にするのはどうかしら。国と国との条約のように」
ヘンリエッテが小さな声で自信無さそうに言うと、エレオノーラが、
「そうですね!書面ですよね!」
と思い切り賛同し、
「飢饉でしたら、例年の年貢徴収の際の基準量の半分しか獲れない年に、支援を受けられるとか、明記しておけば良いですか?」
「そ、そうね。それで良いと思うわ。」
「水害や戦争での建物の被害でしたら、何棟被害にあった時に支援が受けられる、などですか?」
「そうよ、その通りよ。」
「その代わり、支援する側になった時に、支援するための食糧の備蓄や、人材の確保が必要ですよね。ただ、助け合えるとわかっていれば、備蓄も必要以上にしなくて済みますね。」
ヘンリエッテとエレオノーラのやり取りの途中から、一年のクラスの、何人もの令息、令嬢たちが興味を持ち始めた。特に、貧しい領地の令息令嬢は、一人二人と近づいてきた。
「それ、私も検討してみたいのだけど。」
「父に聞いてみます。」
「母に参加を促します。うちは母が仕切ってるから。」
「援助する物と量、援助に出す人員の数も、規定しないといけないのでは?」
「備蓄量と援助に出す人員の人数を、平時にお互いの領地がチェックし合うのは?」
どんどん話が進んだ。
そんな日が続き、エレオノーラは2年生になった。相互支援ネットワークは、いびつな形ながら出来上がり、提案したエレオノーラが驚いている。国内の三割ほどの領主が参加した。参加者は貧しくて小さな領の領主が多く、人口から考えると全体の一割以上二割未満というところか。
エレオノーラは相変わらず中庭に通っていた。ある日、フレデリクとカールの姿が見えた。エレオノーラは思わず立ち上がり、思い切り笑顔を見せた。フレデリクと目が合い、確かに少し微笑みかけたように見えたが、すぐに姿が見えなくなった。『何?あれ?半年ぶりの逢瀬がアイコンタクトだけ?!ひどい、ひどすぎる。何この生殺し?!こんな目に合うくらいなら、もういっそ二度と会えない方が楽なんじゃ?!』
エレオノーラは授業が始まるギリギリまで待ってみたが、やはりフレデリクもカールも二度と姿を見せなかった。2年生の教室に戻るなりエレオノーラはアグネスに、
「今日私の部屋に来て」
と脅すように言って席に着いた。
アグネスは授業が終わって休み時間に入るなり、エレオノーラに、
「何?フレデリク様が浮気でもした?」
とふざける。エレオノーラは、
「それの方がまだマシかも。生きたままこんなに苦しい思いさせられるなら、いっそ殺してくれ。」
と言った。言ったことで、少し気分が落ち着いてくる。放課後、すぐにアグネスがエレオノーラの部屋に来て、入るなり、
「フレデリク様とカール様、ずっと前に帰国していたみたいね。」
「そうなんだ、相変わらず情報通ね。」
とエレオノーラが言い、
「なぜアグネスのところだけに情報が来るの?」
と嘆くと、アグネスは曖昧に笑って、
「さあ、呑気に勉強でもしようよ?」
と、本をどさっと机に置いた。アグネスとの猛勉強はずっと続いていて、いっぱしの解説くらいは先生に対してできるレベルだ。エレオノーラはアグネスに、
「ねえ、これだけ知識が詰め込めた今の状態で、フランツ・ベルク先生の講義を受けてみたいな。」
「エレオノーラ、ちょっとそれは、今は無理よ。」
「なぜよ?」
アグネスは、しばらく考えて、ようやく話し出した。
「ベルク先生は、今、王弟陛下が軟禁状態にしているという噂よ。ベルク先生の書かれた本は、今この学院の外では、読んではいけない本と決められ、家にある本は王宮に提出するか、各家で燃やすことになったの。」
「え」
エレオノーラは言葉が出ない。読んではいけない本?本を燃やす?
「あのね、王弟殿下派は、反国家の象徴がベルク先生、反国家の先鋒がフレデリク様ということにしようとしてるみたいなの。」
「反国家ですって?!」
エレオノーラは混乱する。
「ベルク先生もフレデリクも、国家のことしか考えてないじゃない。あの二人を反国家とする方が反国家でしょ!」
と言いながら、エレオノーラの頭の中で、いろいろなことが繋がっていく。
「それは、ごく限られた人しか知らない情報?」
「ううん、情報通には、伝わっていってると思う。国王陛下は公平で穏健派で人気があったけど、去年あたりから、戦争推進派の王弟陛下を押す声が貴族の間で力を持ってきてるの。国王陛下はご病気のようだし、王太子殿下まで、王弟殿下が取り込んだという噂よ。」
エレオノーラは、頭が真っ白になった。カールが以前言っていた『現国王陛下は温厚で公平な方。フレデリクがどんどん進言をしてこの国はもっと良くなる。王太子殿下も文武に優れ、この国の未来は明るい。』という言葉を思い出した。あれから1年ほどしか経ってないことに愕然としてしまうエレオノーラ。
「あのね、エレオノーラ。今、かなり微妙な状況なの。」
エレオノーラは返事ができない。
「扇の試作が出来上がった頃、私が慌てて男爵領に戻ったことがあったでしょ?」
「ええ、男爵様が何かやってしまったのよね。」
「あれはね、フレデリク様がルカムとの国境を視察したいと言ってね、」
アグネスが、この半年間の動きを話した。
「ごめんなさい、エレオノーラ。あなたはごまかすことができないし、フレデリク様と仲が良いあなたの言動は、すぐに勘繰られて悪い方向に転ぶと、皆心配していたの。」
「そうだったの。」
またもや自分だけ何も知らされず守られてきたのか。
「私は父のことも、ただ、のんきな人だと思っていた。父はツェリェ領を守るのに苦労していたのに、私には何も知らされなかった。私は、自分がツェリェ領を豊かにするんだ、と張り切っていた、何も知らない馬鹿な娘だった。」
「それは違うわ。」
アグネスは、どう言えば良いのか考える。
「えっとね、あのね、エレオノーラは希望なのよ。」
「希望?」
「そう、エレオノーラのお父様のツェリェ伯爵様も、私の父も、国からにらまれないために、策を弄したり、ごまかしたりしてきた。でもエレオノーラは、いつも正攻法で闘おうとしてる。その姿を、エレオノーラのお父様は守ってきたのだと思う。エレオノーラとフレデリク様は似ているわ。フレデリク様も正攻法でしか闘えない人に思える。でも今フレデリク様は闘おうにも万策尽きてる状態じゃないかしら。エレオノーラの存在は、そんなフレデリク様を守っているはずよ。」
アグネスのおかげで、今回もエレオノーラは考えを整理できた。思えば、私はなんていろいろな人に守られてきたのだろう。両親、兄、退役軍人さんたち、フレデリク、カール、アグネス、エーファ。みんなたくさんの知識を与えてくれて、危ない情報から、さりげなく遠ざけてくれていたのだ。
フレデリク様も公爵家でずっと守られて来たのだろうか。今は、薄氷を踏むような空気の中で過ごしているのか。去年の夏、国王が危篤と知らされてから、ずっと敵と戦っているのか。
「今の私は、フレデリク様に何かしたくても身動きが取れないのね。」
と言ったエレオノーラは、ふいに、昼間のフレデリクのアイコンタクトを思い出した。
「そうか、そういうことか。」
「何?エレオノーラ?」
「今日ね、フレデリク様を半年ぶりに見かけて、私、出来るだけ美しく微笑んで見せたのに、」
「あはは、計算高い女め。」
「確かに目が合ったはずなのに、すぐ姿をくらましたのよ、あやつは。」
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気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
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