33 / 37
第二章 極寒の王国~ハイランド王国編~
第三十三話 新たな家族の居場所~ハイランドに隠れていた者たち~(中編)
しおりを挟む四季街での住居が決まり、ひとときの安堵が仲間たちに満ちた後、オべリスは静かに振り返り、ギムロックとベルデンに視線を向けた。
「では、次は君たちの仕事場だ。……鍛冶場へ案内しよう。」
その言葉に、ギムロックの目が光る。
「待ってましたぜ、魔王様。もう腕が鳴って仕方ねぇ。」
「ようやく、鉄と火の匂いのする場所に行けるか。」
ベルデンも肩をほぐしながら笑う。彼らの背中には、鍛冶師としての誇りと覚悟がにじんでいた。
オべリスの手が再び空をなぞると、魔紋が淡く輝き始め、次の転移陣が開かれた。
──そして、瞬きの後に辿り着いたのは、鉄と火の神殿、地下三階層 星炉宮だった。
空間全体を包むのは、常にうねり続ける熱と、金属の歌声のような残響。
その中央には、天より堕ちた隕鉄で築かれた、漆黒のドーム天蓋が広がっていた。
その内部には、炎の中に脈動する巨大な炉心──フォージ・コアが鎮座している。
「これが……星炉宮……。」
ギムロックが目を見開いた。鍛冶師である彼の心に、何かが確かに触れた。
「なんてこった……あれが中心の炉心か? あれだけの炉圧、炉力……まるで、生きてるじゃねえか。」
「すげえ……こりゃ、魂まで焼き直せそうだな。」
ベルデンも釘付けになりながら呟く。
炉心の炎は赤でも青でもなく、星のように白く、時に金色を混じえながら脈動している。そのたびに周囲の金属細工が共鳴し、まるで呼吸しているかのようだった。
オべリスはふたりの反応を見て、わずかに笑みを浮かべた。
「この星炉宮は、古き魔族の叡智と天より授かった隕鉄を融合させたもの。ここで鍛えられるものは、単なる武具ではなく、意志を持つ器となる。」
ギムロックはひとつ深呼吸をした。
「だが……いい炉があっても、鉱石がなきゃ打てやしねぇ。素材が要る。今は……何もねぇだろ?」
その言葉に、オべリスは軽く頷いた。
「そうだね……。それじゃ、君たちのために新たな階層を創ろう!」
その宣言と同時に、星炉宮の床が震え、天蓋の上部が光に包まれる。
それと同時に、転移陣近くに巨大な門が出現した。
「あの門は転移門だ。今創った地下九階層に繋がっている。地下九階層……万鉱窟『ザルグヴェイン』とでも呼ぼうか。そこは無限鉱層となる。あらゆる鉱石が自動的に生成される空間だ。君たちは必要なものを、そこから得るといいよ。」
「マジか……!?」
ベルデンが驚きに声を上げる。ギムロックも口角を吊り上げた。
「魔王様、やることがでけえな! よし、地下九階層の管理は俺たちに任せてくれ!」
「いや……素材の採掘には、あいつらが適任だろ。」
ギムロックが振り返ると、背後から現れたのは、巨大なゴーレムのラステンと、その足元を跳ねるモグラルだった。
「モグッ!」
「……確かに。」
オべリスが頷く。
「では、地下九階層 万鉱窟『ザルグヴェイン』の管理者は、ラステンとモグラル。採掘と環境維持を頼む。必要な支援はすべて提供する。」
ラステンは無言で頷き、胸の魔石コアを低く脈動させた。
モグラルはぴょんぴょん跳ねながら、「モグ! モグ!」とやる気満々である。
ギムロックはふぅっと息を吐き、星炉宮の床に右手をついた。
「……この場所、鍛冶師の魂に火を灯す。こりゃあ、一生分の勝負になるな。」
「任されたからには、最上の武具を打つ。ここが、俺たちの鍛冶場だ。」
ベルデンがそれに続くように言った。
その背に、炉心の白い炎が宿り、ふたりの影を長く映した。
次なる案内先に選ばれたのは、空を司る者にふさわしい場所だった。
「……ヴァレック、君の居場所は、ここだ。」
オべリスの声に導かれるまま、ヴァレックは転移陣へと足を踏み入れた。
続いてシヴァルとリネアも転移した。
──瞬きの後。
彼らが辿り着いたのは、天を突くような黒曜石の尖塔が林立する空間だった。
地上から天に向かって無限に続くような塔が、いくつも空を裂き、蒼白の光がガラスのように差し込む。
壁面を覆うステンドグラスは、神聖と狂気の狭間を描き、見る者に不可思議な崇高感を与える。
「前に見たと思うけど、地上のみある魔王城がただひとつ、一階層 大聖堂『ダークカテドラル』だ。」
「……ダークカテドラル……。」
ヴァレックは息を飲んだ。
その空間は、ただの大聖堂ではなかった。
それは魔族たちが祈りを捧げるための場所であり、同時に誓いを立てるための場所だった。
かつて魔王がまだ信仰という概念を持っていた時代、その象徴として建てられたと伝えられている。
「この大聖堂は尖塔でもある。天空にどこまでも続いているが、君次第で調節できるようにしておいた。塔の最上部からは、空全体を見渡すことができる。偵察、監視、指揮──空の力を持つ君にこそ、ふさわしい役割だ。」
オべリスの説明に、ヴァレックは静かに頷いた。
「……こんなにも高い空が、魔王城に存在しているとは思わなかった。」
「空は、閉ざされるものではない。ここでは、君の翼は誰にも縛られない。」
その言葉に、ヴァレックの瞳がわずかに潤む。
翼を広げ、塔の天井にまで達する高さを仰ぐと、その心には確かなものが宿った。
「ありがとう……オべリス様。俺は、この空を、そしてこの城を、守ってみせます。」
リネアがヴァレックのそばに駆け寄り、彼の羽を指でちょんと触れた。
「これが……ヴァレックの羽……。」
「おっと、傷つけないでくれよ、まだ治ったばかりなんだ。」
ヴァレックが苦笑しながらも、どこか誇らしげに羽を広げた。
リネアがくすっと笑い、シヴァルもその様子に微笑む。
ルーデンは、塔の中央に立つ聖壇に視線を向けながら呟いた。
「この場所は、力を集める焦点でもある。魔族の想念、祈念、記憶。すべてがここで交錯する。」
「つまり、戦だけでなく、信仰と誓いの場所……。」
「そうだ。ここで交わされる言葉は、時に剣より重くなる。」
オべリスが一歩踏み出し、ヴァレックの肩にそっと手を置いた。
「ここにいる限り、君の目はこの城の目であり、翼は城の意志そのものだ。……頼りにしている。」
「はっ……!」
ヴァレックは膝をつき、恭しく頭を垂れた。
「この翼が朽ち果てようとも、私は貴方の空を守り抜きます。」
尖塔の高みに風が吹き込んだ。ステンドグラスが淡く輝き、ヴァレックの背に祝福のような光が差し込む。
魔王城の空の番人として、彼は今、新たな責務と誇りをその翼に宿したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります
はぶさん
ファンタジー
ブラック企業で心をすり減らし過労死した俺が、異世界で手にしたのは『ポイント』を貯めてあらゆるものと交換できるスキルだった。
「今度こそ、誰にも搾取されないスローライフを送る!」
そう誓い、辺境の村で農業を始めたはずが、飢饉に苦しむ人々を見過ごせない。前世の知識とポイントで交換した現代の調味料で「奇跡のプリン」を生み出し、村を救った功績は、やがて王都の知るところとなる。
これは、ポイント稼ぎに執着する元社畜が、温かい食卓を夢見るうちに、うっかり世界の謎と巨大な悪意に立ち向かってしまう物語。最強農民の異世界改革、ここに開幕!
毎日二話更新できるよう頑張ります!
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで
六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。
乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。
ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。
有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。
前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる