絶望人生にさようなら、人間にして魔王に転ず。

御歳 逢生

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第三章 世界魔術機構~魔導国家ナグローツ~

第三十六話 地下三階層 星炉宮

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深淵より還る光があった。
地下九階層 万鉱窟『ザルグヴェイン』の探索を終えたオベリス一行は、星炉宮へと帰還を果たしていた。金属をまとった風が、炉の熱と共に肌を撫でる。火の匂い、油の香り、研がれた鉄の残響。それは戦いでもない、神話でもない、生の技術そのものが息づく場所の気配だった。

「……あれが生きた鉱脈というやつか。まるで、鉱石たちが息をしていたようだったな。」

ドワーフのベルデンが鉱精アイアンクローラーとの遭遇を思い出し、ふと漏らす。

「生きた鉱脈……うむ。鉱の命が集まり、再生と変質を繰り返す。あれはただの鉱獣ではない。まさに、ザルグの遺した意志だろう。」

ギムロックは白髭を震わせながら、深く頷いた。

『ザルグヴェイン』は採掘の理想郷。無尽蔵に湧き出す鉱石の供給源として、武具を創り上げる星炉宮の礎となる。鍛冶はこの地では聖務であり、祈りと理が交わる秘儀でもある。だが、それだけではなかった。生態を持つ鉱層。意思を持ち、群れを成す鉱精たち。『ザルグヴェイン』は、ただの資源地ではない。そこには古き神の名を冠する空白があり、未解の神秘が宿っていた。

帰還直後の報告の場で、オベリスは卓に広げられた地図の上、『ザルグヴェイン』から採取された各種鉱石とその魔力反応データに目を落とすと、小さく口を開いた。

「この成果がもたらす未来は、ただの武具にとどまらぬ。我らが歩む道そのものを鍛え直すことになるだろう。」

彼の言葉に、ルーデンとギムロックは頷く。主がそう言うのであれば、それはきっと鋳造される運命なのだろう。

ルーデンは、今回の探索で採取された鉱石の性質を魔術的に分析し、星炉宮の新炉設計へと反映させる準備を進めていた。一方で、ギムロックとベルデンは新たな工房群の設計図を広げ、『ザルグヴェイン』との連携を見据えた鍛冶流路の再編計画を描いていた。

鍛冶の火が再び強くなりはじめている。
かつて魔族の文明が火と鉄で栄えた時代。その残響が、今また星炉の核を通じて目覚めようとしていた。

だが、オベリスの瞳には、さらに遠き地平が映っていた。

「必要なのは武器だけではない。意志と絆だ。次なる召集を始めよう。すべての始まりを、再びこの手で。」

その言葉が、静かに焔の底で燻る革命の序曲となった。


星炉宮。
それはかつての魔族の栄光を受け継ぎ、鍛冶の伝統と魔術の革新が交差する場所。主炉の炎は眠ることなく燃え続け、脇を固める副炉や冷却槽、エーテル抽出台座が複雑に連なり、鍛冶場というより魔術工房と呼ぶにふさわしい規模を誇っていた。

「この魔鉱ルヴァイン鉄は、高熱に耐えるだけじゃない。共鳴率が高い。魔力を宿しやすい分、流れも繊細だ。」

ルーデンは指先に浮かせたルーンの粒を炉に沈めながら、ギムロックへと語った。

「ふむ、だったら地金に溶かす温度を五十度ばかり下げてみるか。魔力が飛ばずに済むだろう。」

ギムロックは頷き、炉の温度を調整する符を打ち込む。

ベルデンはその傍らでハンマーの調整をしていた。従来のドワーフ式打鍛とは異なり、魔術の波動を叩き込む揺槌方式が導入されている。金属と魔力、両方の特性を計算しながら叩く工程には、従来以上の集中と協調が必要だった。

「まったく、魔術と鍛冶を同時に扱うのは骨が折れるな。だが……面白い。」

ベルデンの顔に浮かんだのは、少年のような笑みだった。

工房内では、ラステンとモグラルが結界を張り、過熱した試作品の暴発から周囲を守るために奔走していた。ひとりは風の術式を展開し、もうひとりは土の力で防壁を編む。かつて雑用だった彼らも今や工房の守り手として欠かせない存在だった。

「ふたりとも、反応速度が速くなったな。もう立派な職人だ。」

ルーデンが微笑みかけると、ラステンは照れたように頷き、モグラルは軽くジャンプした。

作業の合間、皆で炉の前に集まる場面もあった。
小さな食卓を囲み、炙った肉と塩漬けの根菜をつつきながら、各々がザルグヴェインでの経験を語る。

「あの鉱精、アイアンクローラー……妙に懐かしい気がしたんだ。」

ベルデンの言葉に、ギムロックは頷いた。

「鉱とは語らずとも通じるものがある。俺たちが鉄を愛するように、奴らも鉱の律に生きている。敵ではない。……むしろ、同志かもな。」

「同志、か。」

オベリスはその言葉を静かに口にしながら、仲間たちを見渡した。
炎のゆらぎが彼の黒髪に朱を差し、星炉宮の天井に影が揺れる。

この火は、ただ武具を鍛えるだけのものではない。
これは意志を紡ぐ火だ。
散った者を再び集めるための――召集の炬火なのだ。

仲間たちの絆は、鉄のように打ち鍛えられていた。
それぞれの腕が、心が、魔王の理想と信念へと繋がり始めていた。
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