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2杯目 2年目の夏
2 通り雨
しおりを挟む7月に入り、制服は夏服に切り替わった。
しかし、教室の空気は汗ばむほど蒸し暑い。
それに加え、今日は朝からどんより曇っていた。
教室の窓から見える雲は重く、今にも泣き出しそうな色をしている。
「降る前に帰ろーぜ、よっしー。」
宝条が首の後ろを透明な下敷きで扇ぎながら言った。
だが僕は、机に広げたプリントをじっと見つめたまま首を振った。
「ううん。教務室に少し寄っていくよ。」
「まじかー。真面目かよー。じゃ、先に帰ってるわー。」
放課後、提出物を抱えて職員室へ向かった僕は、
プリントを出し終えたあと、昇降口で空を見上げた。
灰色の雲が空一面を覆い、空気はさらに湿り気を増している。
急いで駐輪場に向かい、自転車の鍵を外した。
ポツ、ポツ、と音がして、すぐにそれはバラバラとした本降りに変わった。
「まじか・・・。最悪だ。」
制服の肩がすぐに濡れていく。
でも、傘はない。急いで自転車で帰るか。
どうせ濡れるなら、早く帰ってシャワー浴びたい。
校門の前、そんな思いでペダルを踏もうとした、そのとき。
「え、ちょっと待って!」
振り向くと、雨の中、走ってこっちに来る入野さんが顔を出していた。
髪はやや湿り、制服の袖に雨粒が光っている。
「平岡っち!そのまま帰る気?あんたバカでしょ!」
入野さんは傘を肩にのせたまま、こっちへ歩いてくる。
「もうびしょびしょじゃん!」
「う、うん・・・。」
うまく返せず、髪の水を手で払う。
「濡れて帰ったら風邪ひくでしょ。ってもうすでにびしょびしょだけど・・・。
自転車置いてきなよ。途中まで一緒に帰ってあげるから。」
「え、でも・・・。」
「決定。あたしの傘だから、文句なしね!」
そう言いながら、ぐいっと僕の腕を引いた。
しかたなく自転車を戻し、入野さんの差し出す傘の下へ入る。
傘の下、ぎこちなく二人は並んで歩き出した。
2人で並ぶと、自然と肩が触れた。
道幅の狭い歩道、小さな傘のせいか、それとも、彼女が思ったより近いのか。
こ、これは!?俗に言う相合傘というやつでは!?
雨音が世界を包み、車の音や通行人の気配が薄れていく。
空気が変わる。静かで、心地よくて、どこかくすぐったい。
「まったく~。こーいうの、あたしっぽくないよね~。」
ぼそっと入野がつぶやいた。
「え?」
「なんかさ、男子に傘貸すとか、気ぃ使うとか、あたしっぽくないじゃん。」
「らしくないってことは、気にしてるってこと?」
「うっさいなぁ。今だけだからなっ!」
肘でつつかれ、2人とも笑った。
僕は気づく。入野さんの「今だけ」は、本当はもう少し、続いてもいいと思ってることに。
彼女の髪からふわっと香るシャンプーの匂い。
傘の骨に落ちる雨粒のリズム。
そして、こんな距離で誰かと歩くことの、なんともいえない緊張感と幸福感。
家の近くに着くころには雨は止んでいた。
入野さんは傘を閉じ、「はい、おしまい」と一歩下がった。
傘を引くその手の動きが、なぜか少しだけ名残惜しく感じられた。
それと同時に、ふっと入野さんとの距離が離れた。
ふと空を見上げると、茜色に染まって夕日がのぞいていた。
濡れたアスファルトや水たまりに、雲の切れ間から射す夕焼けの光が反射している。
どこかで蝉が鳴いていた。
「なんか、夏だなー。」
思わずこぼれた独り言に、入野は何も言わず、でも少し笑ったような気がした。
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